後輩たちの声がグラウンドにこだましている。そのたびに、監督がノックを打った音が聞こえる。たまに、誰かがエラーをするとひどい声も聞こえるが。
僕と高貴は監督に挨拶した後、軽く走って今は、ベンチの前でストレッチをしている。
「相変わらず柔らかいな海人は」
「そう?」
高貴が背中に体重をかけてくるのに合わせて、僕も前屈をする。土が目の前に近づいてきて、目をつむった。
それから、肩を温めるためにキャッチボールをする。グラウンド内はノックの真っ最中で入れないので、狭いファールゾーンでやるしかない。
力を抜いて、リリースの瞬間にボールを切る。指がボールを削った感触があり、白球は沈むことなく20メートル先の高貴のミットに収まった。小気味のよい音が鳴り響く。
そんなやり取りをしているうちに、後輩たちのノックが終わった。それに合わせるように、僕たちもベンチに下がる。
「海人先輩、相変わらず球きれいですね」
「そんなことないよ」
新チームのキャプテンにして、唯一、旧チームのレギュラーを張っていた小島 雄太が人懐っこい笑顔を浮かべている。こんな顔してるのにプレーになると超一流だ。
「先輩は高校決めたんですか?」
「決めてないよ」
みんな同じことを聞いてくる。だから、決まってないっつうの。でも、小島に当たるのはお門違いなのでこらえた。
少し小島と雑談した後、監督の声が聞こえ小島や後輩たちは、グラウンドに散っていった。今度はバッティングらしい。どうせ、バッピをやることになるだろうから一応肩作っとくか。少し離れたところで座っていた高貴を連れてブルペンに向かった。
やっぱりこの小さな丘はいいな。グラウンドの中心ではないけれど、なぜか落ち着く。ここで、何万球投げたかわからないから、それもそのはずだろう。
立ち投げで軽く投げた後に、高貴を座らせた。部活に来なかったからと言って、何もしていなかったわけではなく、毎日投げたりはしていたので全く衰えていない。それどころか、疲れがない分いい球がいっている気がする。
「走ってるね」
「だよね」
気のせいじゃなかった。ニコニコの高貴が言ってきて、思わず顔がにやけた。
ストレートよし、変化球よし。ストレートはしずむ気配なくミットに吸い込まれ、変化球は、とりあえず曲がりまくった。それも、高貴が取りこぼすほどに。
気持ちいい。僕は自分自身が乗ってきていることに気が付いた。いつの間にか、その世界に入ってしまっていて、周りのことなんか気にならなくなっていた。
だから、声をかけられたときにはびっくりした。
「舩見君。相変わらずいい球投げるわね」
「え?」
急に女性の声が聞こえたので、思わず力んでしまった。球は、高貴のはるか上、ネットをも超えてしまった。悪い悪いと大声で言って、手を合わせる。高貴は大丈夫と言ってボールを拾いに走っていった。
「あなたは?」
美しい女性と二人きりになる。というか、なんでこの人は僕のことを知っているのだろう。
「私は、高島 礼。青道高校でスカウトをやっているの」
女性は、ポケットから名刺を出して見せてくる。
青道高校といえば東京の名門じゃないか。何年かは甲子園に行けていないけれど、打力は全国屈指。でも、投手力に難ありという高校だ。
「そうですか……というか中入ってきたらどうですか?監督には伝えておきますので」
網越しに話しているというのもおかしなものだ、僕はそう促すと、監督に伝えに行った。
「高島さんという方が来ているのですが」
「ああ、話は聞いているよ」
話聞いてるなら早く言えや。僕はそう思う。心臓に悪い。
少しして、高嶋さんが僕たちと合流した。監督はグラウンドにいる選手たちに気にしないようにと大声で言った。
「改めまして。私は青道高校野球部、高島 礼です。今日は、船見 海人君、新田 高貴君をスカウトしに来ました」
この出会いが、これから先の運命を変えることになるとは思わなかった。