痛む足を擦りながらバーを出る。
ああチックショウ、あのプリティー髭のダンディーめ、全部終わったら痛い目に見せてやろうか。
具体的にはあの人のサングラスのレンズを度入りにしてやるとか。
「とりあえずは今日もハエの駆逐やなぁ。なんやろなあ、疲れたなあ」
エセ関西弁を語りながら夜の道を歩く。
スカイライナーの弾の減りも早い。
怪しまれぬように、ちょっとずつ……くすねる。
そう、くすねよう。
そんなことを考えながら、バーから家まで半分の距離くらいになったとき。
路地裏から、嬌声が聞こえた。
「………………」
本人からすりゃ秘密の
まあ、歩いてるだけなら、ハエがヒエラルキーの頂点に立っている今だと問題はないけれど。
「も、もっと!もっと奥にィ!?」
「ギチッ、ビチャッ」
見るも無惨な光景であった。
女の人が、ハエにのし掛かられている。
正直言って直視すると吐きそうなので、早々にフェザーを取り出す。
「…………そこな女性、我慢してくれよ」
小さく呟いて、ハンマーを引く。
引き金に指をかけ、照準を合わせ……。
「何してるんだい?」
「っ!?」
ふいに銃口を捕まれた。
とっさに蹴りを入れて離れる。
「んだよ……。お前、誰だ?」
緑の鎧に背中に生えた羽。
聴かなきゃよかった。
だって───
「ベルゼブブ様に仕える三天王、とだけ行っておこうか。ん?今は二天王だな」
「そんなこと言われたら、殺さなきゃいけなくなるから!」
すぐに引き金を引く。
あっちのプロレスしてる方は後回しだ。
まずは、この男をどうにかしなければ。
「……?なんだ、これは?」
「す、素手で!?」
寸分の狂いもなくハエの眉間に吸い込まれた弾丸は、しかし素手でがしっと掴まれた。
「もしかして君かい?私たちのことをつけ回っている反ハエ派と言うのは」
「ちょっと何言ってるのかわかんない。ベルゼブブとかなんとか言ってる変人を撃っただけでしょ。頭おかしいんじゃないの?」
スラスラと口を突いて出る嘘。
しかし、それが行けなかった。
「ふうん……?呼吸速度、口数、目線の乱れ……。なるほど、君は嘘を
「なっ!?」
「私は人体にとても興味を抱いている。ここに来てから幾人の女を食べ、そして研究した」
そこでハエはチラリと女の方を見る。
「私の突然変異は分身能力でね。こうやって、沢山の同胞を産み出すことができるのさ」
ハエの幹部は鋭利なツメで自らの皮膚を切ると、血を垂らした。
その血から、わらわらとハエが産み出される。
まだ小さいサイズなのが救いだが…………その数、ざっと見て30。
え?なんで小さいハエなんか数えられたかって?
いや、ふつうにその場で浮いてて動いてなかったからね。
「無限の、連隊……」
「ん?いいセンスだ。これからは、この能力をそう呼ぶことにしよう」
「ほざけっ!!」
余裕の笑みを浮かべるハエの幹部に銃弾をぶちこむ。
ハエは今度は掴むことなく、腕を交差させて銃弾を受けた。
……それもいけなかった。
「ありがとう、手間が減ったよ」
「なっ……。ああっ……」
その空いた穴から流れる血からも、ハエが産み出されたのだ。
こんなの、どうやって勝てばいいんだ?
バーに帰ろうにも、ここからだと距離がある。
何をすればいいのかわからない俺は、一目散に駆け出した。
「む?逃げるつもり?まあ、覚えておくよ。私たちの洗脳にも耐えた人がいることを。……ふむ、君の体にも興味がわいた。食べさせておくれよ」
「ぎゃああああ!!」
貞操のッ!危機ッ!!
そうして走ってしばらく。
バーまで戻ってきた俺は、店を閉めようとしていたマスターに「かくまってくれ」と伝え、その日、バーで眠る事になった。
「もしもし、母さん?今日さ、帰ろうと思ったら不審者に襲われてさ。危ないから、今日は知り合いの家に泊まろうと思う。……うん、大丈夫。はい、はい。じゃあね」
受話器を置く。
マスターは家に帰った。
話を聴くと、反ハエ派は今のところ俺しか判明しておらず、マスターたちは攻撃する素振りを見せなければ安全らしい。
明日が休日で良かった。
マスターの話によると備え付けの風呂もあるようだし、今日のところはここで眠らせて貰おう……。