最近は変わったかも知れないが、一誠が小学校の頃はスポーツが出来る奴がヒーローだった。その上、勉強も出来て面倒見が良いなら自然と周囲に人が集まる。道炎はそんな小学生であり、一誠は周囲の一人であった。
「ほら、大丈夫か?」
ある日、休職の時間中に嘔吐した一誠にいの一番に駆け寄り、雑巾で掃除をしながら声を掛けて保健室まで連れて行ってくれた。当時既に幼少期の体験がきっかけで変態への階段を上って異性への関心が強かった彼にとって女子に人気のある道炎は気にくわない相手だったのだが、これを切っ掛けに周囲の一人となったのだ。……それでも面白くない物は面白くないのだが。
あくまで彼を中心とした集まりの一人。それが少し変わったのは当時気になっていた女子が参加すると小耳に挟んで参加したキャンプでの事だった……。
「兵藤一誠君ですよね? 好きです、つきあって下さい!」
この日、夕暮れの帰り道に他校の生徒、夕麻と名乗る少女に告白された一誠。普段から女子にモテたいと言っている彼が断る筈もなく、即答で了承。写メを撮らせて貰って明日皆に自慢しようとニヤニヤしながら歩いていた時、背後から声が掛けられる。
「……先輩、道炎さんがお話があるので家に来て欲しいと言っています」
背後に居たのは白音。彼女自身には特に重要な用事でなさそうで、伝言を頼まれたから伝えに来ただけの模様。彼女は道炎の家の住み込みで働いている家政婦の身内と聞いているし、家に遊びに行った時に何度も会ってはいるが、姉の黒歌への不躾な視線や学校の行動で嫌われているのは知っていた
「今から? もう遅いし……」
逢魔が時、昼と夜が入れ替わる時間帯にあの家に行くのは流石に抵抗があると尻込みする一誠の姿を見た白音は確かに伝えたとばかりに踵を返し、そそくさと去っていくが最後にもう一度だけど立ち止まり顔だけを向けた。
「……このままだと死にますよ、先輩? あの女に殺されても良いのですね?」
「わ、分かったって!」
一瞬何事かと固まるも、白音の口先だけの脅しとは違う雰囲気に飲まれ慌てて続く一誠。殺されるなどと平和な日本の日常に慣れた高校生とは無縁な話にも関わらず彼は話を信じるに足りる何かを知っているかのようだった。
「……帰りました」
「お、お邪魔します」
土壁に囲われた屋敷の正門を二人が潜った時、門に停まっていた烏が数羽鳴きながら飛去っていく。思わずビクっと身を竦ませた一誠の視界に異様な光景が映った。先程まで晴れていた夕空は黒雲に覆われているが、それだけではない。
「では、いただきまーす!」
丁寧に整えられた日本庭園の一部が大きく陥没している。上から見れば巨大な靴跡に見える陥没の中には血まみれの少年が伏していた。陥没した場所に入っている胴体の右側と右足は押し潰されたかのようにひしゃげ、肉と皮膚を突き破って飛び出た骨は血で赤く染まっている。まるで巨人に踏みつけられた様な状態の彼、銀髪の整った顔つきの彼に対して追い討ちが掛けられた。
其処に立っていたのは一目で怪物と分かる見た目の存在。赤黒い歯肉乃如き色をした逞しい腕、靴から飛び出した巨大で鋭利な爪、何より特徴的なのは頭部だ。歯磨きの仕方を習うための模型を巨大化させて乗せた様な頭に顎まで伸びている巨大な舌。手には身長と同じサイズのフォークとナイフが握られ、切っ先が少年の潰れた腕に向けられる。
これから何が起こるのか、容易く想像が付くだろう。まず、フォークの先が肉を突き破り、骨に当たる。それから無理やり押し込めば傷口がグチャグチャになり血が更に吹き出しながらも貫通するのだろう。次はナイフだ。ステーキを切り分けるかのようにナイフが前後に動き、肉を裂いていく。血管や神経がズタズタに切り裂かれ少年が悲鳴を上げてもお構いなしに続けられ、やがて骨に到達すると再び容易には刃が通らないので乱暴に力を込めるのだろう。ゴリゴリと骨を削り、やがて負荷に耐えきれずに骨が割れて骨髄が露出する。最後に力を込めれば完全に少年の腕は切断されるのだ。
そして、食べられる。あの巨大な口で人の腕が噛み千切られ噛み砕かれる。そんな光景を一誠が想像した時、白音は呆れた様に化け物に近付いて溜め息を吐き、間に割り込んだ。
「……ガキツキさん、お客様が居るのでそれ以上は」
「おや、なる程。では、約束通りヴァーリ君の腕を食べるのは後にしましょう!」
ボンっという音と共に煙が出てガキツキの姿は消え去る。慣れた手付きで銀髪の彼、ヴァーリを持ち上げた。
「……毎回毎回飽きませんね。実はマゾなんですか?」
「ははは、相変わらず冷たいな。まあ、神器も魔力も無しに立ち向かうには厳しい相手だよ。結局大きくなって踏み潰されたからね」
重傷にも関わらず平然と言葉を交わすヴァーリの姿に唖然とするしかない一誠。説明を求めて話しかけたいが言葉が出ずに立ち尽くす中、不意に屋敷の戸が開いて着物姿の女性、一誠も知っている家政婦のお玉が姿を見せた。
「此方よ、兵藤君。……若様から話があるわ」
手招きされるがまま、不自然に落ち着いた一誠は後に続き奥の間に通される。其処には既に道炎が座っており、お茶と茶菓子が差し出される。
「お、おい! 俺が夕麻ちゃんに殺されるって、まさかあの子は……悪魔なのかっ!?」
悪魔、ファンタジーには普通に出てくるも現実には居ないと認識するのが普通の存在だ。だが、一誠は真剣な顔で前のめりに食ってかかる。まるで悪魔が実在すると知っているかの様に……いや、実際に彼は悪魔の存在を知っていた。
『キヒヒヒヒ! 迷子かぁ? 私の腹の中に案内してやるよぉ』
それは夜中のキャンプ場でトイレに向かう途中、遠くにカブト虫を見つけた一誠が追いかけた末に迷い込んだ森の中でその存在に出会った。大型バス程の全長を持つ巨大なムカデ、しかも頭部は人の上半身だ。裸の女であったが化け物にしか見えない存在に一誠でさえも反応するはずもなく、腰を抜かした彼の股間を暖かい物が濡らす。トイレに行き忘れていたと思い出した時、涎を溢れさしながら鋭利な歯を剥き出しにした化け物が襲いかかってきた。
「うわぁあああああああああっ!」
悲鳴が上がるも体は動かない。ただ食われるのみ……とは行かなかった。背後から飛んできた蒼く発光する球体が一誠を通り越して化け物に命中すると内包されていた電撃が解放され、悲鳴を上げることすら出来ずに黒こげにする。蒼い電光に眩んだ一誠の目が回復して最初に見たのは息を切らした道炎の姿だった。
「大丈夫か、イッセー?」
あの化け物が悪魔と呼ばれる存在であり、道炎が陰陽師の末裔であると説明を受けた一誠は自分が知らない世界が存在したと認識する事になった。
「可哀想だけど、記憶を消しても日常には戻れない。お前は裏の存在を知った。今後、知っているチェーン店の看板に気付くみたいに今まで気付かなかった存在に気付いてしまうだろう。なら、変に忘れない方が良いだろうな。……まあ、友達だし何かあったら相談に乗ってやる」
これが一誠と道炎が仲良くなった切っ掛けだ。最初は見えた物に怯えて直ぐに相談に向かい、その内に彼の屋敷に代々従えている妖怪が住み着いているとも知った。平穏は大事だからと自分側の世界に立ち入るのは最低限にした方が良いと屋敷には滅多に向かわない一誠であったが、それでも相談以外に一緒に遊ぶなどの交友は続いた二人。だからこそ、一誠は今此処に居る。
「あの女の正体は堕天使。聖書の神が無差別に人に宿した道具を理由にお前を殺しに来たんだ」
「ま、まあ悪魔が居るんなら堕天使も居るだろうけど……どうして告白を?」
一誠にはそれが理解できない。わざわざ告白し、デートに誘う意味が浮かばない。だが、道炎の言葉は疑わなかった。同じく、道炎も彼女の考えが分からないが、いくつか予想は出来る。
「デートなら二人っきりになりたいと言って人気のない場所に連れてこれるからかもな。……そう考えるとかえって助かったかも知れんぞ? もし家族や友人が巻き込まれる方法だったらどう思う? ……それに俺が間に合った」
任せて置けとばかりに拳で胸を叩く道炎。その頃、白音はヴァーリの介抱をしていた。
「どうせ後で約束通り腕を渡すし、その後で治して貰うんだがな……」
「……それでも私が心配します。あまり無茶はしないでください」
やや不器用に包帯を巻き手当をする彼女に対して不要だと告げるヴァーリだが、それでも手当は行われ白音は拗ねていた。
「悪かったよ。でも、俺にとってこれは大切な戦いなんだ。彼に言われたあの言葉で俺は決意した。……他人から与えられた他人の力を使う神器も、忌々しい祖父や父から受け継いだ魔力も使わずに強くなるってね。……だが、君に約束しよう。絶対に死なないと」
「……本当ですね?」
そっと差し出された小指と小指が結ばれる。二人はそのまま見つめ合っていた。
「……妹に先を越されるとか」
尚、その光景を黒歌が覗いていた……。
「と、所でさっきボロボロになってた奴が居たけど……」
「ああ、昔挑んできた奴で、宿す神器に封印されたドラゴンの異名を名乗ってたから、”自信たっぷりに名乗っているが、あくまでそれは別人の異名だろう? 自分が封印されて動けない其奴が戦うための道具と思っているのか、苦労せず手に入った道具で使う他人の力を誇る、虎の威を借りる狐ならぬ龍の威を借りる鼠なのか、どっちなんだ?”、と聞いたら自分だけの力で強くなるって言い出してな。今は放浪しながら偶に修行に来るんだ」
「……戦闘狂って本当に居たんだな」
「あと、白音と無自覚だが好意を寄せ合ってる」
「ロリコンで戦闘狂ってキャラ濃いな……」
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