中学校の校舎(しかもおんぼろ、山頂)に泊まるといいのは初めての経験で、ワクワクしなかったといえば嘘になる。黄色と律との3人で寝た(寝た?)のだが、全く寝られなかった。ただし、これはワクワクしたからではなく、単に超生物と寝るのが初めてだったからだ。誰だって寝られないだろう。人類最強、哀川潤に膝枕をしてもらうようなものだ。巫女子ちゃん風に言うなら、『初めての修学旅行、ただし親同伴、みたいなっ!』
「おはようございます、いー先生。良い朝ですねぇ。さて、30分後から数学の特別講座を開こうと思いますので、準備をお願いします。ヌルフフフ、初授業ですねえ」
「あー、分かりました」
『ブーーっブーーっブーーっ』
「に、にゅやっ!?」
「うわっ!…律さん?」
立ち上がろうとした瞬間、自律思考固定砲台、略して律さんがけたたましい音を鳴らし始めた。
『ひ、ひゃあっ!で、出ます!ですからそんなに鳴らさないでくださいっ!』
ぶつっと液晶に耳を塞いで焦っている律さんの姿が映し出される。なっていたのは電話のようで、ぴっと言う音とともにアラーム音は止まる。代わりに、けたたましい音量で、それこそ今鳴っていたアラーム音が小鳥のさえずりだったかのように感じるような赤色の怒号が発された。
『おぅらいーたんてめえ!何回も電話かけてんのに何で出ねえんだよ!喧嘩売ってんのか!』
「哀川さん…いえ、喧嘩なんて全然これっぽっちも売ってません、ええ」
「にゅやあっ!じ、潤さん!?す、すみませんいー先生。先生ちょっと用事を思い出したので実家に帰ります」
『あ?その声はタコじゃねーか!なら話がはえーな、今すぐいーたんを京都まで連れてこい!』
「きょ、京都!?京都の何処ですか!」
『玖渚ちん家だよ分かれよ!1日返せ、あいつやっぱ役に立たねー。あ、やっぱ辞めた。澄百合学園に連れてこい』
「澄百合学園…?男子禁制のお嬢様高校じゃないですか。どうしてそんな所に…?」
『いいかタコ、2回は言わねえぞ。今すぐ玖渚ちん家に来て“制服”を受け取り、それをいーたんに着せて澄百合に連れてこい。正門だぞ。間違えんな、今すぐだかんな』
「はっ、はい分かりました!!」
黄色はそそくさと教室の窓を開けると、ばしゅん、という音と風圧を残して吹っ飛んで行った。…分からない。状況がわからない。澄百合学園?に僕が?何故?
『いーたん、居るんだろ?今からあたしの言う通りにしろ。今から澄百合学園に行って、紫木一姫っつー女子高生を救い出せ。あたしは後から行く。分かったな?』
「ちょっ…全然よく分かりませんが、哀川さん。椚ヶ丘で教師やれとか、お嬢様高校に入って女子高生を救い出せとか、一体どういう事ですか」
『詳しい話は後だっつーの。急ぎなんだよ。そいつは紫木一姫に直接説明してもらえ。いーたんの成功に一人の命が掛かってるんだからな、失敗すんなよ。あたし的にはこいつの命なんざどうでもいいが、必死こいて土下座された以上無下にすんのも可哀想だからな。いーたんが代わりに成功したら命は助けてやることにした。そしてあたしの事を苗字で呼ぶな』
誰だよ、そいつ。恐らく僕が知らない奴だろうな。僕の知り合いに、そんな風に軽率に土下座なんてするやつは居ない。そんな事するやつは僕くらいだろう。いや、本当に僕以外は思いつかないな。というか、これ、脅しだ。知らない人の命を使って僕を脅してやがる。そんな事しなくても断れないって分かっているんだろうか?哀川さんは。違った、潤さんは。ま、電話なら蹴られることもないので、安心だろう。
「はいっ!お待たせしました今から行きます!いー先生、舌を噛まないようにしてくださいね!」
「えっ?」
哀川さんとの会話に熱中していて気付かなかったが、いつの間にか背後に黄色が立っていた。ふわっと体が浮いたかと思えば、その大きめの服の中に入れられ。そして再びの浮遊感。今度は飛行機のような安定感のあるーーーーつまり、スピードを出して空を飛んでいるような、浮遊感。うん、飛んでいます。戯言遣い、人生初めての生身での飛行。鳥人間コンテストにでる人って、こんな気分を味わって居るのだろうか。多分こんなに速くは無い。最早地面が吹っ飛んでいくようにも感じる。
そして、またまた気がついたら、お嬢様高校、つまり澄百合学園の校門前に立たされていた。展開が飛びすぎ、と言われるかもしれないが、本当にそうなのだから仕方が無い。
「ではいー先生、私はこれで失礼します。し、仕事は果たしましたからね!いー先生がいない間はちゃんと私が代わりをしますから、安心して下さい!」
『それでは!』と言いながら、またもや空に吹っ飛んで行った。巻き起こった風で捲れ上がりそうになるスカートを抑えながら、呆然と立ち尽くし、暫くしておかしな事にやっと気がついた。…いや呆然とするのも仕方が無いだろう。人生初めての音速飛行だぞ、しかも生身で。
いつの間にか、女装させられてる。
いやいやいや、勿論そうだろう。この学校は女子高だ。男子用の制服なんざあるわけないので、『制服』と言ったら当然スカート。どうして気が付かなかったのだろう、騙された気分だ。いや、騙す騙される以前に、僕は今ここに拉致されている。勘弁してもらいたい。人類最強の赤色と最速の超生物のタッグ何で想像するのも
…仕方ない。どうやら一人の知らない人の命もかかっているらしいので、行かないという訳には行かない。…語呂が悪いな、この台詞。戯言だけれど。
そっと門を開き、隙間から侵入する。さて、その紫木一姫ちゃんはどこに居るのだろう。取り敢えず、グラウンドを見て回ってから校舎に入るか。
誰が澄百合フラグが折れたと言った?…すみません。
何か矛盾が生まれていましたら指摘お願いします。