その先に見えるもの   作:辰伶

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第4話 東西対抗戦

 青葉が茂り、燦々と輝く太陽が大地に僅かに残る水を干上がらせる。今年の夏は例年以上の猛暑日が続くらしく、道をハンカチ片手に吹き出る汗を拭いながら歩く人々の表情が苦悶に歪んでいる。

 いつものように学園に向かう一行も、この暑さには流石にまいっているようでがっくりうなだれながら登校していた。拍車をかけるように、達子はおんぶはしてこなかったものの、龍二に腕を絡めてイチャイチャしているのを見ると暑苦しさが余計に増していた。

 今ではこのバカップルも慣れたようで、ガクトの嫉妬に満ちた視線をスルーしている。

「・・・・・・あーメンドくせぇ」

 ぽっつりつぶやく龍二の前には、その先の橋に進路を遮るように立ちふさがる数十名の連中が禍々しい得物を持って立ちふさがっていた。

 どこでどう伝わったのか、進藤家の御曹司―――実際には次男坊であるが―――が川神に来ているというのがこのあたりに(たむろ)している不良連中の耳に届いてしまったらしく、ここ数日そんな馬鹿共が大挙して押し寄せては瞬殺される日々が続いていた。

 進藤家に連なる者を倒せば、すなわち最強の名を欲しいままに―――実際そううまくはいかないのだが―――できる。自分達に逆らう者はいなくなる。つまりやりたい放題できるというのが、彼らの理論だった。

「少し待っていてくれ。シメてくる」

 そう言い残した龍二は、腰の太刀の柄に手をかけて橋に向かって歩き出した。

 この太刀は『龍牙』ではない。それは既に祖父に返している。

 今彼が腰に佩かれているのは、その祖父が彼の為に打った太刀である。銘を『藤朝臣相模守龍彦(とうのあそんさがみのかみたつひこ)』、号を『龍雲』という。『龍牙』を元に作られてはいるが、龍二の手に馴染みやすいように刀身から拵えまでカスタマイズされた彼だけの太刀である。

 こめかみには既に数本の青筋が浮かんでいる。やっと手に入れかけた平穏な日常が、あんなどうでもいいデマによって崩壊した。既に彼の怒りは噴火寸前であったのだが、野望に取りつかれた彼らが気付くことはない。

 今回の命知らず共は、わざわざ埼玉から遠征しに来ている。御都羽亜土(ゴットバード)と名乗る暴走族で、埼玉県で一大勢力をほこるものらしく、百を優に超えるらしい。

「テメェが進藤か。悪いが俺らの為に―――」

 特攻隊長らしき男が全てを言い終える前に、龍二は鞘に入れたままの『龍雲』で彼の顔面をぶん殴った。

 唖然とする連中に向かって、龍二は狂気の眼差しを向けて宣告した。

「今の俺は虫の居所が悪いんだ。悪いが手加減する気はさらっさらねぇから、精々死なないことを祈れドクサレ野郎共」

 鞘に収まったままの『龍雲』で、一人また一人とアスファルトに沈んでいった。慌てたリーダーは部下に龍二を倒すよう命じる。しかし、悪鬼と化した彼の前に恐れを成したのか、誰ひとり龍二に向かっていく者はいなかった。

「さぁ、次の獲物はどいつだ?」

 不気味な笑みに恐怖はさらに増す。だらんと下がった左手に握られている『龍雲』が、正気をなくした左眼がその不気味さに拍車をかける。

 誰も来ないと見た悪鬼は自ら彼らのもとに突進した。

 恐怖に(おのの)く不良共は一切の行動を起こすことなく彼の前に倒れ伏した。そして、あっという間にリーダー一人を残して全滅した。

 何時もの龍二であればこの時点で彼に脅しの一つをかけて解放するのであるが、今日の彼はこれだけでは終わらなかった。

「お前らが、二度と馬鹿な気を起こさないように、『教育』してやる」

 パチンと指を鳴らすと、どっからともなく四名の黒ずくめの男達が姿を現した。

「呼んだかい、龍二」

 その中で彼らのリーダーであろう黒いサングラスの男が前に出て龍二に話しかけてきた。

「うん。権藤のおじさん、悪いんだけどさ、このアホ共に『教育』してくんない?」

「別にいいが、コイツらは何者だ?」

「わざわざ埼玉から俺にちょっかい出しにきた命知らずの不良共♪」

 それだけで、彼らは理解した。

 四人の男達は、戦意喪失し恐怖に支配された不良達の髪の毛を掴むと、その腫れ上がった顔をぐいと自分達の眼前に寄せた。

「なぁ兄ちゃん。龍二に手を出すとは、いい度胸だな、おい」

「俺ら権藤組が世間の常識を教えてやるよ」

 不良集団はその名を聞いて絶望した。

 権藤組とは、世間ではそこそこ名の知れた建築会社であるが、実態は進藤家子飼の最強の任侠集団でありその筋が関係する事件が瞬く間に解決したり名の知れた族グループが突然姿を消した裏には彼らの影があるとか、とにかく不良達の中では一番恐れられている存在なのだ。

「じゃぁ、死んでくれ♪」

 不良集団の断末魔が木霊する。ただ、ファミリーには一体何が起こっているのか全く見えない為、自分達で想像しなくてはならない。

 やがて辺りはその凶事がまるでなかったかのようにしんと静まり返っていた。キョトンとしたファミリーは、恐る恐る橋に近づいていった。

「お前ら、もう二度と親御さんを困らせるなよ」

「はい!」

「これまで困らせた人にちゃんと謝って来い。いいな」

「はい!」

「よし、いけ!」

「はい! すみませんでした!!」

 一行は唖然としていた。遠目から見ても明らかに不良だった連中が、今や爽やか好青年と化しており、龍二達に従順になっていた。それまで持っていた禍々しいものはスクラップになっていた。

 好青年達は乗ってきたバイクに跨って地元に帰っていった。

「・・・・・・龍二。何したの?」

「権藤式人間更生教育」

 何だそれと龍二に問うも、実行者である権藤組の方々は既にどこかに消えていた。俺もよう知らんと空惚けられて大和はそれ以上の追求ができなかった。

「あーすっきりした」

 それはもう清々しいくらい晴れやかな笑顔であり、憑き物が取れたようだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 龍二がそれを大和に聞いたのは、昼休みの事だった。

「東西対抗戦?」

「うん。何か、九州の天神館ってとこと戦うみたいだよ」

 天神館の館長鍋島は鉄心の弟子の一人であったらしい。

 東西対抗戦とは、年に一度互いの生徒を戦わせてその優劣を競わせるというもので、学年別対抗戦として先に2勝した側が勝利という方式をとっているという。

 龍二は話を聞きながら戦力を分析していた。

 相手の戦力は不明。それでもってこちらの戦力、3年は申し分ないだろう。怪物百代に松永・義経・弁慶・与一といった猛者がいる。負けることはまずない。1年は由紀江以外戦力になる人物がいなさそうだ。武蔵小杉とかいう威勢のいい娘がいるが、そこそこのものでしかない。

 さて2年だが、こちらはそれなりに揃っている。Fはいいとして、Sは英雄に始まり、あずみ、心、ロリコン準がいる。小雪という娘はよく分からないが、多分何とかなると思う。

 しかし、不安材料は多分にあるのが実情だ。これさえクリアできればおそらく勝てる。

「大和。勝てるか?」

 龍二は参謀大和に尋ねると、正直に分からないと回答した。相手の戦力が一切不明だからというのが主な理由だ。

「なら、他のクラスと策を練らないのか? 普通なら、もうやるだろう」

 至極最もな発言に、大和は肩をすくめクラスメイトは一様に嫌な顔をした。龍二が理由を問えば言わなくても分かるでしょとそっけない答え。

(成程。あいつらが障害となているのか)

 優秀な者ばかりが集まるSは、その殆どが国や企業の重役につく者が総じて多い。それ故、妙に他の者達を馬鹿にした態度をとることが多い。無論、全員が全員そういう連中ばかりではないのだがSと他クラスが険悪なのは、そういった事情による。

 父から聞いていたとは言え、ここまでとは予想つかなかった。

 今、表面上友好関係にあるのは、龍二という抑止力がいるからにほかならない。自分が英雄に持ちかければ大人しく従うだろうが、彼らの眼の届かない所にいけば途端に互いに足を引っ張ることになるだろう。

 まぁ、S以外なら問題なさそうである。

「どうするかなぁ・・・・・・」

 席に着き、達子を愛でながら龍二は考える。しかし数分後にはそれを放棄した。今更考えた所で意味がない。

 今回の戦いの状況如何で荒療治をするつもりでいた。

 龍二はとにかく東西戦はどうにかして勝たねばならない。ここはひとまず英雄に一言いっておいて、当日何事もないように手を打たねばなるまい。

(いつか決着をつけねぇとダメかな)

 頭を掻くと、龍二は気だるそうにSクラスに足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東西戦まで1週間と迫った。ひとまず手を打った龍二は、早朝の島津寮の庭で稽古をつけていた。相手は由紀江とクリス、それとガクトであった。

 今龍二が相手をしているのは由紀江だ。その横で、大汗を掻いてバテているガクトとクリスがいた。龍二と由紀江が見事な演武を披露している二人の姿をまじまじと観察しているのは大和であった。

 風に(なび)く柳のような剣術と、天空を舞う鳥のように鋭い攻撃の剣戟。内に秘めた力を隠していても他を圧倒する二人の剣。まさに極みに達していると言っても過言ではない。

「龍二! もっぺん勝負だ!!」

 体力が回復したのだろう、ガクトが起き上がり勝負をふっかけてきた。

「よしよし。ちょっと待ってろ」

 ニコッと微笑んだ龍二は、神速の一刀で由紀江の剣を弾き飛ばし、その鋒を由紀江の喉に突き立てた。成す術なく由紀江は降参のポーズをとった。

「油断大敵だぜ」

 ふふんと太刀を収めると、龍二は意気揚々と身構えるガクトにカモンと言わんばかりに挑発する。単純な彼はウガーっと襲い掛かった。

「はっはっは。そうこなくっちゃなぁ」

 愉快にガクトを稽古する龍二を見て、大和は龍二の底知れぬ体力に驚いた。かれこれ数時間休みなく戦っていて汗一つ掻いていないし息も乱れていない。

 進藤家の人間と言えばそれまでであったが。

「あらあら。龍二様ったらはしゃいじゃって」

 風龍が微笑みながら彼らの稽古を眺めていた。あれのどこがはしゃいでいるのか大和には見当もつかなかったが、まるで空気のようにそこにいる彼女を知った時彼は本当に驚いた。しかも、人数分のお茶を用意しているあたり流石というべきほかなかった。

「直江様。何か気になることでも?」

「いや・・・・・・進藤家は摩訶不思議がいっぱいだな、と」

「・・・・・・直江様。ちょっと」

 風龍に手招きされて、彼は龍二の部屋に入り、座した。

「進藤家は至って普通の家ですよ」

 開口一番、風龍はそう彼に告げた。大和は彼女の言葉の意図を測りかねた。彼女は普通の家だというが、『龍』という強大な力を有し、天皇家とも懇意な関係に有り、日本中に一族を散らせ国を守護し世界に影響力をもたらす彼らが普通とはどういうことか。加えるなら、佐々木・神戸・後藤の三家にも同じことが言える。

「確かに、わたくし達は特殊な力を持ってして生まれた一族です。ですが、それを除けば、普通の学生に普通の主婦、普通の剣道場師範に住み込みの家政婦ですわ」

 言われればそうなのだが、どうも納得がいかない。それを見た風龍はやれやれとため息をついた。

「直江様。貴方様はわたくし達がこんな力を持っているから付き合っているのですか?」

 その問いに対し大和は首を横に振り否定する。彼女の言葉も一理あるが、今はそんな気持ちはない。純粋に友人として付き合いたいと思っている。

「それでよろしいじゃありませんか」

 大和は衝撃を受け、己の愚考を笑い飛ばした。力を持っていようがいまいが、進藤龍二は進藤龍二以外の何者でもない。それに気づかなかったとは、軍師の名が泣く。

 我ながらなんとも馬鹿らしい。

「こんなことに気づかないとは、俺は軍師の名を返上しないと」

「分かればいいのですよ」

 にこやかに微笑む風龍は、用意していたお茶を彼に差し出す。

「直江様。今度の対抗戦、如何にして戦うのですか?」

 大和は正直に策はないと話した。龍二の口利きと英雄の一言もあって表面上の協力体制はこぎつけた。しかし、彼らが素直にこちらの言うことを聞くはずはなく、聞かせるには英雄と龍二の圧力が必要となる。

 それでは意味がない。協力とは、自主的にであって強制ではない。

「確か対戦する天神館には、西軍の子孫がいるという噂がありますわね」

 西軍―――関ヶ原の戦いにおいて、徳川に反抗した石田三成や島左近、毛利輝元、長宗我部盛親、宇喜多秀家などの将軍達の他に、尼子氏、龍造寺家、大村家、大友家といった九州地方の武家の末裔が多く通っているという。恐らく戦力としては天神館の方に利があると言っていい。

 対する川神といえば、『武神』を除けば、一子にガクト、京、クリス、マルギッテ、、あずみといった実力者が揃っているが、拮抗していると思う。

 加えて、川神のチームワークに問題がある。弱点といっていい。そこを突かれでもしたらひとたまりもない。

「成程。確かに龍二様は嫌いますね」

 大和から一部始終を聞いた風龍は嘆息してお茶を啜る。団結力に問題がある軍が戦に挑み勝利した話を聞いたことが彼女はない。関ヶ原の西軍が如き状態の川神に勝ち目はあるのだろうか。彼女がこの件で思慮する必要は全くないのだが、仮にも仕えている主人がこれから出る戦に負けるとなれば、長年支えている彼女にとって由々しき事態である。本人達は「別に負けようが家の威厳が下がるわけでもあるまい」と軽い口で言っているが、それとこれとは別問題。

 進藤家は常に高みにいなければならない。というのが風龍の信念である。「考えが古臭いよ姐さん」と若い子達に何度言われたことか。

 しかし彼女は気にしない。他人がどう思おうと己が信念のために行動し進藤家に尽くすのが彼女である。

「英雄様と龍二様が良好な状態である限り大丈夫でしょう。英雄様はよく承知していおりますから」

 ふうむと大和は長い息を吐く。以前龍二は「いつか何とかしなきゃな」と呆れた物言いで自分にぼやいていたのを思い出す。彼らのことを快く思っていない生徒は多々いる。あそこには己の才能に鼻をかけ他の生徒を貶す気がある者達が多い。無論、Sの中にも好意的な人物はいるが極少数である。

「気苦労が多いですわね、大和様」

「ホントですよ、もう」

「私からアドバイスを一つ。龍二様は最後まで隠されるが良いかと。『秘密兵器として』」

「ふむ、それで」

「達子様は普通に戦わせておけば大丈夫でしょう。『弓聖』の血は伊達ではありませんわ」

 彼女が弓の達人とは初めて知った。風龍の話によれば、『天下五弓』の一人でありその腕は針に糸を通すほど正確であるそうだ。京や与一と一緒に後方支援にできそうだ。龍二には遊撃隊として本陣にいてもらい、戦況によって暗躍してもらう。その際、達子に彼の援護をお願いするのもいいかもしれない。

「Sのことは今は捨て置きなさい。彼らとて馬鹿ではないはず」

 英雄がいるから大丈夫だし、龍二という大物がいるからそのへんは心配していなかった。

「大和様。軍師といえど、戦場のことはよく知っておかねばなりませんよ。あとは、自軍のことについて―――」

 風龍の高説は龍二が呼びに来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 川神市郊外のとある廃コンビナートが東西戦の舞台である。使われなくなって久しいこの場所で開催される。対戦は学年別に行われ、先に二勝したほうが勝者となる。既に三年生と一年生の試合が行われ、結果は1勝1敗となっていた。一年生は由紀江や武蔵小杉らが奮戦するも敗退、三年生に関しては武神と松永燕の活躍により圧勝。勝敗は二年生の結果によるところとなった。

 大和は机上に置かれた戦場図を睨みながら、大串スグルやモロから逐一報告される情報を元に駒を動かしていた。

 開戦からかれこれ一時間は経過しただろう。

 戦況は芳しくなかった。自分の予想を超えて崩壊するのが早すぎる。

 長宗我部宗男による重量攻撃の前に前線部隊が壊滅、加えて大村焔という大砲使いや『天下五弓』毛利元親の遠方攻撃により思うように援軍を送れず、忍者鉢屋壱助により撹乱され、さらに他の西方十勇士と呼ばれる戦士達の活躍もあってジリジリと敵は本陣に迫っていた。

 川神軍は指揮系統が崩壊し全くの混乱状態となっていた。

「どうしますか大和君。このままでは」

「分かっているよ。今考えている」

 葵冬馬が話しかけると、大和は唸りながら策を練っている。しかしいい案が浮かんでこない。

 彼の耳に空気を切り裂く音が聞こえた。音の方向に向くと、本陣から少し離れた貯蔵タンクから落下する人影が見えた。

「あそこの人、大和君のこと狙ってたよ」

 微笑みながら達子が告げた。何故か巫女姿であったが、彼女曰く「この格好の方が弓が引きやすい」とのことだった。(ゆがけ)をはめた右手に、重藤の弓『神楽』を左手に握り、袈裟懸けにかけた矢籠(しこ)と呼ばれる矢入れにはまだ数本の弓矢が入っている。

 それにしても、ここからタンクまではゆうに200mくらいは離れている。それほど離れている場所から的確に相手を射ることができるとは、弓兵とは本当に眼が良いのだなぁと感じた。

『なんじゃい! 東の連中は軟弱者ばかりじゃなぁ!!』

 スグルのパソコンから大友焔の嘲笑がノイズ混じりに耳をつんざいた。特攻隊長の名にふさわしく次々と小隊を蹴散らしていく様子がパソコンの画面に映し出された。無線で各小隊長に指示を出しながら戦況を整理し始める。

 彼の脳内では、無数の彼が議論を交わしているものの考えがまとまらない。冬馬も自身の頭をフル回転させるも良案が浮かばない。ひとまず友人の井上準と榊原小雪に周辺の警戒を指示する。

 それに、他にもこちらが芳しくない事情がある。

 龍二には伏せているが、ヨンパチの報告によると、自分達の眼が届かない場所で、S組の連中が他クラスの生徒達を蔑み囮として利用したり天神館の攻撃と称して危害を加えたりとやりたい放題であり、証拠も押さえていた。

 川神側の瓦解が彼の予想を超えて早かったのはそういう事情による。

 その様子を眺めていた隻眼の男はそろそろかなと重い腰を上げた。

「大和、動くぞ」

 それだけ告げた。その言葉には「これ以上は待てない」と訴えている。ここに至っては致し方ないと大和は頼むと頭を下げた。

「長宗我部にはガクトを当てれば性格が似ているから問題ないだろう。鉢屋とかいう忍者にはあずみを。彼女は風魔の出だ、その手はお手の物のはず。毛利には与一を。余勢には英雄を大将に義経と弁慶、キャップを中心に遊撃隊を組織、臨機応変に対応。本陣には達子とマルギッテを置く。残りは俺がやる」

 頼めるかと聞けば「無論だ!」と拳を突き上げた英雄が応える。うんと頷いて龍二は姿を消した。

「直江大和! 龍二の言う通りに指示を出せ」

 それだけ言い残して英雄は戦場に爆進していった。後に残された大和はぽかんと口を開けて英雄を見送った。何がどうなっているのか彼の演算能力はショートし全く状況を理解できないでいた。龍二が的確に指示を出す姿を初めて見た大和は普段の様子から想像できないそれに驚いていた。

「龍二はね、こういう時は珍しく頭が冴えるんだ♪」

 天使の笑顔で達子が語る。

「大和君。早く指示を」

 冬馬に急かされた大和は、龍二の進言通りに無線を通じて指示を出した。

 

 

 

 

 

 

「ヨッシー。暇やぁ」

 やる気のない声で宇喜多秀美は傍でパソコンをいじる大村ヨシツグにぼやく。ヨシツグは無視してパソコンの画面に集中している。つれないなぁと彼女はその地べたにどっかりと腰を下ろした。

 ここは西軍の前線基地。本陣からホンの少し離れた場所にあるそこには3個小隊が待機しており、ヨシツグがパソコンを通して各隊に指示を出していた。

「そんなに暇だったら焔と一緒に行けばよかっただろう」

 画面を睨みながらぼやく彼に「期待はずれやから嫌や」とそっけなく返した。

 最初、彼女は焔と共に戦場にいたのだが敵の弱さに幻滅し早々に切り上げてきたのだ。基本金儲け大好きのふくよかな彼女は暫く今後の金儲けをどうしようか思いを巡らせていたが、途中でやめた。めんどくさくなったのだ。

 早く帰りたい、そう思ったときヨシツグの唸り声が聞こえた。どうしたんと画面を除けば、それまで混乱していた川神側が突如として統率の取れた動きを見せはじめた。長宗我部、毛利、大友が瞬く間に窮地に立たされた。これには少し宇喜多も興味を持ったらしい。なんやなんやと身を乗り出してパソコンの画面を見入った。彼の言う通り、川神方は先程とは違い統率の取れた動きをもってしてこちら側に当たってきている。しかも、こちらの弱点につきいるように動いている。

「なんや。よーやく本気出したんか」

 くすくす笑う宇喜多は気づかなかっただろうが、大村の関心事は別のところにあった。

 それは、彼がジャックした監視カメラの画面右上に映し出されている敵本陣で、直江大和や葵冬馬を護るように佇む一人の巫女であった。

 長い髪を後ろで束ね、弓を持ったその姿は凛々しいものだった。しかも、画面越しではあるが、彼女からは武士の持つ独特の気配を感じた。

 彼は思わず凝視していた。

「何やヨッシー。この子が好みなん?」

「うるさい」

「けど、ウチもこの子どっかで見たことあるなぁ」

 その時、白の小袖の左肩口に家紋が描かれているのをカメラが捉えた。そこに描かれていたのは、翼を広げた朱い鳥だった。

 それを見たヨシツグは絶句した。なんだってあの一族が敵陣営にいるのか皆目見当はつかないが、これは非常にまずい。

 たとえ敵軍を粉砕しても、彼女の前に死屍累々の山を築くのは眼に見えている。

 敵は強大な秘密兵器を持っていたのだ。

「宇喜多。今すぐ石田のところに行くんだ」

 血相を変えて口早に告げる大村に対し、「何でや?」と首を傾げる宇喜多に大村は張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「敵にはあの神戸家が―――」

 刹那、彼らの前方から味方の断末魔が耳に届いた。何事かと眼を向ければ、数十人という味方が彼の後方に吹っ飛ばされた。

「な、何事・・・・・・」

「よぉ。十勇士のお二人さん、会いたかったぜ」

 そこから現れたのは一人の男だった。

 その姿は異様だった。蒼い袴姿に戦袍という何ともミスマッチのように思えるそれはしかし彼の存在を一層引き立てた。

 右眼には刀の鍔で作られた眼帯をし、左手に太刀を握っているその姿は歴戦の武士を思わせるものだった。

「だ、誰だお前」

「アンタらが軟弱と蔑む川神の生徒だよ」

 隻眼の生徒はそう言った。

 鬼気迫る闘気を前に、武家の血を引く二人が怖気づいた。眼前の彼は、石田以上の実力の持ち主であることは明白だった。

「総大将は向こうだな。悪いが押し通る」

「させへんで!!」

 宇喜多は彼の進行を阻止せんと自慢のハンマーを片手に立ち塞がった。隻眼の生徒は構わず歩を進める。彼の太刀は鋒を地面に向けたまま不気味な輝きを放っていた。それに恐怖を覚えた宇喜多だったが、構わず突進した。

 二人の距離がどんどん縮まりやがて交差し、離れていく。

 ゆっくりと崩れていったのは、宇喜多だった。

「アンタに俺の情報を伝えられるのは困るのでね」

 すれ違いざまの一閃は大村のパソコンを両断し、大村の意識を闇に葬った。

 彼の意識が消える前に、彼の眼は確かに捉えた。彼を纏う戦袍に刻まれた、紅い十字槍とそれを囲む青き龍の家紋を―――。

「い、石田に・・・・・・つげ、なくては・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 天神館総大将石田三郎は、前線基地の参謀からの勝利報告を今か今かと待ち構えていた。

「我の勝利は確実だな」

「若。勝負は最後まで分かりませんぞ」

 主君が調子に乗っているのを嗜めるのは、彼の右腕である島右近である。その見た目からおっさんとよく間違われてしまうことを、本人は気にしている。ちなみに十勇士内でも『おっさん』とよく呼ばれており、たまにキレて大事になったりする。

 彼の隣には尼子晴が万一に備えて準備運動をしていて、時折島の方を見ながら「でばんはまだか」と眼で訴える。

「ヨッシーの吉報はまだか!」

「まだのようですな」

 そうか、とだけ言って石田は眼を閉じて大村からの報を待つ。

 そのことに関し、島には気がかりなことがあった。どんな小さなことでもこまめに報告を入れていたあの大村からここ数時間何の報告もない。もっとといえば、5分ほど前からその大村がいる前線基地と一切の連絡が取れないのだ。知らせを受けた時に石田に報告するか迷った挙句、伝えなかった。通信機器に何らかの故障が有り、それを直している可能性もあったからだ。

 しかし冷静に考えてみれば、故障したならば人をやるなりして報告を上げてくるはずだ。それがないのがどうも気になる。

 それに、どうも身体中を寒気が絶え間なく走り、後頭部がチクチクと痛みだした。まるで、これから何かが起こることを予兆するかのように。

 自分の中にある疑念を拭いきれない彼は、尼子に前線基地に向かうよう指示を出そうとした時だった。

 突然、本陣前方から絶叫が木霊し、数十人の生徒が吹っ飛ばされてきた。事態に石田はカッと眼を開け何事かと島に問うた。島も突然のことで何も分からず、慌てふためく生徒達を宥めるのが精一杯だった。

「敵襲! 川神方一人!」

「木下隊、倉丘隊全滅!!」

 その知らせを聞いた三人は愕然とした。本陣に配置したのは特に選りすぐった精鋭達ばかりだ。その彼らが、たった一人の前にこんなあっさりと吹っ飛ばされるとは到底思えないし、思いたくもない。

 島が対処策を練っている間にも、次々と小隊壊滅の報がやってくる。

「島! どうするのだ!?」

 そう問われた彼は、ひとまず敵の正体を知るべく尼子を走らせようとした。

「尼子。急ぎ戦場へ行き敵の―――」

「その必要はねぇよ」

 ギョッとした三人が声の方へ向くと、そこには一人の男が立っていた。彼の前には散っていった仲間が山を作り、光を失っていない左眼がこちらを見据えていた。左肩に担いだ太刀が不気味な輝きを放っていて、彼の周りをとてつもない力がそれこそ彼を守護するかの如く二重三重と纏われているように感じた。

 そして、彼らの全身を巡る血が口やかましく叫んでいた。「コイツハキケンダ。コイツトハタタカッケハイケナイ」と。

「お主、何者だ」

「お主って古臭い話し方するんだな、おっさん」

「おっさんではない! これでもお主と同じ高校2年生だ」

 カラカラと笑う男に島は腹を立てようとしたが、それを抑えて男の正体を探ろうとする。

「しかしまぁ、随分と俺の学校の連中のことコテンパンにしてくれちゃって。大和が泣いてたぜ」

 大和、という名は恐らく川神方の軍師のことだろう。だからどうということはないが、この身が凍るほどの寒気は何なんだろうか。

「俺としては、別に負けてもいいんだけどな。家の教育係が負けたらただじゃおかないとうるさくてな。怒ると怖いんで、悪いが勝たせてもらうよ」

 その話ぶりは実に余裕のものだった。

「こいつこわい」

 あの尼子がここまで怯える姿を見るのは島にとって初めてのことだ。この男、それほどまでに強いのか。

「おいお前! 俺の前に出ておいて名を名乗らないとは無礼であろう! 名を名乗れ」

「人に名前を聞く時はまずは自分からってお母さんに言われなかったか?」

 男の鋭い眼光に多少ひるんだ石田であったが、すぐに気を取り直して名乗る。

「俺は石田三郎! 出世街道を行く男だ!!」

 おうおうはっきり言ってくれるねぇと男は逆に関心した。男は島に眼を向ける。

「島右近と申す」

「あまごはる」

 島と尼子もそれぞれ自身の名を明かす。

『石田治部少輔と鬼左近、尼子伊予守の裔達か。コイツは面白いな龍二よ』

 だまらっしゃい、と自身の相棒に喝を入れて、彼は太刀を鞘に収めた。

「初めまして、と言うべきだろうな。川神学園2-F、進藤龍二だ」

 その名を聞いて、三人の身体に雷が落ちた。

 天下に名高い『武聖四家』の一角であり、あの『護國神』の血を引き、高校剣道界の頂点に君臨する『静かなる蒼き龍』の二つ名を持つ最強と呼ぶに相応しい高校生。

 そんな男が今、自分達の眼の前にいる。

 武人として、ここまで心躍ることはない。

「ふははははは! 島よ! 日本最強の男が来たのだ。嬉しい限りではないか」

 主君石田は本当に心の底から嬉しそうだった。最強の名を欲しいままにした男に挑めることが、武人としてどれほどの誉れだろうか。強いて言えば、自分の力が最強にどれほどまで通じるのか試してみたるなるのも、武人の性かもしれない。その二つの感情が今石田の中には宿っているのに違いない。

 かくいう島自身も龍二相手にどこまで通用するか試したい気持ちでいっぱいだった。

「俺の出世の為の礎になれ」

と、彼は己の獲物に手をかけた。

「進藤殿。一手お手合わせ願おう」

「おれがあいてだ」

ちょっと待ったーと龍二の後ろからそんな声が多数響き渡った。後ろを見れば、先程倒したはずの天神館生徒がフラフラボロボロになりながら龍二に牙を向いていた。

「おい石田。お前だけにおいしいとこ持って行かせないぞ」

「俺だって、一度コイツと戦いたかったんだよ!」

 闘志をむき出しにした彼らを見て龍二は己の立場にため息をつく。

「これじゃ、俺まるで悪役じゃね?」

 これは石田達の耳には届かなかったが、彼の相棒達は彼の頭の中でケラケラ笑って面白がっていた。やかましいと相棒達に文句を言いつつも彼は石田を見て口先を上げた。

「いい仲間を持ってるじゃないか」

「そうだろう。この俺の人望を羨むがいい」

 コイツは性格がほとほと英雄に似ているなぁと思いつつも、彼は不屈の魂で自分に向かってくる西の武士達に敬意を払い、新たな愛刀『龍雲』を抜刀した。

「進藤剣術道場師範代進藤龍二。全身全霊を持って、相手しよう」

 普段は名乗りはしない高名。高校生の身分で師範代であるのは彼ぐらいだろう。まぁそれは今はどうでもいい。

 武門の頂点に君臨する絶対王者に天神館は己が持てる全ての力を龍二にぶつけた。龍二も、宣言した通り全身全霊を持って応えた。

 自身の秘めたる3つの力は決して使わない。これまで戦ってきた経験を蓄積した身体の動きだけで戦っている。

 その姿はまさに鬼神だ。大坂夏の陣で東軍総大将徳川家康に向かって部隊を率いて突撃、家康本陣を蹂躙しその名を残し『日ノ本一の兵』と称された真田信繁や無傷で戦場を駆け回った家康の片腕本多忠勝や最強の誉れ高い呂布と比べ物にならない力を前に、天神館の猛者達は己の中に眠る武士の血を存分に(たぎ)らせた。

「さきにいく」

 尼子はそう告げて激戦の中に姿を消した。

 それを視認した龍二は『龍雲』を横薙ぎに払い群がる天神館の猛者を吹っ飛ばし、そのまま『龍雲』の峯で尼子の攻撃を防いだ。

「!?」

 あまりの反応の早さに驚いた尼子であったが、その隙を突かれ尼子は龍二の猛攻の前に防御するのが精一杯であった。持ち前のスピードを活かすことができずやきもきしていた尼子であったが、ついに龍二の猛攻を防ぎきれず彼は龍二の斬撃を腹部に直撃されそのまま近くにあった廃タンクへその身を埋めた。

「あと二人」

 鬼神がその眼を二人に向けた。

 動いたのは腹心島だ。自慢の槍を用いて龍二に挑んだ。槍相手との戦いを心得ている龍二にとってこれは戦いやすかった。

 島の攻撃を受けてみたがこれは何とも重い一撃だった。『龍雲』にヒビが入りそうなくらい重く、腕の骨が折れんばかりの一撃は龍二を一瞬ヒヤッとさせた。

「いい攻撃だが・・・・・・ふん!!」

 島の渾身の突きをいなし振り上げた一刀で彼の槍を両断、そのまま振り下ろした一閃で島の意識を遠くの彼方へ向かわせた。

「さぁ、最後の一人だぜ石田総大将」

 『龍雲』の鋒を石田に向けて龍二が口先を釣り上げた。

「ふん。なら、俺の本気を見せてやる!!」

 そう言い放った瞬間、石田の身体が黄金に輝きだし髪が逆立ち、彼の得物である刀は雷撃を纏っていた。

 これは後に聞いた話だが、『光龍覚醒』といって自身の能力を大幅に上げる一方で自らの命を縮めるリスクを背負うものだとか。

 西にも奇っ怪な技を使う奴がいるんだなと龍二は思いつつ、それくらい本気で自分に向かってくる石田の中に古の武士の魂が宿っていると感じた彼は、それに応えることが彼への礼儀と感じた。

 龍二はすぅっと眼を閉じた。すると、先程までの短い黒髪が肩まで伸びその色が紫に変色した。そして彼がゆっくり眼を開けるとその瞳の色と『龍雲』を纏う炎の色が紫に染まっていた。

 これが、噂に聞く進藤家に宿る『龍』の力か。その力を出したということは誉れと言っていい。石田の興奮は一気に頂点に上った。

「おもしろい! 雷と炎。どちらが勝つか勝負だ! 進藤ぉ!!」

「来い」

 一陣の風が吹き、長い時間が流れる。

「行くぞ!」

「おう!」

 東西の両雄が今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生。あの方のご子息を招くとは少し卑怯じゃありませんか?」

「何を言っておる。わしは何もしとらんわい」

 廃コンビナートのとある一角で、両雄が雌雄を決しているのを高みの見物している二人の傑物がいた。一人は川神学園総代川神鉄心。もう一人はその鉄心の弟子で天神館館長鍋島正である。

「じゃが、わしのアレは初めて見るのう」

「アレ?」

「『龍』の力じゃ」

「!? 先生もご覧になるのは初めてでしたか」

 意外だ、と言わんばかりに驚いた鍋島に鉄心は声高に笑う。

 戦中、鉄心はある人にとても可愛がってもらっていた事があり、その者から『てつ坊』という愛称で呼ばれていて色々と教えてもらったと鉄心は事あるごとに鍋島に語っていたことである。どうやらそのある人は鉄心に自分の力を見せなかったようである。

 だが、鉄心の実年齢を知る者は誰もいない。何せ元総理が生まれた頃から姿が変わっていないと言う噂だ。その可愛がってもらっていた者は明らかに鉄心より年下だ。その彼が尊敬する人の名前を鍋島は知らない。

「私もその人に一度でいいからぜひ会いたいものだ」といつか彼が鉄心に語ったことだ。

 それはさておき。

 進藤家。そして川神本陣を守護する神戸家の息女。『武聖四家』の内二家が川神にいることに疑問を呈した。川神にこれから近い将来何か変事が起こる、それに対する処置であろうか。

 邪推といえば邪推だ。しかしそれでも気にしてしまうのが弟子ではないだろうか、なんて鍋島は思っている。

「これはこちらの負けですかな」

「ほっほっほ。まだあの子に勝てる者はおらんようじゃな」

 勝ち誇った鉄心の満面の笑みを歯がゆく思う鍋島は思わずため息をついてしまった。

 その時、巨大な火柱と雷撃が辺りをまばゆい光で包んだ。

 両雄の雌雄は決した。

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