鞄の中を漁ってみるとキャンプセットが出てきたため、今夜はここで野宿することに決めた。それにしても、ポケモン世界の鞄は本当にすごい。大人用自転車から細かい日用品まで入るのだから、さながら四次元ポケットである。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
湯気の立つマグカップ彼女から受け取る。中身はコーヒーだった。角砂糖を二つ入れ、かき混ぜてから口にする。
「美味いよ」
「それはよかったです」
口元を緩めた彼女の目元にジャローダの面影を感じて、少しドキッとした。
——緑色の長髪。整った顔立ち。凛とした瞳。スリットの入った優雅な緑色のドレスに身を包んだ彼女こそ、うちのジャローダ、レジャーナの
「もう一回、さっきの話してもらってもいいかな?」
「ええ。あなたが望むのなら」
一口コーヒーに口を付け、レジャーナは話し始めた。
「まず初めに、この世界は
「ポケモンが文字通り、人型になれるくらいだもんな」
「ええ――私のように、ポケモンが人の姿を取ることをヘンカ、そしてそういったポケモンをヘンカ体、と呼ぶそうです」
ついでに言えば、ヘンカはフォルムチェンジの一種として考えられてるらしい。まあ確かにフォルムが変化している訳だが、それにしても変化し過ぎな気が。
「ヘンカするのに特に条件は必要無く、ポケモン自身がヘンカしたい、と思えばヘンカ出来ます。ちなみにヘンカしている状態でも、原生種――ポケモンの姿の時と同様、技や能力は使えます」
わかりやすく言うと萌えもんですね、とレジャーナ。わかりやす過ぎる。というか、
「ある程度の知識は満遍なく得ていますよ。ですので、ええ、知識だけですが、マスターと同郷の存在と思って頂いて相違ないかと」
「それは心強い」
右も左も分からない世界の中、自分を理解してくれる者がいることのなんと心強いことか。別にまだそれに困っていた訳では無いが、内心で少しホッとする。コーヒーに口をつけて、ふうっと息を吐いた。
「……手持ちだけじゃなくてボックスの面々も、みんなこっちに来てるのか?」
「いえ、ある程度育成済みのポケモンだけみたいです」
「……そっか」
「…………」
コーヒーを一気に飲み干して、手元のモンスターボールを眺める。ヘンカ、というこの世界特有のシステムを知ってしまったせいで、手持ちがみんな美少女である可能性にある意味戦慄を禁じ得ないが……いずれにせよ、ポケモンが共にいてくれるだけで俺にとっては十分すぎるくらい幸せだ。目が合ったレジャーナが微笑んだ。
「マスター。不躾ながら一つよろしいでしょうか」
「いいよ」
その一言に、やっぱりひかえめな性格なんだなあ、と感じて少し笑みを浮かべた。
「他のパーティーメンバーのうち、一体か二体ほどはボールの外に出しておいた方がよろしいかと。私一人でもマスターを守ることは可能ですが、寝ている間にポケモンの群れに襲われないとも限りません」
「そっか、外でキャンプするのはそういうリスクもあるのか」
「ええ。ですから、可能な限りは街のポケモンセンターか宿で眠るのが一番です。"そらをとぶ"を覚えたポケモンを連れておいて、暗くなる前にそうするのが無難かと」
「なるほど」
ふむ、果たして誰を出そうか……そう思って、モンスターボールの巻かれたベルトへ手を伸ばすと、ポケットの一つのボールがカタカタと動き始めた。
「ふふ、やる気いっぱいみたいですね」
「そうだな。それならお前に出てきてもらおうかな」
ニッ、と笑ってボールを投げる。
「いけ、
「コーン♪」
ボールから飛び出したのは、美しい九本の白き尾を靡かせる、優美な狐――
「わ、くすぐったいよ……っていうかめちゃくちゃモフモフだなお前!」
「コンコーン♪」
頭を撫で、尻尾を撫でて、その手触りの良さ、そして心地良さに感動する。レジャーナがムッとした声で、「私もスベスベですよ、マスター!」といってくるが、仮にも人の姿をしている彼女に触るのは中々まずいと思ったので、「今はモフモフの気分だからすまん」と返して、雪狐を撫で続ける。気持ちよさそうに目を細める彼女を見て、こちらまで嬉しくなる。
「むー……まあいいです。じゃあ今日は、私と雪狐で見張り、ということでいいですね?」
「任せたぞ、二人とも」
「コン♪」
「わっ」
雪狐が俺を咥えて、尻尾の中へと放り投げる。一言で言えばモフモフとフモフモの境地だった。抗いがたい魅力に、「……今日はここで眠らせてもらっていいかな?」と聞くと、尻尾の一部が器用に動いて、寝やすい形へと変化した。
「ありがとう。すげー気持ちいいよ」
「コーンコン」
それは良かった、とでも言いたげな声音だった。
「驚くことばかりでお疲れでしょう。貴方の身の安全は私たちが必ず守りますので、安心してお休みください、マスター」
「すまん、ありがとう……ふわぁ」
欠伸をして、そっと目を閉じる。夢みたいな一日だったと思う。実は本当に夢なんじゃなかろうか。起きたら元の世界に戻っているんじゃなかろうか。
「……まあどっちにせよ面白いかな」
明日から始まる冒険と、明日から戻る日常の両方に思いを馳せて――心を踊らせるのだった。