めざせゴブリンマスター   作:葵原てぃー

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ゴブリンは歌わない

「おどろおどろしき呪と共に、足下より天高き塔を築いた邪悪なる魔術師。それを追って槍使いの紡ぐ『飛翔(フライ)』の呪文が、勇士たちを頂へと誘う」

 己の詩に感極まったように、若い吟遊詩人がじゃじゃん、と六弦琴(ギター)をかき鳴らす。

「行く手にはだかる樋嘴(ガーゴイル)も、彼らを阻むこと能わずたちまち地に墜ちる」

 晴れた日の昼下がり、広場の一角で吟じられる勇壮な歌は、昼食を終えた人々から注目を集めていた。

「雲霞の如き小鬼ばらは、小鬼殺しの一振りにて尽く命脈断ち割られ」

 都の流行はとにかく移り変わりが激しい。金剛石の騎士(ダイヤモンドナイト)の新作が飽きられるまで三日もかからぬ中、此度は乾坤一擲の新作らしい。

「真正面より振るわれた重戦士の偉大なる一撃(クリティカル)が、邪悪なる魔術師を六十層の高みより落と(ZAP)した」

 歌われるのは西の辺境、邪悪なる魔術師の築いた塔がわずか三人ながら名のある銀等級一党(パーティ)によって攻略される冒険譚。

「おお交差する運命(クロスオーバー)に導かれし勇士たち、別れを惜しみながら再会を誓い道を分かつ」

 歌い手の力量こそせいぜいが冒険者における玉石級(ちゅうけん)ほどだろうが、いくつもの詩の主役(メイン)を飾る辺境の勇士が()()()冒険行となれば、注目ぶりと話題性も他とは一線を画するようである。

「最高、最強、最優の辺境三勇士による魔宮滅亡の段、ひとまずこれまで」

 一礼する吟遊詩人に向け、拍手と硬貨(おひねり)が降り注いだ。受けが取れたことにひとまずホッとする若い吟遊詩人。

 

 わたしは、そんな様子をボーッと眺めていた。

 

 槍使い、重戦士は気にならない。強いのだろうが、あくまで辺境の冒険者で、都に住むわたしに接点はない。

 それより小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)だ。

 以前に別の吟遊詩人(今日の若い詩人より歌が上手かった)の歌を聞いた際に、その存在と辺境最優の称号、そして他人の評価を長剣大業物(まっぷたつ)に分ける冒険者であるということを知った。

 ひたすら小鬼退治の依頼ばかりを請け負い、貧しい寒村を幾度となく小鬼の脅威から救ってきた英雄(ヒーロー)としての評判と、小鬼よりも上の強さを持つ敵に挑もうとしない臆病者(チキン)としての悪評。

 それでいて(ギルド)から第三位(ぎん)等級の認定、詩人から辺境最優の勲を与えられる、なんとも風変わりな存在であった。

 

 最優? とんでもない、わたしにとっては()()である。

 

 食後の口休めにと購入した巻き菓子(クレープ)をちびちびと口で千切りながら、今日もわたしはまぶたの裏へと心を馳せる。第一窓(ギガンテ)は食っちゃ寝で第二窓(ぬすまれた)のもそのままだが、他の窓では昼飯時(まよなか)らしく()たり()ったりお盛んなのも小鬼らしい見慣れた日常風景である。

 そういえば昔一度だけ、乙級怪奇譚(ホラー)の絵巻物のように、単独で()()に及んでいる最中の小鬼の頭部が柘榴のように砕かれるのを目撃したことがあった。あの時にわずかに窓へ映った全身鎧兜(フルアーマー)が、まさに小鬼殺しであった可能性は高い。

 そもそもわたしの見てきた経験(しにざま)からして、ゴブリン退治をするような駆け出し冒険者に、全身を防具で守るような慎重さを持ち合わせる者はおおよそ皆無だったからだ。

 知識、経験、金銭、そして畏怖。様々な要素が不足しているからだろうし、それでも小鬼側が七割で死ぬとなればそうそう是正もされないだろう。

 

 小鬼は、たぶんわたしよりは強いのだが、一般的な成人であれば誰でもたやすく叩き伏せることが出来るだろう程度には弱い。それでいて好戦的で狂暴だ。

 だが武器を使う。毒も使う。罠だって仕掛ける。

 互いに素手であれば、体格差もあって精々が爪で引っ掻かれる程度の被害(ダメージ)しか与えられないだろうが、切れ味の悪い小振りなナイフでも、首や腹といった急所を刺されれば死ぬのは小鬼も只人も変わらない。

 それが群れれば、致命的(クリティカル)なことの一つや二つが起こるだけの試行回数を稼ぐのも容易であるのだから。

 

「ごちそうさまでした、と」

 

 甘味(デザート)がすっかりわたしの腹に収まる頃には、小鬼の子種もそれぞれの胎にきっちり収まっていた。

 

 知識として役立つことはないだろうが、基本的に小鬼の()()呪文使い(シャーマン)の方がねちっこく、長引く傾向がある。田舎者(ホブ)小鬼英雄(チャンプ)は成長してもさほど変わらずさっさと出す。無論個体差は前提とした傾向だ。

 小鬼王(ロード)は普通の小鬼よりさらに早く、代わりに数えきれないほどに回数をこなしていた。

 巨大小鬼(ギガンテ)は──あそこまで巨大になってからは見たことがないのでちょっとわからない。

 ちょっとだけゾッとする。

 

「……寒」

 

 軽く身震いしてからまぶたを上げて立ち上がる。年越しも近い冬の休日、多少は歩いて体を暖めないと体調を崩しかねない。

 やってたことは出歯亀みたいなものだが、この程度で動揺するだけの情緒などすっかり麻痺を通り越して擦りきれている。それは嘆くべきことかもしれないが、いちいち嘆いていてもどうしようもない。

 

 きっとわたしは小鬼使い(ゴブリンマスター)になるのだから。

 

 

 

 小鬼に歌というものを教えてみたことがある。

 ラララですらなく、あーあーとかうーうーといった調子外れの代物ではあったが、教えた小鬼たちはぎゃーぎゃーごぶごぶと愉快そうに騒いでいたので、それなりに伝わってはいた、とは思う。

 仕留めた餌(ぼうけんしゃ)を前に肩を組んで拍子(リズム)に乗り、まあ合唱でもなく勝手にがなり合う程度だったが、愉快に歌っている間だけは仲良し小鬼(フレンドリー)という珍しいものが見られたのだ。

 耳障りで騒がしいからと、その群れを従えていた巨大な人食い鬼(オーガ)に不機嫌そうに叩き潰されたり、あるいは歌っていたせいで危険を感知できず、熊や冒険者に皆殺しにされるまでのことだったが。

 町や村といった集落を道で繋ぐことで強度を増している只人の社会とはやはり比較にならない。騒がしくも愉快な歌という文化を保つには、小鬼とその社会はあまりに脆弱にすぎるのであろう。

 

「──ん?」

 

 小鬼育成の過去の失敗例を夢に見たある日の早朝、目を覚ましたわたしのまぶたの裏に、前日までと異なる色が存在していた。

 不可知の手段で奪われていた小鬼の窓(にばんめ)が、洞窟の闇の黒一色から窓一面の白へと正反対に変化していたのだ。

 その中央には、ひしゃげた鉄鎧にねじり潰されたかのような無惨な姿。呪文使い(シャーマン)だったはずの小鬼が金属鎧に身を包んでいたとは、どのような指導(コーチング)を受けていたというのか。彼はもはや全く別の上位種であったに違いない。

 

 今、わたしの感じるこの悔しさは、ひょっとして敗北感というものだろうか?

 

「あ」

 

 骸の腰から、華美な装飾仕立ての鞘がもぎ取られる。

 わたしの目の前であるとも知らず死体漁り(スカベンジ)を働いた、黒手袋に鈍色の手甲の持ち主を視線で追おうとして、中央に小鬼の骸を据えたまま微動だにしない窓の気の利かなさに腹が立った。

 そして腹を立てた自分の理不尽に気づいて、意識してゆっくり気を落ち着け、分析する。

 

 窓に映る白一色は雪景色だ。おおよそこの辺りの平地に積もる量ではないので、恐らくは雪山、あるいは遥か北方の地だろうか。

 小鬼王は胸甲止まりだったがこちらは鉄の全身鎧。()()が呪文使いであるにも関わらずの重装備、しかも奪われた鞘からして名剣・魔剣の類を振るっていたことも想像には難くない。……小鬼魔戦士(エンハンサー)だろうか?

 いや、そもそもわたしのまぶたの裏から小鬼を拐かすような得体の知れない力から考慮すると、恐らくは小鬼聖騎士(パラディン)として信仰を押し付けられていた、というのが妥当なところ、かもしれない。

 

 そこまで考えて落ち着くと、わたしは思考の方向性を切り替える。

 雪上に打ち捨てられた小鬼の死骸は、もはや顧みられることもなく埋もれてゆく運命しかないだろう。交換、と意識して念じると、あっさりと白一色の風景は元来の闇一色へと切り替わった。

 ──ちょうど産まれ落ちるところなので、今だけは肌色と血の赤に塗れてはいたが。

 

 聖騎士、いやその前に司祭(プリースト)か。

 小鬼に神を信仰させるなど、きっと小鬼に歌を教えるよりもはるかに難題ではあるだろうが、さてどのように試してみようか?

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