え、ちょ。可奈美ちゃん13歳って、マ?   作:なみのじ

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2話連続投稿。
前話もあります。


5.紫さま3X歳って、うん。それは知ってる。

「入れ」

 

 聞くものの背筋をピンと張らせるような怜悧な声。

 その声に導かれるようにして、俺は局長室のドアを押した。

 

 観音開きのドアが内側に向かって開き、招きに従って中に入る。

 

 ひょっとしたらガラス瓶を落としても割れないのでは、と思わせるほどフカフカの赤い絨毯の上を進むと、その先には局長席に深く腰掛けるその人がいた。

 長く伸びた黒髪に、鋭い眼差しの女性。

 

 折神家元当主ーー折神紫さまだ。

 

「……?」

 

 なぜ紫さまがここにいるのだろう。

 

 紫さまは《元》局長である。

 ちょっと前までは折神家当主兼特別刀剣類管理局局長という地位にて采配を振るっていたが、先の事件で失脚し退任。

 現在は表向き病気療養中という扱いだったはずだ。

 

 それが元サヤに収まるかのように局長席に構えている。なぜか?

 疑問に思った俺が訝しげな表情を浮かべると、それを察したのか紫さまが答えてくれる。

 

「局長代理ーー朱音は外せない用があってな。今日は代わりに私が対応している」

「ああ、そうでしたか」

 

 代理しているというわけね。

 

 本来なら現在のこの部屋の主は、紫さまの妹である折神朱音さまである。

 俺も朱音さまに呼び出されたと思って来たら、座っていたのが紫さまだったのでびっくりしたのだが、そんな事情だったか。

 

 紫さまがしでかしたことを思えば、よく代理する許可が下りたね、と思わなくもないが刀剣類管理局は実務が大きく絡む世界なので、おいそれと代理できるものではない。

 力量的な問題もあって紫さまに任せられたのだろう。

 

 なんせ紫さまといえば、20年間以上も局長の座を勤め上げてきた古強者である。社会人としての年季も、俺みたいなペーペーとは全然違う。

 ただ、見た目だけでいえばと紫さまはJKで通用する。というか、まんま女子高生である。

 

 それもそのはず。紫さまは一時期ーーほんの20年ほど大荒魂と同化していた時期があり、そのせいで肉体年齢が17歳で止まっているのだ。

 信じられないかもしれないが、こう見えて紫さまは3X歳である。

 

「紫さまも大変ですね。当主の座を降りたのに、未だに刀剣類管理局の仕事を引き受けるなんて」

「いや、私も自分がしたことの重大さは理解している。責任を取るというわけではないが、次代に公正な組織を残すというのも私が果たすべき役割だろう」

 

「おお……」

 

 すごい責任感だ。尊敬に値するよ。

 

 紫さまは20年前の相模湾岸大災厄で大荒魂を倒したーーと見せかけて、実は大荒魂と取引し、同化したという過去がある。

 その後、徐々に意識を乗っ取られ、可奈美や姫和が命を賭した昨今の事件の原因となってしまった。そのことを気に病んでの発言だ。

 

 しかし結果として大荒魂ーータギツヒメと会話をすることができ、刀使の未来、荒魂の存在意義、今後の可能性について模索することができた。

 人と荒魂の関係を一歩前進させることができたわけだ。つまり紫さまのしたことは、全てが負だったわけではない。

 そこまで気にやむことではないだろう。

 

 それに紫さまは決して私利私欲で、大荒魂と同化していたわけではない。

 そこを勘違いしてはいけないね。

 

 誰だ! 紫さまを「若さ」のために荒魂に魂を売った不届きものとか叫んだやつは!!

 ……俺だ。反省しよう。

 

 それにしても朱音さまは現在、特別刀剣類管理局局長代理なので、ここにいる紫さまは局長代理代理というわけか。ややこしいな。

 もともと紫さまが局長だったことを考えると、さらにわけがわからん。深く考えないようにするか。

 

 紫さまが腰掛けている局長席の机上には、紙束が積み重なっている。おそらく決済待ちの書類の山だろう。

 それを淀みない手つきで、紫さまが片付けていく。朱音さまの代決とは思えないほどの手さばきだ。さすがである。

 

「朱音さまは出張ですか? そういえば朝からお姿を見かけませんでしたね」

「いや、朱音は別に仕事でいないわけではない」

 

「あれ、仕事ではないんですか? ではなぜ」

「それはだな……」

 

 手を止めて、微妙に言葉を探す紫さま。

 

 なんだ? 機密事項か?

 

「あ、いえ。別に問題あるようならお答えいただかなくてもいいです」

「いや、そういうわけではない。そうだな……朱音は、お見合いだ」

 

 あー。なる。

 

 実にプライベートな理由だった。しかもモロにセンシティブ。

 そうだよな。朱音さまももう3X歳だもんな。しかも失脚した紫さまに代わって、折神家現当主である。

 

 折神家は、昔からこの国を裏で支え続けてきた護国の柱であり、由緒正しい家柄である。全刀使の代表みたいな家である。

 その当主が3X歳になるというのに結婚していないというのは、いかにもまずい。家の存続にも関わるだろう。

 

 折神家ともなれば、結婚先も相応の格が求められるだろうね。お見合いというのもそのためだろう。

 折神家婚活事情である。

 

 紫さまもお見合いとかしてるんだろうか。

 紫さまも当主ではなくなったとはいえ、折神家の一族だ。

 

 結婚するときには家の許可とか必要になったりするのかな。尊い家柄というのも大変だよな。

 ま、俺みたいな庶民には関係ない話か。

 

「それで長船はどうだった?」

 

 気を取りなおすように別の話題を振られた。

 多少話をそらす意図を感じたが、都合がいいので俺も乗っかることにする。

 

「滞りなく終わりました。調査対象だった目的不明の資金使途も結局、真庭学長のエステ代でしたし……特にこれといった問題はなかったです」

「ああ、仕事の話ではない。あいつらのことだ。会ってきたのだろう?」

 

 あいつら……エレンたちのことか。

 紫さまも彼女たちとは浅からぬ仲だ。俺を含め、みんな一種の戦友に近い間柄でもある。最近会ったと聞けば近況も聴きたくなるだろう。

 

 紫さま自身も、今や軽々に会いに行ける立場ではないしな。

 そりゃ2人とも呼び出しゃ来るだろうが、そんなことに権力を濫用するような方でもない。

 

「エレンは元気にやっていました。久しぶりに会いましたが、相変わらずでしたよ」

 

 そう。彼女は相変わらずのわがままボディ。

 いや、思い返してみればひょっとしたら成長していたような。巨砲の口径が少し大きく……

 っと。これはあまり考えてはいけない。巨砲への憧憬は姫和への裏切りである。

 

「薫ちゃんは……」

 

 思い出されるのは奴の所業。つまりーー

 

「こちらもいつも通りでした」

 

 いつも通りの小競り合いである。

 

「からかうのもほどほどにしてやれ」

「ははは……」

 

 まさかいつも本気とは紫さまも思わない。

 

「二人とも息災ならよい」

 

 離れていてもこの気配り。なんと心優しい方だろうか。

 この優しさ、薫ちゃんにも分けてあげたいね。

 

 前段の世間話が終わり、「それで」と紫さまは本題を切り出した。

 

「本日お前を呼び出したのは他でもない。前から申請されていた件について決定が降りたからだ」

「おお、そうですか。それで……いかがだったでしょうか?」

 

「うむ。不受理となった。お前の希望だった電光丸の御刀返納は認められない」

 

 あ、やっぱり?

 

「……一応、理由を伺ってもよろしいでしょうか」

「そうだな。いろいろ理由はあるが、端的に言えばあれは御刀ではないからだ」

 

 御刀とは珠鋼によって作られた、特殊な力を帯びた日本刀をいう。

 刀使は御刀の力を使用し荒魂と戦う。

 刀剣類管理局はそんな御刀と刀使を管理・統制するために作られた組織である。

 

 一方、名刀電光丸とは未来技術によって作られた、特殊な力を帯びた超科学竹光である。

 俺は電光丸に振り回され荒魂と戦わされる。

 御刀ではない以上、返納は認められない。当然の帰結であった。うむ。

 

 いやいやいやいや。

 

 しかしそれでは困る俺は、食い下がる。

 

「そこをなんとかなりませんか? あれは俺の手には余る。もっとふさわしい人がいるはずです」

「と言ってもだな……」

 

 紫さまは困った奴をみる視線で、渋い顔をする。

 

「こちらでも解析を試みたが、あれはどこを調べてもただの模造刀だった。

 当然、お前のいう誰が持っても達人になれるといった馬鹿げた……いや、信憑性の薄い効果は認められなかった」

 

 馬鹿げたいわれちゃったよ。

 

「技術班は、どうせ調べるなら持ち主の頭ん中調べた方がいいんじゃないですか、と突き返して来たな」

 

 頭近未来で悪かったね~

 

 さすがは22世紀のトンデモ産物だ。こりゃ技術班どころか紫さまも信じてないね。

 江戸時代に半導体を持ち込んでも、誰も理解してくれないようなものだろう。凄い。凄すぎて困るわ。

 

「いや、私はお前のいうことを信じているぞ。しかし組織決定としては不受理が覆ることはない。

 よってこれはお前に返そう」

 

 紫さまは脇にあった箱から物を手に取ると、椅子から立ち上がり俺の眼前に立った。

 そして目の前に差し出された電光丸。

 

 やはり、刀剣類管理局に引き取ってもらうという認められなかったか……

 

 俺がこの転生チート特典を手放したかった理由は明快で、これを持っていると荒魂との戦いに引っ張り出されるためである。

 そりゃ俺も、年端もいかない少女たちに荒魂と戦わせるのはどうかと思うよ。

 でもだからと言って、俺が変わって命を賭して戦いたいかと言われると、答えに窮する。

 

 それにこの電光丸で荒魂と戦うと、俺の心身は深刻なダメージ受ける。

 電光丸先生は握ったものの意志に関係なく、敵対するものに勝手に立ち向かう性質があるので、強敵と戦うと俺の体は上下左右にブン回されるはめになるのだ。

 

 早い話、ジェットコースターに乗せてあげるヨ♪ ただし固定するのは右手だけね♪ というわけだ。

 どうだ? 乗りたいか? 俺はごめんです。

 

 それにこれを持っていると、2匹のバトキチが「タタカッテタタカッテ」とまとわりついてくるのも勘弁してもらいたい理由の一つではある。

 合理的に模擬戦を拒否するための、彼女たちへの抗弁が欲しかったのだ。

 

 返納が認められれば、危険な毎日ともおさらばと思ったんだがなぁ。

 前に一度手放したことあるんだけど、いつの間にか自宅に戻ってたよ、恐ろしいね。

 捨てても捨てても戻って来る。まるで呪いの刀だ。

 

「はい。わかりました……」

 

 ぐすんと心の中で涙しながら電光丸を受け取った刹那ーー空間に2つの曲線が走った。

 

 え、何!? なんなの!!??

 

 握った電光丸から伝わる、痺れるような衝撃。両手に御刀を構えた紫さまの姿。

 その二つが結びつき、折神紫がご自慢の二天一流で突然、俺の首をチョンパしようとしたのだと気がついた。

 

 それを電光丸先生が防いでくれたのだ。

 

 折神紫ィ!! 俺を殺す気かぁぁぁ!?

 おっと失礼。

 

「紫さま! 突然、何をするんですか!?」

「ふむ。今の感触……言われてみれば確かに」

 

 俺の魂からの叫びに対し、紫さまは今の攻防を思い返すように思案すると、御刀を鞘に収めた。

 

「すまないな。少し、試させてもらった」

「試す? 試すって何をですか」

 

「お前の、電光丸自体が自ら動いて戦っているという主張を、だ。今の双撃への受け太刀ーー動作の起点が電光丸の刀身にあった。

 この不自然さは、確かにお前の言う通りならば筋は通る。私の龍眼を破ったことにも、な……納得はできんが」

 

 ははぁ。

 

 どうやら今の突然の凶行には、俺の真偽を確かめる意味があったらしい。

 よかった! 腕が鈍ってないか腕試し、とか、最近運動不足で、とかくだらない理由じゃなかったんだ。

 

 確かに「持てば誰でも刀使みたいに戦える竹光」とか、新手の詐欺商品みたいだよな。

 これなら素人が荒魂に出会っても安心♪ とか、うさん臭い壺かよ。

 

 技術班とやらは俺の脳みそに嘘つきのレッテルを貼りまくってくれたが、紫さまは俺を多少なりとも信じてくれていたようだ。

 なぜなら俺のことをハナから疑っていたのなら、確かめるということすらしないはずだからだ。

 

「紫さま。紫さまは俺のいうことを信じてくださるのですね……っ」

「当たり前だ。お前と私は敵として、また味方として共に刀を交わした者同士。その言を安易に無下にはせん」

 

 じ~んっ!

 

 感動した!

 と同時に、そんな紫さまを第3のバトキチ誕生なのかと疑ってしまった俺は、自らを全力で恥じた。

 

 そうだよな。紫さまは俺よりずっと年上で、思慮深く頭の良いお方だ。

 一見して意味不明の言動に見えても、それには深謀遠慮があるのだ。

 

 決めたぞ。俺は紫さまについていく。

 もう多少言っていることが変でも、疑ったりなんかしない!

 

「だが電光丸がお前がいうような代物だったとしても、お前にしか扱えない以上、それはお前自身の力だと考えても良いのではないか。

 人を生粋の力でしか計れないと言うならば、それは刀使の存在自体をも否定するに等しい。

 電光丸を握ったお前が成し遂げた功績を誇るのは、なんら恥ではない。それはお前の持つべきーー御刀だ」

 

「かしこまりました。電光丸、この不肖、徳川定家が拝命します」

 

 俺は紫さまより手渡された電光丸を、改めて握りしめた。

 その様子を、両手に御刀を携えた紫さまが満足げに頷いてみていた。

 

「こうして向かい合っていると、あの時のことを思い出すな」

 

 あの時ーーおそらく可奈美と姫和と共に、折神家を襲撃した夜のことだろう。

 大荒魂であるタギツヒメに体と心を乗っ取られた折神紫さまを止めるため、俺たちは彼女と戦った。

 

「姫和と可奈美が膝をつく中で、私の龍眼を破ったのはお前だったな」

「そうでしたね」

 

「龍眼でも見通せないほどの、超越した一手。いい一撃だった」

 

 龍眼とはタギツヒメの能力の一つで、後で聞いたところによると「仮想現実シミュレーターによる未来視」だという。

 人ならざるものの演算能力で、あらゆる可能性を予測、そこから最良の一手を選択することができるという先読みの極致である。

 これがある限り、仕掛けた攻撃は必ずカウンターを決められてしまうため、折神紫に勝つことはできない。

 

 だが俺は勝ったっ!

 

 もう答えはわかりますね。あらゆる可能性といいますが、読めない可能性があります。

 そう。電光丸先生です。

 

「『荒魂に……欲望に負けるなっ! 本当の自分を思い出せ……っ!』だったか。心からの真摯な思いが込められた良い叫びだった。

 お前のあの言葉で、私は自分を取り戻すことができた」

 

 あぶねー!!

 

 その後、「自分の歳を受け入れろっ! 折神紫3X歳ぃぃ!!」って続けなくてよかったーーっ!!

 本当によかったーーっ!!

 

「そう。思い返せば、私はあの時からお前のことを……いや、なんでもない」

 

 何かを言いかけた紫さまだったが、窓の方へ顔を背けてしまった。

 

「どうしましたか? 顔が赤いようですが。あ、紫さまは病み上がりでしたね。ひょっとしてまだお身体が悪いのでは?」

「ごほん。いや、調子は万全だ。問題ない」

 

 それにしては咳払いまでしてるようだが。

 何だろう。ま、いっか。本人が万全と言っているのだ。大したことではあるまい。

 

 紫さまは両刀を鞘に収めると、局長席に戻った。

 

「私のことより自分の心配をしたらどうだ。どうしたんだその怪我は?」

 

 訝しげな紫さまの視線が、俺を指す。

 今の攻防で上着がはだけ、露出した部分に青あざが顔を覗かせていたのだ。

 

「怪我ですか……? ああ、これはそのですね、ちょっと薫ちゃんと揉めまして」

「大丈夫か? ふむ。内出血がひどいな。必要なら医療班を手配するが」

 

 なんと暖かいお言葉か。

 俺と紫さまの関係なんて、単なる上司と部下でしかないのに。これがホワイト上司か。

 

 薫ちゃんの塩対応が傷口に沁みていたばかりなので、紫さまの優しさが身にしみる。

 

「そういえば先ほども、薫と揉めたと言っていたな。お前たちが戯れ合うのはいつものことだが、今回は度が過ぎているようだ。どうした?」

「あ、いえ。これはですね……」

 

 しかしそこは踏み込まれると、ちょっと弱い。いや、ちょっとどころか完全に鬼門である。

 自業自得ここに極めりといわんばかりの理由だからな。このエピソードひとつで、聞いたものの顔を呆れさせる天才になれるのではないだろうか。

 

 いや、呆れるだけで済むなら御の字である。

 紫さまとか全刀使の庇護者みたいな立場の方である。こんな理由聞いたら、烈火のごとく怒るんじゃないの?

 

「ちょっと人には話し難い内容でして。特に紫さまには……」

「私には話しにくい内容なのか。多少気になるが、無理にとはいわん。

 お前のことは信頼している。間違っても刀使たちを傷つけるような真似はしまい」

 

「くえっ……」

 

 信頼が……重いっ!

 紫さまが信じた男は、女の子を逆上してふん縛る奴ですよ!!

 

 誤魔化そうかとも思ったが、紫さま相手に嘘は気がひけた。

 ここまで俺を気遣ってくれている相手に、さらに嘘を上塗りするのは人としてどうなんだろう。

 

 まぁ薫ちゃんへの対応が、そもそも人として終わっていたので完全に今更ではあるのだが。あはは。

 とはいえ妖怪人間だって人になりたいのである。人でなしだって、人間に戻りたい。これはそのチャンスではないだろうか。

 

 今回の原因はさすがに俺にあった。それを認め、懺悔することで罪を償う。

 男、徳川定家ーー再度の全面降伏である。

 

 しかしこの降伏は、前回の薫ちゃんに対する土下座より意味のある降伏のはずだ。

 紫さまはこう見えて俺よりもずっと年上で思慮深いお方だ。少なくともあのガキンチョに断罪されるよりは、ずっとマシなはずである。

 

「いえ、俺も男です。ーー正直に告白します」

 

 贖罪の意味も込めて、俺は訥々と語り出した。

 

「実は俺……好きな人がいまして、そのことで薫ちゃんと揉めました」

「好きな人だと……!? 待て、お前、懸想している者がいるのか?」

 

「はい。とても好きな……愛している人が」

「……そうか。いや、お前もいい年だ。そのような相手くらいいるか。そうか……そうだな」

 

 一瞬大きく目を見開いた紫さまだったが、俺が肯定すると、椅子に深く腰掛け黙って目を瞑ってしまった。

 

 あれ、なんか思ってた反応と違うぞ。

 これは落胆……しているのか? いや、そんな訳ないか。俺に好きな相手がいたから紫さまが落胆するとか、脈絡がなさすぎる。

 

 しかし待て。でも落胆で正しいのかもしれない。

 重大な原因だろうと見積もっていたら、蓋を開けてみたらただの恋話だった。紫さまにとってはあまりに下らなすぎる理由だ。

 だから呆れてしまったのかもしれない。

 

 ……どうしよう。話を続けるの、もうやめたほうがいいのかな。

 

 あ、怪我の理由ですかー? 

 これは未成年の女の子と付き合ってること、薫ちゃんに言ったら怒られまして、えへへ。

 あ、これ、薫ちゃんの噛み痕ね!

 

 とかーーやはり、アホ丸出しな気がしてきたぞ。

 

 いや、話すと決めたのだ。最後まで話しておくか。

 

「しかしなぜお前に好いた者がいることで、薫と揉めるのだ?」

「それはですね。俺が好きな人は、何分、俺とはかなり年の差がありまして。それが薫ちゃんには気に食わなかったらしくーー」

 

「……なに? 年の差がある……だと?」

 

 目を見開く。年の差という部分に、紫さまがピクリと妙に反応した。

 やばっ。やはり地雷か。ロリコンは罪かっ。

 

 いやいやロリコンではないのだ。姫和の容姿は決して子供ではない。

 そこはしっかりフォローしなくては……

 

「ええ、年の差があります。ただ、その人は見た目より非常に大人びた人で、決して幼いわけでは……」

()()()()()()()()()()()……だと?」

 

「ええ、はい」

「……」

 

 なぜか思案顔になり、考え込む紫さま。

 

「ちなみに、どれくらいの差なのだ?」

 

 核心きちゃったーっ。

 えーと、俺が23歳で姫和が14歳だから、およそ……

 

「およそひと回り……といったところでしょうか」

「ひと回り近い歳の差だとっ!!」

 

ガタっ!!

 

 紫さまが音を立てて、突然立ち上がった! 

 迅移か? 3X歳とは思えない機敏な動きだ!

 

 ひえっ!

 

 やっぱりこの差は許せませんか? 年がひと回りは、ちょっと幅をもたせすぎたかもしれない。

 せめてしっかり9歳差と言っておくべきだったか!! ……あんま変わらんな。

 

 やっぱり数字にすると、ひどい歳の差だよな。

 なんか恥ずかしくなってきたわ。

 

「いや、本当にこんなことを紫さまに直接言うのは、恥ずかしい限りです……」

「私に言うのは恥ずかしい……だと」

 

 消え入るような俺のセリフに、またも反応しアゴに手を当てて考え込む紫さま。

 

「そういえば男として告白とも言ったな……いやまさか……早計か。勘違いの可能性もある……

 今まで若い男には何度も裏切られてきただろう折神紫……」

 

 なにを言っているのだろう。そのままブツブツと謎なことを呟き出す。

 若干興奮して顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。

 

「こほん。その女性はどのような人なのだ? 恥ずかしければ直接言わなくても良い」

 

 軽い咳払いとともに、少し落ち着いた紫さまが言及してくる。

 

 直接言わなくてもいい、か……こちらに気を使ってくれているのかもしれないが、俺の狭い交友関係など紫さまにはお見通しだろう。

 ちょろっと容姿の説明でもしたら、相手が姫和なことはすぐわかる。

 

 だが俺は覚悟を決めたのだ。姫和バレ上等で、誤解のないよう説明するっ。

 

「その人ですが、髪の毛は……黒髪です。とても綺麗な。烏の濡れ羽色のような艶やかな長い黒髪で、目つきはちょっと鋭いんですが、強い意志を感じさせる清廉な眼差しをしていて……」

「いや、もういい。お前の気持ちは分かった」

 

 即バレである。

 そりゃこんな条件に当てはまる女の子なんて、姫和しかいないもんね。

 

 ……本当か? 

 ……あれ、なんか重大なことを見落としているような気が。

 

「こんな形で想いを伝えるとは、お前も遠回りで不器用なヤツだな。フフフ……」

 

 さっきまでの落ち着きのなさとは打って変わって、ものすごく上機嫌になった紫さまは改めて椅子に腰を落ち着けた。

 腰まである黒髪を払い、知的な目尻に笑みを浮かべた。

 

 なぜだろう。すごく満足げだ。

 めちゃくちゃニコニコしている。

 

 でも確かに迂遠ではあるが、俺は今、上司に共通の知り合いが好きだと告白したも同然なのだ。

 急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

「お恥ずかしい……///」

「まぁそんなに恥ずかしがるな。フフフ……///」

 

 俺はもちろん、不思議と紫さまも顔を赤くしている。

 

 ……そうか。この方も女性だ。女性は恋話が好きだもんな。

 

「それで、好きな女性と年の差があることを、薫に咎められたのだったな」

「はい、そのとおりです」

 

 さぁどうなる……やはり激怒されてしまうのか……っ!?

 

「いいじゃないか、年の差」

 

 えっ!!!!

 

「むしろ年の差があってなにが悪い」

 

 まさかの全肯定である。

 

「年の差恋愛、大いに結構。そのような男女の恋路を、私は心から祝福する」

 

 唖然とする俺を置いてきぼりにする勢いで、紫さまが次々と応援のメッセージをくれる。

 まるで祝辞である。

 

「人の気持ちとは、年齢で推し量れるものではない。

 たとえ実際の年齢に差があったとしても、それは男女の結びつきに決定的な要因ではない。

 大事なのはーーそう、お互いの心だ」

 

 しかも言っていることが、俺が薫ちゃんにした言い訳とそっくりだ。

 

 え、いいの? 通用しちゃうの?

 ……いや、紫さまがここまで断言するのだ。いいに違いない。

 

 不意に俺の胸にこみ上げてくるものがあった。

 

 よかった……! あれは独りよがりな自己欺瞞じゃなかったんだ!!

 年の差恋愛を必死で肯定する、自分本位の勝手な言い草じゃなかったんだ!!

 

 まさか俺の気持ちをここまで理解してくれる人がいるなんて!!

 

「そうは思わないか?」

「思いますっ!! さすが紫さま!! 紫さまこそ、俺の最高の理解者です!!」

 

「馬鹿者! 面と向かってそのようなことをいうなっ! 面映ゆいっ」

 

 確かに最高の理解者はちょっと言い過ぎだったかな?

 そっぽを向いてしまった紫さまの耳も、赤く染まっている。

 

「ここまでいえば、お前の告白に対する私の答えはわかるな?」

「答え……ですか」

 

「私も常々思っていた。多少年がいってるからといって、年下のものに恋をしてなにが悪いのかと。

 だからこそお前の告白には、心から『是』と応えよう。今日ほど喜ばしい日はない」

 

 おおっ。紫さまが、俺が姫和を好きだという告白を是としてくれたぞ。

 しかもなぜか喜んでいる。

 

「これは私一人だけの意見ではなく、折神家として受け入れると思ってよい。たとえ反対するものがいたとしても必ず説得する」

「しかも折神家として支持してくれるなんて……っ」

 

 すごい追い風だ。

 全刀使代表折神家、特別刀剣類管理局代表代理代理が、全力で俺のロリコンを後押ししてくれているっ。

 

 ……しかし、改めて本当にいいのだろうか。

 俺個人でいえば、紫さまの応援は嬉しい。自信になる。

 

 でも本当にいいの? 刀使の中心組織がそんなことを後押ししちゃって。

 

 刀使は目の前のこの人を除いて、ほとんどが未成年の女の子である。

 それをとりまとめる管理局が、成人男性との交際を推奨するという。

 

 なんか別の目的の組織になってない? 俺が言うのもなんだが、犯罪の匂いがプンプンするよ。

 エロゲの設定にありそう。刀使って対魔忍じゃないよね?

 

 うーむ。

 紫さまほど立場のある方が、成人男性が未成年の刀使に手を出すことを積極的に支持するというのは、やはり問題があるのではなかろうか。

 

「しかし未だ若輩の身とはいえ、若い刀使と付き合うというのは我ながらいかがなものでしょうか?」

「若い刀使……? いや、そう言ってくれるか。フフフ」

 

 そりゃ姫和ちゃん14歳が若くなかったから、誰が若いんだって話だからね。

 

「だがそうだな。けじめが必要だ」

「けじめ……ですか」

 

 指でも詰めないといけないのだろうか……

 

「ああ。仮にも折神家が関わってくるのだ。さすがに中途半端な態度では納得のいかない者もでてこよう」

 

 ……ああ、なるほど。

 折神家として賛成するには一定の誠実さが必要ということだろう。

 

 つまり未成年の刀使と交際してもいいけど、その場合は責任をとってね、ということだ。

 男女間におけるけじめのつけ方、責任の取り方というのは昔から決まっている。そして俺だって、生半可な気持ちで姫和と付き合っているわけではないのだ。

 

 最後までいく覚悟は、当然完了している。

 

 となれば回答は一つだ。

 

「わかりました。結婚を前提にお付合いさせていただきます」

「うむ。よく言った。ではそうさせてもらう」

 

「はい、ありがとうございますっ。絶対幸せにしてみせますっ……ん?」

 

 あれ……何かが、そうーー何かが致命的にズレた気がした。

 

 それもボタンを掛け違えたような些細なものではなく、上着を着たと思ったら実はズボンで、社会の窓から「こんにちわ」してしまったような、そんな社会的に決定的な誤り……。

 

 姫和と結婚を前提に付き合うのは問題ないはずだ。なんなら婚約したっていい。姫和も賛成してくれるはずだ。

 では何が気にかかったのか……はて?

 

「それで、薫が異議を述べた件だったな。つまり、あいつはお前の年の差恋愛に反対というわけか」

「あ、そうですね」

 

「そうか。薫も思春期だ。身近にいた男性が魅力的に映ることもあろう。

 しかし横恋慕はいかんな。年上に譲るというものだろう」

 

 あれ、薫ちゃんって、姫和より年上……だったよな。

 ひょっとして紫さまも勘違いしちゃってるぅ? 薫ちゃんが小学生とか思ってたりして! 

 

 あはは。知ってますか? 薫ちゃんは、ああ見えて高校生なんですよ。15歳なんです!

 まぁ、野暮なツッコミはしまい。

 

「私に任せておけ。ビシッと言い含めておく」

 

 おお、それは心強い。

 さすがの薫ちゃんも紫さまが賛成とあらば、俺と姫和の関係に手出し口出しすることはあるまい。

 

「よろしくお願いします!」

「ああ、今後ともよしなに」

 

 お互いに和やかな空気のまま、俺は部屋を後にした。

 

 一時はどうなるかと思ったが、紫さまが全面賛成してくれるという晴天の霹靂みたいな出来事により、なんとかなってしまった。

 それどころか一歩も二歩も前進したぞ。大腕を振って姫和と交際できるようになったということだ。

 

 うーん、感慨深い。

 

 俺の未来は明るい。

 全く、前途洋々だぜ!!

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