「ん…………?」
なんかベッドの質感変わったなあ、と思って目を覚ました。普段より硬いし枕もない。どこに消えたんだ、と手探りでまさぐると、枕の代わりに草らしき感触。それは草生えますよ(激ウマギャグ)なんてくだらないことを考えながら目を開いて発狂した。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
おかしい。俺は自宅の寝室で寝ていたはずだ。しかし目覚めてみると、屋外どころか草原で寝ていた。本当にどういうことだ、これは。飛び起きて辺りを見渡すが、見覚えのない場所であり、少しも心当たりはない。ビルだとか住宅だとかが少しも見えないのが不安を煽る。ここが仮に広い公園か何かだとしても、遠くに高い建物の一つや二つは見えて然るべきだろう。少なくとも、近所ではない場所だ。
「……そうだ、位置情報で場所を見れば済むか」
そう思ってポケットに手を突っ込むが――そこにあるはずのスマートフォンはない。よくよく考えると起きた時点で知らない場所にいるのだから、持ち物なんぞに期待してはいけなかった。
「くっそ……! これからどうすれば……」
頭を抱えかけたところで、背中が少し重いことに気づく。どうやらリュックサックらしい。もしかしてこの中にスマホが、と期待しながら降ろして開けようとしたその時、草むらの向こうからガサガサと不思議な音が聞こえた。
「んんっ……!?」
よく見ると、やけに深い草むらだった。俺の腰ほどまでの高さがあり、多分動物も隠れられるんじゃないかなあ、というレベルの。音は徐々にこちらに近づいてくる。
「人間……なわけないよな」
それなら身長で見えるはずだ。小学生くらいなら案外隠れられるかもしれないが、なんというか、人間らしい雰囲気ではなかった。本当に動物の類のようだ。
「まあいいや、自ら人間に近づくなんてどんな珍しい動物なんだ……?」
この時の俺は完全に舐め切っていた。現代日本ののどかな草むらに、単体で人に害をなせるような動物はいないと。いるはずがないと。興味本位で近づいた、草むらの中。そこから、勢いよく
「クワーッ!」
「うおおおおっ!?」
飛び出してきた物体を、最初は小鳥だと思った。羽ばたくし鳴いてるし、そう思って当然だ。しかしその姿は、
「オニスズメ――!?」
尖った
「クワーッ! クワーッ! クワーッ!」
「おい待て何故こっちに向かってくるっ!?」
ゲーム風に言うならこうだ――野生のオニスズメが飛び出してきた!
いや、軽く言ったけど洒落にならない。何故なら、どうやら向こうは敵意を持ってこちらに襲いかかっているが、生憎俺にはそれに対処する手段がないからだ。ゲームなら己のポケモンを使ってバトルするのだろう。だが、これが現実なら俺はポケモンなんて一体も持っていないのだから――!
「ていっ!」
趣味で鍛えた特技、ヘッドスライディングを披露。しゃがみ込めばそのまま上を素通りして飛んでいってしまうのでは、と期待。背上を一陣の風が吹き抜ける感覚。上手くいった、と安心。少し顔を上げると、目前で翼を翻す
「クッ!」
「痛ってえ!?」
軽く右腕をつつかれる。実は夢なんじゃないか、なんて淡い期待は鋭い痛みに溶けて消えた。立ち上がって、腕を大きく振って、必死に走り出す。だが明らかに向こうの方が早い。強い。繰り返しつつかれ、右腕が切り傷だらけになった辺りで、ムカッとした俺は足元の石を拾い上げた。
「くっそ頭きたァァァァ!!!!」
「クワーッ!?」
落ちてた小石、それを全力でオニスズメに投げつけた。向こうは飛行しながら高速で移動している。冷静に考えれば当たるはずはない。だが運良く、石はオニスズメの額を突いた。思わずガッツポーズと笑みがこぼれる。
「しゃおらあっ!!! 見たかあ!!!!」
「クーッ……」
オニスズメは目に涙を溜め、明らかにご立腹だった。そうしてると案外可愛いじゃないか、なんて思ったが警戒を緩めない。追加の小石を用意。目を離さぬまま、徐々に後ずさる。するとオニスズメは意外なことに、翼を翻し飛びさっていった。
「――ふう……」
ひとまず脅威は過ぎ去った、と胸を撫で下ろす。さて、夢ではなさそうなので色々な意味で発狂しそうだが、何故こんなことになってるのか落ち着いて考えよう――そう思った矢先、バサバサと、聞き覚えのある嫌な音が複数で近づいてくるのを感じた。丁度、先程去っていったような――!
「「「「「「「クエーッ!!」」」」」」」
「よくない、数の暴力とってもよくない!!!!」
振り返らずに全力で駆ける。大規模な羽音から、明らかに追ってきてるのがわかる。止まることなんて考えられなかった。ゲームならまだしも、現実にポケモンなんて生物がいたら、丸腰の人間なんて普通に殺すんじゃないか? 少なくとも、五体満足でいられるはずがないという嫌な確信がある。
「くっそおおおおお誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
肺から息を振り絞り、可能な限り叫んだ。息が苦しくなって、走るのがしんどくなった。油断した一瞬の後、何かに滑って背中から
「……マジか…………」
妙に悟った気持ちになって、背後を振り返る。鬼雀の群れとは微妙に距離が開いており、意外なことに奴らよりも速く走っていたことが判明した。もうちょい長く走り続けられてたら逃げ切れたのかなあ、なんてボーッと思った。このまま死ぬのか、それは嫌だ。クソ、こんなところで滑らなければ、と周りを見る。
「…………」
真ん中に開閉ボタンの付いた、赤と白の二色で構成された、無機質な不思議な玉。それはモンスターボールと呼ばれる誰もが知る品物だった。オニスズメがいるならモンスターボールもあるよな、と手に取ってみる。プルル、と小さく手の中で震えた。
「うおおおっ!?」
空だとばかり思っていたので、思わず放り投げた。紅白のボールは弧を描き、目前まで迫っていたオニスズメの群れの先頭、額に傷を追った個体の丁度傷口の部分に接触。ポン、という不思議な効果音と共に、ボールから光が放たれる。丁度自分の目の前――そこに、何かが飛び出した。
「クエ……ッ!」
「リーフストーム――!」
言い終わると同時に、ジャローダは巨大な草の竜巻を生み出し、それをオニスズメの群れへと飛ばした。鋭い葉の混ざったそれは、ぶつかるものを切り裂きながら巻き上げ、吹き飛ばしていく。
――リーフストーム。威力130を誇る、草タイプの大技である。だがその強力な威力と引き換えに、使う度に
「そのまま連打!」
指示に従い、ジャローダは続けてリーフストームを放つ。撃つ度に特攻が下がり、威力が下がるはずが、むしろその破壊力は撃つごとに跳ね上がっていく。これぞジャローダの夢特性、あまのじゃくの力だ。その効果は単純明快、バトル中に下がるステータスを上昇値に変換するというもので、つまりはまあ――
「グワーッ!?」「グワーッ!?」「グエーッ!」
多数の仲間が傷つきながら飛ばされていくのを見て、一部の賢い個体は逃亡を始める。が、一体、戦意を失うどころか寧ろマシマシでこちらに向かってくる個体がいた。掠る草竜巻を物ともせず、回転しながら、ドリルのように鋭く突っ込んでくる――!
「迎え撃ってくれ――!」
指示に堪えるように、ジャローダは力を溜め始める。大きな反動のあるほどの、技を放つ為に――!
「ハードプラントっ!!」
「ロオオオオオオオ!!」
ジャローダの叫びと共に、地面から無数の太い蔓が現れ、オニスズメへと絡みつき締め上げる。憎々しげな目でこちらを見ているが、やがてふっと力なく項垂れ、蔓の拘束も解けた。
「…………」
ゲームでいう、ひんし状態なのだろう。しかし、自分の指示した行動で動けなくなったというのは、何となく気分が悪かった。瀕死であるならば、それは隙だらけの、敵に狙われやすい状態だということ。まあ飛び出してきたのは向こうだが、何かしてやれないかなだろうか――適当にそんなことを考えながら鞄を探っていたら、黄色い結晶のようなものが出てきた。げんきのかけらだろうか。とりあえずオニスズメの開いた口に突っ込んでみた。
「――!」
ガバッ、と飛び起きてこちらを睨むオニスズメ。またつつかれるかと思ったがそんなことはなく、翼を広げてどこかへと飛んでいく。途中、チラリとこちらを見て空の彼方へと消えた。
「……あ、げんきのかけら一個無駄にしたじゃん……」
いやいや、そんな些細なことよりももっと考えるべきことはあった。こちらに近づいてきたジャローダの目を見つめる。
「ええと、さっきはありがとう、ジャローダ」
そういうと、ジャローダはプイッと視線を背けた。何処か不機嫌になったようにも感じる。
「え、ジャローダ……だよな?」
もっと視線を背ける。背けるどころか完全にそっぽを向いてしまった。どういうことだ、指示を聞いてくれてたけど野生の――? いやいや、ボールに入ってたんだしそんなはずは――なんて考えて、気づく。
「いや、そっか。ごめんな、変な事言って――
そう言うとジャローダ――否、レジャーナは、嬉しそうに口元を緩めた。レジャーナというのは無論、ニックネームである。
「ってことはもしかして、他の手持ちも――?」
よくよく見ると、腰のベルトにボールが五つ付いている。手に取って見てみると、どうやら先程までゲームで使っていたパーティがそのまま手元にあるらしい。
「いや……嬉しいんだけど、めちゃくちゃ嬉しいんだけど、全然状況が掴めない……」
近づいてきたレジャーナの頭を撫でながら、一体どういう事態なのか必死に考える。彼女の頭はすべすべとさらさらともふもふの中間みたいな撫で心地で、気持ちがいい。レジャーナも目を細めながら頭を押し当ててくる。
「都合よくこの状況を説明してくれる人欲しいなあ……『あなたの身にはこういうことが起きたのです!』ってビシッと言ってもらわないと、ポケモンに会えた嬉しさと一人ぼっちになった心細さで狂いそうだぞぅ……」
独り言を言った途端尚のこと寂しくなった。思わず、レジャーナを撫でる手も止まる。声が聞こえてきたのはそんな時だった。
『僭越ながら、教えて差し上げましょうか?』
「え?」
声の主を探す。しかし周りには、人っ子一人いない。ポケモンの姿すらない。レジャーナ以外は。
「まさか……まさか今お前、」
『ああ、失礼。この姿ですと喋りづらいですよね』
もくもくもく、とレジャーナの体から煙が出た。え、もしかしてえんまく? でもえんまくなんてジャローダ覚えないよね? 改造か何か? とちょうおんぱを連打された時並に混乱が加速する。煙が晴れた後、そこにレジャーナの――いや、
「ヘンカ完了、っと――私も全てを知っている訳では無いのですが、わかる範囲で答えさせていただきます。何なりとご質問ください、マスター」
「……えっ……ええええっ……」
数秒フリーズ。その後に、全力で息を吸い込んで叫んだ。
「シャアベッタァァァァァァァァ!?!?!?」
「え、反応遅くないですか?」