「ほのか、ごめーん!」
待ち合わせ場所についたのは九時三十分。普通ならば怒って帰ってしまってしまいそうだが、ほのかはなぎさを待ってくれていた。
「もー、なぎさったら……」
呆れた……というよりは半分諦めたようにため息をつく。
「ミップルー!」
「メップルー!」
腰につけていた携帯電話のようなものが小動物へと変化する。
二匹は手をつなぐと、クルクルと円を描き始めた。
普段彼らは“カードコミューン”として二人の腰のあたりについているポシェットに入っている。携帯電話のような形をしているがとりあえず機械ではないらしく、以前ほのかが分解しようとしたのだが、結局は不可能だった。
「会いたかったミポー」
「メップルもメポ!なぎさが寝坊なんかするから一緒にいる時間が一時間半も短くなったメポ!」
「やっぱりそうだったのね」
「あはは……ごめんごめん」
言い訳する暇もなくメップルに遅刻の理由を暴露されてしまったため、なぎさは何も言えなくなってしまう。
まぁ、これはもう日常茶飯事なので、遅刻してくることはほのかも計算済みである。そのうえで、少し集合時間を早めに設定しているのだ。だがそれをなぎさが気づくことはまずないだろう。
ちなみにこんななぎさでも遅刻しないことはある。
何かを食べに行くときか、ラクロスの試合日だ。
それ以外では遅刻皆勤賞と言っても過言ではない。
行こっか、とほのかが駅に向かって歩き出す。
今日は二人で遊びに行く約束。
レインボーシティという遊園地が最近オープンし、その招待券を商店街の福引でなぎさが引き当てたのがことの始まり。ペア券だったので誰を誘おうかと思ったが、真っ先に思いついたほのかに尋ねてみたところ、思いのほか“大”がつくほど賛成してくれた。「最新の技術が多くのアトラクションに使われているらしいから、それを見に行きたい」とのこと。さすが、考えることはなぎさとは大違いだ。
「レッツゴー!」
なぎさがほのかに続いて大きく足を踏みd―
「待つメポ!」
大きく踏み外し、危うく転倒しそうになる。
「あっぶな!ちょっとメップル、いったいどうしたの」
「いや……なんだか嫌な気配がしたメポ……」
「何?こんな日にもザケンナー!?」
ドツクゾーンの刺客でも来たのかと身構えるが、周囲には何もいない。
だが、どこから急に襲ってくるかもわからないため、しばらく緊張感を保ち続ける。少しでも気を抜いてしまったら、それが命取りになりかねないのだ。
と、後ろから草をかき分ける音がした。
先手を取られぬように即座に反応して振り返るとそこには。
「みゃぁ……」
黒猫が一匹、道に出てきただけだった。
「もー……びっくりさせないでよね」
メップルの言う「嫌な気配」の正体が判明し、ようやく緊張を解いた二人。いやな、と言うにはふさわしくないほどかわいい。
「んー……何か嫌な感じがした気がするけどメポ……」
メップルが首をひねる。
「あんたの勘違いなんじゃない?」
先ほどのお返しと言わんばかりに勘の外れたメップルをいじるなぎさ。執念深い女はモテないというが、これは例外なのだろうか。それとも、「男子には」という条件が付属しているのだろうか。
黒猫はそんななぎさたちには目もくれず、そのまま去ってしまった。
「もしかしたらあの黒猫を不吉なものとして感知したミポ?」
「あら、イギリスでは黒猫は幸せの象徴よ?そもそもどうしてそういうイメージがついたのかというとね?実は……」
さすが薀蓄女王、何やら高度な会話をしているが、なぎさの耳には呪文のようにしか聞こえてこない。
「まぁ、何もないに越したことはないでしょ。さぁ、楽しむぞー!」
再びなぎさが進みだし、それに合わせてほのかもその後を追った。
メップルとミップルはカードコミューンとなって二人のポシェットに戻る。そのためほのかとミップルが会話しているのは、はたから見ると腹話術で独り言を言っている人にしか見えない。
腹話術で独り言を言う女子中学生……。なかなかシュールな光景である。
改札口を抜けて、列車に乗り込む二人。なぎさたちの街からは七駅ほどで目的地に到着する。
空いている席を見つけ、向かい合うようにして座る。
しばらくは停車していたが、発射の合図と共にゆっくりと動き出した。
窓から見える景色を眺め、思いを馳せるほのか。
花より団子と言わんばかりに駅弁を口に放り込むなぎさ。
どこまでいっても二人は正反対だった。
レールの上を走る列車の揺れが何とも言えない懐かしさを感じさせ、カタン、コトンと昭和の音を響かせる。
のんびりとした旅路。だが、のんびりとは無縁の少女が乗っているのだ、すぐに何か異変が起きた。
しばらくすると、急になぎさが苦しみだしたのだ。
「んー!むぐうっ!」
「なぎさ、大丈夫?」
慌ててなぎさの後ろに回り込んだほのかは、何を思ったのかその背中を叩いた。ものすごく鈍い音を立てて。
「……っぷはぁ!ありがとう、ほのか」
「どういたしまして」
どうやらあまりに急いで食べていたために途中で喉に詰まらせてしまったらしい。何かと人騒がせな人だ。
「よーし、まだまだ食べるぞー!」
今喉に詰まらせたばかりなのに、そんなことはもう忘れたと言わんばかりに再び駅弁をかっ込む。これにはほのかも苦笑いせざるを得なかった。
「……ほーふぃふぇはふぁー」
ふと何かを思い出したなぎさがほのかに話しかける。
「なぎさ。食べるか喋るかどっちかにしたらどう?」
ほのかの指摘もごもっとだ。ごくん、と口の中に頬張っていたものを飲み込んでしまってから再び口を開く。
「そーいえばさ。プリキュアになって走って行ったほうが早く着くんじゃない?」
ずっとそのことを考えていたらしい。ふざけているような提案だが、言っている本人はいたって真剣である。
「プリキュアの力をそんなことに使うなメポ!」
突然何を言い出すのかとメップルが抗議する。彼にとってプリキュアは光の園を守るための力。私利私欲のために使われるなどたまったもんじゃない。
「しーっ!ほかのお客さんに聞こえちゃうでしょ?」
「め、面目ないメポ……」
確かに、プリキュアの脚力ならばこの列車と同等・もしくはそれ以上fr走れるかもしれない。しかし、そのようなことに使うことは、ほのかが反対するに決まっている。二人一緒じゃないと変身できないため、なぎさの考えが実行されることはない。……たぶん。
「なぇ、なぎさ」
「ん?」
再び駅弁にがっついていたなぎさにほのかが尋ねる。
「本当に来ちゃってよかったの?部活の練習は?」
「ふぉふぇふぁ……ん……大丈夫。休みとってきたし、それにまだ試合まで全然あるし(まぁ、監督にばれたら怒られるかもしれないけど……)」
「そう。ならいいんだけど……」
「ほのかこそ大丈夫なの?実験の途中だったりとかしてない?」
「うん。提出用のレポートも昨日のうちに終わらせてきたの」
「さっすがぁ」
戦い続きの日々からつかの間の開放。それが彼女らにとってはとても嬉しかった。嬉しかったのだが……。
「あれ……?なんだかスピード落ちてきてない?」
だんだんと列車が減速し始めていることに違和感を覚える。
「駅が近いんじゃないかしら」
「駅?……それっぽいのは見えないけど……」
スピードはそのまま落ち続け、何もない場所で止まってしまった。
おろおろしていると、左右のドアが開き、アナウンスが流れだした。
「化け物が車体を止めてしまいました!お客様は落ち着いて両側のドアから外へ逃げてください!」
しかしこの状況で落ち着いていられるわけもなく、アナウンスが終わらないうちに乗客は我先にとドアへ駆けていく。
「ねぇ、なぎさ……」
「化け物って……まさか……っ!」
開かれたドアから入ってくる怒鳴り声は、聞き覚えがあるものだった。
「ザケンナー!」
毎日のように戦っている相手が、そこにいる。
「どうして……っ!」
「もっとありえなーい!」
せっかくの休日にまで現れるザケンナーに頭を抱えていると。
「わぁっ!」
人の波に呑まれ、男の子が転倒してしまう。
「たける!」
「お母さん!」
母親らしき人物も、息子を助けようとするが人の波に押されてしまい、抗うことができないでいる。
救けなきゃ。心がそう訴えかける。
「ほのか、すぐ戻ってくるから!」
そう言うと、なぎさは男の子のもとへと向かう。
「なぎさ!」
スポーツをやっているため身体能力は高く、さらに毎日の戦闘の中で培われている動きもあり、座席の上を華麗に跳躍してどんどん奥へと進んでいく。
「お母さん……」
今にも泣きだしそうな男の子。
このまま世話っていては押し寄せる人波に押し潰されてしまうかもしれない。その前にそこから助け出さなければいけないのだ。
守らなきゃ、と思う心がさらに燃え、力が入る。
「大丈夫?」
自己の腕をスティックのように扱い、男の子をすくい上げる。どうやら間に合ったようだ。ひとまず安心し、ため息をつく。
不安がる男の子に、なぎさはどうにか元気づけようと話しかける。
「お母さんの所に連れてってあげるから!」
来た道を戻るだけだが、男の子がいるためより力が必要、重心もずれる。これはいくらスポーツマンだとしてもとても辛かった。
「はぁぁぁぁ!」
それでも、火事場の馬鹿力とでも言うべきか、スピードを落とさずに走り切り、最も空いていた出口に滑り込む。ファインプレーだった。
「たけるー!」
「お母さん!」
どうにか二人を合流させることができ、嬉しそうにはにかむ。
「ありがとうございます!」
ペコペコと何度も頭を下げ女の人がなぎさに向かってお礼を言うが、なんだか少し気恥しい。
「いえいえ。それより、早く逃げてください」
ザケンナーの脅威が及ばないところまで逃げるように促す。照れ隠しも含めて。
「あなたたちも気を付けて!」
女の人が男の子をひいて逃げていく。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
男の子が懸命に声を張り上げ礼を言ってくれたのは嬉しかった……うん嬉しかった……。
「お兄ちゃんじゃないんだけどなぁ……」
そこだけ少し引っかかってしまったのだが、なぎさのつぶやきはもう男の子には聞こえない。
「もう、なぎさったら。いっつも無茶するんだから」
「ごめんごめん」
言葉では謝っているが、無茶をやめる気は毛頭ないだろう。だが、それがなぎさのいいところでもある。
困っている人がいたらほっとけない。そのお人好しの心が、きっと彼女を強くしているんだと思う。
乗客が全員避難を終えたことを確認してからザケンナーと対峙する。
しかし、そのざけんなーに対し二人は違和感を感じていた。
「ねぇ、あのザケンナー……」
「何も乗り移っていない……?」
普段は何らかの物に乗り移り力を奮うのだが、今回はそのような風には見えず、乗り移る前の流動体のような姿をしている。
何かの意図があって……相手の策略だろうか。
「なんだかよくわかんないけど……」
「いくよ、ほのか!」
策略であっても立ち向かわなければならない。どんな逆境でも、必ず勝ってみせる。
他人の視線がないことを確認してから二人は手を繋ぎ、叫ぶ。
「「デュアル・オーロラ・ウェーブ!」」
瞬間、極彩色の光の柱が二人を守るようにして出現した。
その中をくぐりながら、なぎさは黒、ほのかは白を基調とした服へと変化する。
上に下に、腕に脚に。長髪のほのかは髪がゴムでまとめられた。
変身が完了すると、空中に投げ出され体制を整えながら着地する。
「光の使者:キュアブラック」
「光の使者:キュアホワイト」
「「ふたりはプリキュア!」」
「闇の力のしもべたちよ」
「とっととおうちに帰りなさい!」
伝説の戦士:プリキュアの変身した彼女たちの身体能力は格段に跳ね上がる。
後方の車両にいた二人も、地面を一蹴りすれば、既に先頭車両だ。
「だだだだだだ!」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
「ザケンナー!」
まずは車体からザケンナーを引き離す。戦いの中で壊してしまうわけにはいかない。
「ザケンナー!」
ザケンナーが反撃にかかるも、ブラックは軽々とよける。
「だだだだだだっ!」
さらに追い打ちをかけ、ラッシュを決め込む。そのまま吹き飛ばされ、山肌が一部抉れてしまった。
だがもちろんザケンナーもやられっぱなしでは終わらない。
「ザケンナー!」
「きゃあっ!」
ホワイトの足を摑んで振り回し、投げ飛ばす。
「ホワイト、大丈夫?」
「えぇ」
飛ばされ、地面に打ち付けられる前に回転して体勢を整えたため、ダメージは受けていないようだ。
ザケンナーが完全に押されている。
何しろ単純な戦闘力勝負になるのだ、通常のザケンナーが彼女たちに勝てるはずない。
力の差は歴然だった。
「でやぁっ!」
「ザ、ザケンナー……」
転倒したザケンナーが体を起こそうとしている間に、二人はそこから距離をとり再び手を繋ぐ。
「ブラックサンダー!」
ブラックには黒い稲妻が。
「ホワイトサンダー!」
ホワイトには白い稲妻が。
体中を駆け巡り、手を通じて混ざり合う。
「プリキュアの、美しき魂が!」
「邪悪な心を打ち砕く!」
「「プリキュア!マーブルスクリュー!」」
漆黒と純白の光が螺旋を描きながら、さらにその輝きを増していく。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
「ザケンナー……」
ザケンナーは為すすべもなくその光の渦へと巻き込まれていく。
浄化完了。
「ゴメンナー」「ゴメンナー」「ゴメンナー」「ゴメンナー」「ゴメンナー」
浄化されたザケンナーは小さな星型に分裂し、ゴメンナーとなる。
「ゴメンナー」と呟きながら去ってしまう様は見慣れてしまったら案外かわいいものだと思えてくる。
ザケンナーを倒し終えた二人は列車が壊されていないかを確認。
「……うん、大丈夫みたいだね」
すぐにザケンナーを引き剥がしたことで、大きな損壊が与えられることは避けられた。
これで一安心……
「じゃない!どうしよう、列車止まっちゃってるしー!」
ザケンナーが出てしまったせいでさらに時間をくってしまった。
この状況なら、しばらくは動かないだろう。
レインボーシティ行きの交通機関を探すのにもまた時間がかかってしまいそうだ。
「どうしようか。今日はもう諦める?」
ほのかが一つの選択肢を提示するが、もちろんそれをなぎさが受け入れるはずもなく。
「諦めるなんて絶対にありえない!ほのか、行くよ!」
「え?」
「これは不可攻略……そう、不可攻略よ!」
「なぎさ、それを言うなら“不可抗力”。まったく、しょうがないわね……」
地面を強くけり、空へと飛び上る。
目的地を確認していたところで、先程まで戦闘に用いていた力を移動に使われるとは思っていなかったのだろう、メップルが驚く。
「何やってるメポ!」
「列車が止まっちゃったんだから、しょうがないじゃない」
「しょうがなくないメポ!早く変身を解くメポ!」
光の園の勇者として、不正は一切許さない。だが、そんな言葉が効くはずもなく。
「へへーん。やだね」
それでも諦めずにブラックを説得しようとするメップル。だが、ブラックはまるで聞く耳を持たない。
結局、(一方的に)言い争いをしているうちに目的地の目の前までやってきてしまった。
「やっぱりプリキュアだと速いね」
ようやく変身を解いたなぎさ。
「メポー……」
ここまで来たらもう諦めるしかなかった。力なく声を発する。
「なぎさ、今日だけだからね?」
「わかってるって」
「絶対わかってないミポ……」
仕舞にはミップルにまで言われてしまう始末。この人徳のなさは一体どれほどまで積みあがっているのだろうか。
「ほのか、行こうか」
そんなことはどこ吹く風と、先に進み出すなぎさ。
この時はまだ誰も知らなかった。
これが、これから訪れる悪夢への引き金だったことを。