凛として、生きて 中編   作:樋口晶子

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第10話 お別れ

「…提督さん、お昼ご飯お持ちしました」

 

「ですから!こちらの状況は切迫しています!至急物資と救援を!……敵の本拠地を叩いているんです、相当の反撃があることは分かるでしょ!………ええ!わかっています…とにかく総力戦なんです!横須賀から出せる戦力はもうありません!……ええ、お願いします!」

 

「…提督」

 

「…ああ、凛ちゃんありがとう…もうそんな時間か」

 

「はい…今日は物資の中に豚のヒレ肉があったのでとんかつです」

 

「おお!うまそうだな!蒼龍と凛ちゃんの分もあるのかい?」

 

「はい、先程蒼龍さんには持っていきました」

 

「凛ちゃんのおかげで助かってるよ、勉強は大丈夫なのかい?」

 

「はい、過去問を解いていますが…私が10歳の時勉強していた範囲でした」

 

「…そうか…まあ、無理はしないで頑張ってくれ」

 

「はい、失礼します」

 

 

 

「…ふふふ、飛龍またお勉強?」

 

「…うん、とりあえず慣れておかないと」

 

「大丈夫よ、飛龍は頭がいいもの勉強しなくても高校なんて楽勝でしょ?」

 

「…勉強がんばるのはお母さんとの約束なの」

 

「…またまたまた、飛龍にお母さんなんていないよ?そんな嘘つく悪い子はもう慰めてあげない」

 

「………ごめんなさい」

 

「ふふふ…いい子ね、おいで飛龍」

 

「………蒼龍さん」

 

「また!さんつけた」

 

「蒼龍」

 

「うん!いい子、おいで」

 

 

 

 

年が明けて一月、いつもならみんなでお正月のお祝いをしていた鎮守府も榛名さん、霧島さん、山城さん、扶桑さんが前線の援護に出かけ、残ったのは私、提督さん、蒼龍さんだけで特に何もすることがなく過ぎて行った。

提督さんに限っては日に日に悪化する戦況と比例して、執務室から出てくることもない、私は朝、昼、晩のご飯を運ぶだけ、それ以外は提督と関わりたくなかった。

執務室にいくと必ず提督は必死にどこかへ連絡しているか前線の長門さんとなにか揉めている、それが良いことではないことくらい私にも分かっていた。それをきくと発狂しそうになる。

ああ、山月記の李徴氏はこんな気持ちだったのかな

 

…私はあの夜、睡眠薬を盛られ気づいたら蒼龍さんの隣で寝ていた。

でも不思議と嫌悪感は無かった、むしろ私が発狂しないでいられたのは蒼龍さんのおかげだろう。

彼女は私のことを飛龍と呼び、私が凛であることを極端に嫌った

私がお母さんの面影を追うように蒼龍さんも飛龍さんの幻を見てる…時々それが愛おしくも思えた。

3人しかいない鎮守府で居酒屋を開いても仕方ないので週に一度、間宮とお母さんのお店を掃除してあとは勉強か、蒼龍さんの所………私は考えることをやめた

 

 

 

 

「じゃあ気をつけて行ってくるんだぞ」

 

「大丈夫よ!凛ちゃんなら!」

 

「はい、行ってきます」

 

 

「では受験票を机の上に置いて待機してください、答案用紙には名前必要事項を明記の上、解答欄以外には記述しないこと。まもなく問題用紙を配ります」

 

「……………」

 

「…では、始めてください」

 

 

 

 

「…お帰り!どうだった試験は?」

 

「うん、帰りのバスで採点したけどあとは何部に振られるかだと思う…提督は?」

 

「また執務室に缶詰めよ」

 

「……っ!…蒼龍!」

 

「…ふふふ、今日はいっぱい慰めてあげる」

 

 

 

 

「…そ、そんな………」

 

「……………クソ!!」

 

「………比叡…さん」

 

 

遠征先からはもう息をしていない人が帰って来るようになった

 

 

 

「飛龍!今日は合格発表の日よね?」

 

「うん、とりあえず行ってみるつもりだよ」

 

「私もついて行っていい?」

 

「うん、ありがとう」

 

 

「ねえ!受験票何番だっけ?」

 

「48312だよ」

 

「じゃあ私あっちから見てくるね!」

 

「うん、じゃあ私は一部から見てくる」

 

「48312…48312…48312…あれ…無いな、どこだろ」

 

「飛龍!飛龍!!あっちにあったよ!48312!」

 

「えっ…ほんと?」

 

「うん!おいでよ!」

 

「ちょ、蒼龍…早すぎ、手痛い」

 

「いいからいいから!」

 

「ほら!48312!ここって何部なの?」

 

「………三部」

 

「ってゆうことは飛龍は何を勉強するの?」

 

「………医学だね」

 

「…医学ってお医者さんの勉強?」

 

「うん」

 

「やったじゃない!飛龍は本当に頭がいいのね!ますます好きになっちゃう!」

 

「もし、水神凛さんですか?」

 

「はい、そうです」

 

「私、本校の事務員で良ければ少しお時間をいただけますでしょうか、ご家族の方もご一緒に」

 

「はい!凛がお世話になります」

 

「……こうゆうときだけ、ちゃんとするんだね……いえ、家族ではありません、暮らしているところのご近所さんです」

 

「っ!…ど、どういうつもり!…」

 

「ああ、失礼…であれば水神くんだけきてください」

 

「ちょ!ちょっと!凛!待ちなさい!」

 

「……蒼龍さんはお帰りください、今までありがとうございました」

 

「ま!待ちなさい!」

 

「…帰ってください」

 

「飛龍!!」

 

 

「あの方は大丈夫なのですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「では、本題に入らせていただきます。水神くん、君は今期の試験受験者のなかで一番の成績を収めています、したがって本校の制度により特待生として入学が可能ですが、あなたはこれを受けますか」

 

「はい、お受けします」

 

「本校には寮があり特待生は無償で入ることができますがどうしますか」

 

「入居を希望します」

 

「特待生は成績が下がることは許されません。もし成績が芳しく無かった場合、特待を取り消させていただきますがよろしいですか」

 

「はい」

 

「承りました、では後ほど現在のご住所に手続き書類を送りますので期限内に送付してください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「こちらこそ、あなたのような優秀な生徒を受け持つことができて教職員一同、入学を心待ちにしています」

 

「では、これで」

 

「あ、水神くん、ちょうど教員室にみなさんいらっしゃるんですがどうですか…顔だけでも出していかないかな?」

 

「いえ、今日はこのまま帰らせていただきます」

 

「そうですか、書類のほう忘れずにお願いします」

 

「はい、失礼します」

 

 

「…蒼龍さん、まだいたんだ」

 

「飛龍!あなたどういうつもり!」

 

「何も、ただ私は飛龍さんを演じるのをやめるだけ」

 

「な!何を…言ってる…の?」

 

「…もう、やめよう…疲れた、飛龍さんになるのは」

 

「あ、あなた!いいの!私があなたの相手をしなくなったら誰もあなたの側からいなくなるのよ!」

 

「いいよ、もう鎮守府に居たく無い一昨日の祥鳳さんのようにお母さんが送られてきたら…それを見てしまったら、そう考えただけで死にたくなる!!…もう鎮守府には居られないの、この苦しみから逃げたいの」

 

「………あなたの太腿につくってあげた傷、あなたが飛龍である証でしょ!!そう約束したじゃない!」

 

「…本気でそう考えているんですか」

 

「当たり前じゃない!前に話したでしょ!飛龍は子供の時に木から落ちたって!!同じ場所に傷をつくったのよ!あなたは飛龍!!」

 

「…私にしたことを今更どうこう言うつもりはありません、ですがこんな傷をつけられても私は水神凛です、飛龍さんじゃない」

 

「もうわかった!飛龍って呼ばれるのが嫌なんでしょ?ねえ!凛ちゃん、考えを改めて!これからも鎮守府に住めばいいじゃない!鳳翔さんだって必ず生きて帰ってくるわよ!」

 

「今まで!!!」

 

「っ!……り、凛ちゃん?」

 

「…生きて戻った人はいますか?」

 

「…………」

 

「私は医者になります、みんなを死なせない為に…もうこんな思いをする人がいなくなるように、みんなを救います…だから、ここからが本当の勉強なんです…もう鎮守府で余計なことを考えたく…ない」

 

「…………」

 

「だからここでお別れです、蒼龍さん…今まで短い間でしたが私を支えてくれてありがとうございました」

 

「い、いや…凛、私を一人にしない…で」

 

「…蒼龍さん、帰りましょう」

 

 

 

 

「凛ちゃんすまないな、ここを出る見送りが僕一人だけになってしまった」

 

「いえ」

 

「蒼龍も突然、前線に出せと酷い剣幕で…」

 

「…提督さん、今まで本当にお世話になりました。」

 

「ああ!凛ちゃんは正直、期待していた以上に育ってくれた…それも親御さんの鳳翔さんのおかげか…」

 

「……………」

 

「すまない、君の入学式にみんなを呼びもどせなくて」

 

「…いいんです」

 

「…君が一高の特待生になったと知れば鳳翔さんはもちろん、加賀さんや赤城さんも喜ぶだろうに…本当にいいのかい?ここを出て」

 

「…はい」

 

「…そうか、では元気で」

 

「はい、提督さんもお元気で」

 

 

 

 

鎮守府をでて3年が経った

 

 

「…水神!お前ならこの症例どうする」

 

「…そうね、僧帽弁逆流と冠動脈瘤を併発…海外の症例ではロス手術の応用で弁置換ののち大動脈形成術、CABGが一定の効果をあげてるみたいだけど、今の私達に求められているのは現実的な回答よ、冠動脈瘤をカテでステントした後弁逆流は投薬治療のほうが生存率は高いでしょうね」

 

「…さすがは歩く医学事典だな!」

 

「………」

 

「なあ、水神も帝大に行くんだろ」

 

「ええ」

 

「じゃあ、これからもよろしくな!」

 

「…あなたは医師になるべきではないと思うけど」

 

「おい!それはどうゆう意味だ!」

 

「いつもいつも、私の回答を写してテストだけの成績はいいけれど臨床は何一つできない、なにも学んでいないあなたのような医師は現場で患者を殺すだけよ、人殺しだわ」

 

「水神!おまえ!」

 

「殴ればいいわ、そして前科一犯になり一高を退学になればいい…公共の利益を考えたら私のとるべきはあなたを大学にいかせないこと」

 

「…チッ、もうそのツラ二度とみせるな!」

 

 

 

私は誰にも心を開かず幾たびも同輩と衝突した

でも高校生活は楽だったな

毎日追い込みの勉強続きで鎮守府を考える暇さえない

いつからか、15歳まで過ごしたあの場所はどこか違う次元の世界だと思うようになった

 

そして、帝大に入学

そんなとき、巷に新聞社の号外が溢れかえる日があった。

 

[帝国海軍最終戦争敗北!海軍撤退!]

 

…っ!!…

 

私は鎮守府に向かった

 

 

 

 

 

「…どこ、お母さんどこにいるの……金剛さん…酷い傷、…どこ!お母さんはどこなの!………蒼龍…さん」

 

「あ…あれ…幻覚かな?凛ちゃんがいる…」

 

「…蒼龍さん…っ!その怪我」

 

「…あは、幻覚の凛ちゃんが喋ってる!…でも大人になって…飛龍じゃなくなってる…」

 

「待って!喋らないで!…だれか!止血の道具持ってきて!!」

 

「…どうせなら…凛ちゃんじゃなくて……飛龍に…会いたかったな…」

 

「喋らないで!傷が開くわよ!……っ!……これはなに…体中に銃創しかも、下腹部のは貫通してる!……急いで!鑷子と持針器はやく!」

 

「…ふふふ、凛ちゃん…焦ってて……超……ウケる…………」

 

「蒼龍さん!蒼龍さん!脈ふれない、胸骨圧迫開始!1・2・3………………29・30!………………………なによ、これ…生命維持をするとその分血液が銃創から流れ出していく…酸素が足りなくなる」

 

「救命セット持ってきました!」

 

「…それより!…輸血!…出血性ショックよ!止血できる…ベルトとか革!…換気マスクと…AED!…O型血液…アドレナリン、…生食…持って…きて!…それから…挿管するわよ! …まだ慣れない…けど…やるしか…ないわ!……何してるの!…早く!…」

 

「………ここには、最低限の救命セットしかなくて、強心剤の類は…おいてないんです…」

 

「何言ってるのよ!!…この…ままでは!…彼女…死ぬわよ!…」

 

「ここには医師がいなくて…取り扱いに免許が必要なものは…ないんです」

 

「…考えろ…考えろ…強心剤が…なくても…出血ショック…から…救える…方法…とにかく!…ガムテープとAEDを…持ってきて!」

 

「……凛…やめなさい」

 

「…か、加賀先生…なんで!なんで止めるんですか!心臓マッサージをしていないと蒼龍さんは!」

 

「もう…行かせてあげて」

 

「……嫌です!!私はこんな光景を見たくないから!今まで!」

 

「目を覚ましなさい!」

 

「っ!……加賀…先生…」

 

「ならなぜここに来たの、わかってるはずよ…どうゆう状況かを、多少知識を身につけてもあなたは周りが見えない子供のままね」

 

「…呼吸して…ません…脈…ふれません……」

 

「見なさい、安らかな顔をしてるわ…これで飛龍に逢えるでしょう」

 

「…そんなの、想像でしょ…死んだら終わりなんですよ!!」

 

「もう一度言うわよ。なぜ戻ってきたの」

 

「…それは、母を…お母さんに会えると思ったから!」

 

「鎮守府を捨てて自分の道を選んだのでしょ、ならここに戻るべきではないわ…早く帰りなさい」

 

「嫌です!まだ怪我をしてる人がいっぱいいるのに!それを放って!」

 

「あなたはまだ医師ではないでしょ、ではここでの医療行為は違法なものよ、あなた逮捕されたいの」

 

「かまいません!それで誰かが救えるなら!」

 

「ほんとうに子供のままね」

 

「加賀先生こそ何もしないで!みんなを見殺しにしてるだけでしょ!!戦場でみんなをこんなにして!」

 

「っ!おまえ一人が傷ついてると自惚れるな!!」

 

「あんたこそ!いつも上からで冷静なフリして自分だけ高みの見物を決めてるクセに、こうゆうときだけ自分を正当化しないでよ!!最初出会ったときも私を殴って気絶させて、そうゆうふうに相手を威圧すれば屈服させられると思ってるんでしょ!自惚れてるのはどっちよ!」

 

「…そう、なら私から言うことは何もないわ…好きなだけあなたの言う治療ごっこをしなさい、でも…その結果死人がでたら、許さないわよ」

 

「…もう、蒼龍さんは…戻ってきません」

 

「…そう」

 

「…加賀先生、その傷」

 

「私のは大したことありません、あなたの治療ごっこは受けたくないわ」

 

「…最悪腕が感染で壊死します、いいから見せてください」

 

「………っ!」

 

「あ、ごめんなさい…ここもなんですね」

 

「…そんなこともわからないなんて、あなた一体何を学んでいるのかしら」

 

「裂傷が深いので傷口を縫合します、少し痛みますよ」

 

「…っ!………………下手くそね」

 

「………もう、憎まれ口はやめてください………はい、できました2.3日はガーゼを交換してください、膿がでてきたら消毒して…今日は入浴を控えてくださいね」

 

「…ふ、いい巻き方ね」

 

「加賀先生は本当に人をイラっとさせるのがお上手ですね!」

 

「…鎧袖一触よ」

 

「ところで…お母さんは…母はどこにいるんですか?」

 

「…ついてきなさい」

 

 

 

 

ついにここまで思い出してしまった

今でもあの光景が目に焼き付いて離れない

なんで一度捨てた居場所に戻ってしまったのか、後悔してももう遅い

 

それともまた元気に、私を抱きしめてくれるお母さんがいると本気で信じてたのかな…私は

 

 

 

 

 

 

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