授業終了のチャイムが鳴り、生徒達は背伸びをしたりトイレに駆け込む為急いで教室を後にしたり机に突っ伏したりと
南雲俊介も、そんな進学組の一人だったりする。
SHLが終わり、俊介は椅子に座った。そこにとてとてとメイド服に身を包んだ可愛い少女が彼の机に向かって歩いていた。両手に持つお盆の上には幾つかのカップとポットが置いてあった。
「俊介君、お疲れ様ですぅ~」
コーヒーを入れたカップを差し出した少女に、俊介は彼女の頭を撫でながら礼を述べた。
「いつもありがとう、
煉と呼ばれた少女はえへへ~と頬を綻ばせて喜んでいるとゾロゾロと数人の生徒が彼らの元にやってきた
「煉ちゃん! あたし達にもコーヒー頂戴」
「はいですぅ~」
そう言って彼女はいそいそと準備を始める。
煉の淹れるコーヒーは絶品であり、一度飲んだら病みつきになる。今や彼女のコーヒー中毒者は日を追うごとに増えていると言ってもいい。
煉は俊介の家にメイドとして雇われているわけではない。
煉龍という、進藤家に仕える『龍』である。普段は進藤家の家事全般を担っており、このように外に出てくることはない。こうなったのには理由がある。
その理由には進藤家の分家が関わっている。その分家は彼らと同じく特殊な力を備えていたが、
それまで普通の生活を営んできた彼らであったが、このことにより分家に眼をつけられてしまった。宗家当主龍造により彼らの護衛として派遣されたのが、煉龍を始めとした『龍』達であったのだ。
反乱はその後、龍二達の活躍により一応の終息を見せ俊介達に対する護衛任務を終えた煉龍達であったが、本人達たっての希望により、今でも彼らの元で暮らしている。
そして彼女はここ最近神明高校に俊介と一緒に登校してはこうした休み時間や放課後に現れてコーヒー等を振る舞うマスコットとして過ごしている。授業中は保健室や職員室にて同じようにコーヒー等を振る舞っている。
「はぁ~。煉ちゃんのコーヒー飲むと一日終わったって気がするわね~」
「ほんとにね~」
ほっこりしている女子生徒はそう言って絶品のコーヒーを振る舞ってくれた煉龍の頭を撫でまくっている。それを甘んじて受けている煉龍はとても嬉しそうである。
「よし! あたしは部活行ってくるわ!」
「私は塾行こう」
「がんばるですぅ~」
手を振って彼女達を見送る煉龍。それがいつもの日常。
「んじゃ、かえ―――」
『3年2組南雲俊介。いたら生徒会室まで来てくれ。以上』
さあ帰ろうと席を立った瞬間、校内放送で呼ばれてしまった。しかも会長直々のお呼び出しである。
まさに図ったかのようなタイミングの良さに、彼は暫く動くことを忘れていた。
「・・・・・・俊介君、何か悪いことしたですぅ?」
煉龍が彼を覗き込むように見上げて問うてきた。不安な顔をしているがジト眼で見てくれなかっただけありがたい。
「僕の名誉の為に言うけど、何もやましいことはしていない」
「じゃぁ、何で呼ばれたですぅ?」
さあ?と首を傾げる彼は嘆息する。呼ばれる覚えはないのだ。
「会長だしなぁ・・・・・・とりあえず行くか」
彼らはとりあえず呼ばれたわけもあって生徒会室へ行くことにした。
「煉~元気にしてたか~」
「はいですぅ! 龍二様も元気してたですかぁ~」
膝の上に乗せ、わしゃわしゃと煉龍の頭を撫でる龍二に彼女は飛び切りの笑顔で答えた。それを傍目で見ていた俊介は喜ぶと同時に煉龍を龍二に取られたようでなんか悔しい思いがした。元々彼女は龍二の家の者だから当然なのだが複雑だった。
もやもやした気持ちを忘れるために、俊介は友代に意見することにした。
「会長、あの呼び方何とかなりませんか?」
「ん? あぁ、あのことか。まぁいいじゃないか。減るもんじゃないだろ?」
紅茶を飲みながらあっけらかんという友代に彼はため息を吐きたくなった。実は、ここに来る時に廊下にいた数人の生徒に何か変な眼で見られた。おかげで自分に対してよろしくない噂が広がりそうだと言いたかったが、飲み込んだ。
実際、俊介の中では何かが著しく減りまくったような気がした。
「それで、僕は何故呼ばれたので?」
俊介は友代を見て呼ばれた理由を尋ねると、彼にしかできない依頼があるという。
「すまんな南雲。俺が友代に頼んで呼んでもらったんだ」
煉龍を撫でながら龍二が言い、内容は何だいと彼が問えば、「ちょっとした調査」と答えた。
「およ? 久々に腕が鳴るねぇ。んで、誰を調べるんだい?」
俊介の眼がキランと光った。彼は何かの調査をすることに生きがいを感じていることがあるキライがあり、特にデカい山ほど燃える男だ。
この男、東京都内では知る人ぞ知る『情報通』である。一度依頼があれば、それが人であればパーソナルデータに加えて交友関係から性癖、過去の黒歴史からどす黒い裏の顔までその人物の内側までを土足で蹂躙し一生もんのトラウマを植え付けることを辞さないほどの調査をしてのける。
これまでに彼の為に人生を粉砕された者は数知れない。ついたあだ名は『闇の探偵』。
「俺が川神にいるのは知ってるだろ?」
「異文化交流ってやつだろ?」
「あぁ。それで、つい最近相当イラついた馬鹿共がいてな」
そう言って龍二は調査内容を事細かに説明し始めた。彼の説明を聞いて俊介はぐつぐつと怒りの炎が湧き出てきた。どうやらそれは煉龍も同じようで、彼が話し終わるや「わたくしがいればスグにでも全員消し炭にして差し上げるのに」と少女から妖艶な姿に変わって恐ろしい事を賜った。
聞き終わった俊介は悪魔の笑みを浮かべた。完全にヤる気スイッチが入った。
「なら、その馬鹿達が二度と立ち直れないほどの核爆弾級のネタをつかんであげるよ」
「ありがと俊介。対象は今からいう奴以外全員で頼むわ」
「分かった。それで、誰を除くんだい?」
「源義経、那須与一、武蔵坊弁慶、葉桜清楚、九鬼英雄の5名だ」
「・・・・・・はい?」
俊介は耳を疑った。今なんか過去の人名を聞いた気がする。それも遥か平安の御世と中国の有名人だ。その顔を見た龍二は、一人納得してこれこれしかじかと説明を加えた。成程と彼は頷いた。
「君といると、僕は知らなくていい人外魔境の世界に連れていかれる気がするよ」
「その割には嬉々とした表情をしてるじゃねぇか」
痛いところを突かれ、俊介は苦笑いした。知らないことは知りたいと思う彼の心はお見通しのようだ。
「当然、君も参加するんだろ?」
「勿論。俺の友達を虐めた馬鹿共全員、この刀で沈める予定だ」
そう言って龍二は椅子に置いていた『龍雲』を手に取り言った。刀の鍔で作った眼帯越しに潰れた右眼に睨まれているように感じた俊介は一瞬ぞっとしたが、ふふっと龍二が笑っていた。
「2週間でやってくれないか? 無論、できる範囲で構わんが」
「また随分と無茶振りするね!?」
「んなこと言ったって、俺だって聞いたのが昨日だし」
絶叫する俊介に困惑しながら答える龍二。
「どうだい俊の字。やれるかい?」
「俊介君、どうするですぅ?」
何時もの姿に戻った煉龍と友代に問われ、彼は大きくため息を吐き後頭部を掻いた。
「まぁ、やれるだけやってあげる。いつまでに欲しい?」
「そうさな・・・・・・3日前くらい前までには欲しいかな」
「・・・・・・了解。頑張るよ」
「助かるわ。今度特製の飯作ったる」
自宅に戻った俊介は早速龍二から預かったS組の顔写真付き名簿とと睨めっこをしていた。名門の息女に官僚の息子、大病院の院長子息やらいずれも名の知れた面々である。
そして、龍二から聞いた4人の名前と写真を見て嘆息した。好き好んでこんなことを計画する九鬼財閥には恐れ入る半面、一度会って見たい衝動にかられた。
「はー、有名人ばっかだね」
名簿を見た第一印象はそれである。
依頼の期限は11日後の金曜日である。それまでに調査を終え、まとめ上げ、報告書の体を取ることを鑑みると調査に割ける日数は限りなく少ない。さてさてどう調べてやろうか考えを巡らせている彼の机にちょこんとコーヒーカップが置かれた。カップの中からいい香りが彼の鼻をくすぐった。
「そろそろ休憩するですぅ~」
チョンと座った煉龍を見て、俊介は笑顔で撫でた。
タイミングよく休憩を促すあたり、彼女はできる子である。
「どうですぅ? 上手くいきそうですぅ?」
「どうかな? 彼らは所謂一流階級の人間だからね。叩けばいろいろ出てくるだろうけど、隙があるかどうか」
「どんな人でも、必ず隙はあるものですよぉ?」
煉龍の言葉に、俊介はふむと頷いた。それはあり得ると思った。
どんな達人であっても必ずどこかに隙はあるものであり、まして自分のような凡人であれば尚更だ。家柄は一流でも中身が凡庸な連中はごまんといる。勿論、中身も一流の人もいる。九鬼家や進藤家と言った真の大家はまさにそれであろう。
しかしよく聞くのは、そう言った名門一族に限って人の中身は腐り切り、汚い仕事やら政財界との癒着がまことしやかに囁かれている。その子息達は、そういった親達を眼にしているので、やがて親のような振る舞いをするようになる。と彼は考えている。
「潜入するにも、さてどうしたものか・・・・・・」
「俊介君。私、川神に行きましょうかぁ?」
「できるの? 煉」
「こー見えて、私、潜入は得意なんですよぉ」
にへらっとする煉龍を見て、俊介は笑いながら彼女を撫でた。
時々、彼女の行動力には驚かされることがあったが、あの進藤家に仕えている龍であるなら飛びぬけた能力の一つや二つ持っていても不思議ではない。そもそもこのくらいの身長であれば一般人はまず疑わない。
彼女の協力を得た俊介の頭にはすぐさまこの調査に関するスケジュールが組み上がったのだ。
「じゃ、明日から煉には川神に潜入してもらうね」
「はいですぅ」
そう言って俊介は手近にあった紙にさらさらと何かを書いて彼女に渡した。
「これは何ですぅ?」
「これは今日からのスケジュールだよ」と彼は答えた。その紙には8日間で全員を調べ上げ、残り2日間でまとめ上げるという、かなりハードなものであった。
煉龍がこれじゃ俊介君が死んじゃうと心配するが、大丈夫と手をひらひらと振る。
「あまり時間がないからね。これくらいやらないと僕の名が廃る」
「でも、無理しちゃ、めー、ですぅ」
ありがとうと彼は煉龍を撫でた。
彼はおもむろに携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「あーもしもし。後藤君? うん、ちょっとお願いがあってさ。そう、式神をさ・・・・・・、そうそう。5人くらい。えっそうなの? うん、ありがとう。じゃ、後でメールするね」
いったん切ると、また別の所に電話を掛ける。
「夜分にすいません。南雲です。はい・・・・・・、あぁ組長。はい、ちょっとお願いがありまして・・・・・・ちょっと5人ほど人をお借りしたくて・・・・・・はい、ちょっと面倒な調査を引き受けまして・・・・・・、あ、そうなんですか!? 分かりました、ありがとうございます。失礼します」
携帯を切ると、俊介は大きく息を吐いた。
「どこかけてたですぅ?」
「後藤君と権田組にね。協力要請」
ふーんと流す煉龍。それに苦笑いの俊介。
彼が苦笑するのは理由がある。二人に電話した時に、二人共同じ言葉を発したのだ。
「あー龍二から聞いてるよ。勿論、協力させてもらうよ」
「おう、龍二から聞いてるぜ。喜んで力になるさ」
全く我が友ながら気の利いたことをしてくれる。
それから俊介は今後の予定を彼女に説明し始めた。彼女はこれから8日間川神学園へ潜入し対象者を徹底的にマークし一挙手一投足を詳細にメモに取る。その間、彼自身は対象者の家を含めてプライベート時間を侵害レベルで根こそぎ拾い上げるのに費やすという。
「でもぉ、学校は大丈夫ですぅ?」
彼女の心配を断ち切るように、俊介は一枚の紙を机の上に置いた。その紙には生徒会長と理事長印があり『特別休暇許可証』と題されたモノだった。
「これはなんですぅ?」
「会長がくれたんだ。『俊の字は別に学校来なくても大丈夫だろ?』なんて言ってくれてね」
彼は苦笑していた。生徒の模範となるべき人物がそんなことをさらっと言っていいのかともらった時は大いに問い質したい気持ちになったが、突然の依頼はあまりにも短時間過ぎること。加えて会長直々の出陣となると、神明全体を上げて一大行事になりそうであることを鑑みての措置であると解釈することにした。
「私も川神の子に誘われてね。力を持つ者の意義を思い知らせてやろうと思ってね」
ふと、俊介は去り際に聞いた言葉を思い出した。
「ねぇ煉。力持つ者の意義って何だい?」
彼の問いに、煉龍は一瞬首を傾げたが、すぐにその意味を察して「ちょっと待つですぅ~」と言ってリビングに行ってしまった。
数分で戻ってきた煉龍はコーヒーカップを二つ持ってきていた。どうやら少し長い話になりそうである。
「人間さんの中には他の人が持たない力を持った人がいるですよぉ~」
「権力とか、経済力とかのかな?」
「そうですぅ。名門一族とか、政治家さんとか、財閥と言われているとこはそうですねぇ。後は、地元の名士さんとか、有力者とか言われている人達ですねぇ」
その中には当然に龍二達の家も含まれているんだろうなと彼は思った。
「俊介君は、力と聞いてどう思いますかぁ?」
「そうだね、あるには越したことないけど・・・・・・」
力の意味をそこまで深く考えたことはなかった彼はそこで言葉に詰まってしまった。普通の人なら、力についてそこまで深く考えることはないので当然だった。
「力を持った者には、それ相応の意味があるのですよぉ~」
「意味・・・・・・?」
「力は時に人を魔の道に堕とすのですよぉ」
魔の道に堕ちる。つまり、力に囚われてしまうということか?
ひょんなことから力を手に入れると、人はその魅力に囚われてしまい、もっと強いそれを欲する。もっと強いそれが手に入ればさらに欲するようになる。そうして無限ループにハマるわけだ。ハマったら最後、絶対に抜け出せない牢獄に入ることになる。
「力を持ったらちゃんと制御しなきゃダメなんですよぉ」
そう言われて意味が分かったような気がした。
「力ある者の責務は、力のない人達の為に使うものだと教えられているのですよぉ」
それに続けて煉龍は述べる。
「闇雲に使う力は暴力と一緒ですぅ。そんな力は別の力によって叩き潰されるがいいですぅ」
己の欲望の為に使う力は邪道であり、そんな力は別の力により抹殺されるのが関の山。と彼女は言いたいのだろうか。
その例がないわけでもない。つい最近も、ある事件で元総理とその側近達を始めとした地方の著名人や、政財界で名を馳せた者達が過去のスキャンダルや事件によって社会的に抹殺されたことが多々あった。その陰には、彼らの力など到底及ばない力を持った連中によって文字通り『叩き潰された』のだ。
「過ぎたる力は人に害をなすということかな?」
「龍造様はそう言ってたですぅ~」
コーヒーを飲みながら煉龍は一息ついた。彼も倣って彼女が注いでくれたコーヒーを口にした。
彼女の話が終わると同時に、家のチャイムが鳴った。壁にかけてある時計はちょうど8時を指していた。この時間に訪問するとは一体どこぞの営業マンであろうか。
そんなことを考えている所に誰かが彼の部屋のドアを開けた。
「俊ちゃん。権田さん所の吉田さんと政義さんが見えてるわよ」
「分かった」
母親に言われて彼は玄関に向かった。そこには組の吉田を含めて5人男女と泰平の式神大内左馬介政義を含めた式神5人であった。
「夜分にすまねぇな南雲」
「明日から動くだろ? 今しかないと思ってな」
彼らはそう言ってきた。
「では、僕の部屋で」
彼らを自室へ招き入れる時、母親は「お話が終わったら、皆さんにも夕飯食べてもらいなさい」とこっそり告げた。
部屋に入ると、そこには人数分のコーヒーが用意されていた。
早速、彼はスケジュールを基に今後の動きと各担当を割り振り、議論を重ねた。
「じゃぁ、皆さんその通りにお願いします。9日後にまたここで」
そういうことになった。
それから彼は、集まってくれた吉田達に母自慢の夕食を御馳走した。
翌日、俊介は朝5時に起床した。陽はまだ出ていない。スズメが
『川神学園2-S資料』と書かれたそれは、昨日彼が作成した秘密ノートである。各人ごとにページを割き、後々まとめやすくする為にインデックスを張り付けてある。
簡単に朝食をとると、彼は両親を起こさぬように静かに家を出た。夜明け前の道を足早に進み駅についた。
彼はあるターゲットの実家に向かうべく川神へ向かっている。泊まり込みを覚悟しており、『8日間くらい友人と旅行してくる』と書置きを残して家を出た。川神にも知り合いは数人いるので、既に連絡をして寝床は確保している。往復2時間は我慢できなくはないが、その時間が彼にはもったいないと感じている。調査を始めた彼にとっては1分1秒が戦いなのだ。
川神に着いた時には、陽が昇っておりサラリーマンや学生達が各々の戦場へ向かっていた。流石大企業が密集して立地している都市だけあり、人の流れが東京と変わらない。
「いやー、人が多いねー」
人ごみをかき分けながら、出口にたどり着くや、彼はポケットに入れたメモ帳を取り出した。
「えーっと、8番乗り場はっと・・・・・・」
バスに揺られること20分で目的地に着いた。川神では名の知れた大病院である。
「まずは軍師と側近を潰しますかね」
ここの院長と医者の一人はS軍の軍師と側近の父親が勤めていることを彼は龍二から貰った資料から把握している。そこから彼は、まず軍の要をぶっ潰すネタを掴む為に今日ここに来たのだ。
院内に入った彼はまずは患者のふりをして周りを見渡してみる。中は清潔であるし、患者達も笑顔だ。時折通る医者や看護師達も患者に優しく接している。
ここにはネタがなさそうだと立ち上がった時、ふと彼の眼が二人のスーツ姿の男を捉えた。見た目はいたって普通のサラリーマンであり、近くにいた医師に案内されている所を見ると医療器具や医薬品に関する仕事を生業にしている者らしい。
しかし彼は二人を見た瞬間にキナ臭い何かを感じ取った。何処か挙動不審な彼らは医師と共にエレベーターの中に消えていった。彼らが消えた所には『関係者以外立ち入り禁止』と言う札がしっかりとたてられていた。
俊介の嗅覚は核爆弾級のネタがあると捉えた。そこからの彼の思考は早い。
「関係者」としてあそこに潜り込むには病院関係者として潜り込むのがセオリーだが、生憎とこの病院には知り合いがいない。かといってこれからスーツを仕立てるとなると時間がかかりすぎる。となれば手は一つしかない。
彼はきょろきょろと辺りを見渡し標的を見つけた。その者はいつも通りに自分の仕事をこなしている。
やがて、彼は仕事を終えると道具を持って移動を始めた。俊介は彼の後をつけて人目がつかない場所に来るや彼を強襲し身ぐるみを剥ぎ取りそれを身に着けた。
「ごめんなさい、ちょっと借りますね」
眼を回している彼を誰も使わないロッカーに押し込み、自身は彼の持っていた道具を持って院内を歩き始めた。堂々と『立ち入り禁止』区域に足を踏み入れ、彼らが乗ったエレベーターを見上げた。
「ふむ。6階ね」
エレベーターに乗り込み目的の階に到着、「掃除をするフリ」をして『院長室』を見つけた
「・・・・・・で、・・・・・・です」
(お、ビーンゴ)
彼は持ってきていた超小型盗聴器をドアの隙間からひょいと投げ込むとそそくさと退散した。
俊介は病院から抜け出し適当な場所に腰を落ち着けるとイヤホンを耳に着けた。
彼が投げ込んだ超小型盗聴器は半径10キロまでなら傍受でき、かつ動画も1時間は録画でき更にその録画映像は自動的に付属の小型端末に飛ばされるという優れものである。
因みに自作である。
そこから聞こえてくるのは先程案内した医師とサラリーマンの男二人ともう一人の四人だ。会話の内容から葵院長と井上部長医師、久無製薬という中小企業の保田と高丘という社員が今回のメンツのようだ。
話を聞いて彼は最初こそ嘆息してメモ帳にペンを走らせたが、そのペンは途中で止まった。彼の眉間にしわが寄り、ペンがわなわなと震えていた。
最初はありきたりな医師と製薬会社の癒着の現場―――賄賂を受け取る政治家とのアレに似ている―――で『大したことない』ものだったが、保田の一言がきっかけで様相が変わった。
「しかしあの時は助かりましたよ。院長が『真似をしたのはアルテークラストだ』といってくれて」
アルテークラスト製薬は国内シェアトップクラスの製薬会社であり、全国の八割の病院がこの会社の製品を採用している。
だが1か月前にある製品を盗用したとして久無製薬がアルテークラストを訴え敗訴したことにより業績が一気に悪化、今や風前の灯火と化している。
彼は引っかかっていた。アルテークラストは製薬界では知らぬ名はいない大企業であり一方の久無は名の知れぬベンチャー企業だ。ベンチャーが大企業の製品を『参考』にすることはあろうが、大企業がベンチャーの製品を『完コピ』するなんて到底ありえない。
「何、奴らは我々に『貢献してくれなかった』からな。私が一言いえばこんなもんさ」
「ふふ。奴らが悔しがる顔が眼に浮かびますな」
俊介は何も言わずに怒っていた。
(この腐れ外道共!)
声には出さず、彼は静かにペンを走らせた。この畜生共に『貢献』しなかった健全な企業が潰され、『貢献』した獣企業が蔓延るなど間違っている。
この企業は調査に値する。徹底的に調べ上げ奈落の底へ案内していやる。
彼はこういった腐敗を許すことができない。それは、中学時代の彼の友人が似たようなことで社会の底辺に落とされ、その友人家族はマスコミの格好の餌食となり崩壊したのだ。
それに怒りを覚えた彼は、独自の調査により友人家族を崩壊させた連中を親族含めて文字通り社会的に抹殺したことがある。彼の怒りは以前のそれに近い。
俊介は付箋を取り、『要調査』と書きなぐりページに乱暴に張り付けた。
その日の調査を終え寝床に着いたのは深夜12時近かった。彼はそのまま布団に突っ伏した。
親と言い、その息子と言い、腹の立つ連中だ。そう思った。
息子葵冬馬を尾行した彼は、何故か帰宅せずにスラム街へと消えた。そこは他の商店街と比べ幾分に空気が悪い場所であり、所々にタチの悪い連中がいたので早速彼は知り合いの組に粛清を願った。
さて俊介はターゲットを探していると、冬馬はとある建物へと消えた。そそくさと後について建物に侵入すると、そこの廃れた部屋の一角に大勢に人間が集まっていた。それも、如何にもやばい人間ばかりだ。中には、完全にキメてる奴とか、眼がイッている者も多数だ。
「待たせたな諸君! では、今日も宴を始めよう」
突然そんな声が聞こえてきたのでそちらに眼を向けると、仮面を被った変な奴が壇上に上がりやばい連中に何かを語りかけていた。変声機を使っているようで男か女かわからない。
そいつは彼らに向かって何か白い粉が入った袋をばらまくと、集まった連中が一斉にそれに群がり、袋を破り吸引を始めた。暫くすると連中もテンションは完全におかしくなってしまって見るに堪えないありさまだった。恐らくそれは所謂ドラッグ、それも法の目を掻い潜った危険性の高い一物だろう。
俊介は頭を抱えた。こんなアホすぎる狂乱が終わるまでこんなところに隠れていなければならないことに。少々イラついたので連中が取りはぐったであろう現況をどさくさに間切れてくすねた。
その狂乱が終わったのは時間経ったくらいだった。楽しんだ連中はぞろぞろと引き上げて行き、主催者はその場で仮面を取り不敵な笑みを浮かべていた。何かつぶやいていたようだが、俊介の耳には一切入ってこなかった。その男の顔を見てかなり頭に来ていたのだ。頭のいい連中が皆そうであるとは思ってもいないが、大体そう言った連中に限ってその才能を無駄遣いして破滅していく。その馬鹿な奴らの為に犠牲になるのが我々凡人だ。理不尽極まりない。
早々に撤退し家路についた。
机に突っ伏しながら彼に思った。初日で核爆弾級の出来事があったのだ。ひょっとしたらこれ程、下手したら今日以上の出来事があるじゃないだろうか。それは勘弁してほしかった。これでは精神が持たない。しかし友人の頼みとあらばやらないと・・・・・・。
「・・・・・・リポD買ってこよ」
そして自身が課した8日目を迎えた。帰宅した瞬間、俊介はリビングのソファに倒れ込んだ。「う゛―」と唸り声をあげて疲れ切っていた。
濃すぎた。覚悟はしていたが、彼の体力を軽く0どころかマイナスに持っていき、気力を奈落の底まで突き落とした。
二日目の眞岡咲来、三日目の不死川心の調査は比較的精神衛生が宜しかった。眞岡は一般家庭の出で友人も多く
しかし、続く四日目五日目の連中は文字通り彼の体力と精神を葬った。国会議員の父を持つ蓮沼淳二に関しては学園から帰宅までの道すがら、父親の権力を盾にカツアゲ恐喝万引きといった所業に及んでいたが、これがどういうわけか両親に伝わっていない。というかその所業を知らない。普通なら面が割れているはずだから学園なり警察なりから連絡があってもいいはずなのだが。
五日目の十条寺久実に言ったっては最悪であった。不良とつるんで暴力に美人局その他に加えて、父親に至っては市議会議員ではあるが賄賂に資金洗浄果ては暴力団とつながりがあるとか悪い噂しか聞かない奴で、父娘揃って腐っていた。
この二人には先の葵冬馬同様に言いようのない怒りを覚えて残りの三人の調査を中止し、この二人の事を徹底的に洗った。
蓮沼淳二の父蓮沼辰郎は与党の幹事長を務め、槇田首相の右腕としてその手腕を発揮している。週末は必ず自宅に帰り息子の話を聞いたり家族で出かけたりと家庭的な人物だ。間違ったことはしっかりと諭しているあたり、教育にも熱心らしい。
その当の息子は一般人に暴力を振るい金を巻き上げ商品を盗みとろくでなしだ。これではいけないと感じた彼はその証拠をしっかりと写真に収めた。
後で聞いた話だが、何故ここまでいているのに誰も父親に話さなかったのかというと「議員には川神のために頑張ってくれてるから・・・・・・」と全員が答えた。
十条寺久実の父十条寺蕃昌は叩けば叩くほど埃が出まくった。指定暴力団「
「カオスすぎるよ~」
確かに川神市は世界的に有名な観光都市であり企業都市だ。だが、現実にはゴロツキから悪徳議員に腐った名門、少数の善良な一般人といった混沌とした魔境だ。
「もう無理・・・・・・寝る」
そのまま彼はまどろみに身を任せた。
翌日。
「俊介く~ん。起きるですよぉ~」
揺さぶられて起きた彼は、ぽやんとした顔で煉龍を見た。
「おはよ~。れ~ん」
「おはようですぅ~」
そう言って彼女はテーブルにコーヒーを置いた。彼はそれを一口飲み込む。
「あー、眼が覚めるな」
にふふとほほ笑む煉龍の手には大量の資料があった。今回の調査書であろう。
「あぁ、今日からまとめ―――」
「その必要はないのですよぉ?」
その時、確かに彼は固まった。
「・・・・・・何で?」
「どーせ俊介君の事だから私達の作った資料を2日2晩寝ずに完成させるつもりでいると思ったので、私達でまとめちゃいましたよぉ?」
彼は煉龍から資料をひったくり一枚一枚に眼を通した。するとどうだろう、彼女の言う通り綺麗に対象ごとにまとめられていた。しかも、自分の書式にである。
「だから、後は任せて俊介君はお休みするのですぅ!」
ビシッと人差し指を突き付けて告げた煉龍は彼が持っていた資料をひったくり返した。
「いや、でも、これは僕が受けた依頼だし・・・・・・」
「働きすぎは、めー、なのですぅ! 後は私達がちゃんと引き受けるのですぅ」
こうなった彼女は絶対にひかない。それは短い間であるが関わってきた彼には分かる。分かったと言って彼は表面上折れた。
彼はふと思い出した。調査開始前に彼女は無理をしてはダメだと言っていたのを。だから言葉通りに自分を止めたのだ。
「じゃあ、彼らの調査を続けてくれないかな?」
「分かったですぅ~」
煉龍はスマホを取り出し吉田達に連絡を取り始めた。彼はほくそ笑んだ。
これで彼女は吉田達と調査に出かける。彼女の監視の眼がなくなったらやろうと決めていたが、そう簡単にはいかなかった。
連絡を取り終えた煉龍は彼の隣に座るとにっこりと笑った。
「俊介君。温泉に行くですぅ」
「はい?」
「温泉に行くですぅ」
突然の申し出に戸惑う俊介であるが、彼女は再度温泉に行くと言った。場所を尋ねると、兵庫の有馬と答えた。
「いや、今からはさすがに無理じゃ―――」
ささやかな反撃を試みようとするも、煉龍はスッと両手に持っていた物を見てそれを封じた。
「もう予約済みですぅ」
今日の新幹線の乗車券と座席指定券、宿泊予定の宿のチケットを見てがっくりと肩を落とした。完全に退路は断たれた。何故なら、彼女はそれぞれの券をしっかり4人分持っていたのだ。つまり、家族で行くということだ。
「・・・・・・。分かった。一緒に準備しようね」
「ですぅ~」
準備を整えた二人は17:00に両親と待ち合わせているという東京駅に急いだ。
「いやはや。流石俊介。ここまで調べてくれるとは助かるよ」
「ま、超特急で仕上げたよ」
川神大戦3日前の午後。俊介の部屋で、龍二は約束の品をパラパラ捲りながら感想を告げると、俊介本人は苦笑いを浮かべた。
「吉田さんとかにも手伝ってもらったからね」
「お前にあんま負担を掛けないように言っておいたからね」
「煉にもビシッと指突き付けられて言われたよ」
「あっはっは。煉の勘の良さは世界一だからねぇ」
彼が用意した資料は3部あった。1部はS組内で「標的」となっている生徒の全データ。1部はその両親の中で彼や吉田達のアンテナに引っかかった連中。最後の1部は、「標的」をはずれた生徒のデータである。
「それで。この腐った果実の処理はどうするのさ?」
そう言って彼は二つ目の資料をバシバシと叩く。腐った果実とは勿論、腐敗の温床となっている害虫共の事だ。
「ま、利用はさせてもらうさ。子供の責任は親に取ってもらわないと」
不気味にほほ笑む龍二。
「どーにも俺はあの馬鹿共から舐められているようだ。一度、本気でシメてやろうと思ってな」
「前にもそう言ってたよね。ま、僕も調査していて嫌と言うほどアイツらのことがつくづく害と分かったよ。雑誌記者連中に売ったらさぞ盛り上がるだろうね。今の連中はかなりエグイから」
俊介は笑って言ったが、眼は笑っていなかった。
「本当は俺もこんなことで力は使いたくないんだよね。脅してるみたいでさ」
「けど、時と場合によっては致し方ないんじゃない? 煉も言ってたけど、悪しき力は別の力で叩き潰さなきゃ」
「へぇー。煉がそんなこと言ってたのか」
「うん。龍造さんの言葉だって」
ふむ、と龍二は顎に手をやりやがて話し始めた。
「力ってのは、持った人間を狂わせるんだよな。力使って物事を解決すると、ホッとするだろ?」
「う~ん。時と場合によるかな」
「そっから勘違いするんだよな。力の魔力に溺れちまえば、何かあれば力を使って強引に解決する」
「まぁ、分からなくもないかな」
「そう言った奴らに限って保身に走りその為に力を使うしな。今の地位でその力を使えるんだ。それを脅かす存在が現れたらあらゆる手段を使って排除にかかる」
俊介は何も言わず彼の話に耳を傾けている。
「結局のところ、連中はやがて自らが招いた綻びによって別の力の前に屈するんだがな」
「綻び?」
「そうだ。身内の裏切りとか、墓穴を掘るとか」
成程ねぇと頷いてから、俊介は資料を用意した紙袋に入れた。
「お手並み拝見させてもらうよ」
「任せろ」
そう言って、龍二は南雲家を後にして決戦の地へ向かった。