同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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前回:直ちゃんもミツも、漠然とした不安な毎日を送っている


その一歩

傘が軽い音を立てる。

冬眠する熊のように冬を耐え、凍った畑が緩んで種まきをした。

そうして、今は梅雨。

目をこすりながら自分達はのんびりと歩く。

 

「眠そう、遅くまで起きていたの?」

 

チョクは眉を下げて自分の顔を覗き込む。

あくびを噛み殺しながら、大丈夫と手を振った。

昨夜は弟と妹と遊んだ後に勉強したため、眠るのが遅くなった。

 

「そういうチョクはどうなのさ。お姉ちゃんがいなくてもちゃんと眠れてる?」

「大丈夫、バカにしないでよ…」

 

ハイハイ、とあしらいつつも少し安心した。

お姉さんが嫁いだ後はそれはもう酷いものだった。

口では威勢のいいことを言いながらも、目は腫れてるし隈もできて授業中にうつらうつらしていたんだから。

あの様子じゃ、しばらく寝ることもできなかったんだろう。

 

「ミツは勉強は順調?」

「ボチボチかな。悪くはない成績だとは思うよ」

 

チョクのお姉さんが名古屋に嫁いで少しした頃。

親にやっと海兵を目指すことを認めてもらえた。

ただ、やはり積極的な賛成ではなく諦めたような感じだ。

今は海兵の試験を目指して準備を進めている。

 

「とりあえず体力つけて、体をこわさないようにして、勉強だよ」

 

海兵に入学するためにはいくつかの条件がある。

第一にウィッチであること。

第二に健康であること。

第三に小学校で習う事柄を理解していること。

第四に、体力があること。

第一第二は言わずもがな、第三は海兵での学業に起因する。

海兵は、ウィッチとして戦うための訓練と、海外での生活が困らないための基礎教育を行う。

軍事系の学科と語学系の学科が優先されて、学術系の学科の優先度が低い。

しかし、ウィッチとしての寿命が訪れた時に頭に残っているのが小学生並みの教養だけだとしたらそれはそれで問題だ。

そのため、在学期間中に中学生で学ぶまでの知識を得なければならなかった。

中学の内容を理解するのには小学校の内容の理解が必須だ。

そのため、海兵入学には学力試験が課される。

 

「ただ、今年は基準が緩くなりそうって先生が言ってた」

 

空を睨んでため息をついた。

そして、職員室で聞いたことを乱暴に纏める。

 

「軍人が足りなくなるから、よっぽどのバカじゃない限りは落とす余裕はなくなるだろうってさ」

 

浦塩を手放すかどうかの瀬戸際、臼にひかれる大豆のように軍は消耗していってるらしい。

ゆっくりと、しかし確実に。

このままいくと本土決戦もないとは言いきれない。

そしたら……自分はどうなるんだろう。

魔法が使える自分は、このまま宮城で暮らすのか、いよいよの時は軍から徴収を受けるのか。

兵学校に入れたら、軍人の卵として戦場に入れられるのか。

考えようとして、やめた。

どっちにしても確かな答えが今は出ない。

後先分からず悶々とするのは精神衛生上よろしくない。

 

「ま、つまりほとんど海兵入学は間違いないよ。万歳」

「体力試験もあるんでしょ?」

「うっ、痛いところをついてきよる」

 

軽口をたたきあいながら紫陽花の小道を抜ける。

さて、突然だが自分が通う小学校は川を挟んだ向こうにある。

川の上には橋が架けてあるが、これがなかなかのボロ橋だ。

男子が橋の下に潜り込んで女子のズボンや長ベルトの中を覗くことができる。

バケツたっぷりの泥水を橋の上でひっくり返し、バカな同級生にぶっかけたのも記憶に新しい。

で、そんなボロ橋。

 

「うーわ……橋の原型ないよ」

 

轟々と荒れ狂う川に呑み込まれたのか、橋は僅かな残骸を残して無くなっていた。

岸辺には私たちと同じように、向こう岸に渡れずに不安げにしている子供がいる。

 

「これ、今日は家に帰る?」

「しかないでしょ。土手にずっといても危ないし」

 

自分達がヒソヒソと囁き合う間に、数人の上級生が下級生の先導を始めた。

どちらにせよ今日は休校だろうし、みんなで帰れば怖くない。

家で読書でもしようと考えながら先を歩く集団についていこうとする。

ふと、チョクが近くにいないことに気がついた。

見回すと、川を見つめる後ろ姿。

 

「おい、チョク。危ないから川に近づくな」

「うん、そうなんだけどさ …」

 

川へ身を乗り出すようにしているチョクのベルト、その腰部分を掴む。

目を細めるようにして川を眺める、チョクと並んで自分も川を眺める。

荒れ狂う水。時々、折れた木も一緒に流れてくる。

その合間にもがく、何か。

犬だ、と気づいた時にはチョクの腰にやった手を離した。

……離してしまった。

 

「近くに縄か何かは……」

 

あたりを見回す。

何か使えるものはないのか。竹や縄、浮くものでもあれば……。

しかしそんなものは見つからない。そうこうしている間に犬はどんどんこちらに流されてくる。

どうにもならない、という冷えきった結論が頭を支配する。

ほかに何か手は、理性では無理と判断しても感情はそうじゃない。

視界の端、不意にフラリと動くものが見えた。

その瞬間、自分は思わず絶句した。

恐怖で真っ青になったにもかかわらず、強い意志が瞳の奥で揺れている。真一文字に結んだ唇はわずかに震えていた。

おい、まさか。

静止する間もなく、チョクの姿は川に消えた。

 

「チョク!」

 

返答は轟々と音を立てる川の音だけだった。

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