え、ちょ。可奈美ちゃん13歳って、マ? 作:なみのじ
『暇がなくても来い』
俺が長船女学院に仕事で出張しにきた帰りがけ、ふと気になってメールを確認すると、益子薫ちゃんからそんなメールが届いていた。
こっわ。
暇をこよなく愛する薫ちゃんからこの文章。文面から得体の知れなさが滲みでている。
薫ちゃんからの呼び出しとか、嫌な予感しかしねーよ。
どうしようかな〜。
ただし、ここで無視して帰るという選択肢に未来はない。バッドエンドの匂いがする。
仕方ないのでメールに導かれるまま、薫ちゃんを訪ねることにした。
職員室で行方を聞くと、多分あそこだと教えてもらえる。
益子薫を探し、たどり着いた先。
「おうきたかー。入れー」
休憩室の外からドア越しに呼びかけると、中からそんな応えがあった。
中に入ると目に入ったのは、仰向けに寝そべる薫ちゃんの姿。
二人がけのそれほど大きくないソファに、小さな体をすっぽりと収めてお腹を掻いている。
傍の机には食べかけのスナック菓子が散乱していた。
こいつ……くつろぎすぎだろ。自宅じゃねぇんだぞ。
「ようやく来たのか、定家。お前なー、メールしてから何時間経ったと思ってるんだ。
さっさとこいって言っただろう。オレだって暇じゃないんだぞー」
おまけになんというふてぶてしさだろうか。
ご覧いただけるだろうか。このセリフ、なんと寝そべったままで言っている。しかも視線すらこちらによこさない。
暇とはな、今のお前を指すんだよ。わかるか?
とても目上の者を迎え入れる態度には思えない。
毛も生えそろっていないチンチクリンの分際で……おっと、最近じゃ子供相手でもこんなセリフはセクハラかな。気をつけないとね。
「薫ちゃん、別に敬語を使えとかいうわけじゃないけど、せめて話すときくらいはこっちを見てくれないか」
「そうだな。めんどくさいからお前がオレの視界に入ってきてくれー」
「……」
しかしこんなことに腹を立てるような小さい人間じゃないよ、俺は。大人だからな。
ご要望通り薫ちゃんの正面に移動してあげると、ようやく姿勢を改めた彼女はこちらに向き直った。
ここはひとつ、苦言を呈しておくか。
「それにしても一人で休憩室を独占とは、いいご身分だなぁ。しかもカウチポテト。
ここはいつから薫ちゃんの一人部屋になったのかな?」
「うるさい。オレは荒魂と戦って疲れてるんだ。休憩して何が悪い」
俺の指摘に気だるげに答える薫ちゃん。
白々しい嘘を付くね。
「一応、俺も刀剣類管理局の職員だからな。刀使のスケジュールはそこそこ抑えてるんだが、お前が今日出撃してたなんて話は聞かなかったがな」
「出撃したのは昨日……いや、おとといだったかな……」
そりゃもう休憩じゃなくて休日だろ……
こいつまさか、それからずっとここ占領してるんじゃないよな?
「まさか本当に休憩室をマイルームにしていたとは……」
「誰も使ってないみたいだから、オレが使ってやってるだけだ。事実、誰も文句言ってくるやつはいないぞ」
「そりゃあ、薫ちゃんに遠慮してるんだろ」
この子も英雄の一人だからな。
長船の上級生だって、面と向かって非難するようなことはあるまい。
「だからって濫用するんじゃない。そういう立場だからこそ謙虚に、みんなの手本になるようにだなぁ……」
「あー、お前は会うたびに説教か。うるさいうるさい」
それじゃあ呼び出すなよ……
「んで、メールによると何やら俺に話があるようだが、何の用だ?
ちなみに愛の告白なら勘弁してくれよ。ちびっこには興味はないんだ」
「……。
相変わらず腹立たしい奴だな、お前。ところでこの写真を見てから同じセリフを言ってみてくれるか?」
げっ。
薫ちゃんが机を滑らせたタブレット。そこに映された写真。
鈍い光沢を放つ画面上には、姫和ちゃんと可奈美ちゃんの頭を撫でる俺の姿があった。
撮られた角度から考えると、壁から覗き見るような視点で撮影されている。
このガキ……デバガメってやがったのかっ!!
「……」
だが俺は余裕を崩さない。
鏡で確認しなくてもわかる。表情筋一つ動かさない、我ながら見事なポーカーフェイスだ。
俺はこんな、すぐカッカする子供とは違うのだ。
大人と子供の違いーーそれは人生経験。危機に直面したときにこそ、その真価が発揮される。
しかも俺は転生者だ。
転生者、うろたえない。
転生前後合わせて、伊達に年を重ねているわけではないのだ。
この程度で動揺してしまうような浅い人生を、俺は送っていないのだよ。
「ああ、これはこの前の時の写真だね。うん、なかなかよく撮れてる。で、この写真がどうかしたのかな?」
「顔見ろ、顔」
「顔ねぇ……二人とも頭を撫でられて幸せそうだな」
「お前の顔だよっ!!」
益子薫が指差す先ーーそこには嫌らしくニヤけた男の顔があった。
「なんだこいつ……」
うーむ。
何という表情をしているのか、この男は。
まるで劣情が透けて見えるようである。
見出しを付けるなら「お嬢ちゃんたち、おうちにおいで。お菓子をあげるよ」だろうか。
このまま不審者注意のポスターにできそうなくらいである。
「これは……俺かな?」
「お前じゃなかったらなんなんだよ……」
「……犯罪者かな?」
「それは自己紹介か?」
いやいやいやいや。
それはあまりにも一方的で俗にまみれた見方である。
成人を超えた男と女子中学生が交流していたことに対する、下世話なバイアスがかかっている。
男が少女を前に笑顔だったからといって、それを「嫌らしい」とか「ニヤける」とか表現するから真実が歪むのだ。
だいたい想像してみてくれ。ここで俺が無表情で2人を撫でてる方が怖いだろ?
これは一人の青年が、少女たちの頭を撫でて笑っているだけーー
そう。やましいことなど何もないのだ。
「君の言いたいことはわかるよ、薫ちゃん。でもな、それは邪推だ。
君のやましい心が見せる、歪んだ虚像だ。
そう見えるということは、君の心が汚れているからだ」
だから俺は指摘する。薫ちゃんの心の闇を。
23歳の男が14歳の女の子たちを誑かしているシーンだと非難する薫ちゃんを修正するのだ。
もっと清らかな心で俺を見ろと。トラストミー。俺をもっと信じてくれと。
「ちなみに、こっちはお前が公園で姫和にキスしている写真だ」
「すみませんでしたーーーっ!!」
「うおっ! おい……びっくりさせるな。
お前の今の土下座。迅移なみの速さがあったぞ、第一段階の」
このアマ……そんな、どストレートなもん持ってるなら最初から出しとけや!
俺の土下座の速さに驚きながらも、薫ちゃんはタブレット上の写真を人差し指でトントンした。
「で? これはなんだ?」
「はい。俺と姫和ちゃんのキスシーンですね」
「お前、姫和に手をだしたのか?」
「はい。お付き合いさせていただいております……」
こんな切り札出されたら、もはや全面降伏するほかない。
今の俺は、事件後に記者会見で謝罪した折神紫さま並みに潔い存在である。
「は? オツキアイ?
何話してるかまでは聞こえなかったからわからなかったが、お前たちそんな関係だったのか。
お前、姫和が何歳なのか知ってるのか?」
「うーん。彼女が14歳ということに、俺自身も驚きを隠せない」
薫ちゃんが、信じられないナマモノを見るかのような視線で俺を見てくる。
やめてくれ。そんな目で俺を見るな。
こうなれば是非もない。
誤解を解かなくてはならない。可及的、速やかにっ。
「いや待って、薫ちゃん。俺の話を聞いてくれ」
だから俺は薫ちゃんに全てを話した。
ここが正念場である。
ロリコン性犯罪者予備軍か誠実な青年か。ここでの説得いかんによって今後の人生が決まる。
徳川定家23歳。俺の社会的立場をめぐる、天下分け目の関ヶ原だ。
コメツキバッタのような姿勢はそのままに、必死に、懇切丁寧に説明した。
だがそれで薫ちゃんから返ってきたのは、
「嘘くせー」
あまりに無情な一言である。
おまけに下等生物を見下すようなジト目だ。俺を信じるといった心情が欠片も伺えない。
先の問答で変な言い訳をしていたせいで、俺の信用が地に落ちてしまった。
俺の信用度が、土下座した俺と同様、地を這いつくばっている。
ひょっとして毛虫にでも見えているのだろうか。
「本当だっ! 信じてくれ!! 俺は本当に彼女たちが高等部生だと信じていたんだ!!」
「お前なー。どうやったら姫和と可奈美が17歳とかに見えるんだ? 目ん玉大丈夫かー?」
煽るような口調で、自らの目をちょんちょん指す薫ちゃん。
「くっ……」
しかしこれについては、俺にだって言い分がある。
はっきり言って年頃の女の子の年齢を見分けるのなんて、そう簡単なことじゃない。
小学生か高校生なら、間違いなく判別できるだろうね。でも育ちすぎた中学生と発育不足の高校生の差がどれくらいあるというのか。
電車で隣に座った女の子。
それを中学生か高校生かを確実に言い当てる自信がある奴だけ、俺に物申していいぞ。
しかしそのあと大人しく出頭しとけ。別の意味で危険な香りがするから。
それにな、俺が勘違いした原因は薫ちゃんにもあるんだ。
薫ちゃんがエターナル胸ペッタンだの、ホライズン胸だのと姫和を煽ったことを俺は忘れていないぞ。
俺はてっきり姫和が17、8歳くらいだから胸いじりをしていると思ったのだ。
14歳なら胸なんかなくても普通だろ? 煽るほどのことでもない。
それを、まな板だの、断崖絶壁だの、希望が残ってないだの……あれ? そこまでは言ってなかったかな?
まぁ、いい。
そんなことを指摘しても火に油な気がするから、言わないでおこう。
代わりに、別方向から攻める。
「俺だって何も、根拠なく姫和ちゃんたちを高等部生だと思ってたわけじゃない。
一緒に過ごして、一緒に戦って、彼女たちの意志に触れて感じたんだ。
薫ちゃんだって知ってるだろ? 姫和の高潔な精神をっ!!
可奈美の強大な敵に臆することなく立ち向かう勇気をっ!!」
「……まぁ、あいつらが年の割に立派だというのは認めるけどな」
「そうだっ! 人は見た目じゃないんだ!!」
「人は見た目じゃない……か。お前ひょっとしてオレのことも……いや。
なんか恐ろしく不安に思ったことがあるんだが、聞くのはやめておこう」
「?」
……ひょっとして薫ちゃん。自分を何歳だと思ってたのか俺に聞こうとしたとか。
あー、それも仕方ないかもな。薫ちゃんの身長は140cmあるかないか。
はっきり言ってチンチクリンである。
ちっちゃいねと言えば、ちっちゃくないよと返してきそうなほどだ。
見た目で言えば、まんま小学生である。
だから俺が薫ちゃんを初等部ーー小学生だと勘違いしてないか、不安にでも思ったのだろう。
もちろんそんなことはない!
薫ちゃんといって思い浮かべるのは、祢々切丸。
馬ごと真っ二つできそうなほどに馬鹿でかい御刀だ。
小学生の子があんな巨大な御刀振り回して、荒魂をばったばったと薙ぎ倒せるわけがないからね。
もちろん力量的なことだけではなく、精神面についてもいえることだ。
ピンチにおける薫ちゃんの冷静な判断力には、いつも助けられたからな。
この子を小学生扱いする奴がいたら、頭を疑っちゃうね。俺が目ん玉引っこ抜いてやるところだよ。
この年頃の子は繊細だからね。実年齢に体の成長が追いついてないことに、内心気にやむところもあったのだろう。
もし憧れの定家さんに、小学生だと思われてたらどうしよう……とかね。
その点、俺は問題ない。彼女のことは十二分に理解している。
年を聞かれても、自信持って答えられたよ。
だから安心していいぞ、中学生の薫ちゃん!!!
「はぁ……でもお前、23歳だろ? そして姫和は14歳だ。実際、これはまずいぞ。
ただでさえお前がロリコンで、一緒に戦った刀使たちに手を出したんじゃないかって噂はあるんだから」
「なに。それは本当か?」
初耳である。
薫ちゃんは別に情報通というわけでもない。
しかしそんな薫ちゃんが知ってる話だ。女子の間で相当広まっている噂話かもしれない。
「ああ。でもこれは有名税みたいなもんで、どうしても根も葉もない話が好きな奴らは一定数いるからなー。長船は噂好きの奴らも多いしな。
でもお前には根も葉も木もあった」
「面目無い……」
結果的にだけど、返す言葉もないです。
「だいたいお前も本当にいいと思ってるのか?」
「というと?」
「ちょっと想像してみろよ」
「ああ」
「お前と姫和が結婚して、将来、子供ができたとする。女の子だ」
「うん。姫和ちゃんの子だ。めちゃくちゃ可愛いに違いない」
「その子が14歳になる。そして23歳の男を連れてきて言うんだ。『この人が彼氏です』」
「殺すっ!!」
「じゃあ、お前も死んだほうがいいんじゃないか?」
「うう……生きたい。許して……」
許し、許しか……あれ、待てよ。
「いや、待ってくれ。そういえば、俺、許しをもらったぞ」
俺は鬼の首を取ったかのような勢いで顔を上げた。
そうだ。確かに俺は許しを得たのだ。
これこそ薫ちゃんに勝てる唯一の手札だ。
「は? 許し? 誰にだよ」
「最終決戦で2人と一緒に隠世に行った時のことだ。薫ちゃんにも前に話したことがあったよな。そこで姫和の母さんに会ってな」
「ああ、それで?」
「いろいろあったんだが帰りがけにな、娘をよろしく頼むと言われた。だから俺は誓ったんだよ。姫和は俺が守りますってな!」
どうだ!! つまり俺と姫和の仲は、親公認である。
これほど最強の手札は他にあるまい。
「……お前、家庭訪問で母親に『娘をよろしく』って頼まれて、『あ、許可出た。この娘もらっていいんだ』って思う教師がいたらどう思う?」
「やばいね、そいつ」
「お前のことだよっ!!!」
「い、痛いっ! こらっ人の頭を踏むんじゃない!! 痛ぇ!!」
とうとう俺の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、薫ちゃんは直接攻撃を仕掛けてきた。
いくら彼女自身の体重が軽いといっても、上履きで踏まれればそれなりに痛い。
くそっ、エレンめ。何が薫はツンデレだ。
ツンしかねーじゃねぇか。今もツンツンと突き殺されそうである。
薫ちゃんは執拗にスタンピングを続ける。
最初は薫ちゃんの言い分も分かるため我慢していたが、踏まれ続けているうちにフツフツと湧いてくる感情があった。
それは、喜びーーではもちろんない。
薫ちゃんのようなロリっ子美少女に、頭を踏まれる。これを我々の業界ではご褒美です、という奴らがいるが、自ら「我々の業界では」と前置きしていることからもわかるように、それは一般世間からズレた感覚である。端的に言えば変態。
一般的に考えて、変態ではない社会人が中学生に頭を踏まれて面罵された場合に抱く感情ーーそれは怒りである。
そう。俺は今、静かに怒っていた。
果たして俺は、中学生からこのような仕打ちを受けなければならないほどの罪を犯しただろうか?
確かにJCと付き合う社会人というのは、忌避すべき輩である。
だが長き戦いを共に乗り越えた俺と姫和の間には、確かな絆がある。
それに由来する確固たる愛情が存在するのだ。これは決して俺の独りよがりではない。
そういった事情を勘案すれば、そりゃ全員に理解されることはなくとも、そこそこ分かってくれる人はいると思う。
大事なのはそう……心だっ!!
例え裁判にかけられたとしても、この真実の愛を、慈愛溢れる裁判長なら分かってくれるのではないだろうか。
その辺を一切汲み取ることなく、薫ちゃんは俺を一方的に断罪する。
しかも人の頭を踏みつけるという、尊厳を無視した方法で。
……さすがに行き過ぎではないだろうか?
それに俺だからまだ笑って済ませてあげるが、このまま目上のものに平気で暴力を振るうようになったら、将来的にも心配である。
年上だから偉いってもんでもないが、年上にぞんざいな態度をとる人間が良い印象を残すことはない。
社会には長幼の序というものがあり、それなりの配慮というものは必ず必要である。
痛い目にあってからでは遅い。
そろそろ誰かが薫ちゃんに、教えてあげる必要があるのではないだろうか。
……となれば先達たる俺が、その役目を担うべきだろう。
しかし俺も大人だ。怒りに身をまかせることなく、冷静に矯正しよう。
怒るのではなく、叱るのだ。
そう、あくまで冷静にね。
「このガキャーっ!!! 人がおとなしくしてりゃあ、調子に乗りやがって!!!!」
「うおっ、なんだコイツ。とうとう発狂したか……っておい、何するヤメロッ!!」
ポカスカビリビリガブゥッドゴドゴグエッシュルルルルギュッギュ!!
「はぁ……はぁ……思い知ったか。大人の力を」
「むぐぐぐぐ」
冷静……あれ?
冷静とは一体……概念?
気がつくと部屋の中には、手足を縛られて口に詰め物をされた薫ちゃん。
その前で、肩で息する男の2人の姿。
中学生相手に本気で暴力を振るう社会人の姿がそこにはあったーーというか俺だった。
おいおい。
これじゃあまるで、幽霊小学生にガチケンカ仕掛けたアホ毛高校生みたいじゃないか。
彼らも驚く驚きの人間の小ささである。いやむしろ社会人な分、俺の方がはるかにミジンコだ。
いやだって、薫ちゃん、めちゃくちゃ強いんだもん。見てくれこの歯型。
俺も本気にならざるを得なかったんだよ。
その結果ーー二人とも、服はボロボロ、息も絶え絶えではあるが、俺の体にはそこらじゅうに噛みつき痕と打撃痕。目には青タン。
総ダメージが俺の方が明らかに大きい。
幼いとはいえ、さすがは刀使である。御刀なくてもこの強さか。
だが最後に勝ったのは、俺だ!
「わかったかな、薫ちゃん!! 人をコケにしすぎると、こういう目に遭うこともあるんだ!」
あまりに虚しい勝利宣言。
「ぐむーっ! ぐむーっ!!」
足元に転がる薫ちゃんから、怨嗟の呻きが漏れ出ている。
突き刺すような視線が俺の殺害を予告している。
つーか、これ。どうしよう。
この怒れる野獣。
そのまま解き放ったら、祢々切丸で校舎ごと俺を真っ二つにしそうな感じだ。
なんせ今の薫ちゃんは、乱闘の結果、服が破けて半裸みたいになってしまっている。
まったく酷い有様である。破いた張本人を御刀で捌くのに十分すぎる理由だ。
でも俺もまだ死にたくない。
俺は呻く薫ちゃんに背を向け、後ろに手を組み考え込む。
どうしたものか……
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
俺はいつもこうだ。人間失格。太宰治もびっくりの恥の多い人生である。
俺が1時間後の安全をどうやって確保しようか難題に考えを巡らせていると、何やらギシギシと鶯張りのように廊下が軋む音が聞こえてきた。
ふむ。どうやら誰かがこの部屋に向かって来るようだな。
……え。
誰かがこの部屋に来るぅ!!!!?????
バッと振り返り、改めて休憩室の中を確認した。
密室。2人きり。
足元には、半裸に剥かれた薫ちゃん。
加害者である俺の体には、被害者の抵抗した跡。
これは……これはっ!!
どう見ても◯◯◯現場です。
もはや10人中10人がそう3文字伏字の中身を言い当てるであろう、悲惨な状況が広がっていた。
先ほどの慈愛溢れる裁判長すら、ハンマー叩いて有罪を連呼している。そのハンマーで俺をぶっ叩きそうな勢いだよっ!
あわわわわ……
コンコン
たどり着いた何者かが、控えめなノックの音を鳴らした。
「!!」
薫ちゃんもその音で誰かが来たことを察したようだ。
一瞬、見開いた目が俺と合った。その目尻がニヤリと下がる。
こいつ、まさか……
「むぐーっ!! むぐぐーっ!!」
薫ちゃんは全身の力を解き放つように暴れ出した。
手足が縛られているにもかかわらず、海老のように飛び跳ねる。
げげげっ!!!
こいつ。
俺を殺す気かっ!
本当に社会的に殺す気か!!
おいおいおいおい。
ただでさえ俺には、幼い刀使に手を出したロリコンなんていう噂が立っているのである。
当たり前だがこんな様相を見られたら、一発でアウトだ。議論の余地はない。
「益子さーん、居ますかぁ? 学長から通知文書があるんですけどー
入っていいのかなぁ。でも寝てるの起こしたら申し訳ないよね……」
ドアの前に来たのは少女は、どうやら薫ちゃんに届け物があるらしい。扉の外から呼びかけてきた。
だが控えめなその声を聞く限り、入るのに躊躇しているようだ。
彼女に部屋の惨状を見られたら、間違いなく終わりである。
悲鳴→刀使集合→◯◯◯魔現行犯逮捕の即死コンボでゲームセットだ。
ゲームセット ウォンバイ 薫ちゃん。俺、犯罪負け。人生終了である。
斯くなる上は神頼みか。
中にさえ入ってこなければいいのだ。
このまま出直してもらうか、プリントを廊下に置いてってもらうことでも祈るしかない。
頼む、入ってくるなよ……っ!
なんせこの世に神は存在することを俺は知っている。俺は祈りに意味があることを知っているのだ。
頼むぞ土下座神……なんとかしてくれ!!
「いっか、静かに入って机の上にでもおいといちゃえば……入りますよ〜」
ひぇっ!!!!!
だが俺の願いは天へと通じなかった。
考えてみれば、あの土下座神。人を手違いで殺すような無能である。おまけに説明不足で放り出す始末。
そもそもそんな奴を頼るのが間違いだった。
少女がとってに手をかけ、ドアを開くーー
もうダメーー
もはや万事休すかと思われたその時、
「!!!!」
俺の頭に天啓が舞い降りた。
いや天の神さまは何もしてくれなかったので、この場合、舞い降りたのは悪魔か。
そう、言うなれば悪魔的ひらめき。
その悪魔に囁かれるまま、俺は叫んだ。
「すまんっ!!! すまん薫ちゃん!!! 君の想いには答えられないぃぃぃぃ!!!!」
突然の俺の絶叫に、開くはずのドアがピタっと止まった。
暴れていた薫ちゃんの動きも止まり、俺を訝しげに見上げてくる。
何言ってんだコイツという目だ。
よし、いいぞ。動きが止まった。
カットインだ。ジャッジ、カットインいいっすか。ーーいいよ。
いける。
続けて絶叫。
「本当に……っ!! 本当にごめんっ……益子薫ちゃん!!
薫ちゃんの告白を、俺は受け入れることはできない……っ!!!」
「……っ!?」
ここまで聞き、ようやく俺の誤魔化しの意図が、薫ちゃんにも分かったようだ。
薫ちゃんの驚愕に開かれた瞳に、理解の色が灯る。
「ぐももーーっ!! ぐもももももーーっ!!」
俺の言動をなんとか止めようと必死に暴れるが、その抵抗はあまりに無力だった。
薫ちゃんの動きが外に聞こえないように、言葉を被せていく。
「突然呼び出されたこの部屋で、君からの急な告白。とっても嬉しいよ。
まさか君が前からずっと俺のことを憧れていてくれてたなんて、思いもしなかった」
恐ろしく説明くさいセリフ。
まるでアニソンの歌詞みたいである。
しかし届け物をしにきた少女には効果は抜群だ。中に入ろうという気配が完全に止まった。
ドアの外で耳をダンボにしているのが目に見えるようだ。
こんな修羅場に出くわして気にせず入ってこれるのは、傍若無人が服着て歩いているような薫ちゃんくらいである。
そしてその薫ちゃんは、今、俺の足元に転がっている。つまり入ってこれる奴はいない。
だから俺は、ドア前少女に聞こえるように話し続ける。
「でもすまない……君の想いには答えられない。だって君はまだ『中学生』だろ。
良識ある一人の大人として、君と付き合うわけにはいかないんだ」
うーむ。
我ながら今世紀最大のおまゆうである。
おまゆうとはもちろん「お前勇気あるな、薫ちゃんの前でそんなこといって」の略だ。
しかし良識とは投げ捨てるもの。方便とは使い分けるもの。
ここぞとばかりアピールしておく。
「え、何? それでもあなたのことが好きで好きでたまらないんです! だって?
はは……君みたいな可愛い子に、顔真っ赤にしてそこまで言われるなんて、男冥利に尽きるな」
ちらっと薫ちゃんを見る。
すげえ表情だ。
怒りのあまり顔を真っ赤にして、目に涙まで浮かべてやがる。
ひぇっ。
「そんなに泣かないでくれ、薫ちゃん。俺も怖い……じゃなかった、俺も辛い。
どうか今日のことはなかったことにしてくれると嬉しい……じゃなかった、お互いになかったことにしよう」
いかん。
薫ちゃんの赤色破壊光線が熱すぎて、これ以上口が回らなくなってきた。
そろそろ〆とこう。
「いや、告白を断った俺がいっていいセリフじゃないか。
じゃあ、俺は帰るよ。この部屋には誰も入れないようにしておくから、気がすむまで泣いてくれ。
明日からは、またいつも通りの俺たちでいよう。
じゃあ俺帰るからねっ! 部屋から出るからねっ!」
そうして帰るそぶりを見せると、ドアの前から慌てて立ち去る音がした。
気配が遠ざかっていく……消えた。
……
…
「ふえええええええええ!!! 危機は去ったぁぁぁぁぁ」
ドッと疲れたわ!
脱力した俺は、その場でへなへなと地べたに座り込んだ。
なんとか……なんとか乗り切ってやったぞ。これで俺のターンは終わりだ。
危なかったわ。
自業自得とはいえ、自ら招いた即死コンボを連続カットインでかわすことに成功した。
そして窮地をチャンスに変えた。
これは歴史に残る名プレイングといっても過言ではないのではなかろうか。
なんせ薫ちゃんといえば、ロリの代名詞みたいな刀使だ。
そんな彼女からの告白を俺はきっぱり断ったのだ。ロリコンであるなんて噂は雲散霧消すること間違いなしである。
特に長船女学院とか、噂好きらしいしな。
女の子ばっかのこの学校なら、明日には全校中に広まってるんじゃないか。
ま、もともと俺はロリコンじゃないし。
世間の誤った認識が正しく修正されただけだ。
「うむ、めでたし。めでたし」
「で? 何がめでたいんだ? お前の頭か?」
背後から底冷えするような気配が立ち上った。
ーーそう、誤った認識は正されたかもしれないが、ここに新たな誤った認識が生まれてしまった少女がいる。
震えながら振り返ると、なんということでしょう。
そこには拘束から抜け出した薫ちゃんの姿が!
一体どうやってあれを抜け出したんだ……げげっ! あいつは、ねね!! 薫ちゃんのペットだ。
あの珍獣……こともあろうに祢々切丸を持って来やがった!!
「ま、まぁ、まて。薫ちゃん……話し合おうじゃないか。
あ、ダメ? ごめんね、謝るからっ! 全力で謝るから! 許してくれ!!
土下座! 土下座じゃダメ??」
「お前には言いたいことはいろいろあるが……」
薫ちゃんは沸き立つ怒りを隠すことなく憤怒の表情で、手にした祢々切丸を横に構える。
そして振るいながら言った。
「オレは15歳の高校生だっ!!」
「え、薫ちゃん15歳って、マ?」
「シねッ!!」
この後、めちゃくちゃセップクした!
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早速評価までしてくださった方までいらっしゃり、ありがたいかぎり。
これからもよろしくお願いします。