第1話
森の中。
木々の間から細々と光がこぼれるような真昼というのにも関わらず、闇の深みを表すようなところだった。乱雑に木が並び、不気味な姿をしている事を薄めに開いた目から見た。一体、此処がどういう場所なのか、それは想像の範疇を超えていた。まず、誰の仕業であるかを考えてみたが頭を使うだけ無駄だと感じてしまった。そして見覚えのない場所に何から始めるべきか分からなかった。無理に動く必要はないと視線を下に落とした。生えてないところから土が見える、まだら模様をした地面で放り投げたように捨てられた刀が二本置いてあった。一尺と五寸ぐらいだろうか、そうぐらいだと目測した。木漏れ日から当たっている地面からは少し離れたところにあり、もたれかかっていた木から背中を離して四つん這いになれば届くそんな距離だった。
「人に聞いてみるか。」
何もしたらいいか分からず、兎に角動いてから状況を把握しようとその場で立ち上がる。二本の刀を持って、暫く上を見ていた。日の傾く向きでも見ようとしている。しかし、それがかなわないほど深々とした葉に諦めて木に預けていた背中側へと足を進める。所持品を歩きながら、確認してみる。口が寂しくなったので自分の着ている服を叩いて何処かに物が無いか探してみた。案の定見つからない。致し方なく手の届きそうなところに生えていた枝を手にむしり取り、口にくわえる。
「細いが、無いよりは良い。」
気怠そうに言葉を発するが、満たされないものは仕方がないと諦めてひたすら真っ直ぐに歩いた。腰に付いていた帯に鞘を挟んでおく。武器はないよりかはマシだと思うが、吉と出るか、凶と出るかは考えてなかった。口にくわえている枝がヒクヒクと動いている。相当苛立ちを隠せないように見える。そんな時だった。誰かの悲鳴が聞こえたのは。今まで何か何だか分からなかった。だからこそ、人に会えるかもしれないという喜びが込み上げてきたかのように脚を進ませた。
「待って、待ってくれ。頼む。」
木の裏に隠れ、その様子を見ていた。木漏れ日というもので二人の様子が見える。だいぶ状況は悪化していると推測できる。恐らく、出会った時に出した悲鳴から悠長に近づきすぎたかのように思う。一生懸命に命乞いをする男の惨めな姿を表情を変える様子もなくじっと見つめていた。
「食べても大丈夫?」
何を、言いたくなるが、冷静に聞くと食べるのは男なのだろう。いわゆるカニバリズムの人らしいが、声は少女、いや子供だった。無邪気で素直な声音からは物騒で恐ろしい単語が放たれている。そんな様子を見て興味が湧いてきたのかその場に居る事にした。
「いや、待て。落ち着け。これあげるから。」
そう言って男が取り出したのは、白い粒が固められた握り飯であった。もしかすると、作業か何かをしに行く途中でばったりと出会ったしまったように思える。運命とは皮肉なものだと感じた。男は必死に命を乞うあまり、状況がより悪化している事に気づけなかった。そして、放たれる一撃に男は地面にねじ伏せるかのように頭を下げた。何が起きたか、といえば頭を叩いただけだが、その怪力と言うのは言葉には言い表せないが、凄まじいものであったとしか言えない。倒れた食料の頭を右脚で抑える。左腕を持って力一杯引き抜く。筋肉の千切れる音が聞こえ、分離した。そして美味しそうに食べる少女の姿は狂気というものを感じる。近寄ってはいけないものであるようだ。
「うーん、美味し〜い。」
確かに腹が空いているのは確かだが、分けてもらえるかと言えば別になる。それにとても食べたい思える精神状態でもなかった。少女はまるで当然かのようにムシャムシャと食べていき骨を地面に捨てる。白く、綺麗な骨が如何に食べ物に飢えているかを感じさせた。十分に食べたかと思ったところで兎に角話を聞いてみる事にした。此処でこのタイミングを見逃せば次訪れる機会まで生き延びることができるか、不安である。
「少し話を聞いてもいいか?」
少女はゆっくりと顔を向ける。この森に溶け込む黒のワンピースを着て頭に赤いリボンをつけた黄色い髪の子で満足そうな顔をしていて幸せそうだった。
「なーに?」
少女は笑顔で先程とは別人のように感じる。街に居れば、普通の子供で間違い無いだろう。
「此処が何処か知りたいんだが。」
「外から来た人?」
外、と言う単語が気になるが何も言わずに話を聞き続けた。
「此処は幻想郷だよ。」
「幻想郷というのか、成る程。では何処か高い場所から辺りを見渡せる場所まで案内してもらいたいが良いか?」
「良いよ。」
あっさりと答えてくれたが、その惨状を見て易々と付いていくほど、無警戒のつもりはない。ましてや、いつ後ろを振り返られても対処できるようにしようと腕組みをする。柄に触っているのもらしくないし。警戒されるのもよくない。
「ここから近いのは博麗神社だよ。」
来て来て、と手を動かし、ふわっと少女は空に浮くが何とも思ってはいなさそうだった。
急に視界がひらけた先には石で作られた人工の階段があった。その先には赤い鳥居が見える。
「この先に博麗神社があるよ。」
少女は大きく手を動かして指を指した先には確かに小高い山のようなものがある。確かに間違いはなさそうだった。
「すまない、案内ご苦労だった。それでこれからどうするつもりなんだ?」
灰色で染められた薄くゆったりとしている衣を着た男が少女のことに心配そうに聞いた。髪は多少長く、目にかかっていると思う。髪が搔き撫でられているせいで目がしっかりと見えていた。後ろで軽く結んでいるが肩には当たらなそうだ。顔立ちは男らしくはないが、それなりに整っている青年だった。
「死体を持ち帰るの。」
少女は明るく元気に言った。青年はその発言に一瞬、身を引く。野生的な関わってはいけないような気配を感じたのだと思われる。
「そうか、時間をとってしまったな。日も傾いている。早めに帰ると良い。」
青年は少女にそう話しかけると元気よくうん、返事して森の闇の中へと潜り込ませた。肩を落とした青年は気を張り詰めていたためか、いつの間にか落としていた枝をこの時初めて気付いた。兎に角今は階段を上って博麗神社とやらに行ってみるしかなさそうだった。
「しかし、不思議な所だ。」
青年は張り詰めていた緊張の糸が切れそうな所で耐えていたからか、どっと疲れが溜まっているようだった。青年は右肩を左手の拳で振り落としながら数回叩く。同じく左肩にもした。最後に首を動かした時、不穏なゴキゴキとした音が聞こえ、瞬時に手で首筋を触る。繋がっているのを感じつつ、そっと撫で下ろした。
「さて、上るか。」
やっとの事で上り始めたが、その足取りは老人かのようだった。一段上っては止まる。また一段上っては止まる。そんな事を繰り返して何とか上りきった。青年は鳥居をくぐってから石の敷かれている整った道を進んだ。その先には小さめな小屋があり、その前に文字の掠れているが賽銭箱と漢字で書かれた古びた木箱があるだけだった。神社だからか、納得したところで誰かが近づいて来た。