めざせゴブリンマスター   作:葵原てぃー

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ゴブリン誘拐事件

 ()()のゴブリン、盗ったら泥棒!

 

 さて突然どうしたかといえば、わたしのまぶたの裏で日々暴虐を謳歌している小鬼(ゴブリン)たちについてである。

 わたしが日常を目立たぬよう出しゃばらぬよう、かといって職場での奉公に手を抜くこともないようにと心掛けるように、小鬼たちもめいめい血腥くろくでもない時を過ごしている。

 

 わたしの最初の小鬼(オリジン・ゴブリン)巨大(ギガンテ)化して以来、すっかり昼夜問わず日の大半を寝て過ごすようになってしまい、果たして変化の乏しさを嘆くべきか手が掛からなくなったと喜ぶべきか。

 そうとなれば自然と残る五つの窓に目が掛かることになる訳で、日々逃げ惑っては成長する小鬼という種族たちはまさに日進月歩(ばいそく)の成長を見せてくれる。

 三つ目の窓から見える小鬼は久しぶりに英雄(チャンプ)級まで成育したし、五つ目の窓の小鬼も流れの大物(ホブ)として用心棒をしながら各地の巣穴を逃げ回っている。六つ目の窓の小鬼などは術士(シャーマン)として初めて術の行使に成功したばかりの初々しい威張りっぷりだ。

 

 ただし、先日の小鬼王(ロード)の一件に限らず、小鬼はやはり脆弱なので死ぬときはあっさりと死ぬ。

 四つ目の窓の小鬼は、突如としてねぐらに満ちた毒気(ガス)に巻かれ、真っ先に逃げ出そうとしたところで矢に貫かれてこと切れた。その前の小鬼は、小さな村から家畜を盗もうとした際に、うっかりと逃げ時を逃して囲まれて叩かれて無惨に死んだ。

 他の窓とて、上手いこと育つ前に死んだ個体は、すでにひとつの窓につき両手の指ですら数えきれない。巨大小鬼は寿命(そもそも大往生を迎えた小鬼というものを見たことがないが)まで含めて例外中の例外である。

 

 さて、それでは冒頭の一文に立ち返って二つ目の窓の小鬼の話である。例によって観察(ピーピング)渡り(ドリフト)を重ねて北方の洞穴に流れ着き、それなりにこなれた呪文使い(シャーマン)として小さな群れを率いていた小鬼がいた。

 それが唐突に()()()()()()()

 ことによれば不可視(インビジブル)という術があると読み物に習った覚えもあるので、あるいはその類いかといぶかしんで数日。週を挟んでその窓に変化がないのを再確認して、わたしは確信した。

 

 二つ目の窓の小鬼は、何者かによって()()()()のだ。

 

 そもそもわたしのまぶたの裏に在る時点で不思議極まる小鬼窓だが、まず観察できる小鬼を意図的に交代することが出来ない。ただしその小鬼が死んでいれば()()を意識するだけで窓には新しい小鬼が映るようになる。

 交換を念じるまでは小鬼の死骸の様子が映りっぱなしで、大抵は肉食の獣に食い荒らされるか放置されたまま腐敗してゆく。そういえば五年ほど前にはしばらく、妙に腑分けされたように四散する小鬼が散見された覚えがある。それだって交換するまではそのままだった。

 まあそんな訳で、わたしのまぶたの裏の小鬼は、死ねばただ消えるといった代物でもないのだ。

 そして、消えた術士の窓に交換を念じても新しい小鬼に視点(フォーカス)が切り替わる様子はない。つまり術士は生きているが、わたしの制御下にはないということになる。……はて、もうなんのことやら。

 おかげで空白となった窓をひとつ抱えざるを得なくなり、観察と育成を楽しめる窓が占めて四つになってしまったことを、はてさて嘆くべきか楽しむべきか──。

 

 

 

林檎焼菓(アップルパイ)、三枚焼き上がりました」

「冷える前にそれぞれ獅子分け型(じゅうろく)に切り分けてください」

檸檬水(レモネード)、いくつ用意しますか?」

(ゴブレット)に二十四、氷詰めの水差し(ピッチャー)に十二で。水差しの方は水を二割減らして味を濃く」

鉱人(ドワーフ)のお客様から、飲み物は酒にしてくれと御注文(オーダー)が」

 

 仕事中の厨房は、さながら戦場に例えられる。

 料理人(コック)菓子職人(パティシエ)が真剣に火と刃を操る中を、伝令のようにわたしたちが忙しなく往来(いきき)するのだ。()()に比べれば冒険者に襲撃されている小鬼の巣穴とて、およそ平穏と表現して過言でもないだろう。

 

「はあ、ようやく休憩ですね」

「疲れました」

 人数にして三十を超える同僚のうち一人と共に、二人一組(ツーマンセル)で四半時の休息を取る。今日は特に来客の多い日なので、残念ながら書庫に足を伸ばすだけの余裕もない。わたしは控室の椅子に腰を下ろし、少しでも疲労を抜くためにゆっくりと深く息を吐いた。……んん。

「喉が渇きました」

「私もー。それじゃちょっとお水汲んで──ごめん、少し待ってね」

 わたしが渇きを覚えてぽつりと漏らした言葉に同調した同僚が、汲み置きの瓶に向かって歩き始めたところでなにかに気づいて踵を返した。小走りで厨房の方、廊下の向こうに姿を消していく同僚を見送る。

 

 わたしが職場の菓子の差配に関して菓子職人(ほんしょく)に次ぐ権限を預かっているように、同僚もこの職場においては独自の役割(ロール)を任されている。

 確証はないが、たぶん摘まみ食いを注意しに行ったのだろう。今日の休憩時間はそれほど長くない。わたしは立ち上がって木杯(ジョッキ)に二つ、水を汲んで木机(テーブル)に置く。同僚には悪いが、先に一口だけ唇を湿らさせてもらい、軽く目を閉じる。仮眠ではない。

 

 三つ目の窓の小鬼が最近棲家を変えたので、最近はそれを特に注視している。砂舞う不毛の荒野から、昏き墓所へと突然居所を変えたわたしの三番目の窓の小鬼──小鬼英雄(チャンピオン)

 日常的に逃げ回る小鬼のこと、棲家を変えるなどそれこそ日常茶飯事なのだが、今回ばかりはいささか状況が異なる。小鬼英雄は、彼が率いる群れごと移動……否、転移(テレポート)させられたのだ。見も知らぬ()()から、いずことも知れない所へ。

 

「お待たせ。あ、水汲んでくれたんだ。ありがと」

「あ、いえ」

 耳に届いた同僚の声にパッとまぶたを上げて笑みで応える。気づかれるはずもないことだが、それは気づかれないように努力しなくてもよいということではない。

「まあ、摘まみ食いにも困ったものよ。銀蝿(セサミフライ)とか言うんだっけ?」

「そのように言うところもあるとは聞きますが……さすがにハエ扱いはどうかと」

「それもそうか。じゃ、ナイショで」

「はい」

 同僚はなにかと物怖じしないところがあり、そこが上司に気に入られている感がある。日々をおっかなびっくり過ごす私とはなんとも大違いである。

 

 そう、おっかなびっくり、だ。

 

 十年一昔の以前、あったかどうか定かでもない神託(ハンドアウト)に怯えて小鬼に頼った頃と同じ。

 転移した小鬼英雄が、ひょっとしたらわたしの足の下に潜んでいるかもしれない、という月憂(きゆう)がしくしくとわたしの胃と精神を苛んでいる。

 

 次に休憩に入る同僚と交代し仕事に戻り、せっせかと働いて、陽の落ちる前に家に帰り、ぐったりと寝台に身を沈める間にも、わたしは怯えて震えるのだ。

 まぶたの裏の小鬼の後ろに、ある日わたしが映るようなことがあれば。という想像を幾度となく繰り返し、そうならないよう細心の注意で小鬼を寄せ付けないように考えては、そのための実効指示の効果の不確かさに項垂(うなだ)れてきたのだ。小心者としての年季が違う。

 

 転移したということは場所が不確かだということだ。

 それが朽ちた墓所であるからには、それが只人(ヒューム)の忘れられた施設である可能性も低くない。陽の射さぬ地下であれば、それが都の地下である可能性とて万に一つよりは高い確率と言えるのではないか──。

 

 

 

「あ」

 たまの休みの日。家でのんびり小鬼の観察をしようとまぶたを下ろしたところ、ちょうど小鬼英雄が負傷したところを目撃した。角の折れた小柄な兜鎧が、血飛沫の中で小鬼英雄の右目に右籠手を叩き込んでいたのだ。

 ひょっとして、墓所を守るために迷い出たさまよう鎧(リビングアーマー)だろうか。

 直後、逃走に成功した小鬼英雄の背後には他にもいくつか小鬼とは違う姿が見えたので、恐らくは冒険者の一党なのだろうが。

 ……墓所の守護者(ガーディアン)を呼び覚ました冒険者が、墓所を荒らす小鬼英雄の群れを相手に一時の共闘を果たした、という可能性も捨てがたい。絵になる。いやむしろ詩になる。

 

 右目を喪う危機を切り抜けた小鬼英雄は、後日ふたたびやって来るだろう冒険者の脅威から逃れるべく、群れを捨てて逃げに入る……かと思いきや、なんとそのまま居座るつもりらしい。

 逃げろよ、と思考しようとしたところで、彼らがそこに転移で送り込まれたということを思い出した。つまり()()()()()()のである。

 事前に探索して逃げ道を確保しておけば、と思うのがわたしたち只人の浅はかさ。そもそも小鬼がそんな勤勉な避難対策などをするはずがない。よってその運命は、残念ながらもはや風前の灯と言えるだろう。

 

 

 

 ──まさか崩れた岩盤の下敷きとなって圧死するなどとは、実際にそれを見るまでついぞ思わなかったが。

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