夢……また同じ夢……。何だろう、この感じ。
何かを失ってしまったかのような……空っぽの空間。
私……何してるんだろう。
大切な何か……大切な……。
思い出せない。
この気持ちは……一体何だろう。
暗く冷たい……深い海に沈んでいるような……。
寒い……寒いよ……。
暗い……寂しい……。
誰の声も……聞こえない。
誰か……。
救けて。
ジリリリリリ……
目覚ましのベルがけたたましく鳴り響く。
太陽が街を明るく照らし、鳥のさえずりが聞こえてくる。
清々しく、気持ちよく目覚めることができそうな朝。
目覚ましを止め、背伸びをし。永い眠りから解き放たれた少女は何か楽しいことが起こりそうな予感に胸を弾ませ……てはいなかった。
「たこ焼き……もっと食べよ……」
目覚ましを止めるところまではよかったのだが、無意識の動作だったのか未だ熟睡中のようで起きる気配は全くない。
布団の中の少女の名は美墨なぎさ。ベローネ学院女子中等部の二年生で、ラクロス部のエース。ボーイッシュな見た目とスポーツとが相乗効果をもたらし、男子からよりも女子にモテることが多い。靴箱によくラブレターが仕込んであるのだが、全て女子からなのだ。
一見普通(?)の女子中学生だが、彼女にはある大きな秘密があった。
それは……
「なぎさ、早く起きるメポ!約束の時間に遅れてしまうメポ!」
布団の上で跳びはねる小動物も、その一つであった。
「なぎさ!なーぎーさ!おーきーるメポー!」
「えへへ……まだ食べるぞー……グー……ムニャムニャ……」
喋る小動物が必死に起こそうとするにもかかわらず、なぎさは夢の中でまだ何かを食べているらしい。おそらくはさっき寝言で言っていたたこ焼きなのだろうが。
「むむむ……」
何をしても起きないなぎさをどうにかしようと、頭をフル回転させる。
どうやったら起きるだろうか。
ふと、目にしたものを手に取る。
もしかしたら……これを使ったら起きるかもしれない。
なぎさの顔に洗濯挟を挟ませ、紐でくくる。少しだけ可哀そうに思えるが、起きないのだから仕方がない。
「えいメポ!」
掛け声と同時に紐を引くと、洗濯挟がなぎさの顔から勢いよく外れる。
一瞬びくりとはしたのだが、何事もなかったかのように再び寝息を立て始めてしまった。
「メポー……」
もう、ここまで来てしまうと尊敬の念まで感じてしまうほどだ。本当は起きてるんじゃないかとも疑ってしまう。
「へへ……いっちょ上がり!」
というか、寝言というものはこんなにもはっきり発音するようなものだろうか。さらに不思議が募る。
こうなったら、と小動物がなぎさの机上から何か棒状のものを持ち出した。
ラクロスのスティックだ。
小さい体を懸命に動かし、スティックを振りかぶる。
そして、なぎさめがけて振り下ろす。
「起きるメポー!」
パコパコパコ、と木材の音が響く。
「痛っー!わかった起きる起きますから!」
やっとのことで目を覚ましたなぎさの頭には小さくこぶができている。それをさすりながらベッドのへりに腰を下ろす。
ようやく起床だ。
「もうちょっと優しく起こしてよね、メップル」
小動物の名前はメップル。実は、こう見えても彼は光の園の「選ばれし勇者」だったりする。
なぜそんな彼がこの虹の園にいるのかというと、そこには深い理由があった。
光の園と相対する闇の園。その長であるクイーンとジャアクキングもまた、対となる存在だった。ジャアクキングはすべてを貪る力を持つが、それは自己にも及ぶ力でもあり、何か他の物を貪っていなければ体が蝕まれていってしまう。それに対しクイーンは再生の力を備えていた。ジャアクキングはその力を手に入れようと、ドツクゾーンという組織を従えて光の園に侵攻、七つのプリズムストーンのうち五つを奪い去ってしまった。
残りの二つを死守すべくミップルは地上界である虹の園に逃避、伝説の戦士:プリキュアを探すことになったのだ。
そして、美墨なぎさは彼にプリキュアとして選ばれ、戦いの毎日を送っている。
しかし、プリキュアは彼女だけではなかったりする。
「優しく起こしても起きなかったのはなぎさメポ!早くしないとほのかやミップルに怒られるメポ!」
なぎさの同級生で同じクラスの雪城ほのか。頭脳明晰で科学部所属。おっとりな性格。天然ではあるが、またそこがいいと男子に大人気の少女。なぎさとは正反対の性格をしているほのかだが、実は彼女こそもう一人のプリキュアなのである。ミップルとはメップルの恋人(人?)で、共にプリズムストーンを守るため、虹の園へとやってきた。メップルがなぎさと暮らしているように、ミップルもほのかと暮らしていた。
「えと……今何時」
「八時三十八分メポ」
なぎさの顔から冷汗が噴き出す。
「約束の時間って……」
「八時ちょうどだメポ」
三十四分オーバーでの起床。
間に合わないどころではない。大遅刻だ。
「もう!なんでもっと早く起こしてくれなかったの!」
自分の寝坊を人のせいにしてしまうところはさすがなぎさ、お得意もの。
その理不尽さにメップルはイライラする。
「何度も何度も何度も何度も起こしたメポ!それでも起きなかったのはなぎさメポ!」
だがなぎさの理不尽さはそこで終わりではない。
「起きなかったら起こしたことにはならないんじゃない?」
「そ、それは……」
一見すると論理的な言葉に思わずひるんでしまう。確かに、相手が起きていないのなら“起こした”にはならないのでは……
「って、責任転嫁するなメポ!」
「あ、バレた?」
早かったね、と言わんばかりに悪戯な顔をするなぎさを見てメップルのイライラはさらに増していくばかり。
「なぎさはいつもいつも人のせいにするメポ。それはよくないことメポ」
わがままさは勝るも劣らないメップルがなぎさに説教を始める。
「この間のたこ焼きのことだって結局は自分で食べたのを忘れていただけで……って、そんなこと言ってる場合じゃないメポ!」
「もー、ありえなーい!」
なぎさとメップルの嘆きは、街の中で、過ぎ去りゆく時間と共に虚しく消えていくのだった。