アズールレーン二次創作 ~ 今日もあの娘は元気です ~   作:ながやん

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 シュルクーフは通商破壊を目的として、一隻のみが建造された。1927年12月起工、1929年10月18日に進水している。潜水艦でありながら、8インチ砲を二門搭載する巨体を誇り、日本帝国海軍の伊400型が就役するまで、世界最大の潜水艦であった。

 1942年2月18日、商船との衝突により沈没。大艦巨砲主義の鬼子として生まれた砲撃力の潜水艦は、その力を発揮することなく海底へと沈んだのだった。浮上から砲撃戦の準備までに、約2分30秒も時間がかかることが原因である。そのため、水上艦に身を晒すリスク、潜水艦としての隠密性を考えれば、自然と導き出される結論は「砲撃を使わない」であったと言われる。




SUBMARINE BRIDE

 指揮官として、恥ずべきだと思う。

 今日に限って、絶対に会いたくないKAN-SENがいた。部下にして戦友、それ以上の存在である少女たちに対して、そんな感情を抱いてしまう自分が情けない。

 そして、そんな彼の前にその少女は現れた。

 ここ最近を思えば、対面は不可避だった。

 

「Salut! 指揮官、もうお仕事は一段落? ねえねえ、一緒にお昼寝しようよ~」

 

 彼女の名は、シュルクーフ。潜水艦だ。

 アイリス生まれの異端児とも言える少女で、その豊満に過ぎる肢体をこれでもかと押し付けてくる。快活で闊達、物怖じせず恐いものを知らない。無知や蛮勇ではない、本当の勇気を知る女の子なのだ。

 潜水艦でありながら、敵前に浮上しての砲撃を敢行する。

 指揮官は何度も、彼女の英雄的な行為に救われたのを覚えていた。

 

「あれぇ? 指揮官? なんか顔、赤いよ? 風邪かなあ、それは困るなぁ、っと!」

 

 今日も執務室で、シュルクーフは迫力のヒップラインを机の上に乗せてくる。お行儀が悪いのだが、どうしても注意できない。ケルンやロンドンのように、かしこまられてもそれはそれでむず痒いからだ。

 無遠慮にシュルクーフは、ごくごく自然に顔を寄せてくる。

 コツン、と指揮官の額に彼女は自分の額を押し当てた。

 

「んー、熱はないみたい! おっかしいなあ、顔が真っ赤。……あ! そ、そういうの? ねえ、指揮官……もしかして、私のこと……うぅ~、嬉しい!」

 

 ガシリ! と抱きつかれた。

 巡洋艦級の見事な胸の実りが、その谷間に指揮官の顔を招き入れてくる。

 呼吸が苦しくなる中で、確かに彼は甘やかな香りに包まれていた。

 ますます気まずい……無邪気なスキンシップが、指揮官の罪悪感を加速させる。今日に限っては、会いたくなかった。明日までは、顔を合わせずやり過ごしたかった。

 だが、シュルクーフはマイペースが信条の天真爛漫な女の子なのだ。

 

「もぉ、指揮官たらさあ。照れちゃって……今日はじゃあ、私が膝枕してあげちゃおうかなあ。え? いつも先に寝るのは私だって? その時は、うん! 指揮官が膝枕してよ」

 

 シュルクーフには、敵わない。

 トラブルメーカーで、規律も規則も乱し放題。ベルファストが眉根を釣り上げる顔を、いつも思い出してしまう。どういう訳か、ロイヤルとアイリスのKAN-SENは、ウマが合わない者が多い。戦場でこそ阿吽の呼吸だが、お国柄というものが私生活には滲み出てしまう。

 指揮官がおろおろしていると、執務室のドアがノックと共に開かれた。

 

「指揮官? さっきからノックしてるのだけど……あら?」

 

 現れたのは、レキシントンだ。

 指揮官の秘書艦にして花嫁、寝食を共にしている女性である。いつも姉ぶる彼女は、抱き合う指揮官とシュルクーフを見て、にんまりと微笑んだ。

 

「あらあら、お邪魔だったかしらぁ? もう、弟くんも隅に置けないわねぇ」

 

 いつものおっとりした声だ。

 今度はシュルクーフが真っ赤になって、弾かれたように指揮官から離れる。彼女にも恥じらいはあるし、なにより道理はわきまえている。アイリスの女性は奔放でおおらかに見えて、とても義理堅いのだ。

 彼女は執務机から降りると、俯き口をもごつかせてから、顔をあげた。

 

「ごめーん、レキシントン! でもね、これは違うの……私が一方的に言い寄ってるだけで。その、指揮官はでも、私のことなんか。だから、これは違うの!」

 

 だが、余裕の笑みでレキシントンは鞄に手を差し入れる。

 そして、小さな小箱を指揮官へと投げてよこした。

 

「忘れ物なんて、駄目よ? 弟くん、こういうとこは間が抜けてるのよね」

 

 お礼を言って、指揮官はそれを受け取った。

 そして立ち上がると、改めてシュルクーフに向き直る。

 彼女の前にひざまずき、先程レキシントンが持ってきてくれた小箱を開く。

 その中には、宝石の輝く指輪が収まっていた。

 シュルクーフは、なにが起こったのかわからず目を白黒させて固まった。

 

「え、あ、おおう? ま、待って、指揮官、私……ええーっ! ど、どうして?」

 

 彼女の問にただ、結婚してほしい旨を伝えた。

 どうしてと言われても、こうしたいからだとしか答えられない。

 勿論、レキシントンに真っ先に相談したし、彼女は快く承知してくれた。だから、二人目の妻としてシュルクーフを娶りたいのだ。

 混乱するシュルクーフに、そっとレキシントンが寄り添う。

 彼女はシュルクーフの肩を抱き、聖母のような笑みを浮かべていた。

 

「シュルクーフ、指揮官のことは嫌いかしら?」

「そ、そんなっ! すっ、すす、すっき! ……デス」

「なら、指揮官の気持ちに応えてあげて。ね?」

「で、でも、レキシントンは」

「これは私の望みでもあるのよぉ? ……指揮官に、ひとりぼっちになってほしくないもの」

 

 レキシントンは、昨夜の夜にそうしたように、シェルクーフに語り出した。

 彼女たちはKAN-SEN……キューブから竜骨のデータを再現されて生まれた、大洋の戦乙女なのだ。可憐な美しさは、同時に残酷な戦闘兵器の側面を持っている。

 故に、いつどこで戦没するか、わからないのだ。

 それを知るからこそ、昨夜レキシントンは言ってくれた。

 もし自分が沈んでも、決して一人になんかならないで、と。

 そのことを知ったシュルクーフの瞳に、大粒の涙が浮かんだ。

 

「あらあらぁ、しょうがないわねぇ~。さ、泣かないで。指揮官のために、笑って」

「で、でもぉ」

「指揮官ね、今日はあなたにプロポーズしたかったの。でも、結婚指輪を忘れて出掛けちゃったのよ? ふふ、そんな人だからこそ、あなたの支えが必要なの」

 

 レキシントンの言う通りだ。

 バツが悪くて、求婚は明日に先延ばしするしかないと思っていたのだ。

 だが、いつものようにシュルクーフはやってきた。

 指揮官は知っている。能天気で遊び人、KAN-SENの自覚がないサボり魔と思われてるシュルクーフが……潜水艦隊と水上艦たちの間を取り持ち、両者の連携強化のために毎日頑張っていることを。

 その働きがあるからこそ、彼女は堂々と指揮官の元へサボりにくるのだ。

 そんな彼女をいつしか、指揮官は信頼し、愛情を寄せるようになっていたのだった。

 

「……わ、わかったわ! 指揮官! 私、指揮官のお嫁さんになる! ……絶対に、ぜぇーったいに! ひとりぼっちになんかさせないから」

 

 シュルクーフは指輪を受け取ってくれた。

 そんな彼女を、レキシントンが祝福するように抱き締める。

 この母港では、艦隊を任される指揮官は皆、一人で複数の妻を娶っている。それは、指揮官に想いを寄せるKAN-SENたちが進んで望む環境だった。誰もが皆、戦いに命をかけている。指揮官の采配一つで戦没する運命を、既に受け入れているのだ。

 だからこそ、多くのKAN-SENに愛し愛されてほしい、そう思うのだ。

 

「じゃあ、シュルクーフは今夜、うちにいらっしゃいねぇ?」

「……ほへ? え、あ、あの! でも、指揮官の宿舎にはレキシントンが」

「いいのいいの、いいのよぉ。ふふ……指揮官のこと、私がたっぷり教えてあげるわよ?」

「そ、それは……おっ、おねがいしますっ! ……レキシントン、姉様」

 

 こうして、新しい家族が増えた。

 周囲からは、潜水艦と結婚した物好きとして、このあと少しからかわれ続けることになったが、気にしていない。潜水艦なんかという奴は、浮上しての砲打撃戦で黙らせてしまう……シュルクーフはそういう女の子だ。

 だが、彼女を迎えた三人での日々は、より一層彩り豊かなものへと変わってゆくのだった。




 俺が二人目の嫁に選んだのは、シュルクーフでした。潜水艦って、好きなんです。シュルクーフは、福井晴敏先生原作の映画「ローレライ(原題:終戦のローレライ)」に登場する主役潜水艦のモデルになったことでも有名ですね。この「突然近くに巡洋艦レベルの火力を持った敵が浮上してくる」という開発コンセプト、悪くはないと思います。イギリスでも似たような艦を作ってましたし。

 ドイツが実用化させた、軍用潜水艦というものはとんでもない発明でした。第二次世界大戦では、空母と潜水艦が海戦の歴史を変えたといっても過言ではないでしょう。だからこそ、潜水艦黎明期だったこの時代、あえてデカい大砲を積んでみよう!なんて思想がうまれたのかもしれません。そのチャレンジ精神、俺は好きですね。

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