「先輩先輩、同僚先輩」
「……なんでしょうか同僚後輩さん?」
平時につき、職場にて適度に確保されている休憩機会。二人きりの場でしか通じないだろう
わたし自身は
基本的に
「ちょっと弱音を吐きたいので聞いてくださ──そんな嫌そうな顔しなくてもいいでしょうに」
「これは嫌そうではなく、面倒そうな顔と言います。その満面の笑顔で何に弱っていると」
この後輩は気さくで物怖じしないことから、
一方で
なんでわたしがそんなことを知っているかと言えば、恐らくは次のやり取りが理由になるだろう。
「いいじゃないですか、愚痴くらい聞いてくださいよ。折角の休憩時間なんですから」
「その折角の心安らぐ時間をわたしから奪わないで」
「先輩無口ですから、漏れないと信頼してますよ?」
理由にならない返答に辟易しながら口をつぐむ。
口論はわたしが恐れる破滅のひとつ『思わぬ
その結果として、
ともあれ同僚後輩の
「いやもう、可愛くて可愛くて仕方なくて死にそうで困る。可愛さで死んで即座に可愛さで生き返っちゃいそう」
それでいてプライバシーの侵害や悪評の流説といった
でも尊みで
さて、そんなこともあっていつもよりやや精神的に疲れて帰宅した日。
いつものように夕食を済ませ、寝台の上でまぶたを下ろすと、時刻はすっかり
さんざん立木の梢を食い荒らしては森の一角を枯らせていた
雪山と言えば、以前誘拐されていた小鬼が変わり果てた姿で返された二つ目の窓では現在、一匹の
小鬼が騎乗する獣といえば狼が定番だが、それ以外の獣に乗ろうと試みる個体がいないわけではない。
ではなぜ小鬼の乗り手といえば狼なのかと言えば、一番の理由は狼には喰いでがないことに尽きるのだろう。
馬や牛、羊といった家畜は、肉が多い上に味がよく、一方で狼は小さい上に不味い……らしい。
悪食の小鬼のこと、死んだ狼だけを食べないという選択肢はないが、飢えてもいないのにわざわざ飼い狼を屠殺して食べる前例が皆無な割に、牛などは即座に喰い尽くされるのを比較して見るに、おおよそ明らかとは言えるだろうが。
で、だ。この
背中に板状の硬そうな何かを備えた、巨大な首長の竜──似たような姿絵を本で見た覚えはある。確か
まあ、わたしは小鬼以外のことにさほど詳しくはないので、違うかもしれない。特に調べる気もない。
何をどう間違ったのか第二窓の小鬼が、群れの長であったらしき
普通にまたがってあっちへ行け、こっちへ行けと……たぶんそんな内容の小鬼言葉を投げ掛けていたのだと思うが、まったく聞き入れられず、たびたび背から転げ落ちていた。
なので、
──ただの鞍よりも、むしろもっと大きな籠とかをくくりつけて、そこに住んじゃえば?
小鬼は小柄で、剣竜とおぼしき四ツ足は長大である。
その背に並んだ板は据えた鞍へ座るのには邪魔でしかないが、籠をひっかけてぶら下げるための楔としてはこと欠かない程に数があるし、昼間であればほどよく日除けにだって出来るだろう。そして何より。
──偉く見える……いや、偉くなれるよ?
一番強ければ一番偉いとも限らないが、その可能性が極めて高いのが小鬼の社会だ。そして小鬼にとって、
まあ、それでも
結果として、悪戦苦闘しながら鞍にまたがろうとしていた
……うん。
ただ跨がれば事足りる鞍とは違い、小鬼製の籠ではしょっちゅう底が抜けて下に転がり落ちていたりするが、その辺りはまあ些細なことだろう。
今回はそれなりに成果らしきものが上がったと思うが、やはり
渡りになれば成長しやすい小鬼のこと、住み着く場所が狭くなければ定住したままでも
その結果、上位の小鬼が増えたかどうかはまあ、さほど変わらないような気もしているが。
それを考えると、こうして悠々と剣竜の背に住み着いた野営小鬼はかなり
日中には、河を渡る巨大な剣竜の姿に驚き、慌てふためいて逃げていく小船や筏を笑って指差す姿をたびたび散見しているのだ。実に調子に乗って好き勝手している──のはまあ、小鬼にとってはいつものことだが、それを
神話級の戦記物に散見する
……万が一覚えられれば極めて逃げやすそうだから、
と、それはまた別として、そう。
只人たちの
それでも今回の剣竜のように、飛竜や火竜に騎乗するような真似が出来る小鬼がいれば、その小鬼が好き勝手する際の影響が飛竜や火竜と同等となってしまうのだ。
あまりに手軽であり、同時に危険でもある。
小鬼は臆病で怠惰、強欲で卑怯なので、危険を冒して凶悪な獣を
先程小鬼が狼に乗る理由を考察したが、小鬼にとって狼の強さが小鬼でもなんとか出来ると思われている、というのがやはり一番大きいのだろう。
知らないということは恐ろしいことだが、逆に恐怖を感じないという利点にもなる。
もしも、群れの全員が飛竜や火竜に乗るような小鬼の集団が発生したとすれば、それはそれは恐ろしいことになるだろう。
──まあ、まずそんなことはないのだろうけど。
それにしても、今日は同僚後輩の相手で疲れた。明日は休みだけれど、早々に寝ることにしよう。
いつものように、わたしはまぶたの裏から意識を外す。目に見えているものから全力で目を逸らし、心と頭をゆっくり休ませるのだ。
何を見ても、何を聞いても、考えてはいけない。
そうしないと、きっとわたしの心はいつしか壊れきってしまうのだろうから。たぶん。