時は武神川神百代と進藤龍二が激突した時まで遡る。
彼ら激突した場所から差ほど離れていない別の河原に、二人の女性が息も絶え絶えに河原に寝そべっていた。それを見下ろす一人の男。彼も大きく呼吸をしているが、彼女達ほど息を乱していない。
「流石天下に名高いお二人だ。久々に良い戦いができたよ」
男はそう言って寝そべる二人を称賛する。
「お、お前だって、あたし達と、同じじゃ、ねえか」
「こ、ここまで我が押されるとは・・・・・・」
女性―――弁慶と清楚もとい項羽は睨みながら彼―――義輝に文句を垂れる。
「くそ。もう少しで倒せたのになぁ」
弁慶が悔しそうに拳を河原に叩き付ける。その証拠と言うわけでもないが、義輝の服は所々裂けており、切傷も至る所に見受けられる。
彼は自慢の愛刀2振りで項羽と弁慶と言うトップクラスの武人相手に自身の剣舞を惜しげもなく披露した。
とはいえ世間に名の知れた武将だけあって苦戦したのは事実である。片や好敵手劉邦と覇権を巡って幾度も刃を交えその武勇を知らしめた将であり、片や主君の為に奥州王藤原泰衡が差し向けた軍団相手に大立回りして、最後は無数の矢を浴びて仁王立ちで果てた僧兵である。
「あの時は本当に危なかったです。私にちょっと運があっただけですよ」
「よ、よくいう、よ。あたしゃ、わざと作ったんじゃ、ないかと、思ってる、ぞ」
「いやいや、ほんっとうに危なかったんですって」
義輝には一度だけピンチの瞬間があった。それは終盤、彼の意識が清楚との一騎打ちに神経を集中させている時だった。その時、弁慶は自分に意識がいっていないことを好機とみて彼に背後から飛びかかった。この時、彼女は勝ったと正直に思った。
彼が言う運とは、その時ふと下を見た時にまさに彼に斬りかからんとする弁慶の姿が映ったのだ。それを見た彼は瞬時に身を横にずらしたのだ。結果、弁慶の攻撃は体勢を崩した清楚に直撃することになってしまい、これにより義輝は二人の偉人に勝つことができたのだ。
義輝と清楚が戦っていた場所には水面があったのだ。弁慶はそれを知らなかったのだ。しかし、仮に水面がなかったとしたら彼は敗北していたかもしれない。そのくらいの差だった。
「さて、向こうも終わったみたいだし、私達の務めは終わったことだし、少しは話でもしないか?」
義輝がそう言った。二人は互いに見合ってからゆっくりと頷いた。
その頃。彼らの戦地からほんの少し離れた場所では、弁慶と清楚と同じように倒れて大きく呼吸している二人の少女がいた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・もう、動けませんわ」
「よ・・・・・・義経も、無理だぁ」
義経と藍実。ある意味同じ種類に属する者同士の戦いは引き分けに終わった。
藍実の武才は、達子の遺伝子を基にしているのでそれなりにあるが、彼女には及ばない。この大戦に参加を打診された日から達子と龍二に頼み込んで特訓に特訓を重ねてきた。その為、急ごしらえながら彼女の武術は大いに向上した。
義経との一騎打ちは実に彼女にとってワクワクしたモノになった。特訓初日こそ、彼らの剣筋が全く見えなかったのが、今日この日は綺麗に見えたのだ。
とはいえ、急ごしらえであったには違いなく、剣筋は見えてもその速さにはやっとという感じで大体の攻撃は受けてしまい身体中傷だらけになってしまった。
一方の義経も藍実に攻撃を当てられたものの、彼女の不屈の精神の前に好意を覚えた。そして予想外の一撃を喰らい、倒れたのだ。それを見て藍実も膝から崩れ落ちた。
「姉のようにうまくはいきませんね」
「姉? 達子殿のことか?」
「えぇ。たまに羨ましくなりますわ」
ふふんと微笑む藍実は自身の手を顔の前に掲げる。豆だらけの手は、その特訓のがどれほど過酷だったのかが伺える。
「義経さん。わたくしはこの通り動くことはできません。今なら先に進めますよ?」
藍実は義経に顔を向けて言うも、彼女はフルフルと首を振った。
「それよりも、義経は君ともっとお話がしたい。イイかな?」
屈託のない笑顔を向けられた藍実は思わず笑ってしまった。この娘は全く持って人を愉快にさせる天才だなぁ。
「いいですわよ」
そうして、彼女たち二人は大戦の終戦を告げる空砲が鳴るまで、それはそれは楽しい時間を過ごしたという。
「大和! 本当に大丈夫なの!?」
モロが叫ぶように大和に問いかける。こうやって大和に問いかけるのは1度や2度ではない。しかし大和は無言を貫いた。
彼らは敵本陣に向かって驀進している最中である。その時に、スグルがハッキングしているカメラ映像から味方がピンチに陥っていることを知った。
遊撃部隊のクリスは、その従者マルギッテ率いる部隊に、同じく遊撃部隊のキャップは天神館の島右近と武蔵小杉達に、ワンコと忠勝率いる部隊は弓道部と天神館大友焔らの混成部隊によって行く手を阻まれていた。
大和とてできることなら今すぐにでも軍を割いて救援に向かわせたいと思っている。しかし、『軍師』としてそれは最善手ではないと思っている。彼はこの大戦でS軍を―――英雄に多くの生徒がいる前で勝利する以外ないと考えている。
今までもいざこざは何度もあったが、その度に当人同士か代表同士で手打ちにしてきた。しかし、それでは甘かったことを彼は先日思い知らされた。彼らに反省と言う言葉はなかったようだ。
大和は仲間と協力してこの作戦を立てた。基本案は龍二の友人である村重友代が構築し、大和がそこに肉を付けた。
現状Fに状況は傾いているが兵力は以前Sに分がある。それをフラットまでもっていくにはタイミングが大事であると友代は言っていた。「お前らが舐め腐っていたFは怒るとこんなに怖い存在になるんだぞ」と理解させる為にも。
分かっている、と小さく返す大和の言葉はモロには聞こえていない。
「大和。後5分で九鬼の本陣につくぞ」
スグルの声が響く。大和は思考を切り替え、表情を硬くする。
決戦は、もう眼の前だ。
「悪く思うなよ、直江大和。これも一子殿の為だ」
ふんどし一丁で神輿の上に立つ英雄は大和に宣告する。S軍は200を超える生徒がいるのに対し、F軍はその1/10にも満たない数しかいない。その中に『武聖四家』の一つ『弓聖』の異名を持つ神戸家の長女達子がいるとしても、不利な人数だ。
英雄は苦り切っていた。こうなってしまったのはまさに自分の奢りであるほかはないが、勝負に負けることは許されない。その理由は、F軍に姉が加勢しているからだ。姉は敗北を許さない性格であるので、意地でも負けられない。
軍師を失った彼は人伝に形勢がF軍に傾いていると知った瞬間、彼はF軍の主力と本陣の分断を図った。大和率いる本陣には、『武聖四家』の後藤泰平と神戸達子がいるが、数で押せば何とかなる。そして主力を担うクリス・一子・キャップらをこちらの援軍で叩き落とすことにしたのだ。援軍の招集は妹の紋白に一任した。結果的に天神館の面々に加勢を請うことになったが、それもまた良しとした。
当初は紋白も参加すると息巻いていたが、英雄がそれをやめさせた。可愛い妹をこんな私怨渦巻く醜い争いに巻き込みたくなかったのだ。
英雄が雄々しい口上を述べている間、大和は無言で彼を見据えタイミングを計っていた。ここまで来て、自分のヘマで負けたくないと思っていた。
ここで負けてしまっては自分に従ってくれたみんなに顔向けできないし、姉に認められない。認めてもらうには、何が何でも勝利をもぎ取るほかない。
「こうなったのもひとえに我の不徳の致すとこ。だが、勝負には負けられないのだ」
英雄が手を天に突きあげた。タイミングはここだと確信した大和は達子に叫ぶ。
「今です! 達子さん」
「はーい」
すると、彼女は空に向かって弓を向けると矢を放った。それは笛のような鋭い音を出しながら消えていった。
英雄は最初達子が構えた時は射抜かれると思ったが、次の瞬間彼女は空に向かって矢を放った。その矢が音を立てながら消えていったのでその意図が分からなかったが、所詮はったりだと理解した英雄はそのまま振り上げた手を振り下ろそうとした。
彼に凶報が届いたのはまさにその時だった。
「大変だ九鬼君。これを見てくれ!」
近くにいたクラスメイトがたまたま近くにあった映像端末を彼に見せた。それを見た彼の顔は青ざめた。
「プッレーミアムな私の前に跪くがいいわ!」
「おんしらに恨みはないが、ここから先へは通さん」
キャップ率いる遊撃隊は合流地点に向かう途中、突如として武蔵小杉・島右近連合軍の急襲に遭い足止めされてしまった。
もともと身体能力の高いキャップはすぐに冷静に対処しているが、数に物を言わす連合軍の前に一人また一人と数を減らしていった。
「くそ! 急いでいるのに!!」
キャップの苛立ちも分からなくもない。主力を欠いた最小戦力である大和達が強力な戦力を未だ保持している英雄達に対抗するには自分達の力がいるのだ。つまり、自分達が遅れることは大和達の危機が増すということだ。
聞いたところ、英雄の作戦により主力を担う面々は奇襲により皆窮地に立たされているという。
キャップは一刻も早く本体に合流すべく群がる敵を薙ぎ倒す。最大の障壁は天神館の島右近だ。「鬼左近」の子孫と聞く。武蔵小杉はそこそこ強い程度でどうとでもなる。だが島はあの石田三郎の女房役で、武勇誉れ高いと聞く。コイツを倒さぬ限り先へは進めない。
「そこをどけぇ!」
「させん!」
走りながら放つ拳を易々と止める右近。構わず連撃するキャップ。しかし彼には通じず逆に右近の拳をもろに鳩尾に喰らってしまった。その場に蹲るキャップに止めを刺そうと拳を振り上げた時だった。
彼らの戦場に警笛のような音が響いたのは。その音が響くや皆一斉に空を見上げた。
何だあれはと訝る連合軍が恐怖に陥るにはそうそう時間はかからなかった。突然彼らの後方から悲鳴が聞こえた。
「何事か!?」
島が後ろを振り向くと、人が宙高く舞い上がっていた。島が驚愕してると、そこから二人の人影が見えた。
「いやー最近の若い奴らは元気があっていいねー」
「けど、馬鹿ばっかだよねー」
各々刀を持ってゆっくりと近づくその二人を苦痛に顔を歪ませながらキャップが見て眼を見開いた。
「し、進藤・・・・・?」
「バカな!? 進藤殿は今、川神殿と戦っているはず!」
それは島も同じようだった。龍二と百代が戦っている場所はここからかなり離れた場所にある。それが何故ここにいるのか。あるいは、既に川神百代を討滅しここまで来たというのか。
混乱している二人を見て、男はクスクスと笑っていた。
「どうやら俺を龍二と勘違いしているみたいだよ、沙奈姉ぇ」
「しょうがないよー。弟君1号は見た目弟君2号とそっくりだもん」
そりゃ、兄弟だしなと口にはしなかったが、彼は苦笑していた。
そして二人の前に来た彼らは互いに自己紹介した。
「俺の名は進藤龍一。龍二の兄だ」
「私は進藤沙奈江。二人のおねーさんです」
えっへんと胸を張る沙奈江に再び苦笑する龍一を前に、右近とキャップは固まった。
彼らは龍二の兄と姉だ。兄の方は『現代の卜伝』と称されるほどの実力を有しているが、姉の方はその実力は未知数だ。とは言え、侮れない。あの進藤家の連なる者なのだ。
「龍二の願いだしね。ここは通してもらうよ右近君」
「そうだね。私達が負けるわけにはいかないし、他人を蔑んだり人を人として見ない畜生連中にはお仕置きが必要だしね」
沙奈江はそう言って赤いフレームの眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで束ねた。これは彼女が本気になった証拠だ。
「我が誇りにかけてここから先へは行けせぬ」
右近は距離を取り戦闘態勢を取った。それを見た連合軍はF軍から離れ二人に牙をむく。
「良いねぇ良いねぇ。君達みたいな子がこれからのこの国を背負っていくんだ」
「常識があればなおオッケーだよね1号」
「ま、彼等にも事情があったんでしょ? それよりも」
ちらっと彼は連合軍を見た。連合軍は数人の徒党を組んでこちらに向かって猛進していた。
「俺達は俺達の仕事をしような?」
「そうだね」
そう言って彼らは太刀を青眼に構えた。
所変わってクリス達の遊撃隊はマルギッテ率いるS軍の猛攻を受けて壊滅の危機に瀕していた。
「強いな、マルさん!」
「お嬢様こそ、ここまで強くなって嬉しい限りです!」
レイピアを持つクリスの刺突をマルギッテは得物であるトンファーで防いでいる。主従が戦う近くでは双方の精鋭が死力を尽くしていた。
クリスが鍛えただけあって女子生徒たちは皆その辺の者達には負けない実力をつけたが、対するは生粋の軍人マルギッテが訓練を施した者達であり、容易に抜けない。
彼女達も焦っていた。戦況的に自分たちが一刻も早く本軍に合流しないと危ういと知っている。
しかし彼女達は冷静だ。ここで焦っていてもかえって敵の有利に働く行動をしかねない。焦りながらも、慎重に敵の隙を伺っている。
そんな時にこの戦場に轟いたのが、あの警笛のような甲高い音だった。マルギッテを含めてそこにいた全員が一時戦闘を止めて音の響いた方向を向いた。今の音は一体何の音だったのか皆が首を傾げていた。どちらかの軍の何かの合図であろうか。
異変が起きたのは丁度音が響いてきた数分後だった。マルギッテ軍全員身動きが取れなくなった。
「何事!?」
「悪いけど、君達の動きは封じさせてもらった」
そこに現れたのは、束帯姿の壮年の男だった。この戦場に不釣りあいの服装のその男にマルギッテは怒りを露わにする。
「誰だ貴様! この私に喧嘩を売るつもりか!」
「君こそ、誰に喧嘩を売っているのか分かっているのかい?」
俊足で男との間合いをつけるや怒りに任せて振るったトンファーであったが、男は手にした扇でいとも簡単に防いだ。男は空いている左手に持った札の方なものを彼女の腹部に当てると、マルギッテは衝撃と共に後方に吹っ飛ばされた。
「君の実力じゃ、この俺に傷一つつけられんよ」
その余裕な表情にマルギッテはさらに怒りを増す。
「Hasenjagd!」
彼女は眼帯を取り払った。その眼は完全にイッていた。
「やれやれ、獣だね」
眼帯を取り払った彼女の身体能力は普段のそれより格段に上がっている。しかし、そんな彼女をしても、男に攻撃は全く効いていなかった。
「一体、あの者は誰だ……?」
一人ポカンとしていたクリスであったが、ふと視線を戦場に向けると、他の者達、特にマルギッテ軍の面々が恐怖に顔を引きつらせているのが印象的だった。
クリスはひとまず自軍の女生徒に声を掛けた。
「あの、あの人は誰ですの?」
声を掛けられた女生徒は一瞬唖然とした表情を浮かべたが、すぐに首を振った。彼女は日本に来て間もないから知らないのも無理はないと思ったのだろう。
「あの人は、後藤昌泰さん。『武聖四家』の一つで、陰陽術の大家だよ。……えっと、陰陽術っていうのは、簡単に言うと魔術師みたいなものだよ」
へぇと感嘆するクリスはその眼を彼らに向けた。生粋の軍人で、数々の軍功を上げたマルギッテが、まるで赤子の様にあしらわれている。
しかも、彼女のトンファーを防いでいるのは武器ではなく、見た目唯の扇だ。それにより、彼女の怒りは溜まる一方である。加えて、昌泰の死角から攻撃を試みるも、まるでみこしていたかのように彼の術が発動して弾かれるのだ。
「すごい・・・・・・」
「私達とは経験が違うからね。当然だと思うよクリスさん」
「一度戦ってみたいなぁ」
「やめときなよクリスさん。多分瞬殺だよ」
クリスは黙って頷く。彼女達が話している間にも、マルギッテは昌泰によって追い詰められていった。
「さて、そろそろ終わりにしようか。ドイツのお嬢さん」
忠勝はワン子を守りながら戦うことに苦労していた。戦闘中に足を負傷したワン子を守る為とはいえ、この少数であのS軍を、それも天神館の特攻隊長大友焔と弓道部が遠距離砲撃してくるので攻めあぐねていた。特に、焔の大筒の破壊力を前にこちらは手が出ない。忠勝が信頼を置ける部下の二人が逃げるように叫ぶが、忠勝はそれを拒否した。仲間を放って自分だけ逃げるような真似はできなかった。ワン子も自分のことを置いて逃げるように言うが彼は馬鹿を言うなと一喝した。
時折、自分達を助けるように後方から無数の矢が掩護してくれた。恐らく京子だろう。しかしこれまでに数えきれないほどの矢を放っている為か、その精度や威力が落ちている。彼女はもはや限界を問うに超えている。
忠勝もS軍の猛攻に必死に耐えながら反撃するが、体力もそろそろ尽きようとしていた。
「くそっ! 何とかならねぇのか……」
忠勝のボヤキと、警笛のような音が響いたのはほぼ同時であった。一体何事だと思ったが特に変わりない。大戦の終了合図とは違うようだ。
それに変化があったのは、彼がそう感じた直ぐ後であった。1筋の矢が彼の頬を掠めて飛び去り、それが自分に照準を合わせていた大村焔の大筒の砲身に寸分の狂いもなく入り、彼女が引き金を引くと同時に爆散、焔を1発KOにしてしまった。更に後方から無数の矢が過ぎ去り、弓道部と大友焔を貫いた。
また、忠勝とワン子に群がっていたS軍の生徒が一斉に吹っ飛んだ。それに気づいたのは、矢の雨が終わった後だった。おまけに、敵側の援護も綺麗になくなっていた。
「やー。君達がまだ無事でよかったよ」
そこにいた男子生徒はにこやかに笑うとワン子に近づいて負傷した箇所をじっと見る。
「これはひどく腫れているね。後でちゃんと医者に診てもらいなよ」
「は、はい」
素直に返事するワン子。その一方で、忠勝はこの男子生徒に違和感を覚えた。彼は、どこか気品に満ちている。やんごとない家の出身では?
「誰だ、お前」
ぶしつけに聞く忠勝に対し、彼はにこりとしていた。
「僕かい? 僕は進藤君のクラスメイトだよ」
「名は?」
彼は数秒沈黙してからあっさりと名を答えた。
「高円宮公煕。君は?」
忠勝は文字通り顎が外れそうになった。皇族がこんなところにいるなんて信じられないという気持ちだ。ワン子にいたっては、良く分かっていないようで首を傾げている。
「み、源忠勝、だ」
「源君だね。そこのお嬢さんは、川神一子さんだね?」
「何故それを知って―――」
「そりゃ、一度彼の実家で見ているからね。彼女は知らないけど」
彼が言うには、以前ワン子が品川の彼の実家に行っていた時にふと訪れたらしいのだが、稽古中だったので家の人に物を預けて帰ったらしい。その時に彼女を見たようだ。
「しかしまぁ、世の中アホな考えに染まっている人が多いね」
彼はまるで独り言のように話しかけてきた。
「アホ・・・・・・ですか?」
忠勝が返すと、そんな畏まった口調じゃなくていいのにと苦笑する。しかし、よほどの者でない限り自分のような皇族と普通の口調で話すことなど無理であろう。分かっていながら彼はそう言ったのだが。
「勿論、今僕達が戦っている彼等じゃないよ」
そう前置きして、公煕は腰の刀を抜く。
「時代は変わるモノさ。金とか、権力とか、権威とか、あってもいいと思っているよ。無きゃこの世の中は生きていけないしね。けど、それを弱い立場の者に振りかざして自己満足を得ようなんてアホらしいし、昔の権威を未だに言う奴には反吐が出る」
「……」
「力に使い方を知らない奴には、少しきつい教育が必要だよね?」
その時の笑顔はまるで般若の化身のようだったと後に忠勝は大和に語ったという。
「源君は川神さんと一緒にここから離れてくれ」
「き、公煕様は……?」
僕かいと返した公煕はふふんと笑むとまっすぐ前を見据えていった。
「彼らにちょっと教育してくるよ」
「・・・・・・っ!!」
京子は激痛からつがえた矢を落としてしまった。彼女の両手は既に血まみれとなっていた。これまでたった一人で仲間を掩護するために数えきれないほどの矢を放ってきた。他の部員達は皆Sに行ってしまったことに加え、天神館の大友焔の砲撃の迎撃もあり、彼女自身の負担は計り知れない。それでも彼女を突き動かしたのはひとえに仲間の為、思い人の為であった。その為なら自身がどうなろうと知ったこっちゃなかった。
だから彼女は激痛が走る手で落とした矢を拾おうとした。その時、彼女の手を掴む別の手によって遮られた。
「もう良しな嬢ちゃん。これ以上は無理だよ」
誰だと言わんばかりに顔を向けると、そこにいたのは白の上衣に緋袴の老婆だった。よく見ると。空いている手には大弓が握られていて、矢筒に十数本の矢が入っていた。
「後はこの婆さんに任せてアンタは少し休みな」
そう告げると老婆は京子から離れてゆっくりと弓に矢をつがえた。その姿はとてもりりしく彼女は眼を輝かせた。
そして、彼女は小さく声を上げた。何故か。それは、彼女が番えている矢羽が真紅であったこと、何より上位の背中に大きく描かれていた烈火の鳳の家紋に驚いた。
その家紋は、弓道家―――ひいては武門に連なる者であれば知らぬ者がいない大家である。
「あ、貴方は―――」
「私かい? 通りすがりのお節介焼婆さんだよ」
そういって彼女はつがえていた矢を放った。その数秒後、敵陣から悲鳴と破裂音が聞こえた。
「よし、面倒な娘は消えたね」
間髪入れずに老婆は矢を放ちまくった。やがて、全ての矢を打ち終わると同時に敵の矢の掩護攻撃が止んだ。
「ん。私の仕事は終わりだね」
老婆は満足そうに頷くと、つかつかと京子に寄ってくるなり彼女の前に小瓶を置いた。
「私が調合して祈祷した特別な薬だよ。1日2回よく塗ることだね。治るまでは弓を握らないこと。いいね」
老婆は更に懐から紙切れを取り出して同じ場所に置いた。そこには『神戸神宮』の名と住所が記されていた。
「アンタが今以上に成長したいなら来なさい。私の全てを教えてあげようじゃないか」
そのまま去ろうとする老婆を京子は呼び止めた。せめて名を知りたいと精一杯の声で叫ぶと、老婆は歩を止めて振り返りざまににこりと笑って彼女の言葉に答えた。
「神戸達江。神戸家の当主さ」
神戸家当主は言い残して本当に去っていった。
英雄は味方からもたらされた報告に全身を振るわせていた。自分が仕掛けた最後の作戦が大和によって覆されたことに怒りを覚えた。
島右近や武蔵小杉の連合軍は進藤佐奈江、龍一姉弟によって徹底的に潰されたというし、マルギッテ隊は陰陽の大家後藤家当主昌泰によって全滅、大友焔と弓道部連合軍は皇族の高円宮公煕と何者かによって撤退というモノだった。
怒りの炎を宿した双眸でぎっと大和を睨んだ。
同じ頃、大和は携帯端末からそれぞれの援軍からの報告を聞いていた。
『大和く~ん。こっちは終わったよ~。ばっちり教育しといたよ~』
『よう直江君。こちらも滞りなく終わったよ』
『直江君だっけ? 二人は無事に助けたよ。安心してくれ』
『直江君だったね。こっちも、小娘達を仕留めといたよ』
大和は嬉しさを隠せずに笑っていた。最大のピンチも何とか乗り切った。そしてもうすぐ勝利の二文字が自分達に振り注ぐ。姉に勝てるとなると喜びもひとしおだ。
「大和君。油断大敵、だよ」
横から水干の男にくぎを刺され、これはこれはと額を叩いた。今はまだ戦いの最中であり、少しの油断が戦況を逆転させることは古今東西よくあることである。
「大丈夫。僕らが支えるし、君は君が練った策を発揮すればいいんだよ」
バンと思いっ切り肩を叩かれた大和は痛みつつも頷いた。
「そーそー。大和君は、大和君がすべきことをすればいいの。守りはアタシたちがちゃんとやるからね」
後ろから達子に頭を撫でられた彼は、恥ずかしそうに頬を染める大和であったが、直後に耳に入った怒号ですぐに思考を切り替える。
英雄が突撃命令を出したのだ。
「来たね」
「どーれ。ようやく俺達の出番ってわけだ」
「はい。お願いします」
音もなく現れた二人の初老の男二人は、そのまま彼らの前に進み出た。そして迫りくるS軍の生徒を見てクスクスと笑った。
他の生徒達は一体彼らがどこから現れたのか分からず互いに顔を見あって首を傾げた。
笑いながら、それぞれの得物を構えた。
「良いねぇ若いって。威勢がいいな」
「そうだな。これなら安心だ。だが―――」
彼らは見事なタイミングで得物を横薙ぎに払った。それによって攻撃に参加した生徒数十人が吹っ飛ばされて戦闘不能になった。
「俺達の敵ではないな」
それぞれ得物を肩に担いで不敵に笑う彼らに両軍とも恐怖した。身体を震わせながら大和は安堵した。
「味方で良かった……」
一方の英雄は怒りとか恐怖とか様々に混ざり合った複雑な感情が身体から滲み出ていた。
「彼らまで味方に引き入れたかぁ……!!」
その怒りに怯えながら、ある男子生徒が彼に聞いた。
「な、なぁ九鬼君。あのおっさんたちは何者なんだ?」
英雄はキッと眼を剥いた。彼らのことを知らない者がいたのかと。彼も曲がりなりにも武門に身を投じている者であるにもかかわらず。
英雄は嘆息しながらも、彼―――ひいては今この場にいる全員に眼前に君臨する者達の名を告げた。
「あそこにいる方々は進藤龍造殿と佐々木徳篤殿。『武聖四家』進藤家と佐々木家現当主で、世界の武門の頂点に君臨する方々だ」
その場の全員が絶望の底に沈んだ。彼らの名を知らぬ者はいない。まして、徳篤はこの国の警察機構のトップである。
それでいて尚、英雄に顔には悲壮感は無かった。
「この戦の全責任は我にある。故に我は己の責任を取りに行く。降りたい者は降れ。我は責めぬし、この件で他の者達からお前達を責めさせぬ。我と共にしたい者だけ来てくれ」
それに対して、この場にいた者達は誰も去る者がいなかった。
「ここまで来たら、最後まで付き合うよ九鬼」
「そーそー。負けるんなら、潔く足搔いて散ろうや」
彼らの顔を見て、英雄にこみ上げてくるものがあったが、それをぐっとこらえた。
「……すまん」と声を絞り出すのがやっとであったが、彼の気持ちは確実にこの場の者たち全員に伝わっていた。
「――――突撃!」
二度目の英雄の号令の下、S軍は特攻を開始した。
「大和! 雑魚は俺達に任せろ。お前は大将をやれ!」
「達子ちゃん、泰平君! 大和のこと頼むぞ」
彼らの特攻を見たF軍は大和含めた少数部隊で大将英雄を討つ為に、その他の者が彼を護る生徒達の迎撃をする為に行動を開始した。
「大和をやらせるな!」
龍造が吼える。迫りくる敵を薙ぎ倒し、彼の為に活路を開く。その道を大和達がツッコむ。彼に群がる連中は泰平と達子が指一本触れさせぬように懸命に守っていた。
彼らが切り開いた道の先に、英雄がまさにこちらに向かってきていた。
「直江ぇ!!」
「九鬼ぃ!」
互いに繰り出した拳は互いの頬を見事に捉えた。大和は視界がぐにゃりと曲がったように思えたが、何とか踏ん張って英雄を見る。すると英雄はもう次の攻撃を繰り出そうとしていた。
大和は何とか両腕を顔面前にクロスさせ、彼の攻撃を防いだ。が、かなりの衝撃があり骨がきしむ音が聞こえた気がした。
「このっ!」
痛む右腕で英雄に向かって攻撃するも、彼の身体を捉えることができずその無防備な腹部に強烈な蹴りを喰らってしまった。
追撃しようとした彼を一旦大和から遠ざけるべく泰平が動いた。
「邪魔をするな!」
「悪いけど、彼にはどうしても勝ってもらわないといけないのでね」
二人の心を理解した上で泰平は英雄の攻撃を妨害した。彼の攻撃を扇子で防ぎ、前下痢をして英雄を遠ざけた。
この試合Fが勝って初めて意味がある。Sが勝ってしまっては、連中が余計に調子に乗ってしまうだけでなく、Fと生涯仲直りをさせることができなくなる。1度しかない高校生活をこんなくだらないことでつまらない思い出としたくない。
「あ、ありがとう」
「君にやられては龍二に何言われるかわからないし―――」
それから怒りに眦を剥いている英雄を見据える。
「彼には、負けるという意味、考えてもらわないとね」
泰平は大和に向く。
「君のやりたいようにやりな。まずくなったらさっきみたいに助けるからね」
そういわれた大和はゆっくり頷いて再び英雄と激突した。
『冷静に相手を見るんだ。怒っている奴ほど手が単純になるもんだ』
激突しに行こうとした寸前、泰平からアドバイスをもらった。その通り大和は英雄をよく見ながら攻撃を繰り出していた。今の英雄は怒りに身を任せて闇雲に拳を出しているように見える。大和も攻撃するが、疲労が溜まった体は思うように動かず空を切るか、当たっても大したダメージを与えられなかった。それでも、そのダメージは少しずつ英雄の体力を奪っていた。
この時、何とか英雄を勝たせようと隙を伺っているS軍の生徒が遠巻きに数人いたが、彼らをけん制するように立ちはだかっていたのが達子と泰平の二人であった。
「彼らの勝負、邪魔はさせないよ」
「死にたくなかったら、そこで黙って見ていてね」
彼らの剣幕に押されて誰一人彼らの戦いに水を差すような真似はしなかった。最も、さっき助けていたじゃないかと思うところがあったものの、この二人に歯向かうこと自体無謀であり自滅行為であることを生徒達はよく知っていた。だから、ただ黙って傍観するほかなかった。
大和はボロボロになりながらも、頭はフル回転していた。一瞬の好機を逃すまいと英雄の行動を全て視覚で捉えようとしていた。
その一方で、英雄の心中を探っていた。彼は普段傲岸不遜な態度であり、イラッとすることがあるが、分別はついていたし限度をわきまえていた。ただ、一子に関することは時折暴走していたが。それが変わったのは、転入してきた龍二の存在だろうと思った。
進藤家は九鬼家とは比較できない大家であり、悪事や不正の類を断罪する一族だ。彼らが一番敵に回したくない家だろう。加えれば、彼のクラスは超がつくほどプライド高い連中の巣窟である。一癖も二癖をある連中と龍二が衝突しないようにするには、それなりに神経を磨り減らしたことだろう。彼は相当頑張ったのだろうが、結果的に破綻した。
彼はこの大戦にケジメをつけようとしていると考えた。勝負をするからには勝ちに拘るであろうが、勝敗の如何に関わらず彼はクラスメイトを率いて龍二に謝罪するつもりであろう。
ただ、龍二の方は今回ばかりは本気で怒っていた。
それを身にしみて感じたのは、開戦の一時間前だった。
「これは・・・・・・?」
人目を忍んで会った龍二は、大和に紙の束を渡してきた。その束の表紙には『極秘。悪用厳禁』を赤で記されていた。尋ねる彼に対し龍二は一言「中読んでみ」と言った。大和は龍二の言葉通りにその束に眼を通して、震えた。
そこにはS組の生徒に関する個人情報が侵害レベルで網羅されており、一部生徒に関してはそれこそ社会的抹殺させるほどの核爆弾級の情報が記されていた。
「りゅ、龍二。これは一体・・・・・・?」
「どこぞの馬鹿共に俺が本気であるということを示さねぇといけねぇみたいだからな。調べさせたんだ」
「ひ、一人で調べたのか?」
「んなわけねえだろ? 友人に頼んだの」
大和は呆れた。そんなことがこの数週間でできるわけがないと否定した。嘘を吐くにもほどがあると思ったが、大和は念の為その者の名を尋ねた。嘘であっても彼を非難はしないが、彼の協力者とあれば何かの役に立つと考えたからだ。しかし彼は拒否した。その友人の為だとその理由を告げた。残念がる大和に龍二はその友人の二つ名を言うことにした。これくらいなら友人に万一が起きないだろうとの判断からだった。ちゃんと口止めをすることは忘れていないが。
「『闇の探偵』。お前なら、その意味が分かるだろ?」
それを聞いた大和は口を開けたまましばらく立ち尽くしていた。
『闇の探偵』は依頼を受ければ標的の基本情報など序の口で、他人に知られたくない黒歴史、その者の人生を左右するような核爆弾級のネタといったあらゆる個人情報を土足で蹂躙するように根こそぎ調べ上げ、一冊のノートにそれは細かくまとめ上げる。彼によって人生を破滅させられた者達は数知れないと言われているくらい、その道に通じている者達にはまさに恐怖の存在となっている。そんな彼は男ということ以外その一切が謎に包まれている。そこまでの情報とともに、ある事件を思い出した。それも、つい最近の出来事だ。
謎に包まれた彼を調べるために、名の知れた暴力団や米国や露国などの世界各国の諜報機関が協同して彼の正体を探るべく諜報活動に秀でた精鋭たちを一堂に彼のもとに派遣した。
しかし、彼を調査しようとした者は人知れず表舞台から消え去り、彼の調査を依頼した者も謎の失踪を遂げたという。責任者たちは躍起になって更に人を派遣しようと行動しようとした。
ところが、そんな暴力団の事務所や諜報機関の責任者宛にある時一通の封書が届いた。差出人不明のそれの封を開けると一束の資料があり、そこには事務所や機関に勤める全員とその家族のそれはそれはとても素晴らしい個人情報が核爆弾級のネタと共に記されていた。
それだけではない。その束の裏の方には、過去に在籍していた者達の資料に加えてその事務所や諜報機関の絶対に表には出せない闇の部分までもが記されていた。
『これ以上詮索するなら、この資料をもってお前らとその家族の将来を完全破壊する』という一文が入った手紙を添えられて。
この一文を見たそれぞれの責任者は戦慄しその身を震わせた。この文だけならしかるべき措置をとれば彼らは勝利しただろう。が、彼らはそうはしなかった。
彼らは確かに感じた。冷え切った殺意を含めた視線と、一文に込められた怒気を。ほとんどの者は怖気づいてその後の調査一切を止めさせた。ところが、こんな脅迫に屈してなるかと一部の暴力団と諜報機関は細心の注意を払って調査活動を続行した。
彼らのその後はというと、数日後に資料にあった核爆弾級の闇が全世界に暴露され、関係者全員が司法機関にしょっ引かれた。その為、調査続行した暴力団は壊滅、解散に追い込まれ、諜報機関は全くの無関係であった職員を含め全員が解雇され一新されることになった事件があった。この事件を知った他の責任者たちは恐怖に身体を震わせ彼のことを調査することを絶対にしないように全員に言い含め秘匿事項とした。
そんな事件を思い出し、彼は全身が真っ青になった。
「と、いうわけだから大事に使ってくれよ?」
にこやかに言ってのける彼の手から、大和は震えながら受け取り即座に自分の懐に入れた。そのにこやかな笑顔の中に般若の形相で怒り狂う本性を見た気がしたからだ。
そこまで思い出して彼の身体が止まった。それを好機と見たか英雄が攻勢に出るが、大和は何とかそれを避けた。その時見た英雄の憤怒の形相たるや酷いものだった。そこには、常日頃の王者の貫禄などなく一体の野獣に他ならなかった。
決めるなら、次の一瞬―――。
大和の勘がそう告げていた。これを逃せば自分の勝利は万に一つもあり得ない。彼の言う好機はすぐに訪れた。英雄渾身の力を込めた右の一撃は大和が躱したことで空を切った。完全に無防備になった刹那、大和は身を屈めつつ肉薄し、ありったけの思いと決意を込めた右拳が英雄の顎を完璧に砕いた。
宙を舞った彼は大地にそのまま倒れ伏し、起き上がることはなかった。
「敵大将九鬼英雄、とったぁ!!」
大和の魂の叫びは会場全体に轟いた。