その先に見えるもの   作:辰伶

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第1話 再会という名の転校初日

 

「と、いうわけだ。今後F組をバカにした奴は、この俺が直々に制裁を加えてやるからな?」

―――この意味が、分かるな?

 光を失っていない左眼がそう訴えていた。エリートともを自負する彼らとなれば、彼が如何に本気か冗談かくらいその空気でわかる。まして、世界屈指の大家である進藤家を敵に回そうなどと考える馬鹿は、このクラスにはいない。いるとしたら、彼らのことを正真正銘に知らない者か、真正の大馬鹿野郎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満員電車の混雑を十二分に満喫した龍二と達子は川神学園へ向かうべく、橋を渡っていた。

 多馬(たま)大橋―――通称変態の橋。

 今日から龍二たちが通う川神学園への通学路となるこの橋には、それはそれは相当常識を超越した変態共が多く出没していることから地元の人からそう云われているらしい。また、この橋は部外者が武神川神百代との決闘する場所となっているそうだ。

 ここを通る多くの生徒の中には、制服を着ずに思い思いの服を着ている者を見かけた。何でも、学園に多額の寄付をした家は自由な服を着て登校できるらしい。その多くはS組———いわゆる名門とか金持ちとかいう家柄である。

―――金持ちはこれだから嫌いなんだよな・・・・・・。

 彼は金に物を言わせる連中が心の底から嫌いであった。

 その中に、人力車に乗って颯爽と駆けていった男がくるや「やばっ」と龍二は視線をそらしてやり過ごした。

 彼は金持ちに違いないが、連中とは一線を画している。ただ相当に性格がめんどくさかった。

「面倒ごとだけは勘弁願いたい」

 それは彼の切なる願いであった。彼が願うは、平和な学園生活。平穏無事で厄介ごとに巻き込まれない生活であった。

「にゃー」

 そんな龍二の頭の上で、達子はいつものように猫になっていた。

「どうだー風気持ちいいかー」

「うにゃー♪ にゃーにゃー♪」

 彼女はにへらーとした顔で手を挙げた。ん、と彼は彼女の頭を片手で撫でた。

 彼は周りの眼を気にすることなくスタスタ歩いていく。

 そして、ちょうど中間の位置でふと足を止めた。

 橋の下———ちょうど河川敷となっているそこに人だかりができていて、橋の全体にまで拡がっていた。人だかりから少し離れたところからひょいと覗いてみると、河川敷で半裸の男と女子高生が対峙している。その女子高生から凄まじい闘気を感じた。

 どうやら、これから彼女たちは決闘を始めるらしい。

「へーあれが百代か・・・・・・・・・また随分豪快な奴」

 決闘は一瞬で、百代は対戦相手を指弾一撃で倒した。とんでもない化け物だった。まぁ化け物なんて自分の周りにいまくるから驚くことはない。

———それにしてもとんでもなく禍々しい闘気なので危ないなぁと感じた。

 戦いに狂っている人間の発するそれは、龍二をほんの少し身震いさせた。

「よぉ小僧」

 眺めていると突然後ろから声をかけられた。声に反応して振り向くと、金髪のいかつい初老の男がいた。

 九鬼家従者部隊序列0位のヒューム・ヘルシングであった。

「あ、おっちゃん久しぶり。元気だった?」

「お前も元気そうでなによりだ」

 そんなヒュームはしげしげと龍二を見て、彼の成長を確認した。

「ほう、だいぶ強くなったな龍二。もう少しでお子ちゃま昇格だな」

「えぇー。まだお子ちゃまじゃないのかよー」

「何を言っている。俺のトコの赤子共よりだいぶマシだ。誇っていいくらいだ。

 ところで、その上にいる嬢ちゃんは?」

「一応、俺の彼女」

「初めましてーおじさーん」

 達子は龍二の頭でにへらとしながら挨拶した。そうかとヒュームはそれ以上追求しなかった。

「すまないな、急な話で手間をかける」

 ヒュームは申し訳なさそうに言う。予め帝から聞いていたようで、久しぶりに会うのと今回の件で謝ろうということで来たようだなと龍二は感じた。

「いいよ別に。慣れてるからさ。困った時はお互い様なんだし気にしない気にしない」 

 そのまま彼らは学園に向かっていった。それを見ている者がいることに気づきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「どうしましたヒューム。むつかしい顔をして」

 物陰で珍しくヒュームが何か考え事をしているヒュームを見て、従者部隊序列三位クラウディオ・ネエロは興味をもった。一体何が彼をこんな表情にさせているのか気になったのだ。いつも彼を悩ましているのはあずみを始めとする若者達のことかと思ったが、その曇り方が尋常ではなかった。

「・・・・・・進藤の小僧を覚えているか? 二番目の」

「えぇ、進藤龍二様ですよね? よく覚えていますよ」

「先刻、俺は奴に会った」

「ほう。それで、貴方の眼から見て、彼はどうでしたか?」

「強くなっていた。あの時よりも格段に」

「それはそれは。しかし、それと貴方のその顔と何の関係があるのですか?」

「奴の中に何かがいる」と彼は答えた。少なくとも、3体。それも、自分など到底及ばないくらいの強大なチカラを持った者がいると彼は語った。

 ふぅむとクラウディオは黙ったが、思い当たる節はあった。

 それは以前、クラウディオが所用で進藤家へ赴いたとき、主の龍造から聞いた話であった。

「彼らの家が特殊なのは知ってますね?」

 ヒュームは首肯する。それは主である帝から聞いていることだった。

 進藤家はその昔から、代々その身体の中に『龍』という意志が宿っているという。その『龍』は、人知を超えた力を持っていて、その力で彼らはこれまで幾度もこの国の危機を救ってきた。

 クラウディオは続ける。

「龍造様の話によれば、通常一体しか宿らない『龍』が龍二様には二匹と、それに加えて一柱の魂がその身体に宿っているそうです」

「二体と一柱?」

 クラウディオによれば、ある特殊な条件が揃うと進藤家の人間はその体内に二匹の『龍』を宿すことがあるというのだ。しかしその条件がなんなのかそれ以上のことを龍造は遂に語らなかったらしい。

 彼は自身が調べ上げた結果をヒュームに告げた。

「進藤龍二様の体内に宿っているのは、総てを束ねる白銀の龍『伏龍』と紅玉の瞳の持つ紅き龍『紅龍』。どの『龍』も、あの家の『龍』の中で最強クラスの力を持っていると言われております。

 そして龍二様に宿るもう一柱の魂。その者の名は、進藤宗十郎龍将(しんどうそうじゅうろうたつまさ)。かつて『将軍家最強の守刀』と謳われた大剣豪の魂が彼の中におります」

「それとこれと何が関係がある・・・・・・・・・・?」とヒュームは首を傾げる。確かに今彼が言った龍将は本に載っているくらいの有名人。しかし、それは本に載るくらいの何かを残したからに過ぎないし、それくらい強かったというだけである。

 クラウディオは、ヒュームに彼らの強さがどの程度のものなのか分からせる為に言葉を捻り出そうとした。

———確かに強いが、この程度、か

 その時、ふとある人物の記憶が蘇ってきた。

 それは、今から約20年前。彼らが九鬼家従者部隊で名実ともに最強を自負していた頃の話。

 ある日、彼らの眼の前に全身をローブで包んだ男が現れた。彼はヒュームに向かっていきなり勝負しろと言ってきた。命知らずの馬鹿と思いつつもヒュームは無視していこうとした。その彼をあろことかローブの男は挑発したのだ。それに激昂したヒュームはクラウディオの制止を聞かずに男に攻撃を開始した。

 その結果は———。

「そうですね・・・・・・分かりやすい喩えで言うなら」

 クラウディオはメガネをくいっと上げた。そして、彼の心の傷を抉るような言葉を紡いでいった。

 その言葉は、先程龍二をみて、確信した言葉だった。

「彼らは・・・・・・20年前、貴方がたった一度、完膚なきまでに完全敗北した相手。

『護國神』と謳われた御方と同等の実力です」

 

 

―――甘い甘い。その程度の実力で最強名乗るなんて1000年早いぜ? 若造。

 

 

 ヒュームの眼がカッと見開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーっと見つけた」

 グラウンドでは学長川神鉄心により趣旨説明並びに転校生の紹介が行われていた。

 その転校初日の大事な行事をボイコットの如く屋上で呑気に寝ている馬鹿を見つけた龍二は嘆息した。

 総代の鉄心に挨拶を済ませた龍二は、その後で従者部隊のクラウディオ翁より与一が見当たらないので探してきて欲しいと頼まれた。翁の依頼を受けた彼は一先ず達子を先に行かせて、どうしようもない彼を探し回っていたのである。

 そしてやっとの思いで見つけたと思ったら、当の本人は屋上の一角で優雅に寝ていやがったのである。

 龍二のこめかみに青筋が浮かび上がる。

 さぁて、処刑のお時間といきますか。

「よぉ与一。転校初日からバックレとか、お兄ちゃん悲しいな」

「あ? 誰だてめぇ」

 与一は自分の安眠を邪魔しやがった俗物を睨みつけた。

 あの頃から幾分か成長しているし、ある厄介事の折右眼を失っているからまぁ俺のことなど覚えてないかなんて思いつつも、龍二は構わず与一の胸ぐらをつかんだ。

「俺のこと忘れちゃうとは、これは弁慶と一緒に処刑(おしおき)しないといけないかな?」

「はぁ? お前何言ってんだ? はっ、さてはお前組織の―――」

「昔は俺のことをにー兄ちゃんと言ってくれたのにな」

「!? お前まさか」と与一は眼前の生徒が何者かようやく気づくも、時すでに遅し。

「俺のことを薄情にも忘れてくれちゃった厨二病君にはオシオキが必要だよねぇ?」

 にこやかな笑顔で龍二は屋上に設置されたフェンスを蹴破った。

「チョッ、にー兄ちゃんま―――」

「問答無用黙って反省してこいや―――――――――」

 そして、龍二は与一を校庭に向かってぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャンという轟音に驚いた生徒達が音の方へ向くと、屋上のフェンスが落ちて砂煙が舞っていた。砂煙が収まるとそこには歪に曲がったフェンスと、犬神家のように地面から両足を突き出したまま突き刺さっている男子生徒があった。そのすぐ後に、屋上から別の男子生徒が落ちてきた。

 綺麗に着地した彼は、突き刺さった男を一瞥すると壇上でちょうど自己紹介を終えた女子高生に向かって声をかけた。

「おーい弁慶、後でコイツ一緒にシバこうぜ」

 その彼は埋まった生徒を引っこ抜くと、ちょうど自己紹介をしていた弁慶に向かって彼を投げた。

「んーわかった」

 器用に受け取った弁慶は与一を壇上に叩きつけた。何か呻き声のようなものが聞こえた気がしたが、黙殺した。

「おーい龍二ー。ついでに自己紹介して行けよー」

 気だるそうな弁慶がマイクを投げて寄越した。派手な登場をして、皆へのインパクトは十分。ま、これはこれでいいっかと開き直った彼はゆっくりと壇上へ上がっていった。

「今日からこの学園に転校してきた進藤龍二だ。よろしく」と簡単に済ませた。

 すると、どこからかやかましい笑い声が轟いた。その声の主は、ずかずかと生徒達を掻き分けて前に来るなりまた笑い出した。

「フハハハハ! 誰かと思えば我が友龍二ではないか! 久しぶりであるな!!」

「よぉ、英雄。相っ変わらず元気な野郎だな」

「うむ。しかし龍二よ。こちらに来ているならいるで連絡くらい寄越せ。驚いたではないか」

「んっふっふ。まぁ後でちゃんと挨拶に行くからよ」

 ざわめきだつ場内。あの九鬼英雄と知り合いで屋上から飛び降りてもびくともしないで男を片手でぶん投げる変な眼帯をしたコイツはなんなんだというヒソヒソ話。

 その後、鉄心の口から彼の出身であった神明高校と交流が開始されることと今後の予定について話があり、終了した。

 場内がまたざわめいたのは言うまでもない。何せ、その高校はこの国を守り続けている『武聖四家』の一族が通っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけだ。仲良くしてくれ皆」

「よろしくねー」

 休み時間。龍二とその上でへら~としていた達子はFクラスの面々に囲まれていた。

「お前、島津寮に来るんだってな」

 その中の一人、風間翔一が興味津々な顔で覗き込んでくる。おうと答えるとニカッとした。

「ファミリーを代表して、歓迎するぜ!!」

 ファミリーとは、彼と一緒に行動する仲間たちのことで、クラスメイト達は「風間ファミリー」と呼ぶほど仲が良い。

「おーそれはありがたい。今日は皆に俺の料理をごちそうしてやんよ」

「マジで! うはー楽しみ!!」

 子供のように喜ぶ翔一は隣にいる男子生徒の肩を揺する。

「なぁなぁ大和! ワクワクしねぇか!! 飯作ってくれるってよ!」

「あ、あぁ。楽しみだ」

 直江大和は曖昧な返事をする。その瞳は眼前の男に注がれていた。

 それもそうだろう。彼の眼の前の男は、世界にその名が知られている超がつくほどの有名人だからだ。

 進藤龍二。

 彼の実家である進藤家は世間で知らぬ人がいないくらいの有名な家系だった。

 遥か昔、中国三国時代の蜀将趙雲を祖先に持つ彼の家は、ちょうど推古朝の頃に渡来して以来、その絶大なる力を駆使して時の天皇や幕府の中枢を支え、この国を悪鬼羅刹魑魅魍魎から守ってきた。

 一族の中には一度は聞いたことがある名が列なっている。例えば、平安時代に宇多帝の側室でありながら薙刀や太刀を自在に操って天皇や朝廷に仇なす輩を斬りまくった女傑・由姫(よしひめ)や、足利将軍家13代義輝の懐刀として絶大な武力を発揮した大剣豪・相模守龍将(さがみのかみたつまさ)、戦前戦中、『護國神』の異名を持ち、その圧倒的武により全世界を震撼させた無敗の軍神・龍彦など、世界に名の知れた偉人達を輩出してきた。当人も、高校の大会を含めた全ての剣道大会で無敗を誇る実力者である。

 その関係で、今も天皇家と親密な関係があると言われている。

「進藤君、あたしと勝負しよっ!」

 そう言ってきたのは、クラスのマスコットもとい元気娘川神一子である。眼を爛々と輝かせている彼女を前に、龍二は困惑していた。余計な勝負をしてあの武神に勝負を挑まれては何かとめんどくさい。

 その時ふと思った。そうでなければ構わないのではないのか。例えば、組み稽古といった実力を発揮しないものであればいいのではないか。

 何より、彼は一子に興味があった。

「いいぞ。けど、悪いが今日は部屋の整理とかで忙しいんだ。そうだな・・・・・・、明日の放課後にやろう。稽古って形だが、それでいいか?」

「うん! よーし!!」

 それを聞いて一子はすぐにトレーニングを始めた。元気な声を上げながら励むその姿はなんとも愛おしい。

(勝負が好きなんだな)

 しかし可愛い子だ。撫でてやりたい。

 しかしその前に、龍二にはやらねばならぬことがあった。

「さて、ちょっくら九鬼にちゃんと挨拶してくるわ」

「えっ、マジかよ」

 驚くのはファミリーの筋肉自慢島津岳人(がくと)。その表情と周りの空気からどうもアイツのクラスとこのクラスは仲が良さそうではないらしい。ちょうどいいからそれを含めて挨拶に行くことにしようか。

 何より、奴らを一つ脅しておこうと思った。

「大丈夫だ。アイツなら分かってくれるって」

 そう言って、龍二はにこやかに席を立った。その際、達子にここにいるように告げた。

「じっとしてろな」

「はーい」

 達子のそれは、ワン子と似ていると大和は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっす、英雄いるかー」

「おお! 我が友龍二!! 我はここである!!」

 バーンと勢い良く教室に入る彼を凝視するS組生徒諸君。その中で、げっとあからさまに嫌な顔をした者が二人いた。

 一人は英雄の従者忍足(おしたり)あずみ。あずみはこれまでに何度も龍二に会っていて、ある日弱みを握られて以来苦手としている。

 そして今一人。彼ら一族を苦手としている者がいた。一方的にであるが。

「げっ、進藤」

「やぁ不死川」

 にこやかな笑顔を向けると、不死川心は明らかに震えていた。心の中で微笑しながら龍二は不死川の近くまで歩いていった。

 

―――不死川は名家。九鬼や川神など大した事ではない。だが・・・・・・

―――だが、何なのじゃ母上?

―――進藤・佐々木・後藤・神戸。所謂『武聖四家』にだけは、決して逆らってはならぬ。

―――何故なのじゃ母上。日本三大名家と言われた此方らの家の方が格は上ではありませぬか。

―――よいか心。我らとアレらは格とかではなく次元が違うのだ。彼らは天皇陛下と昵懇の間柄と聞く。彼らに逆らうことは陛下に逆らうと同じことと心得よ。

 

 心は昔から母に彼ら一族について口酸っぱく教え込んだ。彼ら一族が本気を出せば、この国などすぐに滅ぶ、と。

「俺がFに入ったのは知ってるな?」

 こくこくと不死川心は頷く。

「なら話が早い。今後、アイツらにちょっかいとかだそうもんなら・・・・・・、分かってるな?」

 心は激しく首を振る。よしよしと龍二は英雄に話しかけた。

「なぁ英雄。今度こいつらに料理振舞っていいか? 友好の印ってことで」

「おぉ! そうか!! 久々にお前の料理を食せるとは我も嬉しいぞ!!」

 英雄は快諾するが、Sの連中は心穏やかではない。その言葉の真意を察して恐怖した。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。だったら久々にお前の舌をうならせてやろうじゃないか。ところで、義経達は・・・・・・勝負中か」

「あぁそうだ。義経達は人気者だからな!!」

「だな。いいねぇ人気者は」

「しかしすまんな龍二。お前達を巻き込むつもりはなかったのだ」

「気にすんじゃねぇよ。世の中、持ちつ持たれつ、だろ?」

「そうか。それを聞いて我は安心したぞ」

「人生楽しまなきゃな。

 ―――そんでよ英雄。分かってると思うけどさ」

「うむ。我も手伝ってもらっている手前、お前とは争いたくない。F組の奴らにちょっかいを出さぬよう我から忠告しておいておこう。

 もし従わずにちょっかい出した奴は、お前が好きにして構わん」

「さすが英雄。分かってるねぇ」

 そう言って、彼はクラスにいた者達を一瞥した。その瞬間、連中の顔から血の気が引いた。

 ゾクリ。

 S組生徒全員が確かに感じた絶対零度の殺意。冷たく突き刺さるそれは、並の人なら一撃で意識を混沌へと沈めてしまうだろう。

「と、いうわけだ。今後F組をバカにした奴は、この俺が直々に制裁を加えてやるからな?」

―――この意味が、分かるな?

 光を失っていない左眼がそう訴えていた。エリートともなれば、彼が本気か冗談かくらいその空気でわかる。まして、世界屈指の大家である進藤家を敵に回そうなどと考える馬鹿は、このクラスにはいない。いるとしたら、彼らのことを正真正銘に知らない者か、真正の大馬鹿野郎である。

「英雄。今度ちゃんと挨拶に行くから、おばさんによろしく」

「うむ。待っているぞ」

 龍二は教室を出る前、硬直した連中に向かって左眼を持って再度通告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、おもしれぇなお前ら」

 帰り道、道すがら大和や岳人、師岡卓也から風間ファミリーについて聞かされていた。

 先刻リーダー翔一から「お前らをファミリーの一員として迎えるぜ!」と唐突に告げられた。理由はよくわからないが、聞けば、キャップ(翔一のこと)はとにかく龍二達を気に入ったというのが理由だそうだ。

「お前かー転校生はー」

といきなり絡んできたのは、武神川神百代であった。

―――あーこれは相当やばいなぁ

 龍二の脳が最大限の警戒警報を鳴らしていた。この狂戦士はイかれている。

「おっ、お前なかなか強そうだな~勝負しよう、なっ?」

「あーすまんが、暫く忙しいからパス」

 そっけない態度。百代が何度懇願しても龍二は聞き入れることはなかった。すっかり拗ねてしまった百代は、仕方なく舎弟大和いじりを始める。

「そうだ。お前らに紹介しておきたい人がいるんだけど」

 突然の発表に全員が?マークを浮かべている。それを知って、龍二はにやにやともったいぶるように笑った。

「寮に行けばわかるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファミリーが全員固まっていた。それもそのはず。普段はクッキーというロボットしかいないこの寮の玄関に、絶世の和服美女が正座して待ち構えていたのだから。

「皆様初めまして。わたくし、今日からここに住み込みで働くことになりました風龍と申します。皆様よろしくお願い致します」

 岳人が興奮して襲いかかろうとしていたのを龍二が裏拳で沈めた。

「止めとけ。風龍はこう見えて空手柔術黒帯だぞ」と彼が言った頃には、岳人は玄関に突っ伏して夢の中に旅立った後であった。

 龍二は一緒にいた島津麗子に挨拶して、荷物を持って当てられた部屋ヘ向かった。

「いいな彼女持ち」

 そんな岳人の恨み声が聞こえた気がした。振り向いたが、彼が起きた気配はない。気絶したまま恨み言とは、いい根性しているなぁ。

 龍二は運んだ荷物をちゃちゃっと置いて部屋の中で達子を膝の上に乗せてじゃれていた。

「楽しい学園生活になりそうだな、達子」

「そーだね龍二♪」

 どこをどう見てもバカップルである。それこそ昔は嫌であったが、最近慣れてきた。というか、彼がバカップルに成り下がったというべきか。

 それにしても流石風龍である。周りを見回せば、隅から隅まで埃一つないまさに完璧な仕上がりである。家事を任せたら天下一品である彼女に何か贈り物でもあげようかなと常々思うが彼女か固辞してしまっているからどうしたものか悩んでいる。

 それにしても、何故に九鬼家は俺の家に監視を依頼したのだろうか。わざわざ頼んでくるのだから、何か大きな陰謀でも渦巻いているのではないか。それとも、別の何かがあるのだろうか。

 まぁ、今考えても埒があかない。彼は考えるのを止めた。

「まずは飯作るか。腕が鳴る」

 龍二は達子にそう言って台所へ向かった。そこには既に風龍が万全の準備を整えて彼が来るのを待っていた。

「分かってらっしゃる」

「一体何年貴方様といるとお思いですか?」

 ニコッと龍二は笑んだ。

「じゃあ」

「はい」

「「おもてなし開始!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、者共たらふく食うがいい!!」

 眼の前に出された豪華料理の数々。うめぇうめぇとがっつくキャップ。彼の料理の旨さのわけを詳細に研究しているゲンさんこと源忠勝。久々の彼の料理に舌鼓を打つ大和撫子はまゆまゆこと黛由紀江(まゆずみゆきえ)。ただただうまいうまいと頬張るクリスことクリスティアーネ=フリードリヒ。そして何故かいるクリスの従者マルギッテ=エーベルバッハ。聞いたところによれば、彼女は時折ここに来てクリスのことを見に来るらしい。そして、その状況を、彼女の父であるフランク中将に逐一報告しているとか。そのマルギッテが頬を弛ませてうっとりしていた。

「なっはっは。まだまだあっからどんどん食すがいい!」

 行ったそばからおかわりを要求するのは、キャップとクリス、そしてワン子にゲンさんだった。彼らはすっかり龍二の料理の虜になってしまったようだ。それが嬉しく感じた龍二は風龍と密かにガッツポーズを決めた。

「何でこんなに料理がうまいんだ?」

 直球をぶつけてきたのは大和である。それに対し彼は幼少の頃から母と風龍に享受してもらった賜物だと答えた。

「ちょっと待て。そしたら風龍さんは―――」

「大和。それ以上行ったら風龍の正拳突きと強烈な蹴りが鳩尾と顔面と股間に全力でぶち込まれると思え」

 龍二の小声の忠告の直後、こっそりと見れば風龍の背後に般若がいるようなどす黒いオーラを感じた。不容易な発言は己が人生をここで終焉させてしまうと感じた彼は

「もう相当お料理がお上手なんですね」と誤魔化した。あらやだとくねる風龍の横で龍二は安堵の息を漏らした。転入初日で流血沙汰は勘弁願いたかった。

「日曜と水曜、金曜は俺が夕飯を担当しようと思うけど、いいか?」

 異議なしが満場に響き渡った。

「気が向いたらでいんだが、週4で東京の『風月庵』でバイトしてんだ。東京来る機会があったら寄ってくれ。場所はクマちゃんに聞けば分かるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように夜明け前に起床した龍二は、誰も起こさぬように庭にでて日課の素振りと型の鍛錬に励んでいた。

「日課は恐ろしいな」

 そうぼやいていた。時刻は朝の4時。まだ明け方である。夏に近づいているとはいえ、少し肌寒かった。

「あっ、龍二さん」

 静かに戸を開けた由紀江が小声で話しかける。後で聞いた話では、彼女もこうやって毎朝鍛錬に励んでいるとのことだった。

「よぉ、由紀江。早いな」

「いえいえ、龍二さんのほうが早いですよ」

 謙遜する由紀江は、持っていた竹刀を構えた。剣聖黛十一段の娘であって、その構えは美しかったし、何より彼女は底知れぬ力を隠している。能ある鷹は爪を隠すとは、彼女の為にあるようなものだ。

 彼はいつの間にか己が内から湧き上がった武士魂に火がついているのに気づかなかった。

「由紀江よ。久しぶりに試合稽古しようぜ?」

「えぇ!!」

 突然の申し出に由紀江は驚きのあまり悲鳴に近い声を上げた。

「うるさい落ち着け」

 ていっと彼は由紀江の頭に手刀を打つ。

「おい龍二いてぇぞコラ乙女に優しくしろぉ!」

 手の平に乗っていた松風が吠えた。

 彼は由紀江の分身みたいなもので、彼女の親友である。しかし皮肉なことに、彼の存在のおかげで、リアル世界の友人がドン引きしており、唯一の友人が大和田伊予だけだったりする。

「松風。実は俺の部屋に真剣があるんだが、その身を膾のように切り刻まれる刑と、灼熱地獄の刑。もしくはじわじわと踏み潰す刑と全力で握り潰す刑と、どれがいい? 選択の余地くらい残しておいてやるが?」

「すいませんごめんなさいちょーしこいてました」

「あわわわすいません松風が失礼をしました!」

 彼の非礼を詫びる彼女の姿が、何だがかわいそうになってきた。これがなければ、モー少しまともな友人もできるだろうに。

「それで、どうすんだ?」

「是非、やらせてください」

「よし。んじゃ、構えな」

 彼女との試合稽古はかれこれ数年ぶりだった。元々今日の放課後は川神一子と稽古形式で戦うことになっているのでいい肩慣らしのつもりだった。だが今は、そんなことより彼女との戦いに気持ちが高揚していた。彼は燃えていた。

 龍二は竹刀を下段に構えた。

「遠慮はいらねぇぞ。本気で来い」

 中段に構えた由紀江に、龍二は爽やかに告げた。

「はい・・・・・・!」

 躊躇いなく突っ込んできた由紀江の斬撃を龍二は軽やかな動きで太刀を振り上げ、由紀江の太刀を受け止めた。

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