その先に見えるもの   作:辰伶

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第7話 川神大戦 前編

 雲一つない青空が広がっている。燦々と照りつける太陽と心地よい風が吹き、しかも今日に限って蒸し暑くない、からっとした暑さの過ごしやすい日であった。

 F組の宣戦布告により、世間の学生が夏休みを満喫している8月中旬の日曜日に川神大戦の火蓋は切って落とされた。

 戦力的に有利なS軍は総大将九鬼英雄と参謀葵冬馬の指揮の元戦況を有利に運んでいる。秘密兵器である武神川神百代は今のところ傍観を決めているが、それでいても義経、弁慶、与一を始めとした猛者共が先頭に立ちF軍を次々に蹴散らしていく。

「・・・・・・」

 対するF軍の軍師直江大和は師岡卓也らを始めとする情報部隊と共に戦況ごとの指示をインカム越しに各隊に矢継ぎ早に送っていた。

 戦力的に不利である彼らはその分を機動力で確保することに終始した。クリス・キャップ率いる遊撃隊を組織し、これを独立部隊化し隊長の独断による行動を容認した。

 とは言え、数で圧倒されているこの状況では如何ともしがたい。しかし、秘密兵器はまだ出したくはなかった。

 大和は熟考している。『彼ら』を出すタイミングをしくじれば戦況が今以上に苦しくなる。それは何としても避けたい。だが、戦線は自分の予想以上に悪い方向へと進みつつあった。

「大和! 不死川軍が東の山から真っ直ぐこっちに向かって来てるよ!」

 モロから声が上がる。展開が早すぎる。おそらくは冬馬の指揮によるだろうが、それにしてもと思う。こうなると調略関係はあちらには筒抜けと見ている方が良い。不知火軍の中にある吉川・小早川両隊に寝返りを打診していたが、状況によってはそれがなくなる可能性がある。

「私が行こう」

 そう言って声を上げた女性は、彼らとは違う高校の制服に身を包み、扇子を口元に当てて妖艶な笑みを浮かべていた。

「迷っている暇はないぞ。敵はこちらに向かって猛進しているのだ。ここが潰れれば、君の姉上に示しがつかないのではないか?」

 大和がグッと唇を噛んだ。

「指揮は君に任せる。何、作戦通り彼女は生け捕ってくるさ。ま、たっぷりと灸は据えてやるがな」

 そう言って、村重友代は姿を消した。

 その頃。F軍本陣東側にある山中では不死川軍とガクト隊が戦闘を開始していた。元々自分達を山猿と見下していた彼女への鬱憤が溜まっていた彼らはここぞとばかりにそれを晴らさんと猛攻撃を仕掛けていたが、能力で劣らない心らは余裕の構えでそれを受けていた。

「にょほほ。山猿は土にまみれているが良いぞ」などと暴言を吐きながら得意の関節技で次々にF軍を沈めていく彼女を見てガクトから焦りが見え始める。

「ガクト! 助太刀に来たぜ」

 そこに颯爽と現れたキャップ率いる遊撃隊が彼女達の左側面を襲う。ガクトはそれを見て合図を出すと、予てから示していたかのようにS軍の吉川隊が突如として寝返り不知火軍の後方を急襲した。仲間の裏切りに仰天した心であったが、元々冬馬から告げられていたことでもあったらしくすぐに体制を立て直し再び押し返し始めた。

「ガクト。このままじゃヤバイ」

 ここを押し切られてしまえば、大和がいる本陣が危ないことになる。だからなんとしてもここで彼女達を食い止めなければならなかった。

「これ以上は行かせるか!」

 ガクトが心に向かって突進する。渾身の力を込めたその一撃は虚しく空を切ってしまったばかりではなく、その勢いを利用されあっさりと投げらてしまった。その衝撃で彼は気絶してしまった。しかし心はそれで攻撃をやめることなく気絶している彼に仲間と一緒に容赦ない攻撃を加えていた。

「ガクト! クソ、どけぇ!!」

 友人を傷つけられ、そのあまりにも非人間的行いに激昂したキャップは彼のもとに急ごうと思うも敵に邪魔されてしまい身動きが取れなかった。

「失せろ。野蛮人共が」

 トドメを刺そうとしたその時、凛とした声と共に彼を囲んでいた心を始めとした数名は身体のあちこちに激痛が走ったかと思うや突然後方に吹っ飛ばされた。

 一体何が起こったのかわからなかった。その場にいた全員がそこへ眼をむけると、一人の女子生徒が彼を護るように立っていた。

「成程。龍の字から聞いた通りの連中だな」

 扇子を口元に当てていた生徒は、そう言ってガクトをひょいと自身の肩に担ぎ、優雅な足取りでキャップの元へと歩んだ。我に返った数名の生徒が彼女に襲い掛かったが、持っていた扇子と足蹴りで彼らを一瞬で仕留めるとそのまま彼の身体をキャップに預けた。

「ひどくやられている。すぐに手当をしたほうが良い」

「あぁ、すまねぇ。けど―――」

「ここに居る蛆虫共は私が引き受ける。さぁ、早く行け」

 そう言われた彼は彼女の言うとおりに隊をまとめて戦線を離脱した。しかし心配だった彼は二人の生徒をそこに残していった。腕が立つもので彼が信頼を置ける二人である。

「なんじゃお前は!! 高貴なこなたを足蹴りしおったな!!」

「それがどうした? 彼にやっていた事と同じことを君にやっただけだぞ」

「お、お前! 山猿の分際でこなたに楯突くのか」

 女子生徒は嘆息した。名門と言われた一族の娘がこの程度の小物とは、一体親はどんな教育をしてきたのだろうか。ぜひ顔を見てみたい。

「君ごときの小者に楯突いたところで、私は痛くも痒くもないぞ。無論、この小者にのこのこ付いてくる君達の程度も知れるな。やれやれ、川神には名門名族の子孫がいるから楽しみにしていたのだが・・・・・・とんだ期待はずれだったな。来て損したよ」

 最後の方をわざとらしく強めに言った。

「きっさまぁ! 黙って聞いていれば偉そうに!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 最大級の侮辱を浴びせられた彼らは当然ブチ切れて一斉に彼女に襲い掛かった。

「やれやれ。それこそ器が知れるというに」

 といいながら、一人は扇子で叩き伏せ、一人は足蹴りで吹き飛ばし、一人は拳を腹にめり込ませと、襲ってきた者共を全て大地に這い蹲らせた。その誰もが激痛にのたうち回り、それを見た他の連中は恐怖し襲いかかるとういうことができなかった。

「武士の情けだ。骨を折るだけで我慢してやろう」

 そして、彼女は恐怖に震え上がる心の前に立つと、彼女の胸ぐらをつかみあげ、容赦なく地面に叩きつけた。激痛に咽る心の脇腹を今度は女子生徒の右足が襲った。

「い、痛いのじゃ! 誰か助けてたも!!」

 あまりの痛さに涙しながら助けを求めるが、味方は誰も助けなかった。何故なら、寝返った吉川隊を除いた全員が彼女とキャップが残した2人の生徒によって沈められてしまったからだ。かろうじて難を逃れた連中はとうの昔にここから逃走していた。

 女子生徒は有無を言わさず心に容赦ない攻撃を加える。彼女が泣き喚こうが一切を無視して女子生徒は冷えきった視線で心の無様な姿を捉えていた。

 やがて、踞ていた心は髪の毛を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。痛いという彼女の言葉を無視して女子生徒は話し始めた。

「どうだい名門不死川家のご息女様? 人間以下に扱われる気持ちは」

「わ、わかったのじゃ! もうしないのじゃ! だから許してたも!!」

「随分と都合のいいことを口にするな君は。直江大和はこれまで何度も君達に頭を下げてきたが、それを無下にしてきたじゃないか」

 大粒の涙を流しながら先程と同じ言葉を紡ぐ彼女を哀れに思いながらも、侮蔑の眼差しで心の願いを拒否した。女子生徒にとって、彼女のような口先だけで傲慢で権力を勘違いしている大馬鹿者には我慢がならないし、怒りさえ覚える。こんな連中が日本に蔓延り支配しているとなることが許せない。

 だから、彼女はこう続けた。

 『佐々木家』に連なる者として、君のこれまでの行為は見過ごせない、と。

 佐々木家というフレーズを聞いた心の双眸が見開いた。そして、彼女の制服を見てあっと唸った。

 東京にある高校に『武聖四家』の子息が通っている、全校生徒が900名を超えるマンモス校があり、そこの頂点に君臨するのは女子生徒であるという噂を聞いたことがある。その彼女は、あの佐々木家に縁があるものらしい。彼女は常に扇子を手に持っていて、その姿は一流の人間であっても思わず見とれてしまうほどでもあったという。

 その人物が、今、心の眼の前にいるのだ。その事に、彼女は今さら気づいたのだ。

 そして、後悔した。彼女は母の忠告に従わなかったことに。

「君には、名門としての所作を一から教えて差し上げよう」

 勿論、そこでくたばっている馬鹿共も一緒にな、と一瞥をくれる。

「い、嫌じゃ。嫌なのじゃ・・・・・・」

「聞けば、君は龍の字が忠告したにもかかわらず甘粕嬢を侮辱したそうじゃないか。傲慢にもほどがあるんじゃないか?」

 その極悪な微笑みに心の精神はもう崩壊寸前であった。

「あーそうそう。君のこれまでの所業は龍の字を介して君のご両親には包み隠さず全て伝えてあるからな。今更後悔しても、後の祭りさ。我々の通告を無視した者が、どういった末路をたどるのか、その身に刻ませてもらおう」

 トドメを刺された心はもう泣くしかなかった。辺りをはばからず喚く彼女を煩わしいと思いながらも、彼女―――村重友代は宣告した。

「では、これより村重流躾教室を開講しようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 逃げ帰った兵士から心軍が壊滅した報を聞いた葵はそうですかと流したが内心焦りを禁じ得なかった。心は傲慢であるが、実力は折り紙つきである。更に言えば彼女につけた者達は彼が認めた相当に力のある者だ。それをたった一人の女子生徒が始末したという現実に彼は驚いた。事前情報では外部からかなりの人に協力を要請していたようであるが、これといってめぼしい人物はいなかったように思える。

 しかしそれも、駆け込んできた密偵の報告により彼の思惑は瓦解しかける。

「不知火隊を壊滅させたのは、神明高校の村重友代です!」

「・・・・・・」

 村重友代。神明高校900名を束ねる生徒会長であり、その名は全国に知れ渡っている。ただ、それだけだ。

 確かに武力はそれなりにあるようだが、それだけであの不死川達を沈めるのは些か不自然だ。

 そんな彼の疑問を一気に解決する情報が、密偵の口からもたらされた。

「葵君。実は、彼女の本姓はあの『佐々木家』なんだ!」

 ―――佐々木家。『剣聖』の異名を持つ人物を数多輩出する『武聖四家』の一つであり、異能を持っているとされている古よりこの国を陰から支えてきた一族。

それを聞いた彼の眼が大きく見開いた。それはつまり、『武聖四家』全てを敵に回してしまったことを意味した。

 こうなってしまった以上、S軍勝利の為にやるだけのことはやる。が、勝算は限りなくゼロに等しい。葵は空を見上げた。

 思えば、あの時に気付くべきであった。英雄も彼が転校してきたその日に忠告していた。だが、普段と変わりがないことをいいことにそのことを忘れてしまっていた。こちらが何もしなければ彼の方も特に介入してくることがなかったからだ。東西交流戦の時に予兆はあった。そこが、リミットであったのだ。気付かなかった結果が、今日なのだ。

―――お前ら全員、叩き潰す。

 彼の脳裏には、絶対零度の視線で睨まれ、低い声で宣告された言葉がいつまでも反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義経、弁慶、与一、清楚は遊撃隊としてF軍の小隊を各個撃破していった。Sの勝利の為に奮戦しているのだが、義経の心は暗いままだった。彼女達は、謂わば過去の英雄達の魂が転生した姿であり、記憶こそないが、武力は似せている。彼女達にとって戦いとはこの世界に生きる人達との「交流」のひとつとして捉えている。

 彼女が心を痛めているのは、親友である進藤龍二を怒らせてしまったことである。自分はリーダーとして彼らの蛮行を止めるべきであった。いや、実際そうしようと動いたのだが多勢に無勢で折角仲直りにやってきた大和達に不快な思いをさせてしまった。更に、龍二を完全に怒らせてしまった。

「お前ら全員、叩き潰す」

 彼から発せられたこの一言が全てを語っていた。彼は一旦怒ると手がつけられない。それこそ、先の一言を実行するまで収まらない。また、そんな彼と刃を交えなければならないことが彼女の心を締め付けている。

「何を気にする必要があるのだ義経。君は十分に頑張ったのだろうが」

 ポンポンと頭を撫でる清楚はそう言って微笑むが、いつもの柔らかな物腰はなりを潜め、その言葉からは歴戦の強者を思わせる重みがある。

 それもそのはず。彼女の元は、その昔高祖劉邦と戦った覇王項羽である。

「そうだぞ我が主。それに、龍二は主のことを怒ってはなかったではないか」

「でもでも、義経は―――」

「あぁ、もう、可愛いなぁもう」

 思わず頭を撫でる弁慶を冷ややかな眼で眺める与一は、ふと歩みを止めた。それに合わせるように義経達も歩を止めた。

 その視線の先には、二人の男女が彼らを妨害するかのように立ちふさがっていた。

「待っていたよ」

「お待ちしておりましたわ」

 女性は巫女姿、男の方は胴着姿であり、二人共、手には太刀を持っていた。

「申し訳ないが、ここから先へは進ませないよ」

 柔らかな口調で男は告げた。

「貴様は何者だ?」

 項羽が言葉を放つが、男は微笑むだけで何も返さない。かえって不気味にも思える。

(何だ、この気は??)

 トップクラスの実力を持つ彼女達を襲う嫌な気迫。彼女達の額を脂汗が流れる。

「稀代の英雄達と手合わせ願えるとは光栄だね、藍実君」

「そうですわね、義輝さん」

 義輝、藍実と呼ばれた男女は余裕の体で話す彼らに対し、義経達の血が騒いでいる。戦うな、危険だ、と。

「もう一度聞く。貴様らは何者だ」

 項羽が語気を強めて言う。

「工藤義輝と申す。神明高校剣道部の顧問で、そこの義経君達に縁がある者だ」

「神戸藍実と申します。神戸達子の双子の妹ですわ」

 ふふんと微笑む二人に彼女らの警戒レベルが最高潮に達する。

「構えろ。こいつらはやばい」

 覇王が持っている薙刀を構えた。それに合わせて各々の得物を構える。

「弁慶? 彼らは一体・・・・・・」

「義経君。私は簡単に言えば、君達の末裔だ」

 彼女の質問に答えたのは義輝であった。

「・・・・・・??」

「将軍様でしたのよね?」

「将・・・・・・軍?」

「その昔、征夷大将軍として、この国を治めておりました」

「・・・・・・弁慶。義経は話についていけない」

「大丈夫だ。私も訳が変わらん」

 彼女達の反応を見た二人が笑いを噛み殺して可笑しがっている。

「藍実君。いきなり今の話をしてはあんな反応になるよ」

「戦いの前に気がほぐれてよろしいじゃありませんか」

 それはお前らだけだと弁慶は心でツッコミを入れる。今までの張り詰めた空気が台無しだ。返せこの野郎。

「項羽殿。学園生活は楽しいですか?」

 唐突に、義輝がこんなことを聞いてきた。何の意図があるのか勘ぐった彼女であったが、彼の表情からは純粋に訪ねているだけであると感じた彼女は、率直な感想を述べることにした。

「・・・・・・楽しいぞ。我のいる時代にはなかったからな」

 君達は、と義輝は義経達に視線を向けた。

「義経は、楽しいぞ。龍二君にも会えたし、何より皆が良くしてくれるから」

「私は、主と一緒に楽しんでいるぞ。川神水も飲み放題だし」

「俺は悪の組織に狙われる身。楽しむなど・・・・・・いてっ!?」

 与一が意味不明な発言をしているまさにその時、どこからともなく金盥が彼の頭を直撃した。

「くそ、もう俺の居場所を突き止めたか。組織の・・・・・・ぐはっ」

 今度は彼の後頭部にそれなりの大きさの木の破片が襲った。

「組織の連中め。そんなにこの俺が居るとまずいのか? この俺がこの世界の特異点であるが故に・・・・・・」

 与一が言い終わる前に、彼は横から襲ってきた巨大な丸太によって吹っ飛ばされ、そのまま彼らの視界から消えた。

 義経達がポカンとして惚けている時、どこからともなく一枚の紙が降ってきた。それをひょいと取った義輝はその文面を見て思わず吹き出してしまった。訝る藍実に彼はそれを見せた。

 

 

―――与一は回収します。心おきなく戦ってください。彼は、後でこの俺が私刑にしますんで―――

 

 

 それを見た藍実は思わず吹き出した。いきなり笑い出す二人に先程のことも相まって彼女達はますます訳が分からず戸惑っていた。

「さて、と。やるかな」

 空気が再び変わる。わけの分からぬ状況に戸惑いながらも、三人は一応得物を構える。

「状況が掴めぬが、とにかくここは突破させてもらうぞ」

「そうか。果たして、できるかな!」

 間合いを一瞬で詰めた彼から放たれた一撃は、歴戦の覇者項羽をもってして唸らせるほど重い一撃であった。

「あたしを忘れてもらっちゃ、困るなっ!」

 義輝の後ろから錫杖を振り下ろす弁慶であったが、それを読んでいたかのように彼女の攻撃を防いだ。

「なにっ!?」

「私も舐められたものだね」

 彼女の攻撃を防いだのは項羽を襲っている刀と同じ長さの太刀である。それを片手で易々と扱う彼に驚いた。太刀の二刀流など、古今東西聞いたことない。義輝は弁慶を弾き飛ばし、そのまま左の刀で項羽の脇腹を襲った。それを項羽は間一髪でさける。

「久々の戦場だ。武門の棟梁として、友人の期待には応えないとね」

 その表情は嬉々としていた。

 項羽は思った。得体の知れぬ者だが、彼と戦うのは楽しめそうだ、と。

 弁慶は思った。早く斃さなければこちらが危ない、と。

「工藤義輝。押して参る」

 そういって彼は一歩を踏み出した。

 一方で、藍実と対峙している義経は混乱していた。

「えっと、えっと、達子さんの妹さん?」

「はい。よく姉と間違われてしまい困っていますわ」

 うふふ、と笑う藍実の凛とした姿に思わず見とれていた義輝であったが、その割には双眸が澄んだ藍色であり、肩まで伸びているであろう美しい黒髪を後ろ手に束ねている。確かに姉に似ていると言えばそうなのだが、どこか違和感を覚えた。それが何なのかはわからない。

「義経さん。迷う必要はありませんわ」

「迷う・・・・・・? 義経が?」

「はい。龍二さんのことで迷われていらっしゃいますよね」

 まさにその通りである。彼女は龍二に嫌われることが一番嫌なのだ。

「義経さんは、義経さんのままでよろしいのですよ。悩む必要はありませんわ」

「・・・・・・?」

「そのままの貴女でいればよいのです。皆、今を生きる貴女を好いているのですよ」

「・・・・・・そうかな?」

 はい、と藍実は頷く。そもそも、龍二は滅多なことがない限り人を嫌うことはない。

「それでも謝りたければ、大戦の後にでも謝ればよろしいのですわ」

 うふふ、と笑う彼女を見て自然と義経も笑ってしまった。

「まぁ、その前に、貴方はわたくしを倒さないとですけどね」

「・・・・・・うん。義経は義経の思うようにやるぞ」

 そう言って攻撃姿勢に入った彼女を見て、クスクス笑い半身の構えをとる。

「最初に申しておきますが、わたくしはそう簡単にやられませんよ?」

「望むところだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の作戦により、S軍の遊撃隊の足止めに、吉川隊や小早川隊などの内応による戦力ダウンを図ることができたものの、こちらも小早川隊の再離反に加え裏切りによる戦力の低下は避けられなかった。

 しかしそれは彼らの想定の範囲内である。小早川隊の再離反やいくつかの小隊の裏切りは密偵の報告で知っていて、彼は当初の予定通りに遊撃部隊のクリス隊と風間隊を向かわせ鎮圧した。

 両隊からの鎮圧報告を聞いた大和につつっと巫女が寄ってきた。大和の近衛である神戸達子である。

「大和君。来島さん、何かソワソワしてるよ」

 言われた彼は気づかれぬようにチラリと見ると、確かに何かを気にしている生徒がいた。来島澪という、大戦初期にS軍から離反した生徒の一人である。運動神経が良く、探索隊としてあちこちに放っていた。

 おそらく彼女は葵が放ったスパイだ。絶好の好機を逃さぬ為に何らかの手段を用いてこちらの情報を流していたのだろう。情報は選別しての事であろう。誤算といえば、村重友代という存在。まさか彼女が『武聖四家』の関係者とは思わなかったのだろう。計画が予想外の方向に進み、驚いているのは彼女だ。何とかして流れを引き寄せねばならない、その為には何かしらの大ネタを持ってこの状況を打開しなければならない。そう考えているのだろう。

 さてどうしよう。これは想定外だ。これをどう打開しようか考えていると、達子が突いてきた。

「大丈夫。何とかなるよ」

 彼女の自信満々な言い方に彼は首を傾げた。

 それはすぐに分かった。

「来島さん。どうしたの? そんなソワソワして」

 突然話しかけられてビックリした来島が慌てて振り返ると、声の主はよく時代劇で見るような水干姿で黒縁の眼鏡をかけた酔狂な少年だった。

 あんな人、この司令部にいたっけな?

「ぅえ!? えっと、君は?」

「直江君の知り合いだよ。それでどうしたのさ」水干姿の少年はそう答えた。

「ちょっとお花を摘みに行きたくて・・・・・・」

 来島は咄嗟にそう言った。それは失礼と彼はすんなりと信じてくれた。

「大和君には僕から言っておくよ。そこの茂みで摘んでくるといいよ」

 彼女は言葉に甘えて司令部から離れることができた。死地は脱した。後はこの司令部の場所を葵に伝えればいい。辺りを見回し、誰もいないのを確認して逃げ出そうとした瞬間だった。

「行かせると思ったかい?」

 後ろから声をかけられた。振り向こうとしたが、何故か身体が動かない。

「君が敵のスパイということはとっくの昔から知っていたよ」

 声の主はゆっくりと草をかき分けてこちらに向かってくる。彼女は逃げようと必死になったが身体が鉄のように自由がきかない。

「無駄な足掻きは止めなよ。君の動きは封じているからね」

 この子はいったい何者だ。来島には全く分からなかった。

「大体、君達が悪いんだよ。龍二に喧嘩なんて売るから」

 声の主は、ついに彼女の前に立った。先程の酔狂な少年であった。

「進藤家に喧嘩を売るってことは、僕ら後藤家を始めとした『武聖四家』を敵に回すってことだよ」

 そういって、彼は指に挟んだ札を顔の前に持ってきた。ただ、来島はそれどころではない。ガタガタと震えていた。

 陰陽の大家後藤家。三国志時代の呉王孫権の従者周泰と平安の大陰陽師安倍晴明の末裔であり、進藤家と同じくはるか昔からこの国を陰から支えてきた。世界最強の一角。

「さて、君には洗いざらい吐いてもらおうかな」

 すると、彼の後ろに半透明の武士と彼と同じ水干姿の男が姿を現した。

『何や泰。こんなところに呼び出して』

「ちょっと、このお嬢さんにお仕置きしようと思ってね」

『何だ泰平。ついにそっちに目覚めたか?』

「んなわけないでしょ。この娘敵のスパイ。事情聴取すんの」

『ふーん。なら、俺らの得意分野だな』

『せやな』

 そう言ってじりじりと彼らは近づいてくる。その顔はやけに邪悪に笑んでいた。来島はあまりの恐怖に失神寸前だった。

 その頃、大和は達子が先程発言したことの真意を問おうとしていた。彼女は「そのうち分かるよ~」としか言わなかった。

「いやー!!!!!!」

 突然女性の悲鳴が聞こえてびくっとした。何だ何だと全員が周りを見回すが、どこから聞こえてくるのか全く分からなかった。

「泰のお仕置きタイムだね」

「泰? 誰?」

「後藤泰平。龍二の友達で、陰陽師の大家、後藤家の次男坊だよー」とお気楽に答える。

 大和は開いた口がふさがらない。龍造氏に頼んだらすぐに人数が揃ったが、こういうことであったか。ということは、彼を始めとした四家の現当主もこの会場のどこかにいるということになる。

「今頃後悔していると思うよー。あたし達を敵に回すとどーなるか」

 でしょうね、としか言葉を紡げなかった。

「けど、村重さん、そんなこと言ってなかったけどなぁ」

「いきなり四家がこっちいるって言ったら勝負になんないよ。じわりじわりいたぶって絶望を嫌というほど味わってもらわないと」

 うふふと般若の笑顔で言う彼女に若干の恐怖を覚えた。隣でモロがガタガタを震えている。

 泰平が戻ってきたのは、そんな時だった。彼の後ろには、小動物のように半泣き状態で彼の右腕にひしと抱き着いている来島がいた。

「いやはや。女の子を脅すのはやなものだねぇ」

「結構楽しんでやったんじゃないの?」と達子、

「いやいや。僕に女の子をいじめる趣味はないよ。政さんと為さんがめっちゃ楽しんでたよ」

 二人の会話が何か怖い。しかし、彼の式神達はジト眼で彼を睨んだ。いや、お前も結構楽しんでやってたよな?

彼の後ろでは「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と来島はすっかりおびえてしまい、同じ言葉を呪文のように呟いている。

「あーごめんねぇ、怖い思いさせちゃって。何にもしないから安心して」

 彼女の頭を撫でて慰める泰平。その時、大和の視線に半透明の足が見えた。恐る恐る視線をあげると、そこには2つの霊が宙に浮いていた。大和は思わず絶叫した。

「まー初めて見るとそーなるよねー」

 のんびり答える達子に苦笑いで返す2つの霊。どうやら慣れっこらしい。

「大和君。えっとね、こっちの鎧姿の人が大内政義さん。んで、こっちの昔の貴族っぽい人が九条為憲さん。二人共、泰の式神だよ」

 大和は心臓がバクバク激しく鼓動していながらも二人に会釈をすると、彼らも会釈を返してくれた。

『すまねぇな驚かしちまって。ま、仲良くしてくれや。直江山城の末裔さん』

『これも何かの縁や。よろしゅうな』

 大和自身、まさか霊と―――厳密には違うが―――握手する日が来るとは思ってもみなかった。

「直江君。司令部を移した方がイイね」

「はい。村重さんと打ち合わせ済みです」

 その時、泰平はふとあることを思いつき、すっかり怖がっている来島に話しかけた。

「ねぇ来島さん。ちょっと、僕らに協力してくれないかな?」

「・・・・・・お仕置きしない?」

 来島は半泣きになりながら上目遣いに彼を見ると、彼は何もしないと優しく言った。

「来島さんに何かしようとする大馬鹿野郎がいたら、僕らがきっちりとシメてあげるよ」

 ねっと達子の方に向くと彼女は親指を上げて同調した。

「もっちろん。澪ちゃんにちょっかい出す狼さんには、生きていることを心の奥底から後悔させてあげるよ」

 それを聞いた来島は暫く考えた後、こくんと頷いた。

 泰平は彼女に対し幾つかの質問を始めた。

「この司令部の奇襲部隊はあるのかな?」

「うん。私の報告を待って、葵君から名越君に司令がいく手筈になってるよ」

 名越というのはその奇襲部隊の隊長の事だろう。

「因みに、この司令部に来島さんと同じスパイはいるかな?」

「えっとね・・・・・・あの子とあの子。後もう一人いたはずなんだけど・・・・・・」と彼女はバレないように指さした。それを聞いた大和は近くにいた人に合図して即刻捕まえた。

「あぁ、その子なら10分くらい前に怪しい動きをしていたからとっ捕まえて半殺しにしといたよ。龍二の悪口を口やかましくほざいていたからねぇ。うん。分かった。あの人達も来島さんと同じかな?」

「多分」

「分かった。あの人達は・・・・・・・あぁ、大和君達に酷いことしたアホだね。お仕置き確定」

 よろしくと言うと、二人の式神はすすっと彼らの方に向かった。時間が立たない内に彼らの断末魔が木霊したのは言うまでもない。

「それじゃ本題ね。来島さんにはこれから葵の所に行って、ここの場所知らせてきて」

 驚いたのは来島と大和の二人である。ここの場所を知らせて来いとはどういう了見だこの男は。

「敵の手札を一つずつ潰していくんだよ。まずは軍師を潰す」

 来島は首肯した。泰平は彼女に用件を伝えると、彼女はさっとその場を後にした。

「けど、大丈夫なのですか? 本当に奇襲部隊が来たら一たまりもないですよ」

「へーきへーき。奇襲部隊は一人残らず地獄に落ちるからさ」

「どうしてです?」

 忘れたのかいと泰平は人差し指を立ててにやける。

「僕の友人はね大和君。有言実行する奴でねー。特に他人に迷惑をかけるバカや友人を傷つけるクソ野郎は必ず粛清するから」

 

 

 

 

 

 名越洋二は身震いした。こうも早く奴らに一泡吹かせることができる絶好の機会が来るとは思ってもみなかった。

 彼は今、軍師葵の司令により一小隊を率いてF軍の司令部に奇襲をかけるべく獣道を突き進んでいた。司令部の位置は、密偵により事前に知らされているので、彼はその通りに進むだけだ。

「ふん。あの直江とかいう奴を潰せば、俺達の勝ちは決まりだ。奴らの低能さを世間に知らしてやる」

 彼は特にF組の連中を嫌っていた。能無し共が学園にいること自体彼には腹立たしい。自分達みたいな有能な選ばれた人材こそこの国に必要であるべきで、彼らのような役立たずは地面に這いつくばって自分達を崇め自分たちの為に働けばいいと考えている。

「アイツにも恥をかかせてやる」

 そのプライドを彼は先日ある人物によってズタボロにされた。古くからある一族だか何だか知らないが、あの男はどう見ても自分より劣る人種だ。アイツに目に物を見せてやる。

 今から彼の悔しがる姿を脳内に浮かべ笑いを噛み殺している時であった。

「低能と恥を晒すのは貴様だ、名越」

 その時、突然どこからともなく男の声が聞こえてきた。名越はその声が聞こえてきたであろう方向を振り向くが誰もいない。だが、その声が聞こえてきてから急に寒気を感じるようになった。加えて何者かの殺気を感じる。

「言っただろう? 貴様ら全員、叩き潰すと」

 その瞬間、小隊の一人が絶叫を上げて倒れた。振り向けば、そこにはローブ姿の男が左手に持つ太刀で獲物を狩っている所であった。突然の登場に慌てふためく生徒達であったが、敵と分かるとすぐに攻撃態勢をとる。しかし、それよりも早くローブの男は太刀を操り隊員を一人、また一人と闇に沈めていった。しかも、沈める度に聞きたくもない鈍い何かが折れる音が耳に入ってくる。

 中には勇敢にも彼に挑んでいく者がいたが、ほとんどの者が戦意を消失し早々に彼に降伏を申し出た。

だが、ローブ姿の男は非情な言葉を発した。断ると。

「貴様ら、あの時あれだけ威張りくさっておいて形勢が不利になると頭下げて許しを請うとかふざけてんのか? そもそも、どの面下げてその言葉を口にしてるんだ?」

 そういって、近くにいた数人を手にする太刀で薙ぎ払った。

「明日の朝日が拝めると思うな」

それを見た数名がこの場から逃げ出そうとしたが、できなかった。いつの間にか、黒ずくめの男達によって完全に包囲されていたのだ。

「悪いが、こっから先には通さないぜ」

 退路を断たれた奇襲部隊の連中は、恐怖に駆られ一歩もその場から動けずにいた。そんな彼らを冷酷な視線で射殺し、手にする太刀で彼らの精神を、肉体を完全に崩壊させた。

「貴様は甘粕に暴力を振るったな。それに耳障りな御託をだらだら述べて俺の友人を貶した。貴様はタダでは殺さん。地獄の苦しみを味わえ」

 言い終わらない内に、龍二は名越に肉薄し鳩尾に強烈な一撃を放った。ゆっくりと視線を落とせば、男の拳が綺麗に鳩尾にめり込んでいた。

 うっ、と呻き声を上げ意識を手放そうとした瞬間、今度は顎を蹴り上げられた。打ち上げられた身体に飛び上った彼の踵が腹部に落とされた。

 地面に叩き付けられた。獣道であり、落ち葉がクッションになって多少痛みを和らげたが痛みのあまり口から血を吐きだした。

 男の攻撃は止まらない。顔面に、腹に、背中に、彼の拳が、足が襲い掛かる。

 一体どのくらいの時間が経ったのか名越は分からない。生きているのか、死んでいるのかすら分からない。名越は考えることを放棄した。

最早顔の原形を留めておらず、虫の息となった名越の髪を男は無造作に掴み上げた。

「どうだ蛆虫。人間と見ていなかった者に人間以下の扱を受ける気分は」

「・・・・・・」

 名越は何も答えない、いや、答えられなかった。声を出そうにも喉を潰されていて、体中が熱を帯びていて熱いし、何より全身を激痛が走っていた。骨の所々がやられているのは明白だ。

「貴様にはもう一働きしてもらおうか」

 ローブの男は名越をひょいと持ち上げると森の中に消えていった。

 残された者達は、黒ずくめの一団によって精神と肉体がズタボロの状態で『教育』されることになった。

 その一部始終をスグルが用意したテレビ見ていた司令部の連中は、数人を除いて愕然とした。100人はいたであろう部隊を男は文字通り『壊滅』させた。たった一人で。

「ね? 言ったでしょ」

 誰も答えない。ローブ越しからでも分かる人を射殺す視線に皆背筋にぞくっとした寒気が襲った。

「まぁ、君達は大丈夫だと思うよ。龍二、人を見下したり他人に迷惑をかけるバカと人を傷つけるクソ野郎が大っ嫌いだから」

 それを聞いた皆は心の底から安堵した。そして思った。彼は一度怒らせると手が付けられない、と。

「司令部を移す」

 大和はそう言った。それを受けて、数名が会場に散る自軍にその旨を伝えるべく走り出した。加えて彼はスグルに今の映像を流すように言った。

 この会場には各地に状況が分かるようにテレビモニターが設置されている。それをジャックしてS軍の戦意を削ごうというのだ。

 スグルは早速その映像を流した。全部というわけではないが、心軍と奇襲部隊壊滅の一部始終である。自分達で見ていてもそれは惨状と呼ぶに相応しいものだった。戦意を削ぐには抜群だろう。

『S軍に所属している者達に告げる。君達は我が友進藤龍二を怒らせた。つまり、進藤家を敵に回したということだ。言っておくが、君達に選択権はない。せいぜい明日の朝日が拝めることを祈っておくがいい』

 モニター越しではあったが、村重の凍える殺気は彼らにより大きな効果を与えた。あの映像を見たS軍に参加した者達は密かに降伏を考えていたが、彼女の発言によりそれは夢と消えた。彼らの中には圧倒的戦力を見込んでS軍に参加した他クラスの者達もいた。彼らの望みも消えたことになる。

 一番に衝撃を受けたのは、葵だ。自分の策略を全て見抜かれた挙句、S軍を最悪の境地に立たせてしまった。このことは英雄の耳にも届いているだろう。

 恐らく他の遊撃隊や奇襲部隊もやられているとみて間違いない。それに、先程から榊の姿が見えない。

 葵は本能的にマズいと思った。この場にいてはいけない、急いで英雄と合流し体勢を立て直さなければならない。

 そう思った時であった。ドサリと後ろで音がした。振り返ると、そこには何者かによってボロ雑巾のようになった名越だった。

「心の準備はできたか、葵冬馬?」

 それを聞いた瞬間、葵の全身から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 井上準は川岸を走っていた。

 彼は英雄の近衛として彼と一緒に行動していた。F軍を次々に蹴散らし、残るは直江ファミリー率いる隊と直江率いる司令部と総大将のみだ。彼が引き入れた外部部隊とてたかが知れている、こちらが勝つのは時間の問題だ。そう思っていた。

 しかし状況が変わった。突然としてモニターに流れた心軍と名越奇襲部隊の惨状、少女から語られた宣告。

 それを聞いた瞬間彼の背中に雷が落ちた。準は英雄に断り急いで葵の下へ向かった。

「間に合ってくれ」

 ようやく着いて、膝に手をやり呼吸を整える。

 呼吸が整い、さっと顔を上げて茫然とした。

「まじかよ・・・・・・」

 彼の眼に映ったもの。川原にボロボロになって捨てられている名越とその先に倒れ伏している葵、そして、彼を見下ろすローブ姿の人物であった。その手には太刀が握られていた。

 彼はローブの人物に言いようのない怒りが込み上げてきた。親友をあのような姿にしたその者に。それと同時に全身に鳥肌が立った。

「・・・・・・これは、お前がやったのか?」

 自然と、彼はそう言っていた。

「あぁ」とローブの人物は答えた。声から男、それも自分とあまり変わらない。

「どうしてだ?」

「友をこんな姿にした理由か?」

 そうだ、と準は答える。何もここまでする必要はないのではないかと暗に訴えた。

「あの時、貴様らは俺の友人に対しても似たようなことをしたよな?」

 そう言われて、彼ははっとした。

「実行者はたった今粛清した。が、こいつらを止めなかった貴様らも同罪だ。許す気はない」

 ローブの男は半身に構えた。準は諦めた笑いを浮かべ身構えた。せめてもの償いの為に。

「・・・・・・俺も男だ。せめて、ささやかな反撃をさせてくれ」

 準は苦笑しながら拳を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくラスボスのお出ましか」

 大和は呟いた。眼前には武神百代が仁王立ちしていた。

「弟。待ちわびたぞ」

「それはどうも」

 川原を突き進んでいた彼らはここをどう突破するか悩んでいた。彼女に敵う人間はここにはいない。下手すれば全滅だ。

「悪いがお前に構っている暇はない。どけ」

「やだね」

 ならお前を倒していくと告げて百代が突進した。しかし途中でその進路を遮られた。川上院の僧による結界である。

 こんなものと拳で見えない壁を殴る。が、壊れなかった。

「んっふっふ~。そう簡単には破らせないよ~」

 したり顔で前に立たのは泰平だった。

「何だお前は?」

「進藤隆二の友人で、陰陽師さ」

 二ヒヒと笑いながら、彼は大和達に先に行くように告げた。その言葉に驚く彼等であったが、泰平はいいからいいからと余裕の表情で言う。

「僕の結界ならそうそう簡単に破られないよ。それより、君達には、やらないといけないことがあるでしょ?」

「泰に任せて、あたし達は先を急ごうよ」

 大和は逡巡し、彼に任せると言って一団を率いて先に進んだ。逃がすかと後を追おうとしたが、泰平の結界に阻まれ彼女は絶好の機会を逃してしまった。

 きっと百代が睨むが、泰平は平然としていた。

「私に喧嘩を売るとはいい度胸だな」

「貴女こそ、僕らに喧嘩売るなんていい根性しているよ」

「違う。私はワン子達と戦いたいだけだ」

 そうかとだけ彼は言った。

 百代は何度も拳を繰り出すが結界はびくともしない。段々と彼女のフラストレーションが溜まっていく。

「ま、せいぜいガンバ―――」

 そこまで言って彼は言葉を止めた。何故か彼女の身体が光っている。

「川神流、人間爆弾」

「おいおいウソだろ!?」

 文字通り彼女の身体が爆発した。その衝撃によって彼の結界が壊れた。

 爆風が彼を襲う。思わず腕で顔を覆うが、その爆風の中を百代が突進してきた。渾身の一撃は彼の腹部を襲い、数メートル先まで吹っ飛ばされ意識を飛ばした。つまらない表情の百代はさっとその場を後にした。

「あっぶねー。咄嗟に身代わり使ってよかったわー」

 百代の気配が消えたのを確認して、近くの茂みから人が姿を現した。すると、川原に横たわっていた泰平がみるみる小さくなっていき、やがて一枚の紙に人型に姿を変えた。

 彼は爆風が彼を襲った時に咄嗟に式神を身代わりとして使い、自身は近場の茂みに隠れて術を使いその気配を消していたのだ。

「なんて化け物だよ。アイツから話聞いてなかったら召される寸前だったんじゃねぇか?」

 ふぅ、と大きく息を吐いて被っていた烏帽子を直して札の枚数を確認する。

「さて、大和君トコに合流しますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F軍総大将甘粕真与は唯ひたすらに走っていた。後ろを振り向くことなくただ走っていた。

 真与は友人の羽黒黒子と小笠原千花と隠れていたのだが、忍足あずみ率いる従者部隊によって発見されてしまった。羽黒が囮となり彼女達を逃がすことに成功するも、すぐに追手がさし向かれた。小笠原は近場に真与を逃がして自ら囮となり追っ手を引き受けていった。

 後に聞いた話では、羽黒は自分達が作った旗が従者部隊によって踏みにじられたことに怒りを覚え大暴れしたそうだ。

 しかし、羽黒や小笠原の奮闘空しく、あずみによってついに発見されてしまった。

「おめぇをやればあたい達の勝ちだな」

 じり、じりっと間合いを詰めてくるあずみ達。恐怖に堪えながらゆっくりと後ずさる真与。

「それ以上はさせません」

 颯爽と現れたF軍の切り札。黛由紀江である。

「なんだぁ? 今更来たって何もできねぇよ!」

 あずみと一緒に来ていたステイシーと李の二人が由紀江目掛けて攻撃を仕掛ける。

「黛由紀江、参ります」

 あずみは違和感を覚えた。これまでの彼女と何か雰囲気が違っていた。そして彼女は見た。由紀江の後ろに阿修羅がいたのを。

「バカ! よせ―――」

 あずみが声を上げた時には遅かった。ステイシーと李は従者部隊の中でも相当の実力者であるが、その二人が彼女の横薙ぎの一振りにより一瞬で戦闘不能となってしまった。

 由紀江は間髪入れずに間合いを詰め斬りかかった。あずみは苦無で何とか防いだが、彼女の猛攻を防ぐので精一杯だ。

 剣聖黛大成の娘というのは伊達ではないということだ。彼女を纏う気が、あの武神と同等程度まで引き上がっている。今の彼女ではとてもじゃないが太刀打ちできない。彼女は咄嗟に隠し持っていた煙幕を使い由紀江の豪剣から逃れることができた。

「ったく、どんな化け物だよ」

 衣服がボロボロになりながらも難を逃れたあずみは、由紀江からだいぶ離れた茂みに隠れて身体を休めていた。彼女と戦った為に多大な精神を使い、体力を消耗した。葵の作戦は失敗してしまった。だが、まだ負けているわけではない。F軍の要は直江大和だ。彼を潰せばF軍は総崩れとなり此方に勝ちが転がる。

 ならばそろそろ行動しなければと腰を上げた瞬間であった。

「残念ながら行かせませんよ」

 彼女の後ろから男の声が聞こえた。振り返ると二本の刀を抜刀した見知らぬ男がそこにいた。彼女は茂みから川原に飛び出した。男はゆっくりとその姿を彼女の前に晒した。二本の刀は太刀だ。短い黒髪に整った顔。美男に入る部類だ。

「誰だてめぇ」

「進藤龍二の親友と言えば、分かりますか?」

 男の口調は柔らかだ。しかしあずみの額には汗が滲み出ていた。こいつ、できる。

「全く、名門だか一流だか知りませんけど、随分とまあ人を見下すのが好きですね」

「・・・・・・何?」

「確かに、資産の有無や才能の優劣はありますがね。この世界に生きる以上皆平等な権利が与えられています。それを血統だどうとか家柄がどうとかで人を見下す奢り高ぶった勘違い野郎がまだいたんですね」

 言葉は柔らかだが、他人の精神を逆なでてくる。あずみのこめかみが自然と隆起してくる。

「あたいとやろうってのかい?」

 いくらこいつがアイツの親友であろうが、こちとら忍びを極めたくの一だ。負けるはずがない。彼女はいきなり苦無を投げた。それを男は簡単に弾き返した。

 それで十分だった。男が苦無に気を取られているうちに彼女は眼にも止まらぬ速さで彼の死角から肉薄した。後は小太刀で一撃すれば終わりのはずだった。

「考えが甘々ですよ。忍足あずみさん」

 彼女の目論見は一瞬の内に消え去った。男は右の太刀であずみの苦無をいなし、空いている左の太刀で彼女の腹部を薙ぎ払った。その強撃により彼女の身体は数メートル吹っ飛ばされた。

「ふむ・・・・・・」

 少年は顎に手を遣った。彼女を払った際に確かに感触はあった。が、よく見てみればボロボロの衣服をまとった丸太がそこにはあった。所謂『変わり身の術』というものだろう。

「成程、忍びは伊達ではないですね」

感慨にふける少年をあずみは苦痛に顔を歪めながら観察していた。咄嗟に術を使ったとはいえ、その凄まじい衝撃に彼女の身体は悲鳴を上げている。おかげでろっ骨が数本イかれた。

 そして、思い知った。あの少年は自分が到底かなうものではないことに。相手は武神レベルだと感じていた。

敵の力量を思い知った時にはもう遅かった。

「行かせないと言ったでしょう?」

彼女が戦線を離脱しようと行動する前に、彼女の細首に男の得物の切っ先が突き付けられていた。

「人を舐めてかかった結果ですよ」

 男の顔は口しか笑っていない。その眼は怒りに燃えている。

「己の力に胡坐を掻き、相手を侮り油断する。強大な力を持った者が陥る道ですよ」

 あずみは無言を貫く。

「私達の役目は、力の使い方を間違えた愚者達を粛清し、道を正すこと」

 彼の太刀が上段に構えられた。彼女は何故か逃げる気になれなかった。いや、既に覚悟を決めていた。

「・・・・・・てめぇ、名前は」

「佐々木徳篤が次子、佐々木安徳」

 ―――あぁ。『武聖四家』の佐々木家の次男坊か。そりゃ、敵わないよなぁ

 そう思いながら、安徳の一撃を喰らったあずみは意識を闇に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははは! 九鬼揚羽、降臨である!」

 空から地上に降り立った女神はそう名乗った。それを見た由紀江は、折れかけた心を何とか持ち直した。

「やっぱり、まゆまゆか」

 総大将甘粕真夜を救出した由紀江の前に颯爽と現れたのは、最強の武神川神百代だった。その身体からは禍々しいほどの気が溢れ出ていた。彼女の出現により由紀江の警戒レベルは最高に達していた。すると、百代は突然彼女に攻撃を繰り出した。

「一度、本気のお前と戦ってみたかったんだ」

 その嬉々とした表情は最早狂気である。それを何とか弾き返すと、自ら彼女に斬りこんだ。その額には既に大量の汗が滲み出ている。

 相手は『瞬間回復』という、どんな大ダメージを受けようが瞬く間に無傷の状態に戻るチート技を使う規格外。こちらから行かねばやられる。

 百代はそれがどうやら嬉しいらしく、その狂気が更に増し攻撃が強くなっている。途中から由紀江は防戦一方となっていた。

 そんな時に空中から現れたのが四天王九鬼揚羽だった。

「百代。少し灸を据えてやる」

「揚羽さんもですか。今日は良い日になりそうです」

「ふふふ。お前に灸を据えるのは私だけではないぞ」

 その時、高速で迫る人物の気配を知るや、その拳を受け止めた。

「生意気な後輩がいると聞いてな!」

 青髪の少女を見た百代は不敵に口角を上げた。

「貴女もいましたか、乙女さん」

 四天王の一人、鉄乙女。揚羽と同じ年で、今は武者修行に出ているらしい。

「三人まとめてかかってこい!」

 百代が吼えると、四天王の三人は全力で彼女にかかっていった。それでも、百代相手には厳しいのだ。むしろ役不足と言ってもいい。特に、由紀江はまだ未完の大器。超人たちの戦いにはまだついていけない。

 現に、やや劣勢の他の二人に比べ、由紀江の体力はほぼ尽きかけていたが、気力で何とか持っているに過ぎなかった。

「黛! 死ぬ気でやれ! それでもまだ危うい!」

 揚羽の激を受けて何とか頑張っている。

(百代の奴、大分強くなったが・・・・・・)

 強くなるということは先輩として嬉しい。しかし、彼女の行く道は間違っている。

 力のみを求めることに意味があるか。答えは否。その力の意味を正しく理解し、行使しなければならない。

(ん・・・・・・?)

 彼女の将来を案じていた揚羽は、ふとここいる者達と異質の氣を感じた。柔らかく、確固たる信念に包まれたそれは、彼女にとって懐かしいものであった。彼の氣を感じたのは彼女だけではなく乙女も感じたようだ。由紀江は負けないように精一杯で、百代は本能が優って感じられないようであった。

「川神。君には敗北を知ってもらうぞ」

 強烈な一撃を放ちながら乙女が言うとやってみろと言わんばかりに挑発する。実際、百代は『瞬間回復』によって全くの無傷。対する三人は満身創痍とはいかないが全身傷だらけとなっていて肩で息をしている。まだ余力がある二人に対し、由紀江はもう限界に近いそれでも頑張っている。

 揚羽や乙女が果敢に挑み何とか百代の体力を削りたいという一心で攻めるも彼女には全く効果がない。そこに最後の力を振り絞った由紀江が参戦する。戦場となった川原は所々に巨大なクレーターもどきがそこかしこにできていた。

 由紀江は空中に飛んだ百代に一撃を加えんと刀を振るった。が、それは空しく空を切った。

「楽しかったぞまゆまゆ。もうお休み」

 百代はそう言って由紀江を鎮める一撃を放とうとしていた。勝利を確信した百代と対象に、全力を出し切った由紀江はもう防御する力すら残っていない。

「川神の。油断大敵という言葉を知っているか?」

 その時、地上から揚羽の声が轟いた。意味の分からない百代は聞く耳を持たずそのまm

一撃を放とうとしている時だった。

「じゃぁな、まゆまゆ―――」

「とーころがどっこい。そうは問屋が卸さないんだな」

 百代が反応する間もなく、彼女は横薙ぎの一撃により地上へ叩き落された。

 何が何やら全く分からなかった百代は、勝負を邪魔した者を見んと顔をそこに向けた。

「さて、と」

 彼女が見たのは、由紀江をお姫様抱っこして川原に優しく下ろす道着姿の男だった。

 百代は人生初の悪寒を感じた。男から溢れ出る氣を、彼女は今まで感じたことはない。優しく、柔らかく、そして圧倒的重圧感。威圧感と言い換えてもいい。それこそ、祖父と同じように。

「お前に敗北を刻んでやるよ、川神百代」

  男―――進藤龍二はそう宣告した。

 

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