え、ちょ。可奈美ちゃん13歳って、マ? 作:なみのじ
山間地に入ったのか先ほどから揺れが激しい。勾配が続くせいか、車両もガタゴトと時々激しい音を立てている。
時間も結構経ったし、目的地が近いのかもしれない。そろそろ電車から降りる準備をしないとな。
たしか駅から降りた後も、サポート部隊のベースキャンプまでは結構距離があったはずだ。
迎えの車は用意してくれているらしいが、まだ移動しなければならないとは難儀なものだね。
そんなことを考えつつお手洗いから出たとき、とある人影とばったり鉢合わせした。
薫ちゃんである。
「うおっ、か、薫ちゃん!?」
堂々と仁王立ちしている。手には御刀、祢々切丸。狭い通路で通せんぼだ。
……あれ、これ鉢合わせじゃなく、待ち伏せでは?
「おい変態糞虫ロリコンミカン野郎」
「何かね。俺に告白玉砕ショックで失神娘さん」
ーーピキィッ!!!
あんまりな呼び方されたので、ついつい相応に返したら薫ちゃんのコメカミに稲妻が走ってしまった。
俺はなぜ、あえて逆鱗を踏みに行ってしまうのか。
だ、だってこの子、俺の罵倒に拍車がかかってるんだもん。つーかミカン関係なくね??
「ま、まさかこんなところで俺をヤる気かっ!? あえて姫和がいない隙をついてきたのか!
正気かっ。この狭い所で祢々切丸をぶん回してみろ! 俺の体はもちろん、電車まで真っ二つだ!!
早まるんじゃない!!」
完全にテンパり狼狽する俺を見ると、怒りから一転、醒めた目に戻った薫ちゃんは「は~~~~~~~~~~~~っ」っと、ひたすらに長い溜息をついた。
「お前には言いたいことが……言いたいことがほんっっっっっっとうにいっぱいあるが、とりあえず今は、いい。今は、とりあえず置いといてやる」
「え、許してくれるの? マジ?」
おお、どうやら殺意の波動を納めてくれるらしい。
大人だ。
俺が薫ちゃんにしてきたことを思えば、ここで矛を収めてくれるなんて、なんとも大人な15歳である。
逆に俺は本当に23歳だろうか。転生前も換算したら……自分が疑わしい。
「許すわけじゃない。保留するだけだ。勘違いするんじゃないぞ」
か、勘違いしないんだからね!
そんなこと言うからエレンにツンデレ扱いされちゃうんだよ。口が裂けてもそんなこと言えないけど。
「わかった。いずれ埋め合わせはするよ。それより何か俺に用かな?」
「……姫和と車内でいちゃつくお前を見て、もう一回注意してやろうと思ったが、考えてみればオレもこれ以上クビを突っ込むほど暇じゃなかった。
結局最後は二人の問題だ。確かに姫和も幸せそうだしな。だからそれはいい……いや、よくはないがいいことにしておく」
確かに暇をこよなく愛する薫ちゃんが、ここまで干渉してきたのは非常にレアなことだったかもしれない。
最初から「オレはしらねー。勝手にやれ」でもおかしくなかった。
それだけ俺たちのことを心配してくれたからだろう。
なんだかんだいって、彼女は仲間思いのとってもいい子だからね。
「ああ、うん。迷惑かけちゃったね。なんとかうまくやるよ」
薫ちゃんの言葉は厳しいがどれも正しいものだった。
忠告は心に留めておこう。
「それより問題は折神紫だ」
「は? 紫さま?」
突然の紫さまの名前に思わず聞き返してしまう。
しかも「問題は」という剣呑な前置きとともにである。一体どうしたというのか。
「紫さまが問題だと? どういうことだ?」
「……お前、折神紫のやろうとしていることに、本当になんの疑問もないのか?」
紫さまがやろうとしていること……なんのことだろうか。
話のつながりから考えて、俺と姫和のことも関係していることかな。
紫さまといえば、俺と姫和の関係を知った上で応援してくれる、よき理解者だ。
しかもそれだけでなく、俺と姫和のような年の差恋愛関係を、折神家ひいては刀剣類管理局としてバックアップしてくれようとしている後援者でもある。
……ああ、このことか。
「紫さまが、未成年の女の子と成人男性の付き合いを合法化しようとしていることか?」
「そうだ。お前も分かるだろう? 折神紫は刀使をロリコンどもに差し出そうとしているんだぞ」
うーん。なんとも辛辣な意見である。しかしはっきり言ってその通りでもある。
俺も紫さまに応援してもらっている立場上、反対を明言できなかったが、紫さまからの熱すぎるエールを聞くたび、薫ちゃんと同じ感想を抱いていた。
紫さまは、俺と姫和のお付き合いを認めてくれている。
23歳に14歳と交際してもいいよ、と言ってくれたわけだ。
と同時に刀剣類管理局として、そんな年の差交際を認知し推し進めようとしている。
この二つは似ているようで、全然違う。
俺と姫和は結局のところ、個人的関係に収束する。
社会全体として望ましいことではないが、当人たちの意思を尊重するなら例外として認められんこともないとお目こぼしいただく立場だ。
しかし刀剣類管理局として認めるとなると、話は違ってくる。
刀剣類管理局はこの世界において多大なる影響力をもつ組織だ。
即ちそれは、未成年の刀使に成年男子が手を出すことを社会的に認めると同義となってしまうのだ。
はっきり言ってめちゃくちゃである。
ただでさえ見目麗しい刀使たちは、世の男性陣に熱い人気があるのだ。
ことが成就した暁には、伍箇伝はロリコンたちの草刈り場と成り果てるだろう。
ロリ婚カッコガチだ。
「あの女は何を考えているんだ。伍箇伝は婚活施設じゃないんだぞ!!」
「うーむ。紫さまもそんなことを考えているわけじゃないと思うんだが……」
とはいえ紫さまが何を考えているのかなんて、俺にもさっぱり分からん!
なんかもっともらしいことも言っていたようだが、まともに考えるとあの理屈もどこかおかしかった気がする。
あれ?
……紫さまはひょっとして、何かもの凄い勘違いをしているんじゃないか???
「ゆ、紫さまには考えがあるんだろう。それこそ俺たちには理解できないような」
「定家は本当にそう思うか? オレは思ったんだが、折神紫が考えているのは全く別のことなんじゃないのか。
ひょっとしてオレたちは何か『勘違い』をしてるんじゃないか?」
「なん……だと……」
勘違い。
そのキーワードの元に、奇しくも俺と薫ちゃんの意見が一致していた。
まさか。
しちゃってる? 勘違い。
俺と薫ちゃんの視線が交錯する。
薫ちゃんが仰々しく口を開こうとしている。
まるで開けてはならない真理の扉を開くかのように。
勘違いの内容。
そう、それはーーー
「そうだ。これはオレの勘なんだが……折神紫は再び荒魂に乗っ取られているかもしれない」
「……は?」
するりと、何か大事な答えが空に消えていった気がした。
あ、あれれ?
「考えてもみろ。まともな思考があれば、未成年の刀使をロリコンどもに斡旋しようとは思わないだろ。
逆に言えば、折神紫はまともではないということだ。オレたちは折神紫がまともになったと、勘違いしていたんだ!」
「え……あ、うん。そうなの、かな?」
勘違いしてたのは紫さまじゃなくて、俺たち、か?
まとも……じゃないのかな? 紫さま。ってかなんで荒魂?
「仕事が忙しくてノイローゼにでもなった奴を知っているが、ろくなことを考えない奴だったぞ。だからオレは適度な休息を忘れないようにしているんだ。
まともじゃない奴は本当に理解できないことをするもんなんだ……そしてあの女には前科がある」
紫さまの前科。言わずと知れたタギツヒメによる乗っ取りを言っているのだろう。
「いやまて、だからって荒魂に取り憑かれたはないだろ。それにタギツヒメはもういない。
紫さまだってもう、荒魂の支配から解き放たれているはずだ」
「本当にそうかー? タギツヒメの残滓や、分け御魂みたいなものが残ってたりしないか。
……いや、一度荒魂に乗っ取られたことから、荒魂が付きやすくなって別の荒魂に乗っ取られてるかもしれないぞ」
うーん。
言われてみれば前世で読んだホラー漫画でも、よく似たシチュエーションがあった気がする。
一度悪霊に憑かれた人間は、再び悪霊に取り憑かれやすくなるみたいなもんか。
サボリ魔薫ちゃんもカウチポテトで漫画を読むのが大好きだ。
ひょっとしたらそこから得た着想かもしれない。
「いやでもなぁ……だからって荒魂に乗っ取られているってのは、発想の飛躍がすぎるんじゃないか?」
「そういって前回の時も信じない奴ばっかりだったから、舞草も大変だったんだ。あの折神紫が荒魂に操られているはずがないってな」
ぐぬぬ。そう言われると厳しい。
小さな違和感を冷笑した結果が、20年に及ぶ大荒魂の支配をもたらした。
紫さまの謎のロリ婚押しも、ひょっとしたら再び荒魂と化した折神紫(悪属性)による人類侵略計画の布石なのかもしれない。
平常性バイアス。人は自分に都合の悪いことを無視しようとする傾向がある。
俺は紫さまが味方になってくれているという視点だけを選び取り、大切なものを見落としていないだろうか。
これはひょっとして、可能性としてはありえる……のか?
でもなぁ。
「仮に紫さまが荒魂に乗っ取られているとして、ロリ婚を奨励する意味はなんだ?」
「……さぁ?」
肝心の部分が抜けた返答に、俺はずっこけそうになってしまった。
薫ちゃんが顔を真っ赤にする。
「仕方ないだろ!! 荒魂の考えてることなんてわかるか! だいたい前回の折神紫だってノロに関する技術を人類に提供するっていう、はたから見たらさも味方のような真似をしてただろーが!」
「確かにそりゃそうだが……」
現時点では意味不明でも、後世になったら恐ろしい企てだったと判明するのはよくあることである。
真面目に考察するなら、刀使を恋愛にかまけさせることによって戦力を削る、とかかな。
あるいは刀使をいっぱい妊娠させて戦線離脱させる、とかだろうか。
どちらにせよ迂遠である。
前回の失敗を生かして搦め手で来てるのだろうか。
しかしあまりに搦め手すぎて、正常な発想ではない。
「14歳と23歳の交際を応援するなんて、とてもまともな奴の考えることじゃないからな。
折神紫が荒魂に乗っ取られて、まともじゃなくなっていると考える方がスッキリする」
紫さまもひどい言われようである。
「あれ……でもその理論で言うと、付き合ってる本人の俺も荒魂みたいじゃない?」
「ああ、定家。お前はいいんだ。お前は既にオレの中では荒魂みたいなもんだから」
ひでえ。
さすが荒魂をペットにする人は懐が深いですね!(嫌味!
「それにオレだって何も、根拠なくこんなこと言ってるわけじゃないんだぞ。
折神紫にお前の年の差恋愛について詰め寄った時、はっきりとした『敵意』を感じたんだ。
そう。アレはまるでカタキでも見るかのような……アイツがオレを敵視する理由なんてないはずだろ!?」
「なにっ!?」
まさかそんなことが!!
確かに。紫さまが薫ちゃんを敵視する理由なんて、欠片もないはずだ。
にもかかわらず薫ちゃんにカタキでも見るような視線を向けるなんて、答えはひとつ。
薫ちゃんが、紫さまのロリ婚奨励計画に反対してしまったからだ。
そう言われてみると、一応の蓋然性を帯びてきた気がする。
「ただ、定家。もし折神紫が本当に荒魂に乗っ取られていたとすると、今回の任務は一筋縄じゃいかないかもしれないぞ」
「どういう……ああ、罠か」
紫さまが敵側についていたとすると、群馬で人型の荒魂を見たという前提の話そのものが嘘で、俺たちが山中に入ったら取り囲まれるという話もありえるということだ。
相手もこちらの戦力を把握した上で罠を張っているはずなので、楽な戦いにはならないだろう。命の危険も考えられる。
「まぁ、そうなったら第一に狙われるのは、きっとオレだろーがな。めんどくさい……」
なんせ薫ちゃんは紫さまに明確に反対してしまったからな。
この機会に亡き者にされる確率は高い。
「大変だなぁ……」
「……おい。誰のせいだと思ってるんだ、お前」
反射的に出た俺の感想に、薫ちゃんが剣呑に睨みつけてきた。
おっと。確かにこれはあまりに不配慮すぎたな。
今回の件ーーというか、そもそも薫ちゃんが紫さまに敵視されてしまった原因は、すべて俺にある。
不作為だったとはいえ、俺の恋愛事情に薫ちゃんを巻き込まなければこんなことにはならなかったのだ。
にもかかわらず原因を作った俺が他人事みたいな反応を返しては、薫ちゃんが怒るのもそりゃもっともだろう。
よし、決めた。
「いや、今のは本当に申し訳なかったよ、薫ちゃん。
だからこれまでの謝罪の意味も込めて、今回の戦い。俺が君を守ろう」
「はぁ?」
薫ちゃんがポカンと口を開けて、怪訝そうに顔を歪めた。
また男型荒魂が突飛なことを言い出したぞ、みたいな表情をしている。
「どうしたんだ、お前。また頭がおかしく……いや、いつもか。
いつも頭がおかしいのか?」
信用ないなぁ。
いやいや、信用を失わせたのは俺自身だ。これから取り戻さねば。
「そんなに変なこと言ったか? 俺の強さは知っているだろ?
こう言っちゃなんだが、戦いにおいては俺の方が薫ちゃんよりも強い。だから万が一の時には俺が盾になるってことさ。
それに俺の方が年上だしな。年上が年少者を守るのは当然のことだ」
「なんだこいつ。いつもおかしい頭がおかしくなってマトモなこと言ってる……」
薫ちゃんの視線が、完全に気味の悪いものを見るソレだ。全然信じてくれない。
夜中に出会った不審者が何を言っても信用されないのと、同じ理屈である。
しかしこのままでは俺の気がすまない。
今こそ、薫ちゃんが俺に告白して玉砕したというデマを作り上げてしまったことを、贖罪すべき時なのだ。
俺にできることは電光丸を持って、彼女に降りかかる苦難をなぎ払うことくらいなのだから。
「薫ちゃんには本当に迷惑をかけっぱなしだ。だからこれくらいはさせてくれ。
決して薫ちゃんの迷惑にはならないようにするから。これこそが俺にできる唯一の償いだ!」
「いやなんかそういうのが既に迷惑なんだが……というか、償いをしたいなら、まずはあのデマを取り消してくれないか?」
「それは断る」
「おい」
「とにかく! 今回は俺は君を守ると決めたんだ。俺に任せてくれ!!!」
「……なんか必死すぎて怪しいな。お前そうやって、またオレをハメようとしてるんじゃないのか?」
実に疑い深い。
今回ばかりは何の打算もなく言っているというのに。
「疑いすぎだよ! 薫ちゃん!!」
「じゃあ、なんで断わるんだ?」
「そりゃ、姫和のことがあるから……」
いや、だってねぇ。
薫ちゃんが俺に玉砕したってデマを否定したら、必然的になんでそんな嘘ついたのって話になって、芋づる式に全部明るみに出てしまう。
だから鬼畜だの悪魔だの言われようと、それだけは無理なのだ。
どうにか諦めてはくれないものか……
「オレの気持ちは変わらないからな。何度でも言い続けてやる」
「ああ、分かってる。薫ちゃんの気持ちは分かっているはずなのに……すべては不甲斐ない俺が原因だ」
「お前のせいで、あの日からオレもおかしくなりそうなんだぞ……」
ああ、そういや局長室で言ってたな。
あっという間に噂が拡散して、俺に振られたかわいそうな子扱いされてるんだっけ。
俺も薫ちゃんの立場になったら、憤死するかもしれん。
なんとかしたいのも山々なんだが、やはり無理かな……少なくとも今は。
「でも時期が来れば、薫ちゃんの思いにも答えられるかもしれない」
「本当か!? それはいつだ?」
薫ちゃんの食いつきがすごい。
そら薫ちゃんの尊厳がかかってるから必死にもなるか。
いつになるかは正直わからん。
あの件がデマでしたとバラせるのは、すべてが明るみになっても問題なくなった時。すなわち俺と姫和が付き合っていることを、世間に向けて表明できた時だろう。
それは順当に考えれば、姫和が俺と交際しても問題ない年齢ーー18歳とかになってからだろうか。
4年後だ。これはいくら何でも遅すぎるか。正直に言ったら殴られそうだな。
「すまん。いつになるのかは言えない。でも薫ちゃんの望む答えはきっと出すよ」
「期待して……いいんだな?」
「ああ、もちろんだ」
4年後はないにしても、できるだけ早く薫ちゃんの名誉が復権できるように、俺も万事を尽くそう。
探せばきっと何か方法はあるはずだ!
「じゃあ、戻るか。そろそろ到着しそうだしな」
「ん、もうそんな時間か」
でもとりあえず、集中すべきは今回の任務だ。
俺自身はあまり信じちゃいないが、折神紫さまが再び荒魂に乗っ取られてるっていう薫ちゃんの考えが正しければ、油断は大敵だからな。
せいぜい気を引き締めていかなければ。
「そうそう。紫さまのことは、一応秘密にしておこう。妙な誤解されてもたまらないし」
紫さまが再び荒魂に侵されてるかもしれないだなんて話は、劇薬に過ぎる。
蓋然性も低いのだし、任務に変な先入観を与えてもいけないだろう。とりあえずは俺と薫ちゃんの胸中に留めておくのが正解だ。
「ああ、そうだな」
薫ちゃんもその点については理解しているようで、俺の考えに賛同してくれた。
やれやれ。まだ目的地に到着してもいないっていうのに、どっと疲れたな。
とはいえ薫ちゃんとある程度和解できたことは、大きな前進といえるだろう。疲れたかいはあったのかな。
一件落着といってもいいのではないだ……って
「げぇっ!! 姫和!?」
客車に戻ろうと薫ちゃんと連れ立って歩き出したところ、なんとドアの前に姫和が立っていた。
能面のような表情でこちらを見ている。
「話は終わったのか定家。もうちょっとで目的の駅に着くみたいだ。席に戻ろう」
無表情だ。しかして怖い。
「姫和はどうしてここに……?」
「トイレに行ったっきり、なかなかお前が戻ってこないからな。心配したんだ」
「そ、それは悪かったな。ちょっと途中で薫ちゃんと話し込んじゃってさ……」
「ふーん」
ふーん、だって。
なんという、つかみどころのない「ふーん」だろうか。
怒りなのか無関心なのか、込められた感情を読み取ることができない。
そもそも「何」を聞いていたのが最大のポイントだ。
「あの~。姫和、話聞いてた……のか?」
「全部は聞いてないぞ。せいぜいお前が『……すぎだよ! 薫ちゃん!!』って叫んだあたりぐらいからだな」
「そ、そうか」
どうやら前半の紫さまが荒魂に乗っ取られている云々の部分は、聞いていないようである。
紫さま云々の話はまだ憶測の域を出ていない以上、無闇に広がっても疑心暗鬼になって任務に支障をきたすだけである。
聞かれてなくて幸いだ。
俺は息をなでおろした。
よかったよかった……って、ちょっと待て。
……あれ?
本当に良かったのか?
姫和って確か、薫ちゃんが俺に告白して玉砕したって話、知ってんだよな?
それを元に、姫和の立場になって聞かれた部分を振り返ってみよう。
…
……
………
「……好ぎだよ! 薫ちゃん!!」
「じゃあ、なんで(オレの告白を)断わるんだ?」
「そりゃ、姫和のことがあるから……」
「オレの気持ちは変わらないからな。何度でも言い続けてやる」
「ああ、分かってる。薫ちゃんの気持ちは分かっているはずなのに……すべては不甲斐ない俺が原因だ」
「お前のせいで、あの日からオレもおかしくなりそうなんだぞ……」
「でも時期が来れば、薫ちゃんの想いにも答えられるかもしれない」
「本当か!? それはいつだ?」
「すまん。いつになるのかは言えない。でも薫ちゃんの望む答えはきっと出すよ」
「期待して……いいんだな?」
「ああ、もちろんだ」
………
……
…
うん。
やベェ
た、滝汗が止まらんっ。
なんかまるで、俺が姫和から薫ちゃんに乗り換えようとしてるみたいである。
ってか聞くとこピンポイントすぎだよ! 姫和ちゃん!!
薫ちゃんも事の重大さに気がついたのか、顔を青くしている。
俺が横目で(薫ちゃんなんとかしてっ!)って頼むが(絶対無理だろっ!!)って返ってきた。
この状態で言葉を重ねても、まさに言い訳以外の何物でもないだろう。
いろいろすれ違いの多かった俺と薫ちゃんだが、この瞬間、間違いなく心は通じ合っていた。
姫和は今何を考えているのか。
前を行く彼女の背中は何も語ってくれない。
いや、姫和は振り返ることなく一言だけ呟いた。
「…定家は…………なんでもない」
定家はなんなの!?
全然なんでもないって言葉じゃないよ、それ!?
何か恐ろしく大きな爆弾をかかえながら、電車は無事駅に到着した。
ちょっと次話は時間かかるかもしれません。