めざせゴブリンマスター   作:葵原てぃー

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ゴブリンですら岩をも砕く

 小鬼(ゴブリン)というものは、基本的に愚かだ。

 自分こそが誰よりも尊く、それ以外の全てが自分のために用意された利用すべきモノである、と常日頃から本気で考えている。これは対象が同族(たまよけ)冒険者(えさ)、あるいは魔神や鬼(クソじょうし)、それこそ育成者(わたし)が相手でも変わらない。

 しかし、どれだけ愚かであったとしても、それは成長しないということを意味しない。むしろ小鬼は大抵の只人(ヒューム)よりも圧倒的に早く育つのだ。

 生後一年の小鬼と、生後一年の只人が殺し合いをする条件で考えれば、成人して久しい小鬼が負ける道理はない……あれ、どうして秩序勢力(わたしたち)滅んでないの?

 

 まあ、十年以上小鬼の生態を観察せざるを得なかった例外(いきもの)にしか訪れないだろう根源的恐怖からあえて目を逸らし、わたしはたまの休日を堪能すべく自作の焼菓子(クッキー)を口に運んだ。

 甘味は好きだ。口にするだけで心が落ち着く。

 小さい頃、空に浮かぶ月が突如として頭上に落ちてきて潰されて死ぬのではないかと、夜を恐れたことがある。

 震えて寝台(ベッド)で布団をかぶって目をつぶれば、そこにはそんなことを気にする素振(そぶ)りをまったく見せない小鬼達の乱行姿があったのだ。月が落ちてこなくたって人はああして死ぬのだと、諦観して気にしなくなるまでさほど時間は掛からなかった。

 そうやって、まぶたの裏で繰り広げられる暗闇と死、流血と汚物で彩られた風景と共に育ち、気が()()……もとい、自我が崩壊しなかったのは、間違いなく甘いもののおかげである。はるか南洋の蜥蜴人(リザードマン)の言葉で、万歳(ビバ)という喝采の言葉があるそうだが、まさにそんな感じだ。甘味万歳(ビバあま)

 

 さて、思考をわたしのことから小鬼のことに戻そう。

 先日ひとつの群れの長として独立した呪文使い(シャーマン)が、配下の小鬼が盗み帰った鉱人(ドワーフ)の工具に目をつけて奪い取った。

 例えばそれがノコギリであれば、短剣(ダガー)の方が武器として使いやすいと投げ捨てただろうし、釘であれば地面にばらまいて踏んだ間抜けを指差して笑うぐらいの使い方で済んでいただろう。

 だが、小鬼が盗み、呪文使いが目をつけたのは、輝く小さな金属製の棒であった。

 ピカピカに輝いているからさぞ大事にされているものだろう、と判断して盗むものを選ぶ程度の価値観は小鬼にもある。使い道がよくわからなければなおさらだ。

 

 解らないなら調べればいいよね……と、わたしが仕事の休憩時間に書庫を漁っている間に、向こう(ゴブリン)はあっさりとその使い方を把握してしまっていた。

 恐らくは、したっぱの小鬼が職人から工具を盗めてしまうほどには鉱人の現場と小鬼の棲家が近いのだろう。

 百聞は一見にしかず(みたほうがはやい)とはそれこそ鉱人に伝わる言葉だったか。だが、盗み見て覚えることに関しては、小鬼はおよそ他の追随を許さない。

 無論、その覚えたことによる優位を独り占めしようとする心の狭さも小鬼の常ではあるのだが、そこはそれ、ずる賢さに定評のある呪文使い(シャーマン)のこと。肉体労働に使用するための知識であれば、手下に恵んでやった方がよっぽど役に立つことが理解できるのだ。

 

 使い方を()()するということは、応用が利くということ。

 小鬼とて洞窟を棲家とする立場上、拾った円匙(スコップ)で柔らかい土を掘り、盗んだ鶴嘴(マトック)で邪魔な岩を砕く、ぐらいのことは自然と体得している。

 それが小さな金属棒の使い方の一つや二つで大きく変わるものか、と侮ってしまえばさあ大変。

 小鬼の貧弱な膂力では、鶴嘴でも尖端を食い込ませる()()がやっとで歯も立たなかった岩盤の扱いが、鶴嘴で尖端を食い込ませることができる()()の岩盤であれば、それを容易に割ることができるようになったのだ。掘削の速度が段違いである。

 それが何を意味するかというと、だ。

 

 自分たちの棲家という場所が限定される防衛専用戦術だった壁掘りの奇襲が、拠点(えさば)を地中から強襲するほどに実用的な速度を獲得する、ということだ。

 

 

「──ああ、これは死んじゃうなあ」

 

 ここしばらくは工具(ハンマー)代わりに使っていた重い棍棒(ヘヴィメイス)を振り上げる田舎者(ホブ)の一撃が、頭上から降ってきた鋼鉄の両手剣(だんびら)によって弾き飛ば(ディザーム)される。

 得物(こんぼう)を鶴嘴の欠けた側、後端に叩きつけることで硬い岩盤を一撃粉砕(クリティカル)する感触に慣れていたとはいえ、目測を外して岩盤をそのまま叩いていた経験も少なくない大物(ホブ)

 その際に、手を痺れさせて武器を取り落とせば格下の小鬼どもに笑われてムカつくだろうと鍛え上げ、実際に笑った小鬼を片手でひねり潰した実績もある確かな握力(もの)が、真正面から否定された。

 ヤバくなったら逃げようよ、と呟きかけるわたしの声に耳も貸そうとせず、それでも小鬼(それ)なりの勝算を抱いて敵に掴みかかる。ああ、()()()()つもりか。

 けれど、渾身にて降り下ろされながら、わずかにも大地に触れることがなかった鉄塊(だんびら)が、行きと全く同じ軌道で跳ね上がり、大柄な緑肌を股下から真っ二つに断ち割るまで、時間はまったくかからなかった。

 

相棒(ホブ)、死んだよ? 逃げたら?」

 地下で総指揮を執っていた呪文使いは、わたしの報告(しらせ)にびくりと身体を震わせた。

 彼の目にも、敵の姿とそれに蹴散らされる配下の小鬼たちの姿が映っている。だが敵対者(ぼうけんしゃ)が狭く暗い坑道(ぬけみち)を呪文使いの懐にまで踏破しきるにはやや遠く、余裕とまではいかないが幾ばくかの猶予はあった。

 壁抜きの奇襲も、力矢(マジック・アロー)の呪詛も防がれた。恐ろしい精度の槍の技も、抗魔(カウンター・マジック)の術も目の当たりにした。

 欲張るのもいいけれど、命があっての物種である。

 巨人(トロル)の棲まう遺跡を囮に工事時間を確保し、いつかの小鬼王(ロード)が率いた以上の数に増やした小鬼たちの巣。それを、地下からそのまま建設現場(ひとざと)に繋いで奇襲から圧殺を図る目論見は破綻した。

 ひょっとしたら地上側でも合わせて包囲攻撃をしていたかもしれないが、この様子では増援も望み薄だろう。

 

 ぎゃあぎゃあとひとしきり聞き苦しい怨嗟の声をがなり立てたあと、ようやく呪文使いは身を翻して逃走を開始した。無論他の小鬼(あしでまとい)は放置である。

 ほどなく、坑道は突如として濁流に沈んだ。押し流されつつなんとか泳いでそこから脱出……する直前に、足首ごと水は凍りつき、その動きをがっちりと封じた。

 途端に恐慌をきたし、力矢を自らの足に発射! 己の足ごと氷を砕きながら、巣の出入口であった地割れ(クラック)を地上まで必死に這い上がり、今度こそ脱出──したところで、彼の命運(チャンス)は尽きたらしい。

 

 ぐちゃり、と。

 わたしのまぶたの裏で、先だっての小鬼(ホブ)に続いて小鬼(シャーマン)が死んだ。

 

「あ、なにか踏んだ!」

「……ゴブリン。たぶん上位種(シャーマン)

「ボクが倒した魔神将(ゴブリン)の仲間?」

「あれはゴブリンではないと何度も言ったはずだが」

「……ボロボロだったところに勇者(あなた)の踏みつけがとどめを刺したみたい」

「ボクの体重がスッゴく重いみたいな言い方やめてよ!」

「うん? このゴブリン、なにか光るものを握っているな。どれどれ……」

 

 呪文使いの亡骸を足元に、その命を奪ったことに一切の呵責を見せない冒険者が三人、笑顔を見せながらはしゃいでいる。屈んで手を伸ばすその首元に光るのは、窓越しにも眩く輝く金と白金の──。

「…………!」

 まずい、と考える前に慌てて目を開いた。

 瞳に写るのは自宅の自室。寝台の上には最近夜も暖かくなってきたので減らした毛布が一枚きり。

 死んだ二つの窓の小鬼を再確認することもなく、わたしは心のなかで交換と絶叫した。

 汗がどっと噴き出す。あれが()()、白金等級の生ける伝説(レジェンダリー)なのだと確信する。

 

 勇者とは神々の寵愛(ギフト)神託(ハンドアウト)を受け、混沌の勢力が企む邪悪な計画を直観(インスピレーション)で察知し、問答無用の一撃で解決して回るというではないか。

 今のわたしが世界で一番恐れるのは、そういった理由のない(ノーヒント)襲撃である。先ほど踏み潰された小鬼が明日の私の姿でないとは言い切れないのだから!

 

 

 

 × × × × × × × × ×

 

 

 

「最初にゴブリンに盗まれた職人さんの工具、冒険者の訓練場に届けられたそうですよ」

「そうか。()()は判るか?」

「ええと……なんでも、硬い金属や岩石を切ったり割ったりするのに使うものだと言ってましたけど」

(のみ)か? いや、(たがね)か」

「あ! それですそれ。呪文使い(シャーマン)と思しきゴブリンが大事そうに握っていたそうです」

鉱人(ドワーフ)技術の一骨子(ひとつ)だ。逃していれば取り返しがつかなかったかもしれん」

「それは……今回のような地面からの奇襲が?」

「そうだな。間違いなく増えていただろう」

「取り返してくれた方に、感謝しないといけませんね。あ、ただ」

「なんだ」

「これを拾うときに、息を呑むような声が聞こえた、と言伝(ことづて)もあったそうです」

「確かなのか?」

「なんでも金等級の凄い方だったそうなので、恐らく」

「そうか。であれば、だ」

 

 小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)は確信する。

 小鬼王討伐時にちらりと存在の可能性が見えた()()()()()()は、やはり確かに存在するのだと。

 ただし、常に全ての小鬼を見ているわけでもないようだ、とも。

 

「そいつのポケットの中には、小鬼がいるということなのだろうな」

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