かつて道炎と恋が会合した場所、庭の地下に隠された石室にやって来た恋は散らばった紙を拾い上げる。異常な臭気を上げる墨で描かれているのは異形の存在。その下には『ヌッペフホフ』と書かれていた。
「なんだ、また新しいのが出来たのか」
「そんな事より掃除を手伝って下さいな。お約束でしょう? 道炎様が休日に働いている間、家のことをしたいと言いだしたのは貴女ですよ」
部屋の中央には脈動する小岩が設置され、紫の煙が噴出する。それを少し興味深そうに見ていた彼女だが、背後から窘める声が投げ掛けられた。お玉である。二人揃って箒や雑巾などの掃除道具を手に作業の途中であった。
「ああ、そうだね。食べたいほどに愛しい道炎の為だ、頑張るとしようじゃないか」
普段は仕立ての良い着物を優雅に着こなし、髪もおろしている恋だが、今は汚れても良い割烹着にして髪も結んで三角巾を被って万全の体制だ。少々手際が悪く掃除を進める中、手際良く進めるお玉に思い出した様に訊ねた。
「そう言えば聞いたことはなかったけど、私の封印を解いて調伏しようとした道炎の両親だけどさ、一応君からすれば飼い主の子孫で当時の主だった訳じゃないか? 正直、恨んでるんじゃないのかい?」
「いえいえ、死んだ時点で主は道炎様に引き継がれますし、主が貴女を愛するのなら恨む必要がありません。私、そう言う風に作られましたので」
どうでも良さそう口調の問いかけはどうでも良さそうな返事で済まされる。二人にとって夫婦の存在価値など無いかのような口振りで、実際にそうなのだろう。価値観が人とはやはり違っていた。
「ふぅん。まあ、単純に猫から変化させられた君や作られた他の連中じゃそんなもんか。ああ、それにしても昨日も甘美な夜だったよ」
掃除の手を止め昨夜のことを思い出しながら頬に手を当てる恋。昨夜も二人の夜は熱く燃え上がり、恋は抑えきれずに道炎の腕の肉を食いちぎった。鍛えられた腕の筋肉が人外の力で容易に引き千切られブチブチと音を立て、噴き出した血が白い肌を染める感覚を思い出せば体が熱くなる。
掃除の腕は止まったが、細かいやり残しを後からしなくてよくなったので逆に効率が良かったのはお察しだ。
「難儀な性ですね。愛すれば愛するほどに食べたくなるなど……」
「仕方ないさ。私は元々人だけど、何と混ぜ合わされたかは君がよく知っているだろう? 怒りでも怯えでもなく、愛を感じている時ほど人の肉が美味しくなる事はない。我ながら困るけど、彼はそこも含めて好きなんだってさ。自分がちゃんと私を愛していて、それが伝わって嬉しいって昨日も私を後ろから犯しながら言ってくれたよ」
情事に関する情報は別に要らないと、口ではなく目で語るもお玉の気持ちは通じず、自らの体を抱き締めながら身悶えする恋であった。
「最後の辺り何て額に張られた札で拘束されて……いや、私なら平気で抜け出せるけどさ、そういった新しい刺激を常に挑戦して行くようにしているんだ。ほら、私は長生きだし、寿命や老いって一流の術者には有って無いようなもんじゃないか。あはははは、今から今晩が楽しみ……いや、いっそ帰ったら直ぐに……」
「はいはい、夕食はちゃんと食べて下さいね。それと正直邪魔だからテレビでも観て来てください。確か今日が貴公子カルテットの全米ツアー最終日で中継で新曲発表の予定ですから、感想聞く電話が有るかも知れないですよ」
顔を紅潮させ人差し指を艶めかしく舐めながら息を荒くさせる恋を雑な扱いで追い出しながらお玉は掃除を続ける。目立つ埃を掃き終わって雑巾がけが終わった時、部屋の中央に置かれた小岩が振動を開始した。煙が噴き出る勢いが増し、お玉は顔を顰めながら恋が置いて行った掃除道具を手に持って部屋の隅に避難する。
「こんにちは。ボク、ヌッペフホフです」
破裂音と共に砕け散った岩の細かい破片が周囲に広がり土煙が噎せ返るほどに広がって行く。現れたのは岩より大きなハロウィンのカボチャに手足がついたかの様な怪物。カボチャの中央には縦の線が入り、左右に割れて顔が明らかになる。目の部分には像のような凹凸の少ない顔があり、色は死体の如き青白さ。口は大きく鋭い歯が揃っている。何より特徴的なのは足元まで届く長く大きな舌だった。
「本来のヌッペフホフはこんなんですが、ボクはこんなんです。元々はあの徳川家康も……」
何処から取り出したのか妖怪絵巻のヌッペフホフの図を持って誰かに解説するが、お玉は途中で掃除用具を差し出して誕生の際に生じた汚れを指差した。
「予定より早い誕生で汚れを防ぐ準備が間に合いませんでした。掃除手伝って下さい」
「はい……」
「……お兄様の同族ですか」
フェニックス家の令嬢であり、今回有力な眷属候補を求めたレイヴェルはライザーと意気投合している一誠の映像を観ながら呟く。他愛もない猥談で盛り上がっている二人に呆れ顔だが、資料自体は興味深そうに見ていた。
「神滅具『赤龍帝の籠手』の可能性が高いと。白の所有者のお墨付きだから有力そうですが……私がゲームに積極的なら長期的な視点から微妙でしたわね」
悪魔の寿命は長く、必然的にゲームの選手生命も長くなるのだがそれが理由で彼女は一誠が使い物にならなくなると判断した。今の強さや性格ではなく、十秒ごとに力を倍加させるという能力に対してだ。
「いや、若い頃は兎も角、その内にガタが来るでしょう。本来強靭な肉体を持つドラゴンの中でも特に強いドライグだからこそ耐えられるのに……いや……道炎様に頼めば? 私、ゲームに興味はないですが……」
正直言って欲しいと、そう思ってしまった。有能な眷属は箔付けになるし、それが一品物を所有しているというのは自慢になる。自分は嫁入りする立場で有事の際も前線に出る可能性は低いだろうと、力を持ちすぎる事によるデメリットを即座に計算し、見栄や名誉を求める悪魔の欲深さが競り勝った。
「性格は時を掛ければ矯正できるでしょうし……あっ、そろそろ時間ですわね」
一誠とライザーの会話を流していた画面を切り替え、ライブの中継映像に切り替える、本日、彼女が応援するバンド『貴公子カルテット』の新曲が発表される日であった。
「チケットは抽選漏れしましたし、転売屋も他のファンに先に取られましたし、習い事が多いので時間が無い貴族は大変ですわ」
生で見られない事への不平不満を口にしながらもテレビの前で姿勢を正す。ファンの歓声を掻き消す程に響く声でリーダーである男が叫んでいた。
「皆ー! 今日は来てくれて感謝しているわ。それっじゃ、約束していた新曲を聞いてちょうだい」
「きゃー! ジュニア様ー!!」
テレビの前で歓声を上げる今の姿は年頃の少女のままであり、オネェ口調のリーダーである貴公子ジュニアの姿に視線を集中させる。雑音だから使用人に入ってくる事を禁じたレイヴェルはライブ映像に集中し、聞き入りながら彼の写真がプリントされたクッションを抱きしめる。
「相変わらず素敵ですわねぇ。……サイン会とか握手会とかどうにか参加できないかしら? お金なら糸目をつけませんのに……」
ウットリしながら思い出すのは習い事で参加できなかったイベントの数々。基本的に甘やかされているレイヴェルで我儘な性格だが生真面目さが邪魔してサボる事も出来ず悔しい思いをするばかりであった。
「……一か八か道炎様に頼んでみようかしら? あの人、妙に顔が広いし部下の方々も多いですから」
今はライブに集中しようと手に取ろうとした携帯を机に置いたまま呟く中、ライブは順調に進むのであった。
「……あら? メールが」
先程まで電源を切っていたので気付かなかったが道炎から連絡が入っており、どうやらリアスへの説明を代わって欲しいとの事。今回、友人を保護して貰う為だが実質的に神滅具の所有者を紹介するという大きな貸しを作った事になった彼にしてみれば妙な話だと首を傾げる。
「えっと、”流石に今回は公私の区別を付けられそうにない、俺は非常に自分勝手なんだ”、ですか? 報酬は焚き付けにする程余っている貴公子カルテットのサイン色紙か紹介料の割引……捨てる程度の品で『(笑)』が付いていますからコピーでしょうし料金の割引にしておきましょう。リアス様の落ち度リストは沢山添付されていますし……」
貴族の令嬢であり我儘な彼女は家の財力で欲しい物は集めているが、それでも最近は使い過ぎだと怒られたばかりだ。コピーなど既に持っていると料金の割引を選ぶレイヴェルであった……。
「毎回毎回新しいサインの書き方を思いつく度に送って来ますが……正直邪魔ですね、恋様」
「身内の直筆サイン色紙とか要らないしね。うん、燃やそう。焼き芋にでもするかい?」
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妖怪の姿は カクレンジャー 妖怪名 で分かるので