同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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前回:開け地獄の釜の蓋


明日は明日の風が吹く

自習室の心地よい静寂をラッパの音が裂く。

 

「三号、手洗いに行って寝室に上がれ!」

 

伍長に怒鳴られて、自分達は泡を食ったように手洗いへ駆け出した。

他の分隊も同じ指示を出たのか各々の分隊の自習室から生徒が飛び出してくる。

ここで遅れたらまたどやされる。足の回転を上げた。

手洗いに飛び込んで、用をたして、再び廊下に飛び出す。

廊下に人影はまばらだ。まだ手洗いで多くの三号は足止めをされているようだ。

これなら寝室にも早くにたどりつける。

唇の端をほんの少し持ち上げた。

しかし、そうは問屋が卸さない。

自習室は1階、そして自分達の寝室は2階にある。

寝室に上がるためには階段を駆け上がらなければならない。

一段ずつ、リズムをつけて階段を登る。

そのまま何段か登った時にそれは起こった。

 

「待て!」

 

2階で仁王立ちしている一号だった。さっき自習室では見なかった顔だから、他の分隊だ。

立ち止まって何段か上にいる一号を見上げる。

 

「海軍兵学校で階段を上るときは二段ずつ駆け上がるものだ!やりなおし!かかれ!」

 

うげぇ、と不満が漏れそうになったが顔には出さないように敬礼した。

下から駆け上がってくる三号が怪訝な顔をしてこっちを見てくるが、彼女らも一階までまたやり直しを食らうんだろうな、と心の中で苦笑いだ。

一段ずつ階段を駆け足で降りて、今度は一段飛ばしで階段を駆け上がる。

今日一日、殆ど立ちっぱなしだったからか足が疲労を訴える。

 

「待て!やり直し!かかれ!」

 

それでも一号生徒の検問は緩むことはない。

もう一度、一階まで駆け下りる。

大きく息を吸って、吐いて。

心に気合を入れてもう一度駆け上がった。

3度目の正直、他の三号生徒が止められている間に、その後ろを駆け抜けた。

やっとの思いで寝室に辿り着く。

笑う膝で自分のベッドまで辿り着くと苦笑いの出雲生徒が出迎えてくれた。

 

「あらあら。何回やり直し?」

「二回です。足がガタガタですよ」

「3階部屋の子はもっと大変よ。3階でやり直しになったら一階に戻らないといけないから」

 

そう話す出雲生徒は事業服姿だ。

 

「……兵学校って、寝間着は事業服なんですか?」

「寝間着はちゃんと浴衣があるわよ。小島生徒も事業服を着るのよ」

 

今から?寝間着ではなく、事業服?

疑問に思ったが出雲生徒に教えてもらって事業服に腕を通す。

胸のあたりで紐を結んで襟ぐりを締める。

その間も散発的に三号が寝室に駆け込んでくる。

 

「小島生徒、今日は一日どうだった?」

「色々衝撃的でした」

 

お風呂は足がつかないほど深いし。講堂の空気は怖いほどに冷え切っていたし。一号生徒は鬼だし。

そんな風に雑談をしていたら、最後に数人三号が駆け込んできた。

 

「遅いわよ!早く事業服に着替えて!」

 

一号の指示と、伍長が竹刀を持ち出して仁王立する姿を見て察してしまった。

これはまだ何かあるぞ、と。

 

「今から就寝起床動作の練習を行う!まずは二号生徒に模範を示してもらう!三号はよく見ておけ!二号用意、はじめ!」

 

よく見ておけと言われましても、だ。

毛布の準備をしたと思ったら事業服を脱いで寝間着を着て、毛布に潜り込んだ。

とにかく速い、以外の感想が出てこない。

動作が終わった二号が順番に姓名申告をする。

 

「2分5秒!」

 

最後の二号が申告を終えた時、伍長が再び叫ぶ。

 

「次は起床動作だ!用意、はじめ!」

 

二号達は、バッと飛び起きたと思ったらアッと言う間に着替えて毛布を片付けてしまった。

 

「2分20秒!」

 

もう何が凄いのかすら分からないほどだ。

 

「三号、自分の対番の毛布を見てみろ。豆腐を切り落としたようだろう。そのように毛布を畳むんだ。では、三号!用意、寝ろ!」

 

当然、二号のようにできるわけがなかった。

まず毛布の準備はいい。使う分を広げて使わない分はチェストの上に置いておくだけだから。

次に、事業服を脱いで畳む。

これが意外と鬼門だ。

どう畳んでも事業服にシワがよる。ヘニョリと情けないかんじになる。

 

「小島生徒、もうちょっと綺麗に……」

 

だんだん指摘する出雲生徒の声も哀れみを感じさせるものになってきた。

申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら事業服を畳み直す。

なんとかよしが出て、寝間着を着て毛布に飛び込んだ。と、同時に一号から時間を教えられる。

 

「6分半!次は起床練習だ。用意、起きろ!」

 

はね起きる。寝間着を脱ぐ。

ここまではいい。

寝間着を綺麗に畳むのにまた手間取った。

事業服に着替えるのは問題ない。

けれど、起床時はもう一つ畳む作業が待っている。毛布だ。

出雲生徒の毛布が包丁で切った豆腐なら、自分の毛布は握りつぶした豆腐と言っていいだろう。

なんとか、握りつぶした豆腐がなまくら包丁で切った豆腐くらいにまではできた。

 

「8分26秒!」

 

なんとか事業服を着て姓名申告。

自分が名前を叫んで秒数が発表された。

……つまり、分隊でビリッケツだったわけだ。

 

「目標は2分半だ!達成できるまで毎日繰り返す。では、もう一度練習だ」

 

今日は合計3回やったが、そのどれもがビリッケツだった。

 

 

 

兵学校の消灯は9時だ。

自分もみんなもベッドの中にいた。

部屋の電気が落とされた後だから隣の奴の顔は見えない。

毛布に包まって見慣れない天井を見上げる。

とんでもない所に来てしまった。

ほんの数日前、敬太や秋穂と取っ組み合いをして母さんに抱きしめられたのが遠い世界の話のように思えてしまう。

散々扱かれた夜のことを思い出して、鼻をすすりあげた。

目の上に腕を乗せていると、耳元でおっとりした声が響いた。

 

「一号も二号も入校初日はこんな感じよ。へこたれないで、また明日からも頑張りなさい」

 

出雲生徒だ、と気づいた時には毛布が首元まで引き上げられた。

温かい毛布の中で、気が緩んだからか鼻がジーンとする。

礼を言おうとしたけど、枕元に立った人影はもう居なくなっていた。

静寂の中に啜り泣きの声が響く。

自分は毛布の中で、膝を丸めて目を瞑った。

 

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