ある朝、眠りから目を覚ましたわたしは、寝台の中、まぶたの裏で一匹の
獣道すら見当たらない森の中、腹部に浅傷を受けている以外には目立つ外傷もなく、白目を剥いてこと切れている様はわたしならずとも気分が悪くなること請け合いだ。
──逃げに入ったうちの仔が死ぬのは予想外である。少しでも危険だと思ったら一目散に逃げる、を偏執的に繰り返して
逃げきれないような多人数に囲まれたにしては死に方が綺麗すぎるし……毒でも使われたか。見た感じ傷口は綺麗なものだが、すべての毒物が小鬼が使うような汚物系毒物ではないことを考えると、ひょっとしたら暗殺者の類に仕留められた可能性もある。
つまり、
それは少々面白くない。というか怖い。震える。
最終的に
こういう時こそ、普段から真面目に勤務している積み重ねが役に立つ機会である。そう、わたしは健全な
明日からはまた元気に働こう。
ありがたいことに、わたしが作る、木の実や果実をふんだんに使った
さて、小鬼は雑食である。
人族を殺して食う、というのは最弱とはいえ魔物として恐れられる以上は最低限の
野菜にだってかじりつくし、鶏や牛、羊だってお構いなしだ。飢えれば共食いすらするかもしれないが、そこまで追い詰められる前に略奪に走るのが小鬼だ。畑を荒らして家畜をさらうという食に根差した被害が無くならないからこそ、小鬼は忌み嫌われているのだ。
繰り返すが、小鬼は雑食である。
そして頭の中で延々と無数の小鬼との付き合いを繰り返していると、たまには彼らに向けて極めて偏らせた指示をしたくなるときもあった。森に住まう小鬼に、特定、あるいは限定した果実や木の実、茸のみで命を繋がせてみた、というのはその一例である。
もちろん指示を無視する小鬼が大半だったが、なんだかんだで試行回数が莫大である。食えれば何でもいいとばかりに偏食を受け容れる個体もわりと存在した。
知識として持っているものもそうでないものも、とにかく適当に食わせた。おかげで、
これは珍しく
「あっ」
「どしたの?」
だからある日、わたしは偶然にも
目の前の樽一杯に詰め込まれた
「毒──かもしれない」
「ええっ!?」
まさか「これをまとめて食べた小鬼が絶命したのを何度か見たことがある」などと正直に言えるわけもない。
それでもわたしは、自分が巻き込まれて死ぬ可能性と、意識して被害を避ける行動に走った結果、何かあった際に疑われる可能性を天秤にかけ、特に後者を強く恐れたのだ。
結果として、わたしの懸念は的中した。
一定量までは摂取しても無害だが、致死量(
稀少なはずのそれを樽一杯に用意して売り込む。という恐るべき神を崇拝する邪教の徒によって計画された、実効に期待しないからこそ発覚の危険性も極めて薄い、あまりに迂遠な無差別暗殺計画──だったらしい。
わたしの報告によって最初から躓いたが、もしも気づかなければ菓子などに使うことで致死量まで濃縮させていた可能性も低くなかっただろう。
無論、取り調べは受けた。わたしに限らず、同僚や上司、さらには上司の上司の上司まで波及したらしい。親族が行商をやっているという同僚や、仕入れ責任者の偉い人は特に詳しく話を聞かれたというから、小心者としては震えるばかりだ。
もっとも、計画を見破ったわたしには、どちらかというとお褒めの言葉が贈られる形ではあったが。
「それにしても、よく気がついたものだ」
「昔、確かどこかの書庫で見た覚えがありましたので」
図鑑で見た、とは言っていない。
書庫でまぶたの裏を見たら、その果実を手に絶命している小鬼を見ただけで。何度か繰り返し検証し、危険な果実もあるものだと呆れた覚えがあったのだ。
以前
であれば、多少業務に関係のない知識があったところで、読書の成果であると説明すれば納得してもらえるだろうし、本を枕に目をつむっていれば、居眠りしていると思われることこそあれど、まさか小鬼を観察しているなどとはつゆとも思われることはないはずである。
もっとも、うっかり本当に寝てしまうこともあるのだが。
ともあれ。
わたしの職場を唐突に襲った謎の陰謀は、結果としてよりにもよって
× × × × × × × × ×
「お待たせしました。『対混沌勢力大綱』『魔物進化論』『辺境風土記』『小鬼論仮説』──」
「最後の一冊は役に立たん。返してこい」
「あ、はい。でも突然どうしたんですか?
「
「ええと、確か、脅迫から命乞いに切り替える時でしたよね」
「俺もお前も、小鬼王にあのような言葉を掛けてはいなかった。であれば、他に
──ナニガ
「奴らに、いちいちそんな言葉を投げかけるような間抜けが、な」