同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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前回:入校しました






洗礼

入校式の後は食堂で昼食をとり、校内の設備見学をした。

ここまでは順調、そんな幻想が破られたのは夕食後に自習室に連れていかれた時だ。

寝室と自習室は分隊ごとに与えられる。

自習室は最前列が三号と呼ばれる一年生、次に二号と呼ばれる二年生、最後列は一号と呼ばれる三年生が使用する。

席次順に使う席が決まっており、自分は最前列の廊下側から二番目の席だった。

 

「では、自習時の一斉着席の練習を行う!三号は回れ、右!」

 

突然の号令に自分達は戸惑いつつも後ろを向く。

自分達の動作を見て一号達の目がスッと細まった。見間違いかと瞬きすると朝に自分達を迎えにきた時の鋭い目つきだった。

 

「まず、三号は二号と一号の着離席をよく見ること」

 

上級生達は全員椅子の左側に立っている。

おっとりとした印象だった出雲生徒もキッと前を向いている。

 

「着けっ!」

 

十数名の生徒が一斉に音を揃えて着席をする。

ポカンとする間も無く再び号令が響いた。

 

「立てっ!」

 

今度はさっきの動きをこれまた揃って行う。

一切の乱れがない、いっそ芸術的とも言える動きだ。

 

「よし、次は三号がやってみろ。対番は指導をしてやれ」

 

そうして出雲生徒に教わりながら動作を繰り返すが、やってみると揃わない。

椅子を引く音、椅子の前に足を踏み出す動き、全てがバラバラだ。

自分も一回、右足で椅子を蹴ってしまった。

やがて、自習始めのラッパが鳴る。

この時の着席は今日で一番良かった。

案外楽勝かもしれない。

そう安堵した時、大声が響いた。

 

「三号、総員前へ並べ!」

 

隣の三号と顔を見合わせる。

総員、前へ?なんで急に?

 

「ボヤボヤしない!並ぶ!」

 

続いて別の一号の怒声が響く。

泡を食ったように自分達は自習室の前に飛び出した。

並んで上級生の方を見上げると伍長が立ち上がって声を張り上げた。

 

「今から、一号生徒と二号生徒、そして三号生徒の自己紹介を行う!一号、二号、三号の順で行うのよく見ておくこと!」

 

そうして伍長はすうっと一呼吸した。

 

「柔道係、図書係、齋藤和子!」

 

ビリビリとガラスが震えた気すらする。呆気に取られているうちに伍長補の申告。

どうやら、係と名前を申告するみたいだが、問題が一つ。

 

「ヒフクゲットヒン係、軍歌係、千葉優佳!」

「剣道係、シュホヨーコーカン係、東海林薫!」

 

ヒフクゲットヒン?シュホヨーコーカン?

剣道や軍歌は何をするのか見当がつくけれど、どんな漢字を当てるのか分からない係もいくつかあった。

それらがなんなのか考えているうちにどんどん申告は進んでいく。

一号と二号の申告が終わってしまった。

あまりの迫力に口を開けないでいると、一号が自分達を睨みつけてきた。

 

「何をぼんやりしている!三号、出身地と名前を申告!1番廊下側から始めろ!」

 

ヒッ、と引き攣るような声を上げて自分の隣の生徒があげる。

既に涙目の彼女は口を震わせている。

 

「と、東京出身」

「声が小さい!」

 

伍長から活が飛ぶ。

 

「東京都出身、中田千歳!」

 

顔を真っ赤にして震える中田に、一号達は罵声を飛ばす。

 

「元気がない!」

「千歳?零歳児の泣き声にも負ける声の小ささじゃない!」

 

伍長が床をふみ鳴らすと同時にその目から涙が溢れた。

 

「泣いたら終わりなんて訳ないでしょ!?もう一回!」

「甘えてんじゃないぞ!」

 

一号達は止まらない。

中田がやり直しを食らっている間、背中を冷たいものが伝う。

チラリと右を見ると、隣のやつも、その隣のチョクも顔を青くしている。

きっとその奥も同じような顔をしてるんだろう。

顔を真っ赤にして涙で顔を濡らしながら中田は怒鳴る。

 

「東京都出身!中田千歳!」

「よし!」

 

途端、中田は顔をこする。

泣いてるのを放置するのはなんともいたたまれない気分になる。嗚咽をあげる彼女の背中をさすってやろうと手をのばしかけて。

 

「ボヤボヤするな、次のやつ!」

 

手を引っ込めた。

中田のを見るに、畏まったのはダメだ。最初から怒鳴るようにやった方がいい。

腹に力を込める。

 

「宮城県出身!小島光希!」

「聞こえない!」

 

どうだ、と思う間も無くダメだし。

さっきより大きく、もう一回。

 

「宮城県出身!小島」

「聞こえないと言っている!」

 

苗字の段階で切られるようにダメ出しだ。

また床が踏み鳴らされる。

その後も数回申告をして、その全部がやり直しになった。

だんだん喉が痛くなって、体がカーッと熱くなってきた。

こんなことに意味があるのか、一号は耳が遠すぎる、対番の出雲生徒以外はやや俯いているが肩が震えているのが見えているぞ。

両手を握りしめて声を張り上げた。

 

「宮城県出身!小島光希!」

「よし、次!」

 

ホッ息を吐きそうになるが、顔には出さない。

何を安心しているとまた標的に狙われては叶わない。

隣の、名古屋出身のやつがビシバシやられているのがすごく気になるがそれは意識して無視する。

逆隣、集中砲火を食らった中田はしゃくりあげながら顔を擦っていた。

正面の一号と二号にバレないように、足を横に一足分にじり寄って背中を軽く叩いた。

視界の端でこっちをポカンと見上げてくるのを捉えた。

前を向いて、手と目だけ動かし続ける。

ゆっくり背中を摩ると中田がポカンとして見上げてきた。

お疲れさん、と笑みを浮かべる。

中田の瞳が潤んでまた泣くかと苦笑した。

その時、一号の爆笑が響いた。ビクンと体をすくませた中田はまた俯いてしまった。

いつの間にか、次の申告に移っていたらしい。顔を真っ赤にしながら申告をしているのはチョクだ。

 

「宮城県」

 

あ、声がひっくり返った。

 

「それがお前の地声か?もう一回!」

「宮城県出身、管野直枝!」

「聞こえない、やり直し!」

 

チョクが狙い撃ちにされていた。

分隊で最も小柄なチョクは必死に叫んでいる。

チョクは結局6回やり直しを食らった後に「よし」をもらっていた。

その後も同じ分隊の三号達は徹底的に、それはもうビシバシとやられていた。

自習時間いっぱいを使って三号は名前の申告をした。

最後の一人、横浜出身の奴の申告が終わると再び伍長が立ち上がった。

 

「貴様らは今日から海軍兵学校の三号だ。小学校にいた時のような甘えは捨てること。席に戻れ!」

 

恫喝に自分達は駆け足で席に戻った。

そのまま、伍長は続ける。

 

「自習時間の終わりには一日の反省を行う。姿勢を正して目を閉じること」

 

もうここまでくると、すぐに姿勢を正さないと後ろから罵声が飛んでくることは容易に分かる。

すぐに背筋を伸ばして目を閉じた。

 

「五省!」

 

鋭い声の宣言だった。

 

「至誠に悖る勿かりしか。言行に恥づる勿かりしか気力に缺くる勿かりしか。努力に憾み勿かりしか。不精に亘る勿かりしか」

 

一つ一つの項目がおよそ15秒感覚で読み上げられる。

真心に反する点はなかったか?

言行不一致な点はなかったか?

精神力は十分であったか?

十分に努力したか?

最後まで十分に取り組んだか?

それぞれが自らに問いかける。入学式ぶりの静寂の中で、自分は今日の一日思いを馳せた。

 

 




オープン、地獄の窯の蓋
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