同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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前回:真夏の日、決意をしました


巣立ちの日

風に葉が揺れる。

膝から脛にかけてが温かい。ハルが自分の足に寄りかかっておすわりをしているからだ。

この野郎、ご主人様はもたれることができる壁じゃないんだぞ。

それでも、冬の前には湯たんぽとしてちょうどいい温もりだった。

 

「明日、宮城を出ていくから最後の挨拶に来たよ」

 

目の前には墓石。ここには自分の先祖達が眠っている。

 

「扶桑海事変のせいか分からないけど、入学が12月に繰り上がったんだ。お陰で小学校は学期途中の転校?退学?みたいになっちゃうし、敬太と秋穂は『お姉ちゃん行かないで』って泣いちゃった。3月でお別れのはずが急に早くなっちゃったもんね」

 

クゥン、と鼻声。

こちらを見上げるハルをかがんで撫で回す。

そしてそのまま抱きしめた。

 

「ただ、『ちゃんと帰ってきてね』って言われちゃった。……あれはちょっと堪えた」

 

響いた笑い声は中身が抜けた、空洞。

目の前の石の塊に触れた。

温かいハルの体を触った後だから、なおさら冷たい気がする。

強く風が吹き抜ける。

体の芯まで凍えそうな風だ。

 

「じゃあ……行くよ」

 

そうして背を向けた。

別れの言葉も、再開を願う言葉も。

自分は何も言うことができなかった。

 

 

 

ちゃぶ台を端に寄せて、作った即席の柔道場。

そこで敬太の足を払って軽く転ばせた。

 

「ほい、一本。敬太3連敗」

「んぁあああ〜、もう一回!」

 

敬太は畳に寝転がったままバタバタと手足を暴れさせた。

 

「お兄ちゃんカッコ悪い」

「姉ちゃんが強すぎるんだよ!」

 

秋穂はスパッと切り捨てるように言った。

 

「いやいや、敬太も強くなったよ。これ以上やったら手加減できなくなっちゃいそう」

「手加減してんじゃん!」

 

駄々っ子のようにジタバタ。

そのままゴロゴロ転がって壁の方を向いてしまった。

 

「最後くらい勝ちたかったな……」

「バカ、最後な訳あるもんか」

 

少し乱暴に頭を撫でる。

むくれた敬太にはいつもこうしていた。

だから、いつものようにニヤリと笑った。

 

「まあ、兵学校でも柔道は鍛えられるだろうからもう敬太は姉ちゃんに勝てなくなるかもしれないけどね」

「だーかーらー嫌なんだよ〜……」

 

唇を尖らせて拗ねるのは弟の癖だ。

いつもの会話、いつもの癖。それがいいようもなく自分を安心させる。

最後くらいは出来るだけ弟妹を甘えさせてやろうと思ったら、敬太は柔道を希望してきた。

だんだん強くなってきた敬太の相手をするのは骨が折れるが楽しい。

もっとも、負ける気は無いが。

甘えさせる?それとこれとは別問題。

軽く足を払っただけで泣いていた昔を思い出して、少し心がジンとした。

そんな隙を敬太は見逃さなかった。

体を起こしたと思ったら足に組みついてきた。

 

「隙あり!秋穂、来い!」

「行きまーす!」

 

ちょっ、待て!

敬太だけでも突然のことに対応しきれていないのに、目を輝かせた秋穂も足に飛びついてくる。

バッと二人分の重み。回る視界。

 

「うっ、おおお!?」

 

畳に背中から勢いよく突っ込んだ。

頭は打たなかったが、背中が痛い。息がつまる。

唸っていると胸の上の2人は無邪気に笑った。

 

「やった、一本!とったぞー!」

「とったぞー!」

 

楽しそうに笑う2人と同じように、自分も笑みを浮かべた。

 

「おーまーえーらー……二対一は卑怯だぞ!成敗してくれる!」

 

そのまま3人でもみくちゃになる。

敬太と秋穂の順にくすぐり攻撃。二人纏めて笑い疲れて動けなくしてやった。

 

「ふっ、他愛ない」

 

息も絶え絶えな2人はズルイ、と消えそうな声で呟いた。

ニヤリと笑って、2人纏めて抱きしめた。

 

 

 

 

 

まだ日も登らないうちは寒くて薄暗い。

そんな中で弟妹2人の寝顔をよく見る。

敬太。

まだまだ子供だ。小学一年生だからしょうがないといえばしょうがない。けれど、きっと母さんを支えて、秋穂を守ってくれる。

頼んだぞ、と頭を撫でた。

秋穂。

一時期は自分や母さんの後ろに隠れていたけど、最近は前のように外に出てくれるようになって、ひどく安心した。

このまま普通に大きくなってくれるのを願うのみだ。

襖を静かに閉める。

 

「起こさなくていいの?」

 

眉を下げた母さんに小さく笑いかける。

 

「いいの。昨日のうちにしっかりお別れはしたし、秋穂も敬太も泣いちゃうかもしれないから」

 

そうしたらきっと、覚悟が鈍る。そんな確信があった。

いつもよりゆっくり母さんと歩く。

言うべきことがあるような、言っちゃいけないような。言葉を探したけれど、分からない。

そうこうしているうちに玄関についてしまった。

 

「…じゃあ、行ってくる」

 

ようやく口に出せたのはいつも学校に行く時と同じ言葉だった。

少し固まったような頬を無理やりあげる。

同じように母さんが笑った。

 

「体には気をつけて」

「大丈夫、元気だけが取り柄だから」

「そんなこと言っちゃって、もう」

 

そうして抱きしめられた。

自分も母さんの背中に手を回す。

温かい。

安心できる匂い。

腕が縮こまったままになりそうだ。

けど駄目だ。

ゆっくりと体を離す。

 

「また、夏には帰ってくるよ」

「ええ……行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

戸を開けて踏み出す。

風が吹き付ける。

目から頬にかけてが凍るんじゃないか。

袖で乱暴に目を擦る。今度は目がやけに熱くなった。

もう振り返らない。

ハルを呼び出すと足元でキッと前を見据えている。

 

「行くぞ、ハル!」

 

ハルと競争のように走る。こうしないと振り返ってしまいそうだから。

立ち止まるな、自分。

走って、走って、この涙が乾くまで。

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