仮面ライダーアマゾンズ pain is an CRoss-Z 作:血祭り
「寒っ…ここは」
千翼が目を覚ますとそこは、光のない、凍てつくような空気で満たされた場所だった。
地獄だろうか、そうも考えたが少違うようだった。
昔海沿いの、あの小屋で暮らしていた頃にもとても寒い日はあった。
意地悪な寒波がそのまま凍らせてしまいそうな、それ程に寒い日が。
だがこれは違う。
もっと無機質で、突き放したような寒さだ。
そして、千翼はこの寒さを前にも一度だけ経験している。
「そうか。ここは、冷凍庫か」
かつて、一度は自分もされかかった事のある凍結保存。
彼が寝ていた横には、アマゾンが何体も横たわっていた。
例え地獄だったとしても、例え閻魔様や魔王であったとしても、そんな惨い仕打ちはしないだろう。地獄の底でまで、アマゾンの姿でいるなんて。
ここはきっと、保存状態の良いアマゾン体を置いておく冷凍庫ではないかと千翼は考えた。
現にここに保存されているアマゾン体は、その殆どが五体満足に揃っている。
見たことのない変異を遂げているものもいた。
「ていうかおれ、治ってる…」
あれだけの銃弾を撃ち込まれたはずなのに、今は何処も痛くない。
傷一つ残っていない自分の身体に、アマゾン体であった頃とはまた別の、得体の知れない恐怖感を感じた。
だが今は一刻も早くここから脱出する事が先決だと、理解の及ばぬこの身体の事は一先ず置いておく事にした。
「でも、どうしよう」
出口は目の前の扉があるが、きっと外には4Cの人間がいる。しかも内側からは開かないようになっている為、気配が消えたのちこっそりと脱出なども出来なさそうだ。
何かいい策はないかと、ボロボロになった服から色々と取り出しては見たものの、持ち物と言えば今は使えないものばかり。
幸いベルトは取り上げられてなかったようだったが、今では無用の長物だ。
「アマゾンに、なれればな」
そう考え、そしてその事に千翼は酷く戸惑った。
あれだけ嫌っていたモノに、少しでも戻れればと気持ちになっている自分が、分からなかった。
「考えろ、何かあるはずだ…」
寒さは決して厳しいとは思わなかった。
だが問題は自分の身体よりも、時間だった。
意識の糸が切れる寸前、確かに聞こえた黒崎の言葉。
『うちの局長がな、お前に興味があるらしくてな。一緒に来てもらうぜ』
『興味』という不穏なワード。
局長──橘は何を考えてるのかよく分からないが、それは決して良いモノではないのは間違いないだろう。
風の流れが変わったように感じた。
密閉されたこの空間で、それが起こると言うことは空調の出力に変化があった、或いは
(扉が開いたのか!)
揃っていない靴底の音がそれぞれ一定のリズムで冷凍倉庫に響く。
恐らく数は3人。一人は防護服を纏っており、残りは4Cであろうか、銃火器が歩くたびに重苦しい金属音を立てている。
千翼はひとまず身を潜め、しかし入口へと向かい息を潜め進み出す。
「なあ、あの実験体、ありゃなんなんだ?」
隊員の一人が尋ねる。防護服をきた職員、研究班の人間はそれに少し沈黙を挟みながらその問いに返した。
「少なくとも、今の我々の、人類の技術では再現不可能なモノ…としか言えんな」
「アレは他所の企業のアマゾンに似た何かの可能性が高いって話じゃなかったか」
「我々もその線が一番可能性が高いと思っていた。だが調べる程に、アレは未知の細胞なんだよ。外宇宙から来たとしか思えない程地球のどこ細胞にも似ていない」
防護服を来ているため声がこもって聞こえるが、その言葉は神妙な、しかし高揚感に満ちており、それを聞いた二人はどう反応していいのか分からず困惑していた。
「まぁ天文学的奇跡による突然変異、であるならその限りではないのかも知れん。アレがもし誰かが作ったものなら…そいつは稀代の天才か、地球外の叡智だろう」
研究員と思しき男は、更に胸を躍らせたように早口でそう言った。
「兎に角、ここにあるサンプルと組み合わせてみてどう変化を起こすか…本番はここからなんだ。『あの腕』とも、どういう反応を示すか」
愉しそうに談る男に、顔は見えないが4Cの二人は引いているようであった。
「ま…まぁ何にしても、必要なもん出してここ出るぞ。気味が悪くて仕方ないんだ」
そして彼らはこの冷蔵庫からサンプルの回収を始めた。
入口は開けっ放し、千翼はこれ幸いとばかりに
そこから抜け出した。
問題はここからだ。
万丈がどのフロアにいるのか。
だか、おおよその見当はついていた。
(局長がいて、研究班がいて──きっと、あそこだ。イユを直したりしていた、あのフロアのはず)
監視網を潜り抜け、千翼は目的地へと歩みを進めた。
◆
「サンプルc-1、アマゾン細胞がサンプルが食い尽くし、サンプルが活動を停止。」
「サンプルa-3、結果出ました。これなんですが…」
「…よし、では2班はa-3の配分を元にフェイズ4へ移行しろ」
フロア内では職員達が研究室や手術室をせわしなく行き交っていた。
「局長ォ、これ俺たちお邪魔なんじゃないっすかねぇ」
その様子を観覧ガラス越しに見ていた黒崎達が言った。
「俺たちここ最近まともに休み貰ってないんすわ。千翼も駆除したし、サンプルも取ってきたし、そろそろ羽休めと行きたいんすけどねぇ」
そう言い、黒崎はその場にいる自分の部隊員達に顔を向ける。
「コイツらの士気も練度も大分落ちてて、使いもんになんないし」
「…良いだろう。まぁ、サンプルが逃げ出す心配もないしな」
そう言いながら、手術台の上で拘束されている『サンプル』をじっと見つめ右の口角を僅かに上へ動かす。
「アマゾンに使用する事を想定した拘束具だ。流石に逃げ出せんだろう」
目線の先のサンプル──万丈は今も何度ももがくが、血を抜かれ上手く力が入らず、意識も朦朧とし始め目も虚ろいできている。
「幸い、彼は輸血をすれば体内で即座にあの未知の細胞へと変異する。血液さえ用意すれば無限に出来るとはいやはや」
橘は煌々とした目をさせ独白のように語る。
「未知の細胞、では味気ないな…名前はあった方がいい。商品には必ず名前が必要だからね、うーん何がいいか…」
左手で顎を抑えながら、さも考えてるかのような様子で、廊下をクルクルと回る橘。
靴底の軽い音が、軽薄なビッグビジネスの算段を立ててるように黒崎達には見えた。
「どうでもいいんすけど、俺たちもう行っても大丈夫っすかねぇ」
「ん?ハッハッハッハッ、すまない。すっかり忘れていたよ」
橘のわざとらしい笑い方に、黒崎は僅かに頭痛が起こり、眉間にシワを寄せる。
「さあ、休日を満喫してきたまえ」
そう言われその場を後にする黒崎隊の面々。
橘はそれを見送りながら
「そう、存分にね。良き、シュウマツを」
真顔で、そう呟いた。
◆
(確か、この階段を上がれば…)
長い非常用階段を登った末に、千翼は目星を付けたフロアの扉へとたどり着いた。
念の為他のエリアも見て回ったが、矢張りそれらしいものはなく、更に人の気配は全て例の手術室のあるエリアへと動いているようであった。
助け出す方法も模索した。しかしマトモな装備もない今では、精々人質を取って交渉するくらいしか手段がなかった。
「開けたらすぐに目の前にいる人を捕まえる。開けたら捕まえる、開けたら捕まえる…」
やる事を小さく復唱しながら、非常扉の金具に手をつける。
「…よし」
覚悟を決め、重い扉を勢いよく開き、一番近くに立っていた人間へと全速力でタックルを決め、首の後ろへ手を回した。
「全員動くなッ!」
突然の絶叫に室内にいた科学者達は一斉に千翼と人質の方へと顔を向けた。
「おや、千翼じゃないか!まさか生きていたとはねぇ」
人質に取ったその相手は、橘だった。
「あんた、だったのか…」
これは幸運か、交渉としては最高のカードを手に入れた千翼だったが、しかしその橘本人からはイマイチ焦りの色のようなものが微塵もなかった。
寧ろ、生きていた事を喜んでるとさえ思える顔だった。
「い、いやそれよりも!万丈を解放しろ!」
再び叫んだ千翼だったが、橘は尚も顔色を変えず喋り続けた。
「いや、当然とも言えるのかね。彼の細胞を取り入れたのであれば、あそこから再生するのもわけなかっただろう。いやしかし、『あの温度』にも耐えられるのか…素晴らしいな」
「なんのことを言って、人の話を──」
「あの冷凍室の温度は人が入る時以外、最大でマイナス100度まで下げられてるんだよ」
つまり、と橘は更に続ける。
「君はそんな、南極すら越える酷寒を物ともせず再生したわけだ!」
千翼には何が言いたいのか分からなかった。しかも自分が人質にされているこんな状況で、何故それは言う必要があるのか、全く理解し難かった。
「いや、君の友達は実に興味深かった。彼の細胞のおかげで、我々は、いや人類は!新たな進化を迎えられるかも知れないんだからな」
「…何を言ってるんだ?」
「分からないかい?彼がもたらした進化の話さ!進化…エボリューション、そうだ。アレはエボリューション細胞がいい。略してE細胞!」
「何の話をしてんだよ!」
壊れたラジオか人形か、その情報量を千翼は飲み込めず、飲み込まれそうになっていた。
「お前はッ!人質でッ!代わりにッ!万丈をッ!解放しろッ!」
「…ああ、私は人質だったのか。いや失敬、人質として取るには余りにも──私は万全過ぎてね」
橘はそういうと、手を入れていたポケットで何かを押した。
直後、けたたましい警報音と共に壁が爆発、そこから「何か」が2体、姿を現した。
「あ、アレって──」
目の前に立っていたのは2体の、辛うじてアマゾンと認識出来る『何か』だった。
「紹介しよう、彼らはシグマ・F。まぁ要するに、シグマタイプの改造品だ」
その身体は、ツギハギだらけでありバランスが悪く、そのつなぎ目からは気泡がポコポコと音を立て沸いており、目はシグマタイプ以上の生気のなさで虚ろいでいた。
そして妙な液体を体のつなぎ目や眼から垂れ流しており、アマゾンの醜さすら凌駕する、あまりに冒涜的な醜悪さであった。
「既存のアマゾンの死体を組み合わせる事で最強のアマゾンを作ることも可能であり、また死体を回収すれば何度もリサイクルが可能で経済的。まぁ美しさにはいささか欠けるが…なに、ここまでくればこれはこれで、芸術的とも言えなくもないだろう?」
「何言ってんだよ…何だよこれ…!」
千翼は恐怖した。その見た目だけで、ではない。
つまりコレを、この悪趣味極まり無いモノを、橘達は作り上げたという事だ。アマゾン相手にだとしてもやっていい事と悪い事位はあるはずだ。なのにそれを、平気でやったのだ。
それがどうしてか、堪らなく恐ろしかった。
「…前にも言ったと思うが、人権問題になるようなら勿論私だって手を出さないさ。しかし、これはあくまで死体と、自称宇宙人くんの細胞で構成されたモノだ。ちゃんとその辺はクリアしているさ」
そう言うと橘は、自分の首にかかる、すっかり緩み切った千翼の腕を外し立ち上がった。
そしてジャケットの襟を正すと、怯え切って腰が抜けている千翼を見下ろしながら言った。
「さて…君とサンプルがここに来て一週間がたった。その間に君は驚異の再生を遂げ、我々はシグマ・Fを作り研究は次の段階に進んでいる。我々の研究結果が間違ってなければ君は既にアマゾン体にはなれないし溶原性細胞もアマゾン化のリスクがなくなっている…幸い今日から月曜まで黒崎君たちは非番だ。君が、彼を諦めてくれるなら私は、君を見逃してもいいと考えている。君は死んだままという事にしてね」
しかし、と橘は続け
「そうでないのなら…丁度彼らの戦闘データが欲しかったところなんだ…君はスパーリングの相手には丁度いい」
一歩、一歩と橘は怯える千翼の方へと歩み寄る。それと同じように2体のアマゾンもこちらへ近付いてくる。
千翼は、もうそれでもいいのではないかと思った。
彼は裕樹ではないと言う。確かに輸血してくれた恩もアマゾンでなくなれた事への感謝もある。だがそれでも、つい先日あったばかりの他人ではないか。
橘が言うには溶原性細胞のリスクまで無くなっているというではないか。
つまり悠が唯一懸念していた部分すら解決していたのだ。
もう自分は本当に、人間になれたのではないか。
おれは生きたい、その願いは変わらない。
でも、結局ここで捕まって仕舞えば、以前と変わらない、いやもっと、以前よりも酷い仕打ちがあるのではないかと考えた。
ならばいっそ、ここで逃げ出して仕舞えば。
千翼は、そう思いつつ、観覧ガラスの方へと目を向けた。
拘束られている万丈は、新たな血を入れられている最中であった。
その目は、しっかりと開いており、そして千翼を強く見つめていた。
千翼はその目に、何か強いメッセージを感じた。
それは、自分とイユを逃がすため4Cへと果敢に立ち塞がった、友人の目と同じものだった。
(千翼、逃げろ!)
そう聞こえては無意識だった。
千翼は、腑抜けていた身体を一気に跳ね上げ、手術室の扉へと向かい駆けた。
しかし扉にはカードキーによるロックがかかっており入れない。
橘の背後にいたアマゾンたちが、橘の合図で千翼への迫る。
片方のアマゾンの爪が千翼の背中を引き裂く。
激痛が走り、床に膝をつけるももう片方のアマゾンの鎌をすんでの所でかわし、扉のロックを破壊させた。
そして室内へ侵入すると、万丈の所へ駆け寄った。
室内にいた他の職員達は皆部屋の隅へと退避し、事の行く末を案じる。
「ひろきッ!」
万丈へそう呼びかける。
「千翼お前!なんで逃げなかったんだ!後俺は裕樹じゃねぇって──」
「逃げれる訳ない!待ってて、今すぐ外すから!」
しかし拘束具は予想以上にしっかり作られており、今の千翼の力ではとてもこれを破壊する事は無理だった。
「それは本来アマゾンを拘束するものだからね。人間の力では外せる訳がない」
遅れて室内へ入ってくる橘が、嘲るようにそう言った。
「千翼、もう諦めたまえよ。どう頑張ってもアマゾンでない君に勝ち目はない」
橘はそう言うと、右手を振り上げ、アマゾンに対して『待て』という命令を出す。
「アマゾンでない、おれ…」
「そうだ、君はもうアマゾンではない。いや厳密にはまだアマゾンだが、君の溶原性細胞とe細胞の絶妙なバランスによって、今の君には食人衝動も溶原性細胞のアマゾン化もない、アマゾンにもなれない。害がないものを消そうとするほど我々も鬼ではない。だからここでそのサンプルから手を引けば今の行動は水に流してやろう」
橘は優しげに、余裕を匂わせるようにそう言った。
(厳密にはまだアマゾン?)
千翼はそこが引っかかった。自分は、まだアマゾンなのか。
確かに悠もアマゾンとも人でもない細胞と言っていた。
そしてそれは、橘の話の通りなら絶妙なバランスというのでなりたっているのでは無いだろうか。
数秒の沈黙ののち、千翼が口を開いた。
「おれは、まだアマゾンなのか」
「ん?ああ、厳密にはってだけで、まぁ人間とも言えなくもなくてだな──」
「はるかは、人でもないって言ってた」
「…まぁその通りだがその辺は大分些細な事であって、いや待てはるかとは、まさかそれは水澤悠──」
「つまり、おれはまだアマゾンなのか」
「こっちの質問にも答えなさい、水澤悠は今どこに──」
「まだアマゾンなのか」
「…だ、か、ら!君は確かに人ではないが人間社会で生きていけるアマゾンになってるんだだから見逃してやると言っているんだたかだか人かそうでないかなんて些細な問題であってだな!」
橘がそう怒鳴るが、千翼は気にせず更に橘へこういう。
「さっき言ってたバランスを崩れれば、おれはまた前みたいなアマゾンになるのか」
「はぁ…はぁ…ああそうだが──まさか君ッ!」
そいつを止めろ!そう橘が命令すると、アマゾン2体が再び千翼へ飛びかかった。
千翼は身体をしゃがませそれを躱すと、アマゾン達は盛大に吹っ飛び、手術台の周りのカーテンを巻き込んで床へ激突した。
千翼はその隙に細胞を得るとこが出来るモノを探し、そして
(アレは…おれの、腕ッ!)
トレイに乗せられた干からびた腕。
それは、かつて人々をアマゾン化された全ての元凶だった。
確か処分されたはずでは、千翼はそう思ったが今はこの『悪魔の腕』こそが打開の鍵だ。
咄嗟にトレイの中にあったその腕を取り、そして
腕の皮を、齧り、毟り、飲み込んだ。
目の前で起こった事に、橘は目を丸々とさせ、そして
「こんのぉ…大馬鹿ガァッ!」
殺せェ!赤鬼の様な顔でそう絶叫する橘と、簀巻き状態を引きちぎり態勢を立て直したアマゾン達に囲まれ挟まれながら、千翼は上着からドライバーを出し装着する。
「おれは生きたい、生きていたい。でも、かあさんも、イユも、タクミもいなくなって、これ以上、大切な人がいなくなるなんて、諦めるなんて、そんな世界で生きていたって、そんなの──」
「やれぇッ!」
橘の怒号で、アマゾン達は千翼へと再び飛びかかった。
「──そんなの、なんの意味もないッ!」
「アマゾンッ!」
瑠璃色の炎が千翼を覆い
そして、千翼は再びアマゾンへと
『変身』した