仮面ライダーアマゾンズ pain is an CRoss-Z 作:血祭り
「はあー…めんどくせぇ」
打ちっぱなしのコンクリートで囲われた空間、白い蛍光灯と果てなく高い天上。ここは4C駆除部隊、黒崎隊の待機室。
「なんなんでしょうねぇ、アレ。研究部門もそんなもん知らないんですって。あ、見てくださいコレ、SNSでめちゃくちゃ拡散されてますよ。スパイダーマン東京に現るとか言って──」
「ちょっと黙ってろ」
椅子から落ちそうな程浅く座りだらりと灯りの少ない暗い天上を見上げていた黒崎は首だけを札森の方へ向けて言った。
「出れそうな奴は後どれくらいいる」
「ええー黙ってろってさっき」
「ああ?」
「…うっす」
黒崎に指示され、札森は持っているタブレットPCで所属隊員の現状を専用アプリで確認する。
「ええっと黒崎隊3名赤松隊は非番合わせて7名藤尾隊は…ああ、そういやウチと統合してたんでしたっけ」
「フルで10人かぁ…」
「あ、俺と黒崎さん入れて3人です」
「…チッ」
黒崎は舌打ちをすると再び天上を見上げる。
どうしても納得出来なかった。何故あのガキ──長瀬があんな事になっていたのか。
いや、そもそもアレは本当にアマゾンなのか。
一瞬しか見えなかったがガジェットもシステムも今まで見てきたアマゾンそのどれとも明らかに違う。まるで別世界の物を見せられた気分だ。
あの捜索もほぼ千翼は死んだものと思っての結果ありきのはずだった。
アマゾン探知機は研究部曰く死体であろうと検知可能、その為あのミッションの真意は千翼というオリジナルの回収だったのではと黒崎は考えていた。やはり何か裏があるのではと
「やっぱ食えねぇなあのタヌキ」
「え?何かいいました?」
「何にも言ってねぇよ黙ってろ」
目を見開き黒崎はとぼけた物言いの札森の方へ再び向いてそう言った。
「おや、休憩中だったかな?」
声のする方へ二人が目を向ける、部屋のテーブルに置かれた液晶画面に橘が映し出されていた。
「ご苦労だったね黒崎君、話は情報部から聞いているよ。まさかあんなイレギュラーが現れるとはねぇ…想定外だったッ!」
いつものわざとらしい大げさな物言いで橘は言う。
「この前はああは言ったがまぁ、そういう事ならば仕方がないなぁうん」
「じゃあもう駆除はいいんですかぁ。もうやる気が出ねぇよ」
「そういう訳にはいかない…が、あちらに行動がない限りこちらから下手に出だしも出来ないだろう何せ──あの水澤悠と鷹山仁を倒した相手だからね」
橘がそういうと彼が写っていた映像は画面内の左下へと移動し、代わりに表示された画像に、二人は驚愕した。
地に伏せた二体のアマゾン。外的損傷はあまり見受けられないが、血に塗れ力なく倒れている様子は恐らくそれなりのダメージを食らっているのが分かる。
「これは情報部の報告で、1週間前に衛星から撮影されたものだそうだ。既に彼らは現場からは逃走しているので行方は分からないが、これだけでもあのイレギュラーの恐ろしさを理解出来るだろう」
「局長…ありゃアマゾンなのか、それとも」
「それも今情報部が必死に分析しているよ。だが、一つ興味深い話はある。イレギュラーは千翼討伐の際妨害に入った少年に似ているという話だったね、実は──」
◆
「ほらよ、お前本当に水だけでいいのか?」
「うん。食べるのは、あんまり好きじゃなくて」
4Cの襲撃から逃走後、千翼と万丈の二人はとある漁師小屋にいた。
夜更けの暗く、しかし満月の月明かりが太陽にも負けない程に煌々と海や海岸を照らしている。
万丈は道すがら寄ったコンビニであらかた物を買い、小屋の前でライターで火をおこし、沸かしていた湯をインスタントラーメンに注いでいた。
「食べるの好きじゃないって、食べなきゃ力でねぇだろ」
「まぁ、そうなんだけど。ちょっとお腹空かなくて」
「ふぅん、そっか。じゃあ俺はコレをっと。いやぁ本当C世界でもこのカップ麺売ってて良かったぁ!なんか世界が全然違うと居心地悪いっていうかさ、だから馴染みのもんあるとアガるっていうかさ」
ラーメンを啜り頬張りながらそう言う万丈。
「ていうかこんなトコ良く知ってたな」
「うん、まぁ。ここ、小さい頃に母さんと暮らしてたんだ」
「へぇ。変わってんな」
「色々あったから」
千翼はそう言うと、万丈に渡された水の蓋を開けて飲む。
今日は雲も風もなく、さざなみの音がかすかにこちらにも聴こえてくる。
小さい頃、母さんと過ごしたあの頃を思い出す。
あの頃は、少ない自分の人生にとって、更に短い間だったが、とても幸せな時間だった。
後で考え分かったが、母さんは恐らく父さんから俺を逃す為にあんな放浪生活をしていたのだろう。物知らぬ頃はそれを何とも思っていなかったが、teamXのみんなの話を聞けば、それが普通ではなく、他人から見れば決して恵まれていたとは思えなかった。
だがやはり、幸福な時だったのだ。母と遊び、夜は寄り添い抱かれて眠ったあの頃は。
その幸せも、自分が喰らってしまったのだけれど。
自分の中に潜む、もう一つの本性が、本能が、野生が、それを良しとはしなかった。
「なぁ、そういやさ」
「え、あ、な、何?」
万丈に声をかけられ、千翼は思い出とトラウマに浸りきっていた意識を現実に引き戻す。
「お前、なんかそのベルト。あん時なんかしようとしてたけど、それもしかして変身出来たりすんのか?」
「あ、ああコレ?うん、万丈のとは全然違うけど、なんかそんな感じ」
「ふぅん」
「まぁ、何故かあの時は出来なかったんだけど」
「あー、じゃあ今なら出来るのか?」
「…試してみる」
千翼はそういいベルトを装着し変身しようとする。だがあの時と同じ、装置が作動せず身体は変化しない。
「やっぱりダメだ…何が原因なんだろう」
「ハザードレベルが下がってるとか!」
「ハザ、何?」
「あ、そっかお前は関係ないもんな」
「…でも、それかも知れない」
千翼はここに来るまで、万丈と出会い今に至るまでずっと引っかかっていた事があった。
あれだけの消耗ののち、万丈にあのゼリーを渡して貰うまでの間、食人衝動が全く起きなかったのだ。
それだけじゃない。先程寄ったコンビニでも、外で待ってると言ったのに万丈が「財布お前しか持ってないから来てくれ」と無理矢理入店させられたが、そこにいた店員を見ても、腹が空かなかった。抑制剤はとうの昔に切れているのに。
(俺の体の中で、何かが変化してるのか…)
「おーいどうしたー」
「え、ごめん何でもない。どうも調子が悪いみたいで」
「そっか」
千翼はとりあえずその場を誤魔化した。
まだ出会って間もない万丈に、食人衝動の話は流石に出来ない。もしそんな事を言えば、最悪万丈すらも敵になるかも知れない。そう考えていた千翼は自分の事を話せずにいた。
だが千翼は追われる身である、いい加減万丈もその事に不審がるはずだ。そもそも普通ならまず最初にその事を聞いてくるはずだ。
万丈が自分を気にかけているのかそういう発想に至らないだけなのかは分からない。
それに敵に回るかも知れないとも思っているが、同時に万丈にならこの事を話しても味方でいてくれるのではという期待もあった。
長瀬に似ている、それだけの理由だが、だがやはり彼は見た目だけでなく何処か長瀬に似ているのだ。
千翼は言うべきかと躊躇っていた。
「ねぇ、万丈。あのさ、実は俺──」
「探したよ、千翼」
火が燃やす木の音、波の音、自分達二人の声以外の、別の声が海岸側から聞こえた。
聞き馴染みはなかったが、聞き覚えはあった。
かつて4Cにいた頃、執拗にイユを殺そうとした、そしてあの公園で俺を殺そうとしたアイツの声。
「君を、殺しに来た」
「──ッ!」
千翼は咄嗟にドライバーを腰に装着させるが、自身の変身能力がなくなっている事を思い出す。
ゆっくりと自分達の方へと向かいながら彼は自身のドライバーへ手をかける。
「アマゾン」
そう小さく発し、千翼と同じように注射器状の装置を押し込む。緑のオーラやエネルギーが不気味に燃え上がった。
「あ、アイツあの時の!」
万丈は変身した彼を見てようやくアレが何者なのかが分かった。彼もまたベルトを装着しボトルを差し込みハンドルを回した。
「変身ッ!」
先程の青い姿へと変身した万丈は、千翼を自分の背中の後ろに回るように立ちファイティングポーズを取った。
「…君はあの時の赤い龍のか」
「ああそうだよ。コイツに手ぇ出してみろ、またぶっ倒してやる!」
「君は、彼がどんなに危険なのか分かってない」
「…だからなんだよ」
「彼は、放っておけばこの世界を破滅させかねない存在なんだよ」
「・・・」
「彼はね、いや彼の持つ細胞には人をアマゾンに変えてしまう性質があるんだ。それは人に感染に、ドンドン増える。だから放っては──」
「やめてくれっ!」
千翼は咄嗟に叫んだ。隠して起きたかった事実を、自分で伝えるべき真実を、こうも直接的に伝えられるのが耐えられなかった。
自分から言えばまだ決心もついた、だがこれでは、自分は嘘つきであり、助けてくれた人を騙していた卑怯者になる気がしたのだ。
それを聞いた万丈の反応を、見るのが恐かった。
「なぁ千翼」
万丈は、背中にいた千翼の方を振り返る。
変身している為仮面がついており、万丈の表情を読み取る事が出来なかった、それが千翼にとって尚の事恐怖だった。
自分が殺される事への恐怖、というより自分を守ってくれた人が敵になるかも知れないという恐怖があった。だが万丈は。
「やっぱお前、すっげぇ大変な目にあってたんだな」
中腰になり自分を見上げるような姿勢でそう言った。
「分かるぜ、自分が世界滅ぼすかも知れないなんてやっぱ嫌だよな。俺もそうだったし」
「え?」
「でもさ、やっぱ普通死にたくはねぇよな。オレは──まぁ、自分でもよくわかんねぇけど」
「万丈…」
「まぁとにかく、俺はお前を守る。約束だからな」
「約束…?」
「…まぁアレだ。とりあえずは」
万丈は立ち上がり、再び緑のアマゾン方へ
「あんたをぶっ倒さなきゃ先には進めねぇって事か」
そういい、戦う意思を緑のアマゾンへ向けた。
だが、緑のアマゾンはそう言ってまた構え直す万丈ではなく、千翼の方へと視線を向けていた。
「千翼、なんでアマゾンにならないんだ」
「…したくても、出来ないんだよ」
「それは、どういう──」
「分かんないよ!だからこうして守って貰う事しか出来なくて、戦えるなら、俺だってあんたを──」
そう言いかける千翼だったが、突然緑のアマゾンは変身を解いてしまう。
それに千翼は困惑し、喋るのをやめてしまった。
「何かが、君の中で起きているのか…」
「お、おい!やんのか!やんねぇのか!」
「やめておく。君には仁さんと二人がかりでも一度負けてる、実力差があり過ぎる。それよりも」
変身を解いた彼は再び歩き出し、千翼の方へと近づいていく。
「おい!それ以上近づいたら──」
叫ぶ万丈を尻目にドライバーを手放し、彼は敵意がない事を示しながら千翼へとさらに近づく。
「千翼、君を調べさせてくれないか。確認したい事がある。君を殺すかは、その後で考える」
もちろん千翼は彼のいう事が信じられなかった。一度自分を殺そうとした相手だ、罠かもしれないと。
だが、彼からは嘘をついているような感じがなかった。そしてそれ以上に、自分の体に起きている変化を、知りたかった。
「分かった」
「おい千翼っ!」
「大丈夫!多分…だから万丈、もう、いいよ」
「…そうかよ。お前がそういうんならまぁ」
万丈も変身を解く。千翼は、ありがとうと言いまた緑のアマゾンの方へと目を向ける。
「俺も知りたい、今俺に、何が起きてるのかを」
「うん。よし、じゃあついてきて」
「あ、そういや。一応、あんた名前なんてんだ?」
そういえば千翼自身も聞いた事が無かったような気がする。
ひたすら自分やイユを壊しにくる、緑のアマゾンとしか認識していなかった。
「悠。水澤悠」
「ハルカ…」
「バイクで移動するけど…三人乗りでも、大丈夫かな」
「あー俺は変身すればバイクには追いつけるぞ」
「それじゃ目立ち過ぎるよ。何処かにサイドカーの代わりになるものでもあれば──」
「あ!ちょっとまってて」
千翼はそういい漁師小屋の中へと入っていき、何かを漁る音をさせたかと思えばすぐにまた出てきた。
「これ!小さい頃に遊んでた土とか運ぶヤツなんだけど…イケるかな」
そういい千翼は農具用二輪車を引っ張り出し千翼の出してきたモノに悠は思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「うん、多分大丈夫じゃないかな。でも、暗いうちじゃないと悪目立ちはするだろうから早く繋いで行こう。で、どっちが乗るかだけど…」
「なぁ、すっげぇケツが痛いんだけど」
「ごめん。でも、ジャンケンで決めたんだからさ」
「後これめっちゃ軋むし曲がる時とかこうぐわあんってなってすっげぇ恐えんだけどぉ!」
「だからごめんって!」
「やっぱ変身して行くべきだったんじゃねぇかこれ!」
「…ついたよ、ここだ」
悠はそういうと、バイクを止めた。
海外沿いから走り続け、人気のない道路を進み、時間は日が僅かに登り始めるような頃になっていた。
「ここって」
「啓践大学、知り合いだった人がここに勤めてて、研究室とかにも入らせて貰ってた。研究は、アマゾン細胞の事とかも、ね」
◆
「長瀬裕樹が行方不明?」
「ああ、それも今から1週間前からだ。ご両親やご友人はいつもの家出だろうとの事だが、ではどこに寝泊まりしているかと聞けば誰も知らないそうだ」
「いやでも俺たち見ましたし」
「そこなんだよ札森君。この街に確かにいるのにいないと思い込まれている。でだ、彼の行動パターンを聞きさらにここ1週間の彼の行方を照らし合わせて見たんだが」
そう言い画面は凄惨なアマゾン2体の画像から、街のマップへと切り替わった。
「全くと言っていい程違う」
「気分変えただけじゃねぇの」
「その可能性もあるがね黒崎君。人間というのはどうしたってパターンが出てくるものなのだよ。しかしそれがこうも合致しないとなると」
「別人だっていいたいのか」
「そこはなんとも言えん。だが私にはどうにも、因果関係がありそうなんだよ」
「で、結局何が言いたいんだよ。局長さんよぉ」
いい加減飽きたという風に黒崎は大あくびをして画面からも目を外し明後日の方向に首を向ける。
「この長瀬裕樹と思われる別人を、捕獲して欲しいのです」
「…は?」
黒崎も正気かというように画面の方へと再び目を向けた。
「…失敬、こういうべきだったかね。興味深いサンプルだ、是非欲しいと」
「…局長、あんた」
「あんなアマゾンシステム見たことがない。野座間の仕業かはたまた別組織によるモノなのか…調べてみる必要がある」
「無理だろ。そんなの」
「だから戦い方を変えるんだよ。暴力ではなく、権力にものを言わせるのさ」
そういうと橘は椅子ごとくるりと身体を窓の方へ向けた。黒崎には表情が見えなかったが、邪悪なものを感じずにはいられなかった。