戯言教室   作:青ボタン

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アンサツイエロー 戯言遣いと暗殺教室

「おい、いーたん」

「なんですか?哀川さん」

 

間髪入れずに答えた。どうやら哀川さんは、今は機嫌が悪いらしく、これまた間髪入れずに、僕の腹部に赤いヒールが刺さった。

 

「あたしのことを苗字で呼ぶな。苗字で呼ぶのは敵だけだ」

「げほっ…じ、潤さん。なんですか…いきなりこんな所に呼び出して…」

「あーそうそう、その件なんだけどよ。生憎と急ぎなもんで、悪ぃけど話は後だよ。とりあえず乗れ。そして着替えろ」

「着替えろってーー何にですか?」

 

僕は、真っ赤なコブラに押し込まれつつ聴く。

 

「何ってーースーツだよ、スーツ。ほら、早く着替えろ」

「スーツ?いや、哀川さん。僕をどこに連れていく気なんです?」

 

狭い車の中で苦闘しつつも、、言われたとおりにスーツに着替えながら純粋な疑問を口に出す。哀川さんが何も言わずにめちゃくちゃなことをし出すのはもう何も言わないが、せめて何をする気なのかは教えて欲しい。スーツと言うなら、そこまで大変なーーー訳の分からないことでは無いだろう。ここでセーラー服でも渡されたらもう訳が分からなかったが。

 

そこでーー、走り出した車が、いきなり初速とは思えないスピードで走り出した。体が完全に斜め45度をとったーーーー車ごと。

 

「あたしのことを苗字で呼ぶな。苗字で呼ぶのは敵だけだ。何回言わせんだよいーたん」

「め、めちゃくちゃだ…本当に…」

 

訂正。スーツだからといって訳のわかる話ではないかもしれない。なにせ本人自体が訳のわからない存在なのだから。

 

「いまから行くのは椚ヶ丘中学校だよ」

「椚ヶ丘?椚ヶ丘って、あの名門私立の、ですか?」

「お、さすがに知ってるか。なら話は早いな。いーたん、教員免許持ってんだろ?」

「持ってますけど…なんで知ってるんですか。そして何をさせるつもりなんですか」

 

嫌な予感がするーーというか、嫌な予感しかしない。とはいえ、何時もの予感とは違う、単に酷い目に会いそうとか、その類の予感だ。誰かが死にそうとかではなく。

 

「着替えたか?」

「あ、はい。見ての通りですけれど、潤さん」

「おし、そんじゃあーー」

 

赤信号で車が止まる。すっと潤さんは後ろを…僕の方を向いて、何かを差し出した。

思わず差し出された何かを取ってしまう。

 

「えっと、これはーー?」

「こっから長いからさ」

「はい?」

 

ちょっと寝てろ、という声とともに、物凄い電流が体に走るーーー何が起きたか分からないまま、僕の意識はーー眠りについた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おい、起きろいーたん」

「いっっ…お、おはよう…ございます?」

 

哀川さんからの容赦ないチョップで目が覚めた。…いや、もう一度眠りそうになったのだが、それでも目は覚めた。…スタンガンを掴んでいた左手がかなり痛い…あと今しがた脳天も痛くなった。

 

「降りろ、着いたぞ」

「は…え?」

 

ばっと窓の外を見るとーー椚ヶ丘中学校。僕が気絶している間に、本当に連れてこられてしまったらしい。哀川潤は扉を開くと、僕を校門まで放り投げた。…強かに腰をぶつけた。

 

「詳しい話は理事長に聞けよ。あたしは忙しいんだ。あー、本当だったらいーたんを女装させて済百合に連れてこうと思ってたんだけどなー、こっちが優先なんだよ、残念ながら。仕方ねえから、こっちには別のヤツ連れてくわ」

「え…ちょっと、聞き逃せない発言が聞こえたんですが…潤さん、説明してくれないんですか」

「だーかーら、あたしが説明するより本人に聞いた方が早いからそうしろっつってんの。こっちの件が終わったらすぐ助っ人連れていってやるから、とりあえず1ヶ月は働いてろ」

「は…え?あの」

「ほんじゃあなー、元気にやれよー」

 

僕の言うことを全て遮って、赤いコブラは無情にも走り去って行った。非道にも走り去って行った。

 

…今まで以上に状況が把握できない。しかし、中学校の校門の前で、スーツを着た大の大人がずっと立っている訳には流石に行かないだろう。言われた通りにするしかないか。

校門を開けて中に入る。携帯電話の時間によると、今は丁度六時。午前六時だ。僕みたいな立場のよくわからない大人が、理事長に会いに行くために学校に入るにはちょうど良い時間であって、それはこれ以上遅れると登校してくる生徒とダイレクトにはち会うという事と同義でもある。どちらにせよ、早く入らないといけないという事だ。

 

取り敢えず校内をうろついてみる。理事長なら理事長室だろう。なら最上階か?…それにしても、有名私立の進学校であるだけあって、とんでもなく綺麗だ。比較対象がおかしいかもしれないけれど、僕の住んでいる骨董アパートとは比べ物にならない。…いや、戯言だけど。

 

校内地図を見つけて、理事長室の扉を叩く。

 

「…どうぞ」

 

低い声。理事長という肩書きらしいといえばらしい声だ。なんて、極めて適当なことを考えながら、扉を開ける。

背の高い男が一人、正面の椅子に座っていた。口はにっこりと優しい風に笑っている、逆にーー冷たい目をした男だった。

 

「どうも、理事長さん…あっていますよね?」

「勿論、あっているとも。私は理事長の浅野學峯だ。君は、潤さんに頼んだ人材で合っているね?」

「…いえ、僕は確かに哀川さんに連れてこられた者ですけれど。僕は哀川さんから話をなにも聞いていません。何をするのか、まず教えて貰えませんか?」

「勿論。…君、名前は?」

「ああ、名前は…名乗らないようにしているんです。友人は僕のことをいーちゃんと読んでいて、哀川さんはいーたんとか…後は色々ありますけれど、戯言遣いと呼ぶ人も多いです。お好きに呼んでください」

「ふうん。あの哀川潤が寄越した人材だ。深く詮索はしない方がいいのかな…。では、戯言遣いとでも呼ぼうか。君にやってもらうのは、今言った通り教師だ」

 

教師。いや、勿論分かってはいた。来る時に教員免許の有無を聞かれたのもそうだし、先程も理事長ーーー浅野學峯さんが言っていたのもある。そこまで伏線というのも馬鹿らしい、伏線とさえ言えないような伏線を乱雑に放り投げておいて、いまさら“構内清掃をやって欲しい”なんて言われるわけがない。それこそ戯言だ。

 

「教師ですか。先に言っておかせてもらいますが、僕に教師の経験はありません。いつか家庭教師のアルバイトくらいなら、まあすることもあるかもしれませんが、進学校の教師をやりきる自信なんてありませんが」

「ふむ、本当に何も聞いていないんだね?戯言遣い君。ならば、直接行ってみたほうが早いだろう」

 

浅野さんは、僕が先程ここに来るために見ていた校内地図の縮小版を机からだし、赤の油性ペンで矢印を書いた。

 

「この道を真っ直ぐ行けば君の配属される教室だ。ああ、一応聞いておくけど、体力はある方かな?」

「体力…ですか。まあ、それなりという所でしょうかね…」

 

すっと立ち上がり、僕が入ってきた扉を開く。

 

「そうか。いや何、体力が無いと言われたら少し困るからね。安心したよ。では、宜しく頼むよ、戯言遣いの先生」

 

もう出ていけ、という事だろう。僕としてはもう少し話を聞きたいところだが、流石にこの空気で出ていかないというほど、僕は空気の読めない男じゃなかったーーーー残念ながら。

外に出ると、ぱたんと扉が静かに閉められる。…この地図、ぱっと見山に向かえと書いてある気がするんだが、気の所為か?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

校舎に着いた。…山頂だった。こんな所に校舎があるのも信じられないが、僕、まさか毎日ここ登るのか…?というか、よく考えたらどこに住んだらいいのだろうか。近くにホテルとかあったっけ…と思いつつ携帯電話を見ると、圏外だった。畜生…

 

「君が助っ人か?」

「?」

 

後ろから声をかけられる。ぱっと振り向くと、オールバックの背の高い男だった。

 

「人類最強の請負人に頼んだ助っ人だ。君で間違いないか?」

「ああ、はい。今日からここで教師をするーーらしいです。貴方は?」

「俺は烏間。烏間惟臣だ。防衛省に務めている」

「防衛省?ええと、ここの教師では無いんですか?」

「いいや、ここの教師というのに間違いはない。名前を聞いてもいいか?」

「…名前は答えないようにしています。いーたんいっくんいー兄いっきー戯言遣いエトセトラ。お好きに呼んでください」

「なんだ、それは…」

「ならいーたんって呼ばせてもらうわよ」

 

またもや背後から声がした。丁度挟み撃ちの構図になるな、と考えながら振り向くと、…類まれなる美女がいた。露出高め、高身長、金髪。

 

「あんたがヘルパー?私はイリーナ・イェラビッチよ。英語教員。宜しくね?ボーイ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。イェラビッチさん」

「…イリーナ、職員室で大人しくしておけと言ったはずだが?」

「な、なによ!新任の教師なんでしょ!?見に来たっていいじゃない」

「…あのタコは来ていないだろうな?」

「流石に止めたわ。まだ説明してないんでしょ?それとも暗殺者として来てるのかしら」

「は?暗殺者?」

「…説明していない、だから黙って職員室にいろ」

「なっ、私がお荷物だって言うわけ?ちょっ…押すんじゃないわよ!ちょっとー!」

 

…電光石火のごとく退場して行った。正確には烏間さんに押されて校舎に押し込まれて行った。

 

「…失礼した。改めて概要をお話させて頂く。着いてきてくれ」

「あ、はい」

 

烏間さんは僕に背を向けて先程イェラビッチさんを押し込んだ校舎へと入って行った。…珍しくまともな人と触れ合っている気がするな。教師といえど、もしかしたら割と簡単に済ませられるかもしれない。

 

なんて。来る時に感じた予感はまだ感じている。…こんなのは、ただの戯言だよな。

 

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