同期の桜   作:ブラスト(芝犬)

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前回:初日終了


三勇士

どんなに怒鳴られて辛くても、横になってしまえばすぐに眠ってしまう。

疲れきった日の眠りはとても深い。

それこそ、ちょっと声をかけられたくらいでは起きることができないほどに。

その結果、海軍兵学校2日目の朝、起床ラッパで飛び起きることができた三号は少数派だった。

 

「なにを寝ぼけている小島!」

 

自分は多数派だった。

一号に怒鳴られて身をすくませながらベッドを飛び降りた。

 

「遅いわよ!急いで!」

「もたもたするな!」

 

一号生徒の有難い発破を聞きながら、しかし手を必死に動かす。

昨夜と同じくグニャグニャの寝間着と毛布を作ってしまったが時間がない。

慌てて洗面所に駆けだした。

 

〇〇〇

 

身支度を整えて校庭に飛び出す。

第8分隊の場所として教えられる場所に向かうと既に上級生が号令演習をしていた。

 

「気をつけー、前へー進め!」

「11時方向にネウロイ確認!戦闘準備!」

 

自分達も号令演習に参加しようとしたが、時間になってしまった。

体操係の一号が号令をかけ始める。

自分達三号は正面に立って動く一号の動きを真似する。

 

「三号、元気を出して!」

 

これがなかなか辛い。

全身を伸ばしたり、片足立ちしたり、体を捻ったりと体中がミシミシ音を鳴らすかのようだった。

途中で掃除当番の上級生が抜けたが、残った生徒たちは6時半まで体操を続けた。

この後、朝食は7時から。

6時55分までには食堂前に整列しているように、と指示が出た。

以上、解散。

つかの間の自由時間にホッとする。一気に体の力が抜けた気がする。

同じくホッとした、というよりボンヤリしたチョクに近づく。

半開きの口から魂が飛び出しているかのように見える。

 

「チョク、生きてる?」

「ミツ……昨日のこと、覚えてる?お風呂」

 

どことなくチョクの目線は焦点があってないように見える。

たぶん、チョクが言ってるのはシャバの汚れがどうのこうのっていうアレだ。

 

「シャバってこの世でしょ?やっぱり、ここはあの世だったんだなって……」

「バカ、死んでもいないのにあの世に逝ってたまるか」

 

チョクの肩を掴んで揺すると腹の虫が鳴く。

……そういえば、夕飯を食べた後まる半日なにも食べてない。

 

「ほら、チョク。のんびりしすぎてないで食堂行くぞ。食いっぱぐれるだけならともかく、連帯責任とかいって分隊全員朝ごはん抜きとかありえちゃうから」

「お〜……」

 

まだ復活しきってないチョクの手を引く。

幾分緩んだ空気で歩く集団の後ろで、自分達もまた肩の力を抜いて話す。

互いの対番の先輩についてや、昨日の姓名申告。はたまた今日の朝食の献立について。

 

「それにしても、ミツってやっぱり不器用だね。昨日の起床練習。一番時間かかってたでしょ?」

「まあね。……いや、折り紙を綺麗に折れない自分にあれはダメだ」

「2分30秒切るのが目標だって。ミツ選手、感想は?」

「なんてこったい」

 

いつもの軽口に心が軽くなる気がする。

自分にとっての日常が変わることになっても、変わらないものが一つあるだけで安心感がある。

 

「ミツってば、細かい作業は苦手なくせに足は速いから結局時間には間に合うんだよね」

「そうそう。……整頓には時間食っちゃうから」

 

誰かの嗚咽が聞こえたのは本当に偶然だった。

食堂へ向かう集団から少し離れたところで足を動かす一人の少女。

擦る手の隙間から見えた顔は見覚えがあるものだった。

あれは昨夜見た顔だ、分隊で昨夜散々やられていた中田だ。

 

「一人で何やってるの、中田さん」

 

中田は自分の声にあからさまに体を震わせた。

そこまでビビられるとこちらとしても申し訳ない気がしてくる。

それを見て、チョクは笑顔で中田に声をかけた。

 

「ごめんね、ミツは体が大きくて怖いのに自分でそれに気づいてないんだよ」

「ちょっと待て、チョク。自分のどこが怖いって?」

 

同じく笑顔で、しかし少し揶揄う雰囲気でチョクは言う。

 

「試胆会の時に高学年が泣いて逃げたじゃん」

「怖いの方向性が違うだろ!あと、自分は大きいけどチョクが小さいから尚更だ!」

「小さくなんかないって」

「いーや、小さいね」

 

ふふっ。

自分とチョクが睨み合っていると小さく笑い声が聞こえた。

見るとさっきまで泣きそうになっていた中田が笑っている。

それを見て、自分とチョクはニヤリとした笑いを交換した。

 

「あの…すみません。管野さんも小島さんもムキになってるのが面白くて」

「でしょ?チョクってば身長も器も小さくてさ」

「よく言うよ。ミツは人をからかわずにはいられない悪人なんだから」

 

この野郎、とチョクの頭をかき回してまた3人で笑った。

 

「改めて……小島光希。よろしく、中田さん」

「俺は管野直枝。よろしくね」

 

そうして、中田は穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「中田千歳です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

「……って、待て。今何時?」

「6時、52分」

 

誰もいない校庭三人で、顔を見合わせて脇目も振らずに走るはめになったのは別の話。

 


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