めざせゴブリンマスター   作:葵原てぃー

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どこにでも住むゴブリン

「先輩先輩、同僚先輩」

「……なんでしょうか同僚後輩さん?」

 

 平時につき、職場にて適度に確保されている休憩機会。二人きりの場でしか通じないだろう()()()た呼び掛けに、同僚先輩(わたし)はまぶたを上げて視線を向けた。

 

 わたし自身は秘めごと(ゴブリン)のこともあって、普段もすすんで話の口火を切ることはないのだが、人間関係にトラブルを抱えたくないので会話にも気を使う。

 基本的に信頼のおける人(コネクションで)しか同僚が増えない割に寿退職(いわいごと)の絶えない職場だ。見習い(ノービス)の頃から数えて六年働き続けているわたし、それより遅く勤め始めた目の前の後輩とてすっかり中堅(ミドル)から熟練(ベテラン)に数えられる働き手である。さてどのような話題かと身構える。

 

「ちょっと弱音を吐きたいので聞いてくださ──そんな嫌そうな顔しなくてもいいでしょうに」

「これは嫌そうではなく、面倒そうな顔と言います。その満面の笑顔で何に弱っていると」

 

 この後輩は気さくで物怖じしないことから、お偉いさん(うえのほう)からも新入りたち(したのほう)からもわりと評価が高い。

 一方でお局サマ(すぐうえ)からはもう少し礼節を弁えて欲しいと思われてもいるし、無闇に偉そうに振る舞う貴族サマ(うざいの)からは毛嫌いまでされている。

 なんでわたしがそんなことを知っているかと言えば、恐らくは次のやり取りが理由になるだろう。

 

「いいじゃないですか、愚痴くらい聞いてくださいよ。折角の休憩時間なんですから」

「その折角の心安らぐ時間をわたしから奪わないで」

「先輩無口ですから、漏れないと信頼してますよ?」

 

 理由にならない返答に辟易しながら口をつぐむ。

 口論はわたしが恐れる破滅のひとつ『思わぬ言葉(ゴブリン)が口をついて出る』可能性の塊であるから、このように意見の対立になる以前で意識して押し黙るように心掛けているのだ。

 その結果として、押しが弱く口は固い(だんまりさん)という印象がへばりついているわたしは、扱い的にはいわば説話にある涸れ井戸のそれである。我が国の王は別に驢馬耳(パットフット)ではないのだが。

 

 ともあれ同僚後輩の担当(おしごと)ならではの苦労──というよりは彼女の友人の比類なき可愛さを吹聴する尊み(のろけ)を黙って聞くことになった。

 

「いやもう、可愛くて可愛くて仕方なくて死にそうで困る。可愛さで死んで即座に可愛さで生き返っちゃいそう」

 

 それでいてプライバシーの侵害や悪評の流説といった漏洩(しくじり)に当たる発言は一切ないのだからまっこと有能な後輩である。

 でも尊みで蘇生(リザレクション)の奇跡を超えるのはやりすぎであろう。

 

 

 

 さて、そんなこともあっていつもよりやや精神的に疲れて帰宅した日。

 いつものように夕食を済ませ、寝台の上でまぶたを下ろすと、時刻はすっかり宵の口(よもあけて)、寝床を抜け出した小鬼たちが雁首揃えて好き勝手しているのが、やはりいつものように見て取れた。

 

 さんざん立木の梢を食い荒らしては森の一角を枯らせていた巨大小鬼(ギガンテ)は、餌を求めて北へじわじわ移動していったらしく、雪山で大きめの熊か何かの肉を食べているのが見えた。巨大小鬼に丸呑みされない大きさの動物はもはや珍しいレベルなので、()()が彼の餌として見込めるのであれば何よりである。

 

 雪山と言えば、以前誘拐されていた小鬼が変わり果てた姿で返された二つ目の窓では現在、一匹の元乗り手(ゴブリン)が得意気に揺られながら果実にかじりついている。

 小鬼が騎乗する獣といえば狼が定番だが、それ以外の獣に乗ろうと試みる個体がいないわけではない。

 ではなぜ小鬼の乗り手といえば狼なのかと言えば、一番の理由は狼には喰いでがないことに尽きるのだろう。

 

 馬や牛、羊といった家畜は、肉が多い上に味がよく、一方で狼は小さい上に不味い……らしい。

 悪食の小鬼のこと、死んだ狼だけを食べないという選択肢はないが、飢えてもいないのにわざわざ飼い狼を屠殺して食べる前例が皆無な割に、牛などは即座に喰い尽くされるのを比較して見るに、おおよそ明らかとは言えるだろうが。

 

 で、だ。この小鬼乗り手(ゴブリンライダー)が悠々と揺られている場所が珍しいのである。

 背中に板状の硬そうな何かを備えた、巨大な首長の竜──似たような姿絵を本で見た覚えはある。確か剣竜(ステゴ)といっただろうか?

 まあ、わたしは小鬼以外のことにさほど詳しくはないので、違うかもしれない。特に調べる気もない。

 

 何をどう間違ったのか第二窓の小鬼が、群れの長であったらしき呪文使い(シャーマン)に命じられて、この剣竜の背に鞍を据え付けたのが先日のこと。

 普通にまたがってあっちへ行け、こっちへ行けと……たぶんそんな内容の小鬼言葉を投げ掛けていたのだと思うが、まったく聞き入れられず、たびたび背から転げ落ちていた。

 熱帯雨林(ジャングル)もかくやという深き密林の奥らしき場所であるためか、地に落ちた小鬼は平然と復帰しては竜の背に再度飛び乗っていた。珍しく根性(ガッツ)がある個体である。

 

 なので、小鬼使い(ゴブリンマスター)を目指す者として、彼にちょっとだけ囁いてみたのだ。

 

 ──ただの鞍よりも、むしろもっと大きな籠とかをくくりつけて、そこに住んじゃえば?

 

 小鬼は小柄で、剣竜とおぼしき四ツ足は長大である。

 その背に並んだ板は据えた鞍へ座るのには邪魔でしかないが、籠をひっかけてぶら下げるための楔としてはこと欠かない程に数があるし、昼間であればほどよく日除けにだって出来るだろう。そして何より。

 

 ──偉く見える……いや、偉くなれるよ?

 

 一番強ければ一番偉いとも限らないが、その可能性が極めて高いのが小鬼の社会だ。そして小鬼にとって、英雄(チャンプ)よりも強大な剣竜の威を借りることが出来るのであれば、それは限りなく絶対者に等しいと言えるだろう。

 まあ、それでも巨大小鬼(うちのこ)よりは見劣りするのだけど。

 

 結果として、悪戦苦闘しながら鞍にまたがろうとしていた小鬼乗り手(ライダー)は、近くの遺跡を根城にしていた呪文使いのいち配下から、森の中を悠々と籠に揺られて生活する野営小鬼(キャンパー)へと文字通り鞍替えしたのである。

 

 ……うん。遊牧小鬼(ノマド)とか竜騎小鬼(ドラグーン)という呼び方はどうにもそぐわなかったのだ。

 ただ跨がれば事足りる鞍とは違い、小鬼製の籠ではしょっちゅう底が抜けて下に転がり落ちていたりするが、その辺りはまあ些細なことだろう。

 

 

 

 今回はそれなりに成果らしきものが上がったと思うが、やはり小鬼使い(ゴブリンマスター)への道は険しい。

 渡りになれば成長しやすい小鬼のこと、住み着く場所が狭くなければ定住したままでも大物(ホブ)になりやすいのではないか? と、天井を高く広く削るような洞窟の拡張工事をさせてみたり、冒険者に襲われた際に逃げて渡りを少しでも増やすため、棲家のあちこちに抜け道を掘らせたりした件数は、十や二十で収まらない。

 その結果、上位の小鬼が増えたかどうかはまあ、さほど変わらないような気もしているが。

 

 それを考えると、こうして悠々と剣竜の背に住み着いた野営小鬼はかなり()()出来ではないだろうか。

 日中には、河を渡る巨大な剣竜の姿に驚き、慌てふためいて逃げていく小船や筏を笑って指差す姿をたびたび散見しているのだ。実に調子に乗って好き勝手している──のはまあ、小鬼にとってはいつものことだが、それを単独(ソロ)で継続し続けられるのは余裕にあふれていなければ無理だろう。

 

 英雄(チャンプ)王者(ロード)では、どれだけ強くなっても、本人や率いる配下に小鬼としての限界が存在する。

 

 呪文使い(シャーマン)であっても、盗み見聞きして覚えられる呪文には限界があるだろう。

 神話級の戦記物に散見する万物分解(ディスインテグレート)城壁崩し(メテオストライク)を小鬼に向けて唱える()()()な呪文使いがいれば話は別かもしれないが。

 ……万が一覚えられれば極めて逃げやすそうだから、飛翔(フライト)の呪文を小鬼の前で披露する呪文使いはいないだろうか? たしか以前、辺境最強が唱えたとか詩に聞いたような──。

 

 と、それはまた別として、そう。乗り手(ライダー)の強みだ。

 只人たちの乗り手(それ)とは異なり小鬼の()()は、乗る対象の強さをそのまま借りて、自らが強くなったように見せかける役割(ロール)と言える。

 それでも今回の剣竜のように、飛竜や火竜に騎乗するような真似が出来る小鬼がいれば、その小鬼が好き勝手する際の影響が飛竜や火竜と同等となってしまうのだ。

 

 あまりに手軽であり、同時に危険でもある。

 

 小鬼は臆病で怠惰、強欲で卑怯なので、危険を冒して凶悪な獣を手懐け(テイム)したりすることはない。

 先程小鬼が狼に乗る理由を考察したが、小鬼にとって狼の強さが小鬼でもなんとか出来ると思われている、というのがやはり一番大きいのだろう。

 知らないということは恐ろしいことだが、逆に恐怖を感じないという利点にもなる。

 

 もしも、群れの全員が飛竜や火竜に乗るような小鬼の集団が発生したとすれば、それはそれは恐ろしいことになるだろう。

 

 ──まあ、まずそんなことはないのだろうけど。

 

 

 

 それにしても、今日は同僚後輩の相手で疲れた。明日は休みだけれど、早々に寝ることにしよう。

 

 いつものように、わたしはまぶたの裏から意識を外す。目に見えているものから全力で目を逸らし、心と頭をゆっくり休ませるのだ。

 

 何を見ても、何を聞いても、考えてはいけない。

 そうしないと、きっとわたしの心はいつしか壊れきってしまうのだろうから。たぶん。

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