めざせゴブリンマスター   作:葵原てぃー

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わたしはゴブリントレーナー

 小鬼使い(ゴブリンマスター)とは、一般には『小鬼論仮説』に記される()()()()()に与えられた称号である。

 同書は、およそ社会というものに反逆することしか考えない精神性と脆弱な肉体に短絡的知能を兼ね備えながら、知らぬ間に数を増やしては山野にはびこり、人里にて悪行を働く小鬼(ゴブリン)という害悪を記した、れっきとした学術書ではあるのだが、その実、見るべき内容がほとんどない。

 

 小鬼の名前と外見、混沌の勢力における雑兵的種族であることと、「ものごとに大失敗する(ピンゾロを振る)と一匹産まれ落ちる」「緑の月からあらゆるものを奪いに降りて来る」といった只人(ヒューム)に伝わる口伝の類がわずかに併記されているのみで、先祖帰りの田舎者(ホブ)呪文使い(シャーマン)の存在どころか、具体的な繁殖方法すら記載されていないのだ。

 これならば、冒険者ギルドで発行していると聞く怪物手引書(モンスターマニュアル)の小鬼の頁の方がよほど有用なのではないだろうか。

 

 さて、小鬼使いについてだ。

 邪悪にして脆弱な小鬼という種は、まさにその邪悪さによって仲間内ですらいがみ合うような存在である。

 彼らだけでは何をどうしたところで小規模の群れしか構築できず、混沌の軍勢とて雑兵として用いるにはどうしても数が不足するはず、という的外れな理論から著者によって創作された存在が小鬼使いだ。

 小鬼は無数に召喚され使役される。それを行うものが小鬼使いである、という仮説で、弱さに見合わぬ小鬼の膨大な数を説明づけるためだけの()()()()()である。

 

「これはひどい」

 

 思わず声に出して呟く。

 王国でも数少ない書庫に収められていた学術書ですらこのありさまだ。知識階級における小鬼に対する無理解と、研究への熱意のなさ(予算が下りない現実)が嬉しくなるほど理解できた。

 これならば、辺境の村人の方がよほど優れた知識を蓄えていると言っても過言ではないだろう。知識階級敗れたり。

 

 小鬼とは、邪悪で脆弱だが、決して無力な存在ではない。

 子供程度の能力()()()()のではなく、子供程度の能力()()()のだ。

 人族の子供が一般的な小鬼への印象と同等程度に脆弱であれば、間違いなく人族はすでに滅び去っている。

 

 最弱の魔物。子供程度の能力。

 

 おおよそこの二文の相乗効果で、小鬼は風が吹くだけで全滅するとばかりの勢いで見くびられているのだ。

 

 ──わたし個人としては、実にありがたい話である。

 

 閉じた瞳のまぶたの裏に、浮かぶ六つの小鬼窓。

 ひとつは小鬼……いや、寝起きの合間に木々の梢の柔らかい部分をもぎ取っては前菜(サラダ)のように咀嚼する、もはや巨大小鬼(ギガンテ)とでも呼ぶべき個体が居座っている。

 残りの窓にはそこまで常識はずれの小鬼はいない。

 みな巨大小鬼の仔らしく堂々たる体格をしているが、彼らが産まれた当時は小鬼巨人もまだ小鬼英雄(チャンピオン)ぐらいの体格しかなかったので、単に長生きできたかどうかの差だろう、とわたしは思っている。

 

 わたしは小鬼使い。

 ……を、目指すだけの無害……というには語弊があるので、まあ多少の毒を持った只人(ヒューム)である。

 まず勘違いしないでほしいのは、わたし自身は王国産まれの王国育ち、軍に守られた都市で生き、王の慈悲によって与えられた国民としての権利と果たすべき義務を享受し、遵守している秩序の徒(ローフル)であるということだ。

 

 わたしが頭の中で小鬼を飼い、育て、教え導いた結果強くなった小鬼たちが村を滅ぼしました──。

 

 そのような与太、誰が信じるというのか。当のわたし本人だって未だに半信半疑である。

 十年前、わたしが唯一能動的に小鬼たちへ攻撃を指示し村を滅ぼした()()()一件とて、同時に起こった魔神王の軍勢による大規模襲撃の一環として扱われているのだ。なにかと好都合ではあるが複雑でもある。

 

 ともあれ、話はまず()()一件まで遡る。

 村をひとつ滅ぼした現・巨大小鬼(ギガンテ)率いる小鬼の大群は、その直後に四方八方へと離散した。小鬼の考えを追想(トレース)して考えるに、恐らくは分け前の量に不満が出たのではないかと思われる。

 大群で村を襲えば潰すのは楽だが、自分以外の小鬼(ぼんくら)もほとんど死なない。分け前はおよそ乱取りで早い者勝ち。上位種にぶんどられることも考えれば、各自で得られる旨みは少なくなるのだ。

 であれば、少ない数で同じように上手いことやれば、それだけ自分たちで独占できる量が増えて得である。

 数が少なくても同じようにできるのかって? なあに俺なら上手くやるさ。上手くいかなくたって他の連中を囮にして逃げりゃいい。俺だけは逃げちまえばそれでいいのさ。

 実に邪悪で短絡であり、小鬼の群れが村を滅ぼすまでに膨れ上がることが滅多にない理由がよくわかる思考回路である。

 

 それから五年経ち十年経ち、わたしが小鬼使いとしての経験(キャリア)を積むうちに、窓の中の小鬼たちも巨大小鬼以外はたびたび入れ替わり代替わりを果たしていた。

 喉元に槍を突き込まれて絶命した大物(ホブ)もいたし、だんびらで脳天から断ち割られた呪文使い(シャーマン)もいた。炎の矢(ファイアボルト)で半身を吹き飛ばされるなんていうのも珍しい話ではない。

 珍しいというのは、突然洞窟に流れ込んできた水で溺死したり、山火事かなにかの煙に巻かれて窒息したり、洞窟の崩壊に巻き込まれて圧死した小鬼だったりのことだろう。まったく不運な小鬼もいたものである。

 

 で、ええと……ああ、そうそう。経験の話である。

 小鬼が『渡り』として移動することで力と知識を蓄えて成長するというのは、この書に()()通り知識階級()()にはわりと知られていると思われる話だが、その経験の積み方にかなり個性が出てくるのだ。

 

 あまりものを考えない、おおらかで気前のいい小鬼は大物(ホブ)を経て小鬼英雄(チャンピオン)に至る。

巨大(ギガンテ)はさすがに例外中の例外だと思いたい)

 悪知恵が働き、気が利いて上位に気に入られる小鬼は呪文使い(シャーマン)として辣腕を振るうことが多い。

 臆病ですばしこく、最後に襲いかかって最初に獲物にありつくような小鬼は、だいたい狼乗り(ライダー)になって、働いているように見せかけるのが実に上手い。

 

 で、今回注目するのはそのどれとも違う。

 何をやってもどんくさく、よたよたしてはすぐ転ぶ。まともに狩りもできないから、宴などがあっても爪弾きにされ、小指一本を分け前にされて外の見張りに回されるようなそんな小鬼だ。

 これが産まれた直後、一世一代の賭けに勝ち、渡りに渡りを繰り返して育つと、なんとびっくり王者(ロード)になった。

 できなかったことが多い時間が長かったためか、ものごとを他の小鬼に任せるのが非常に上手かった。王者としての素質を開花させた瞬間、あれよあれよという間に彼の率いる群れは膨れ上がったのだ。

 

 小鬼は邪悪で矮小であるが、決して無力ではない。

 小鬼は馬鹿だが、同じ失敗を繰り返す間抜けでもない。

 小鬼は怠惰で愚かだが、努力をしないわけではない。

 

 眠っている時を除けばまぶたの裏で誰よりも小鬼を見ている(と断言したいが、この身の平穏のためにそれができない)わたしは今、ワクワクしながらその小鬼王(ゴブリンロード)を眺めている。

 

 役に立たない学術書は本棚に返却し、早々に帰宅したわたしは自室の寝台でまぶたを閉じ、誰よりも近い位置で小鬼王を観察する。

 

 まず観察しろ、そしてとっとと逃げろ。

 十年を越える経験から、すっかりわたしから出す基本的な教えがこの二つだけになっていたこの頃。小鬼王が今どこにいるのか、どこを襲おうとしているのか、そんなことは知らないしどうでもいい。

 重要なのは、小鬼王が十年前に村を滅ぼしたとき以上の規模の群れで大襲撃(レイド)をしようとしていることだ。

 

 小鬼英雄がいる。呪文使いも複数いる。

 十年前にはいなかった狼乗りもいるし、目を背けたくなるようなありさまの盾を抱えた連中までいる。

 そして普通の小鬼となると、もう桁を三つ数えるほどで──。

 

「……んんんっ? 盾ぇ?」

 

 そこで気づいた。略奪するための襲撃になんで盾が、それもわざわざ複数も用意する必要があるのか。

 巣の防衛で()()が上手くいったからと、環境の違う平野の襲撃にまで持ち出すなんていうのは、まるで新米がやるような──。

 

 ヤバい、逃げろ。その襲撃は間違いなく失敗する。

「──ミタイダナ!」

 

 久方ぶりに意識して飛ばしたわたしの思念に気づくが早いか、戦端が開かれた前線を無視して遁走を始める小鬼王。脇目も振らずに一目散。見ていて気持ちがよくなるほどの逃げっぷりである。

 そして逃げたのならば、ひとまずは安心だ。

 

 失敗するだろう襲撃には最早興味の一片もない。

 わたしは()()()()()()()()()()()()に関心はあれど、それがもたらす結果に頓着することはほとんどない。

 人が死ねば悼ましく思うし、混沌の勢力の暴虐に眉をひそめるだけの良識だって持っている。そのあたりは至高神の神官による嘘看破(センス・ライ)に誓ってもいい。

 

 ああ、久しぶりに高揚する出来事(イベント)であった。

 閉じた瞳はそのままで、わたしは睡魔(ザントマン)に身を任せる。視界をうろちょろする小鬼の窓を気にせずに眠るのにもすっかり慣れたものだ。

 

「──さて、それではみんなおやすみなさい(そう、考えるだろう事はわかっていた)

 

 耳に入ってきただけの聞き慣れない声を、いちいち気にする気力もなく。

 わたしは、眠りに落ちたのだった。

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