同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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一話と二話が入れ替わってました、直しました。

前回:直ちゃん、氾濫した川にダイブ


私が俺になった日

蝉の大合唱。ジリジリと肌が炙られる感覚。

 

「はっ、はっ、はぁっ、はっ……」

 

そんな中、自分は校庭を走っていた。

さして広くもない校庭をグルグル。

どこだかのおとぎ話で虎がバターになるやつを思い出す。

バターになって溶けてたまるか、と最後の直線をヤケクソのように駆け抜けた。

しかし体が前のめりに倒れる。校庭の石に足が引っかかったと気づいた時には顔から地面に突っ込んでいた。

変な呻き声が口から出た。

呼吸がしにくいから寝返りをうって、空高くの太陽が眩しくて目を閉じた。

瞼の向こう側の太陽を感じていると、突然それか陰った。

額に濡れたような感覚。使い魔のハルが自分の顔を舐めていると気づくのに時間はいらなかった。

 

「ぬおー……やめろ、顔がベタベタになっちゃうだろうが」

 

手でハルの顔を押しのけるも今度は手を舐められる。

苦笑しながら立ち上がる。

ハルは足元にまとわりつく。動物特有の高い体温と毛むくじゃらなせいで篭った熱が足に伝わる。

 

「ハルさん、夏はやめて。秋か冬にして。マジで暑いから勘弁してくださいや」

 

無情にも、ハルは自分の足にもたれかかってきた。この野郎。

夏に湯たんぽはいらないんだよな、と唸りながら水道に向かう。

蛇口を捻ると、キラキラと輝く水が流れる。その下に頭を突っ込んで頭から水を浴びる。

少し温い水だけど、走り続けて火照った体にはありがたい。

頭を冷やすのと同時に、汗やらハルのヨダレやらを一気に流す。

サッパリだ。

犬のように頭を振るって、髪に染み込んだ水を落とす。

自分の髪の毛から吹き飛ばされた水にハルが反応して立ち上がった。

もっと!と言うかのようにハルは自分の脛に前足をかけた。

蛇口の先を指で押さえて、ハルの足元に水を飛ばす。ハルはぴょんぴょんと飛び跳ねて楽しそうだ。

 

「勉強の方は大丈夫なのか?」

 

響く、あどけない中に悪ガキのような溌剌さを秘めた声。

それにニヤリと笑って返した。

 

「体力つけなきゃいけないんだから走るくらいはするさ。バカだと思ってナメるなよ」

 

胸の前でブルドッグを抱えたチョクも笑った。

地面に降ろされたブルドッグにハルが駆け寄る。

前はチョク以外にビビりまくってチョクの足元から動かなかったが、今はハルには慣れている。

未だに自分には慣れる様子がないが、第一印象が悪くなってしまったのだろう、しょうがない。

 

「ハル、どこか行くなら目の届く範囲で。呼んだら帰っといで」

「お前も。ハルから離れないで」

 

二匹はワフッと答えてどこかへ歩いていった。

校庭と校舎を繋ぐ石段に腰掛けながらそれを眺めた。

橋が流された日の顛末。

川に飛び込んだチョクを土手を走って自分は追いかけた。その時、ちょうど正面から巡回をしていた警官がいたから助けを求めたのだ。

警官が川に飛び込み、川を流れるチョクを引き上げることに成功した。

不安や焦りを叩きつけるように犬を抱きしめて荒い呼吸を繰り返すチョクを思いきり怒鳴りつけた感覚は今でも色濃く残っている。

 

『バカ、お前死ぬ気か!?』

 

そんな自分をどうするでもなく、チョクは虚ろな目で、それでも口に確かな笑みを浮かべて呟いた。

 

『こんな私でも、助けられた』

 

その表情が、声音が、今でも不可思議な程に心にこびりついている。

背中に氷を突っ込まれたような感覚。

 

「なあ、なんであの時あんなこと言ったんだ?」

「いつのどんなこと?」

「…川から引き上げられた時に言ったことだよ」

 

やっとなんのことだか合点がいったらしい、チョクは顔を少し逸らした。

ジワジワと汗が噴き出す。蝉の声がうるさい。チョクの声が聞こえなくなりそうだ。

 

「弱虫で、姉ちゃんがいないと何もできない」

 

そんな中でも、言葉はよく聞こえた。

 

「私は自分のことをそう思ってる。夜、一人で厠に行けない、試胆会では一人で留守番。いつも、姉ちゃんの後ろに隠れていた」

 

浮かべられた笑顔は、自分を嘲っているようにも懐かしんでるようにも見える。

 

「けどね、姉ちゃんがお嫁に行く時『これからは一人で眠れる?』って聞くんだ。……姉ちゃんを不安にさせたくないから『大丈夫』って答えたんだ」

 

そんなの、できっこないのに。

乾いた笑いをチョクはこぼした。

 

「夜は眠れないし、ずっと寂しいままだったし……姉ちゃんを連れていった義理の兄が憎かったんだよ。一度は姉ちゃんにいってらっしゃいって言ったのにね」

 

チョクの右手は自らの左肩を強く握りしめていた。服にシワが寄っている。

 

「夜が怖い自分が情けない、義理の兄を憎む自分が嫌い……わりと、どん底だった」

 

けどさ、とチョクは顔を上げた。

視線の先は2匹の使い魔が歩いていった方。

 

「そんなダメでカッコ悪い私でも、助けられた。助けようって一歩踏み出せた」

 

あのあとしこたま叱られたけどね、と苦笑した。

 

「あの日から、ちょっとは自分を信じてちょっとだけ無理もできると思えるようになったよ。だから決めた」

 

居住まいを正すチョクに、自分も思わず背を伸ばす。

その瞬間、セミの音も、照りつける太陽も、流れる汗も気にならなくなった。

 

「私は……俺は、ウィッチになる」

 

言霊、というものをこの瞬間ほど強く感じた時はない。

情けなく垂れた眉が心なしか吊り上がり、口元が真一文字に結ばれた。

 

「もしもネウロイが本州に来たら戦うんだ。戦って、戦って……それで、姉ちゃんを守る。みんなを守る」

「……きっと、すごく怖くて痛いぞ。それでも?」

「関係ない」

 

今まで見たことがない、強気で自信たっぷりの笑み。

恐怖はある、しかしそれでも。

不退転の決意の炎が瞳の中で揺れていた。

 

「あの日できたんだ。なら、きっと次もできる」

「……そっか」

 

ならばもう何も言えない。

一回決めて、退く気がないんだから。

一度強く、チョクの背中を叩いて立ち上がった。

 

「じゃあ、まずは体力だね。お前、勉強は大丈夫だろうから。走るぞ!」

「ちょっ、今日俺長ベルトだ!置いてかないで!」

 

やいのやいのと文句を言いつつも、チョクは自分を追いかける。

だが、先に鍛錬を始めたのは自分だ。追いつかれてたまるか、と速度を上げた。

 

 

 

そうして、今年の夏の終わりに扶桑海事変が終わった。扶桑海海上でネウロイを撃破、被害は甚大だったが、扶桑皇国は守られた。

自分は海兵、チョクは陸士と海兵のダブル受験をした。海軍は例年8月に試験をやるそうだが、今年は海軍の試験が9月に延期になって、チョクは9月のいっぱいは心が休まることはなかっただろう。

そうして、実りの秋。

「カイヘイゴウカク イインテウ」の電報が届いたのは、そんな時期。

電報は、自分達の早めの子供時代の終焉を告げるものになった。

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