その先に見えるもの   作:辰伶

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第2話 大和と一子と進藤家

「いっくわよー!!!」

「来い」

 ワン子が力いっぱい振り下ろした薙刀を龍二は受け止め、得物でそれを払った。

 

 

 

 

 

「龍二は本当に料理が上手いんだな!」

 昨日の食事のことが忘れられず、興奮冷めやらぬクリスが眼をキラッキラさせて話してきた。

「にひひ。褒めても何も出ないぞ」

 龍二はファミリーと一緒に登校していた。彼らはいつもこうして毎日皆で登校しているのだという。なんとも微笑ましいなぁと思ったと同時に、哀愁に満ちた瞳で彼らを見つめていた。

 いつか来るその時。彼らは果たして俺という人間の存在を覚えていてくれるだろうか。短い間とは思うが、自分は彼らと同じクラスメイトだ。頭の片隅にでもいいから覚えていてくれると嬉しい。

 一方で、その時が来たら彼らはどういった未来へと向かていくのだろう。彼らがいつまでも一緒にいるということは、まずない。必ず来る別れの時、彼らはどんな選択をするのだろう。

「ゲンさんずっと考えてたもんね」

 龍二は考えに耽っていた為、大和が話しかけてきた時、曖昧な返事しかできなかった。聞けばゲンさんこと忠勝は自分より味が旨い龍二の料理の秘密を解明したいらしく、今朝もうんうん一人で唸りながら先に学校へ行ってしまったのだ。

 そんな彼に、龍二はエールを送ることにした。

「頑張って解明してくれや。ま、無理だろうけど」

「りゅーじの味は誰にも解明できないのだ~」

 ぐいっと腕を上げるのは、いつものように龍二の上を占領している達子である。

「龍二さんはいつもこんな感じで学校に通っていたんですか?」

「んや。最初は普通に通ってたよ。まぁ、ある時からこうなった」

 と龍二は自身の頭の上を指す。猫のようにダレている彼女は、昔はこんな女らしくなかったと彼は言うが、今の彼女からそんな雰囲気がまるで見えてこない。全体どんなことがあったらこんなにも性格が変わるのだろうか。

「んで、さっきっから、岳人がすんげぇ眼でこっち見てんだが、何でだ?」

「あー気にしないで。僻んでるだけだから」

 師岡卓也がそう言った。成程と察した彼は達子に言った。

「達子。悪いが、こっから歩いてくれ」

 はーいと彼女は下りたが、腕を絡めてきた。普通に、というと横に並んだ。ガクトから恨めしい声が聞こえた気がしたが聞かなかったことにした。

「おい」

と声をかけられたのはそんな時だった。気づいた時には、ファミリーはゴロツキ達に取り囲まれてしまった。金属バットやら鉄パイプやらいかにも不良やってますといった格好の野郎共は彼らを視認するなり汚い笑みを浮かべていた。

「あん時はよくもやってくれたな」

「・・・・・・・なぁ、誰コイツら」

「・・・・・・昔、姉さんに散々遊ばれた人達だよ」と教えてくれたのは大和である。あ〜成程ねーと龍二はめんどくさそうにその不良共に尋ねた。

「んで、その逆恨み一行さんは、何しにきたのさ?」

「決まってんだろ! あの時の仕返しだ!!!」

 不良の一人が叫ぶ。その後ろに控えている仲間達も口々に何か戯言を抜かしていたが、彼らの実力を見定めた龍二は嘆息して哀れな野郎共に宣告した。

「止めとけ。アンタらが束になってきてもコイツらにゃ敵いっこねぇよ」

「んだと!!!!!」

 ありのままを伝えられた一行は激高した。折角親切で言ってやったのにと思ったが、その時ふと屈託のない笑みを浮かべた悪魔が彼に囁いた。

「だったら、俺がお前らの相手してやんよ。三秒でカタがつく」

「上等だゴラァぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 不良の一人がサバイバルナイフで彼を刺そうとした。彼はひょいと避けたが、少し掠ったようで、右頬にちょっとした切り傷を作ってしまった。その時、誰かのリミッターがぶっつり切れたのが分かった。

 最も、彼は最初から軽い切り傷を作るつもりでタイミングをあわせたわけだが、これで条件は揃った。

 さぁ、死刑執行(デス・タイム)死刑執行の始まりです。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 龍二を襲いかかった不良が突然耳をつんざくような声量で絶叫した。驚いた皆がその方向へ向くと、顔面を鷲掴みにされて宙に浮いている襲撃者と、狂気に満ちたある生徒がそこにいた。

「オレの龍二を傷つけるたぁ、いい度胸だなぁ、テメェら」

 それは、平時猫のように彼にじゃれていて幸せな笑みを絶やすことなく女の子らしいそれではなく、眼をギラつかせ、獣と化した達子であった。

「・・・・・・・・誰?」

 キョトンとしているファミリーと、恐怖に顔を歪めた不良共に、龍二はこの上ない悪魔の笑みを浮かべた。

「俺の彼女なー、俺がケガとかすんのがソートー嫌いらしくてなー。俺が怪我なんかしたら半殺しにするまで暴走モードに入るからさー。死にたくなかったらさっさと逃げなー。まぁ、無理だろうけど♪」

 龍二が抑揚のない声で呑気に語っているその傍で、不良共は次々と狂戦士達子の前に無様な姿を晒していた。

 そして、最後の一人となった(かしら)は達子に顔面を鷲掴みにされ、宙に浮いた。

「テメェで最後だな」

「いだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!」

 ともすれば、骨にひびが入る音が聞こえてきそうなくらい、彼女はゆっくり力を込めていった。

 そして、微笑んだ。

「落ちろ」

 彼女は(かしら)を空にぶん投げて、ジャンプ。不良の腹部を中心に蹴りの連撃、そのまま顔面に一撃を叩き込み、地面に墜落させた。

「よーし、達子もういいぞー」

「はーい♪」

 そしてこの変り身の速さである。ファミリーは思わずズッコケた。

「何惚けてんだよお前ら。ほれ、行こうぜ」

 龍二はこれまでの惨劇がまるでなかったようにそう言った。

 後に残ったのは、アスファルトに上半身を埋めた頭と、あらゆる関節があらぬ方向に曲がった不良共の哀れな姿だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はあることで話題が持ちきりだった。

 それは、最強の武神川神百代と五角に渡り合った転校生松永燕との一戦のことである。これまでワンターンキルで終わっていた百代の戦いが、納豆小町で有名な燕と一時限目一杯まで続いたということで皆の興奮冷めやまないのも無理なかった。

 百代にとってこれ以上もない好敵手の登場に彼女は嬉々としているのが容易に想像できる。

 それにしても、授業中に決闘を許可するとはだいぶ緩い校風だなぁと感じる龍二であった。

「何の因果かな」

 彼女達の戦いを思い出しながらポツリ呟く龍二。

 燕の家である松永といえば。その昔、時の将軍を弑逆し、奈良の大仏殿を焼き討ち、最期は名器の茶器と共に城諸共自爆した梟雄が先祖にいる。彼の関係者が友人宅に住んでおり自分達の家も少なからず因縁がある。因果といえば因果である。

 といって、彼女を敵視しようなんて気はない。あくまで昔話である。今を生きる俺達の問題ではない。

「さて・・・・・・、準備すっかな」

 ゆっくり席を立った龍二は、委員長の甘粕真与に一言告げて彼は教室を後にした。

 稽古形式、とはいえ武神に見られるのはまずいと直感した。こんなところで自分の実力を見抜かれちゃたまらんし、見せたら連日戦えという催促の嵐で平穏な生活が送られなくなるのを危惧した。

 ということでワン子には授業が終わったら品川駅で合流することを伝えた。勿論、誰にも今日のことは言わないことを彼女に約束させた上である。彼女が到着する前に龍二は早退して自宅に戻り、諸々の準備を終えて彼女が来るのを待っていた。

 品川駅で合流したワン子は、龍二の先導にトコトコついていきながら初めて見る首都東京の町並みを眺めていた。

 駅から歩いて大体20分くらいで目的地に到着した。そこは―――――

「おぉ、でっかいわぁ」「にひひひ、そりゃ、云千年続く家だからな」

 彼の実家、進藤家の道場である。

 だだっ広い道場はあらかじめ父には許可を取ってあり、今日一日この道場は二人の貸切である。

「しかし、一人で来いと言うたんに・・・・・・・」

「ごめ~ん龍二。誤魔化せなかったの」

「あーいいよいいよ。気にすんな」

「そうだぞワン子。俺を信用しろよ」

 そこには、いるはずのない直江大和の姿があった。ニヤニヤした気味の悪い笑みを浮かべている大和に疑念の眼差しを送る龍二に、大和はやれやれと嘆息する。

「ちゃんと皆は誤魔化しておいたから安心してくれるかな」

「そ〜してもらえると、助かるわ。それで、大和が来た理由は?」

「ただ単に、龍二の実力に興味があるだけさ」

 大和は素直に答えた。実際、彼がついてきたのは進藤家の実力が如何ほどの物かこの眼でしかと見たかったからである。

 史上最強と謳われた一族の力がどれほどのものか、彼は今後の為に是が非でも押さえておきたいことだった。

「ふーん。変な奴だな」

「りゅーじー、早く早く~」

 待ちきれなくなったワン子が急かしてきた。耳と尻尾がすごい勢いでパタパタ振っているように見えたのは、気のせいだと思いたい。

「よし、じゃあやるか。大和、お前はそこでじっとしてろよな。危ないから」

 龍二は大和にそう指示して、持っていた模造刀を下段に構えた。

 この模造刀は、彼がある人に作らせた特注品で真剣と同じ重量になっている。

 薙刀を構えたワン子の額からは大粒の汗が出ていた。彼女は龍二から発せられる異常なまでの闘氣を感じたのだ。それは、素人の大和ですら感じるほどすさまじいものなのだ。

(すごいわ。こんな気、感じたことない!!)

(なんだこれは!?)

 龍二はただ優雅に下段に構えているだけである。しかし大和の全身が熱に犯されていた。全身から玉のような汗が滝のように流れている。これほどの氣を一体どうやって隠していたのだろうか考えたが、彼にはついに分からなかった。

 夜叉・鬼・般若―――そんな禍々しくもあり、しかしどこか菩薩や如来のように静かで柔らかな風のような氣だった。

(押し潰される・・・・・・)

 それこそ、姉・川神百代を凌駕するほどの圧力だ。

 だからこそ、ワン子のやる気が漲ってくる。目標である姉・百代と同等クラスの怪物が、今彼女の眼の前に君臨しているのだ。

「いっくわよー!!!」

「来い」

 ワン子が力いっぱい振り下ろした薙刀を龍二は受け止め、得物でそれを払う。彼はすかさず相手の懐に飛び込み、斬撃を放つ。それを一子は間一髪で回避し、間を取る。しかし、攻撃の隙を与えることなく龍二は距離を詰め攻撃を続ける。

「わ、わ、わ」

 次々と凄まじい速さで攻める龍二の斬撃に一子は慌てて防ぐ。慌てふためく一子を、龍二は楽しみながら攻めていた。

(すごい、たった一合しただけでワン子の弱点を見抜くなんて)

 冷静に観戦している大和は二人の戦いをいちいちメモしていた。この先、彼女の障壁となるであろう人物の全てを知ろうとした。それは、龍二であっても例外ではない。

 その為、彼の横に座る人物に気付かなかった。

「へぇ、あれが川神院の娘さんか」

 突然横から男の声が聞こえてきたので、びっくりして振り返ると、壮年の男が胡座を掻いて彼らの試合を見ているではないか。まるで気配を感じさせなかったその男に大和は戦慄した。

「えっと・・・・・・どちら様?」

 その問いに対し、壮年の男はふふんと鼻を鳴らして微笑んだ。

「直江大和君と言ったかな? 君は確か、川神学園に通ってるんだよね?」

「え、えぇ、そうですけど・・・・・・」

「松永にゆかりがある人間が転校してきたと聞いたが」

「燕先輩のことですか? えぇいますけど」

 そうか、と彼は言った。その眼は、どこか憂いを帯びているように大和は感じた。

「私はそれに縁がある者さ」

「縁がある・・・・・・?」

 彼が何を言っているのか大和にはさっぱりだったが、それ以上のことを男は語ることはなかった。しかし、ヒントだけくれた。

「私はかつて、失墜した権力の回復を目論んだが、それを恐れた者達に呆気なく殺された男だよ」

 大和はますますワケがわからなくなった。しかし後でよく考えてみれば、大和は謎の男に名を名乗った覚えがないのに、男は自分の名前を正確に口にしていた。それは、何故だろうか・・・・・・?

 彼が考え耽っている頃、一子は龍二の猛攻の前に防戦一方で手も足も出ない状況にあった。

「さ、この状況からどう攻める? 一子」

 ワン子は攻められている中必死に考えていた。絶対的不利な状況で、龍二の猛攻を一瞬でも止めることができれば、彼女にも攻撃のチャンスが生まれるかもしれない。その為には何かしなければならない。

 一子が普段使わない頭をフル回転させて必死に考えているその姿を見て、彼はヒントを与えることにした。

「何も、薙刀にこだわる必要はないんだぞ?」

 それを聞いた一子の頭に何かが閃いた。一子はニカっと微笑むと、強烈な蹴りを彼に見舞った。

「おっと」

 強烈な蹴りを咄嗟に刀の鞘で受け止め、その勢いを借りて龍二は後方に飛んだ。

「そうそうそんな感じ」

 にこやかに言う。褒められた一子は耳と尻尾をパタパタさせてその喜びを表現した。

「一対一の戦いには自分の全てをぶつけるんだぞ」

「押忍」

 そして試合を再開した二人は暫く打ち合っていたが、やがて外が騒がしくなってきた。そして何の気もなしに扉を音を立てて開けて数人の男女が思い思いの得物とつまみを持ってゾロゾロと入ってきた。

「おーおーやってるやってる」

「龍二ー。稽古すんなら言ってくれよなー」

「ちょっと義輝さん。何で教えてくれなかったんですか」とそのうちの一人が先程の男につっかかってきた。

 ふむ、この人は義輝さんというのか。

 その前に、ここは貸し切りのはずで自分達以外入ってこれないはずではという疑問が大和に浮かんだ。

 後で聞けば、たまたま彼の父龍造に来客が来ていて彼らに伝えるのを失念していたという。

「おいおい。彼らは稽古中だぞ? こんな大人数で押しかけたら迷惑じゃないか」

「でもこんな面白い・・・・・・」

 ワイワイガヤガヤ

 稽古中であることお構いなしに、少年達はそれなりの声で話しながらなんやかんや騒がしくしていた。しかしこのことがある者の逆鱗に触れたことに彼らはついに気づかなかった。

 ピキ・・・・・・

「一子、すまんちょっとタンマ」

 ワン子の薙刀を受け止めながら龍二は静かな怒りを顕わにする。阿修羅の形相の彼を見て、一子は「ひぅ」と小さな悲鳴を上げた。

 龍二は懐に右手をいれると、中に忍ばせていた物を少年達に向かって投げた。

 その何かは、少年達の傍を高速で通過し壁に突き刺さった。彼が頬に手をやると、ヌメっとした赤い液体が付着していた。それがなんなのか、想像がついた。ゆっくりとした動きで後ろを見ると、刃先に赤の液体がついた短刀であった。

 青ざめた表情で、彼らは自分達がとんでもなく大きな地雷を踏んでしまったことにようやく気付いた。

 しかし、気づくのに遅すぎた。

「おいクソガキ共。貴様ら、今俺達が何してんのか知ってるよなぁ?」

 錆びた機械の如くぎこちなく首を投擲者(とうてきしゃ)に向ける。怒りが頂点に達し憤怒と絶対零度の視線を向ける龍二を見て、少年達の頭上にタイマーが出てきた。何のタイマーかは言わなくてもわかるだろう。

「義輝さん」

 低い声で龍二が言う。

「何だい? 龍二君」

「今日の稽古でそこのクソガキ共を全力で殺ってくれる?」

 少年達がカタカタ震えだした。氷点下の笑みが、その怖さを一層増幅させていた。

 今更後悔しても、遅い。

「分かった」

 悪魔の宣告は下った。少年達は真っ白な灰となって消えた。

「スマンな一子。稽古続けようか」

 龍二はいつものにこやかな笑顔に戻るが、一子は先程の彼を忘れることができなかったようですっかり萎縮してしまっていた。

「う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー、疲れたわ~」

 汗を滝のように流しながら床にへたりこむ一子に、龍二は「お疲れ」と声をかけた。

 死刑宣告(おしおき)から約1時間の間、彼らは納得するまで稽古に励んだ。龍二は、一子の将来性に楽しみを抱き、一子は姉以外の強者と渡り合えたことに誇りを持った。そして、義輝は彼女に非常な興味を持ったようだ。

「なかなかいい筋をしてるね、お嬢さん」

「えへへ、そうかなぁ?」

「少なくとも、そこにいる知能指数が低い子供達よりマシさ」

「ホント? ありがと、おじさん」

 おじさんという言葉に義輝はピクンと反応したが、にこりと笑って彼女の頭を撫でた。一子は頬を綻ばせ享受していた。その顔がまた可愛いのなんの。

 彼女らの横では、義輝によってトドメを刺された少年達がどんよりとした空気の中でいじけていた。

 一子は、道場の正面に飾られた立派な槍が飾られていたのが眼に入った。長さ9尺(3m42cm)のそれは涯角槍(がいかくそう)というものらしい。号は『龍爪(りゅうそう)』。その側には木管があり、『順平侯御使用之御物』と達筆で書かれていた。彼女が龍二に問えば、これは彼らの先祖、趙子龍の相棒で、彼の嫡男が日本に来るときに宗家から授けられたという宝だそうだ。

「へぇー、すごいんだね」

 龍爪を見ながら一子はキャッキャしていた。何となく、彼は彼女が先祖と戦いたいんだろうなぁと思った。強敵と戦って自分を鍛え、姉に追いつかんが為。その一心で。

「へぇ。龍二の家は昔渡来して来たんだ。いつの時代?」と何でもない疑問をぶつけてきたのは大和であった。一子との試合で彼の存在自体すっかり頭の片隅に追いやっていた龍二は驚きの声を上げてしまった。

「え~っと確か・・・・・・推古天皇の頃だって聞いてる」

「そうなんだ。そんなに古くから。ところで・・・・・・」

 そう言って、大和は龍二の後ろを指差した。指の方向に顔をやり、そこにいた者を見て龍二は固まった。

 そこにいたのは、宙に浮いた金髪青眼の女性で、ニコニコ笑顔で彼らを見ていた。

 龍二は、この家に超弩級の爆弾がいることを今の今まですっかり忘れていたのだ。

「彼女は、誰?」

「りゅーじくーん。何してるのー?」

(終わったァ・・・・・・)

 龍二はまた平穏な日々が終焉を迎えたことを感じ絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタのせいで! アンタのせいで!!」

「いひゃい! いひゃいよりゅうりひゅん!!」

「黙れこの野郎!! いつもいつも迷惑かけやがって!!!」

 夕食の席、龍二は平穏な生活を一瞬のうちにぶち壊しやがった女性―――天龍に怒りの訴えを放つ。涙目の天龍が何を言っても怒り心頭の龍二には届かなかった。

「まぁまぁ龍二。もう、その辺で―――」

「うるせー! コイツのせいで俺の平和な日々が! 俺の平和がァ!!」

 龍二はその場に崩れてうずくまった。おいおい泣いている龍二に大和と一子は今日のことは決して口外しないと誓った。軍師の異名を持つ大和としては、これは何か有事があった時の交渉材料になるが、彼としてはこんなことをせずに正々堂々とこの大物達に挑みたいと思っていた。己の実力を試してみたい。そう思った。

 それよりは、ここまで狼狽する龍二が可愛そうで仕方なかった。

 そうこうしているうちに気を直した龍二は立ち上がり、涙目の天龍に一言叱ってそれで終いにした。

「やっぱ、龍二君のご飯はおいしいね!」

 小動物のようにパクパク口に料理を運びながら話す天龍を、「食べながら話さないの」と注意しつつ飛び散ったり頬にくっついた米粒を拭き取ってやる龍二を見て、大和は思わず自分と一子のそれと重ねてしまった。それはいいとしても、やはり龍二の料理は旨いなぁと頬を弛ませる大和。

 食事を終えた龍二がふと時計を見ると、時刻は10時を回っていた。これは当に門限を超えている島津寮に帰るは無理。恐らく寮内は慌てふためいていることだろうしかし明日は幸いに土曜日。学園は休みだ。

 二人が食事を終えたタイミングで彼は口を開いた。

「よし、二人共今日は家に泊まっていけ」

 ポンと手を叩いて龍二は言った。いきなりの提案に二人はキョトンとしていたが、天龍はそれを聞いて喜んだ。どうやら彼女はこの二人ともっと話がしたいらしい。天真爛漫な彼女にとって、誰かと楽しく話ができたり、遊んだりするのが彼女の最近の日課となっており、いつもどこかにそれを求めて彷徨ってきたということを後に彼女自身から聞いた。

「いいの? 龍二? 迷惑じゃない?」

「全然。川神院と島津寮には俺から電話しておくし」

 龍二には確信があった。その件は風龍が手をまわしているだろう。

「でもでも・・・・・・」

「修行し放題対戦し放題飯食い放題」

「お世話になります!!!」

 一子はその場で深々と勢いよく頭を下げた。天龍はひしっと一子に飛びついてその喜びの度合いを表した。

「大分ワン子の扱いに慣れてきたね」

「んっふっふ。まっかせて~」

 ただの数日間で一子の扱いをマスターした龍二にホンの少し驚きながらも、大和はこの家の散策ができそうだと密かな愉しみを持った。

 その時、龍二の顔色が少し険しいものになった。ゆっくりと眼を閉じて何かの気配を探っているようだ。やがて、カッと眼を開くといきなり大和を突き飛ばした。

「にーごーうー!!」

「その手は食わん!!」

 リビングのドアが思いっきり開き、スーツ姿の女性が飛びついてきた。それを龍二は見事な体捌きで避けた。スーツの女性は標的によけられた結果、柱に顔面からぶつかってしまった。

「にーごーうー。避けるなんてひどいじゃない!」

「やかましい沙奈姉ぇ。家帰ってくる度に飛びついてくんな!」

「だってぇー、今日消費した弟分補充したかったんだもーん」

「だもーんじゃねぇよ! いい加減弟離れしろや!」

「やーだーよーっだ」

「子供か!」

 ぎゃーぎゃー言い争う姉弟を唖然と見つめる大和。二人のことなぞそっちのけでガールズトークにはな咲かせる天龍と一子。不幸にも、今家の者は誰もいない。

 いるはずの当主が、野暮用であの後出かけてしまったのだ。

 どうしようかな・・・・・・。

「大和! 先に風呂入ってくれ」

 喧嘩中の龍二がやや吠える形で大和に告げる。彼としても、ちょうどどうしていいか分からなかったので、彼の言葉に甘えて先に風呂をいただくことにした。風呂のある場所と、着替えは置いてあることを言われて大和は風呂場に向かった。

 馬鹿でかい檜の露天風呂に驚きつつも堪能した大和は、これまた上質な浴衣に身を包んだ彼がリビングに戻ると、人形と化しなすがままにされている龍二と、そんな龍二に頬擦りしまくっている沙奈姉ぇと呼ばれた女性がニコニコしていた。

「ぬっふっふー。おねーちゃんに勝とうなんて100年早いのだー♪」

「くそー」

 それはまるで、年頃の女の子がぬいぐるみで遊ぶそれだった。やりたい放題の姉となすがままにされる弟。大和はどこか何か微笑ましかった。話に花咲かせている一子と天龍はもうすっかり仲良くなったいたようで、二人揃って風呂場に向かっていった。

 龍二は懇願する眼で大和に助けを求めた。大和としては助けてやりたかったのだが、天使の笑みで弟を愛でる姉をどうしても引き離すことができなかった。

「はーい、沙奈姉ぇそこまで」

 そこに、救世主が現れた。ドアを開けたその男は、遊ばれていた龍二をひょいと姉から取り上げると、もう片方の手で弟を奪い返さんとする姉の顔面を押さえていた。

「こらー! 一号! 二号を返せー!!」

「龍二は沙奈姉ぇの所有物ではありません。あんまりわがまま言ってると、説教するよ」

「何だとー! 弟のくせに生意気だぞー!」

「仕方ない。今から青龍でも呼んで説教タイムと行こうか」

「わー。青龍だけは勘弁して!!」

 沙奈姉ぇと呼ばれる女性は、泣く泣く愛しい弟の奪還を諦めた。しくしく泣く彼女を尻目に、男は大和に向いた。

「龍二が世話になってるみたいだね」

 はぁ、と曖昧な返事をする大和に、男は自己紹介をした。

「俺は進藤龍一。龍二の兄だ。これからも弟をよろしく頼むよ」

 そう言って、彼は龍二を大和の前に下ろすと姉をひょいとつまんで自室へと戻っていった。

 進藤龍一といえば、『現代の塚原卜伝』と評された大学最強の剣豪である。ひいては『護國神』と『槍聖』の血を引く傑物だ。大和は生ける伝説に会えたことに驚きを隠せず暫く呆然としていた。

 おーい、と彼の眼前で手を振る龍二は、彼の魂がどこぞにいってしまっているなぁと感じた龍二は取り敢えず、大和の頬を力一杯ひっぱたいた。彼の魂が戻ってきたのを確認した龍二は、大和を今夜の泊まり部屋へと(いざな)った。

 10帖はくだらない和室に招待された大和は思わず自身が暮らしている島津寮の部屋と比べてしまった。

「流石、というべきかな」

「まぁ、歴史があるからねぇこの家。今度、俺の友達紹介してやんよ。皆いい奴らだから」

 彼の友人とは、恐らく同じ『武聖四家』の後藤・佐々木両家のことだろう。他にも、彼の周りには様々な奇天烈な人達が(つど)っているに違いない。

「ぜひ紹介してくれ」

 これは己の交友関係を増やすチャンスだ。いざという時、バックに強大な力を持った者がいれば交渉時に有利になる。使わない手はない。

 このことが後に本当のことになるのだが、それは別の話。

 こうして、大和と一子の楽しい休日が始まった。

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