ゴン、ゴン。
いくらほど眠ったかな。
俺はドアを叩く音で目が覚めた。
『マスター!いる!?他の誰かでもいいから!開けて!』
ヒバリさんの声だ。
何かあったのかと起き出そうとするが、体が動かない。
金縛り……?
『鍵は……。あれ、開いてる」
ピクピクと痙攣する俺をよそに、バーの扉が開く。
入ってきたのはいつものセーラー服姿のヒバリさんだった。
「おじゃましまーす……。ん?
そう、いっつも忘れられるけど俺の名前は
ヒバリさん、よく覚えてたなあ。
「ふう……。ハエは……来て、ないみたい?」
チラチラと扉の方を気にするヒバリさん。
え、追われてたの!?
動け、動け体……!
「はあ……。今日はここで寝させてもらおうかな……」
図太すぎるだろ。
「渡瓶君は……。寝てるね」
床にうつ伏せだからわからないだろうけど起きてるんだな、これが。
体動かねえけど。金縛りってスゲー。
「マスターに後で謝っておこ。まずはお風呂……」
そうして聴こえる衣擦れの音。
チックショウ動けよ首!もっと角度つけて寝ろよ俺!
なんでギリギリ見えないところで着替えするんだよ!
「お風呂借りますね……。なに独り言呟いてんだろ私は」
ぐおおおお!
俺は今、今年一番の力を出して首を動かそうとしている!
バタン。
あー……。
移動しちゃったかー……。
もういいや。寝よ寝よ。
どうせこのまま金縛りは続くんだろ、わかってんだからな。
そーですよ、お色気展開にはならないですよばーかばーか。
『~♪』
………………。
どうしてヒバリさんはハエと戦うのだろう。
俺みたいに周りがイカれてるから直そうとしているのだろうか。
それとも、コブさんやマスターみたいな、私怨から……?
体が動かないなりに脳が勝手に働く。
寝ようと思っても中々眠れず、どうでも良いことが頭を駆け巡る。
テストの答案、ぷってぃんプリンのぷってぃんの謎、ヒバリさんの着替え、コンビニでドキドキしながら買った食玩、幼き頃に見た
あれ、煩悩に八割を犯されている。
くっっっっっそくだらない俺の脳にショックを受けていると、浴室のドアが開く音がした。
「ふう~……。良いお湯だった。シャワーだけだけど」
それは『良いお湯』と言うのか。
……言うのか。『シャワー』も『お湯』であるから言っても大丈夫なのか。
「布団は……。さすがに場所を教えてもらってないな……。え?これって、その……。……………………」
え?何?なんで黙ってるの?
と、俺が思案していると。
「ふむん…………」
「…………!!」
俺の使っている布団に入ってきやがった。
いや、ソファで俺の掛け布団取って寝ればいいけど、でも俺は金縛りでそれが言えないからぐむむむむ。
「けっこう体はがっしりなんだな。ふむ」
目を回しそうな俺の隣で、ヒバリさんは横向きに寝ている。
そこまで近づかれるとさすがにばれる……!
いや、平常心だ。ハエと戦った後にしらばっくれる感じで。
仮面を被れ、仮面を。
「……つついても起きないかな?」
とっくに起きてるよ。
そんな俺の心情はお構いなしに俺の頬をつついてくるヒバリさん。
ここは一つ、演技を……!
「むに」
「やばっ。起きちゃう起きちゃう」
『ちょっと起きそうな雰囲気を醸し出す』作戦!
……いやなんで寝てる演技してんだよ起きればいいだろこの状況を打開するには!
「ふう……。眠くなってきた。寝ようかな……」
ヒバリさんが体から力を抜く。
そのせいかヒバリさんの体が丸まって顔のすぐ隣に頭が……。
「おやすみ……」
クソッ、なんの成分なんだよこの甘い香りは!
「……!…………!…………ッ!!」
結局、ヒバリさんが来てから全く眠れなかった。まる。