その場所には多くの人間が住んでいた。
幻想郷の中心に位置する人里では多くの商人や職人が住んでいて旅人が泊まっていくような大きな街として機能していた。その場所の一角に寺子屋をしている女性がいた。
六角の上に三角錐を乗せた青色の帽子で白色に青のメッシュを入れた髪が腰の辺りまで伸びている。青色で上下が一体になっている服を身に纏っているがスカートには幾重にも重なった白のレースがある。上は胸元は大きく開いていて半袖であった。
そんな姿なのだがそれでも教師をしている。もう寺子屋は終業の時間になったのか子供の姿は見当たらなかった。一旦一通りの仕事を終わらせたらしいその教師に青年は近づいていった。
「寺子屋の教師をしていたんだね。」
青年は少し疲れた様な口調でその寺子屋の前に立っていた。教師は寺子屋の中にある教室に入るための道を掃き掃除していたところであるらしく青年にとってはタイミングが良かった。
その教師は何処か覚えている様なそうでもない様な雰囲気を出しているが青年は暫く思い出すまでは待ってみる事にした。
「君はあの時の青年だね。大分時が経っているけどどうしたんだい?」
寺子屋の先生をしている人の名は上白沢 慧音と言う。前は竹林の中で会って永遠亭までの道のりを教えてくれた。青年はその事を伝えたいわけではないが何と無くの気分で寄ってきただけなのである。
慧音は急な人物の意外な訪問には驚かされたがその事は気にする事はなさそうだ。幻想郷ではいちいちそのような点を気にするだけ無駄だとも言える。
「別に。人里に寄ったからついでにあの時の礼でも言おうかと思った。が、少し気が変わったから付き合ってもらっても良いか。」
青年は前の話で人里の自警隊を組んでいる事を覚えていた。だからこそ人里の人々に話を聞いて此処までたどり着いたと言うわけである。
青年は別に敷地内に入る事はしなかったので慧音は仕方がなく中に入るように促した。そして教室として使われている場所で待つよう青年に伝えると慧音は何処かに向かってしまった。
青年は子供達の背丈に合わせた机の下に足を入れることができずに敷いてあった座布団の上に寝転がる事にした。外を見るための襖は開けたままであるので青年の寝ている姿がすぐに見えるが誰も気に止める様子はなかった。客人というよりかは見知った人の様に思われたのか別に話題にもされないと言う事である。
「済まない。この様なつまらないものでしか今はもてなすことが出来ない。」
慧音が質素なお盆で持ち運んで来たのは一杯の茶だった。何処の茶葉を使っているのかは分からないが永遠亭の茶よりも濃いのは確かであるらしい。
きっと適当な茶葉なのだろうと思った。が、すぐに飲む様な事はしなかった。彼は猫舌なのである。
偶に飲まずに帰る事もあるが出された物は飲む様にしている。
「別に気にするな。突然の来客にもてなしてくれるだけでも嬉しい。」
青年は珍しく湯呑みを右手で掴んで茶を口元に持っていく。そこで息を吹きかけて十分に冷ましてから一口だけ飲んだ。
紅魔館の茶よりもこちらの方が口に合うが白玉楼や永遠亭の茶の方が美味しいのは言わずとも分かる。
場所が違うのだ、そして住んでいる人々も格が違う。青年はそんな事を思いながらゆっくりと湯呑みを机に置く。
「此処から見る外の景色は意外と殺風景なのだな。」
特に関係のない様な事を変に口ずさむが慧音は特に何も言わなかった。それも人里の中心ではなく少し北側に位置すると思われるため人通りが一気に少なくなっている。
寺子屋としてはその方が環境的に良いとは思う。
「それは仕方がない。元々静かなところが好きなのだ。だが人里から離れるわけにも行かない。そうすると此処が一番最適な場所だからな。」
慧音は淡々と答えていく。青年の言葉には特に反応を見せようとしないがその辺りは教師として無視したのだろう、と思う。
慧音は自分の近くに置かれている湯呑みで茶を飲むと本題へと入らせようとする。青年は特に話す事も無かったりするので何を話すか何も決めていなかった。
「永夜異変の件だが新聞の言っている事は正しいのか。」
青年はその異変の時に会った事を思い出しながら慧音の表情は見ずに何も書かれていない板を見ていた。
其処には何か書いた後の様なものがあるがはっきりとは読めないので青年は解読してみようとは思わなかった。
「いいや、全くと言って嘘の情報だ。あのような時を操るのは永琳ではなく輝夜の能力だ。だから私は人里の人々を不安にさせないように夜を喰っていた。」
慧音は依然として強い意志を持って青年に話している。青年は少しだけ押され気味になりながらも興味深そうに聞いていた。
「慧音が夜を進まない様にしていたのか。」
「いや、結界が張られている。幻想郷全体を覆い隠す様な大きさで月の形を変えないものだ。そうなれば大抵の人間が異変には気づくだろう。するとどうなるかといえば私の元に沢山押し寄せてくることになる。だが、それをされた所で私は如何してもあの二人とは仲が悪いので話を聞いてくれるとは思っていない。私には異変を解決させてもらえる人を呼び寄せる必要があったんだ。其処で妖怪に手助けしてもらうことにした。」
それでレミリアは気付いたのか、そして紫やアリスも気づいたのだと思われる。
青年はそれだけの強力な力を持ち合わせている妖怪でないと気づけないのだろうと勝手に解釈しておいたが別に間違っていないことに後で気づく。
「博麗の巫女に頼めば解決には向かってくれるだろうが感じ取るには力が小さ過ぎるんだ。雲すら覆う様な巨大な結界を張っている。地表に届く魔力は微々たるものもの。それこそ魔力を扱う魔女にでも感知できるかどうか。すぐには解決してくれないだろう。其処で博麗の巫女の後ろ盾に頼む事にした。」
「八雲 紫か。」
「そうだ、しかし神出鬼没な彼女は私は見た事はない。だからこの方法でしか君たちに異変であることを教えることができなかったと言うわけなのだ。その結果変な解決のされ方をしたが裏ではきちんと解決してくれた人が居るのだろう。」
「貴方は自分の非力さを自覚した上で強大な力を持つ妖怪に異変解決に向かわせる事にしたわけか。別に悪くはないがちゃんと誰が犯人かを指し示すべきだった。」
「永琳の事だ。上手く言いくるめて犯人を私にでもさせる事もできるだろう。」
慧音はじっくりと考えていた。うーん、と唸りながら腕を組んで深く考え込んでいる姿は青年には何か言える様な事はなかった。
なんだかんだ上手く解決までは導いているわけなのだ。青年も慧音を責める様な気は起こらなかった。
「人それぞれが汚い思惑の元で動いている。永琳は姫を守るために異変を起こした。解決する事で名誉を得ようとした巫女、そしてその後ろ盾の八雲 紫。人が絡まり合うと言う事はその様なことが起こる。その点貴方は混乱を起こさなかった点では賢明な判断なのだろう。」
青年は再度湯呑みの冷ました茶を一口だけ飲んで喉を潤していた。
そこから慧音を見る瞳が淀みがないことを見られた人は気付いた。慧音はちょっとした興味と好奇心が自身の中で膨らんだ。
「済まないがもう少し時間をくれないか?会ってみてほしい人が居るんだ。」
「別に時間など有り余っている。それに慧音の合わせたい人ならきっといい人物なのだろう。」
青年は一旦出された茶を飲み干すとその場で立ち上がった。
「行くなら早くしよう。一泊すると流石に心配をかける。」
「よし、分かった。ならば直ぐに行こう。」
慧音は何らかの決意とともにその場で立ち上がると湯呑みを片付けに言った。青年はその辺りは手伝うことなく庭に出て慧音が出てくるまで待っていた。】
人里を通り抜けた南側。そして妖怪の森を抜けたその先の竹林までやってきた。その竹林は迷いの竹林と呼ばれている。
その場所の高低差、方角を狂わせてくる魔性の林は見知っているものでしか辿り着くようなことはできない。
「またここにくる事になるとは思わなかった。」
「此処には私の友人がいるがその人と輝夜がいがみ合っている。その理由は致し方がなしと思うがどうにも自分の命を投げ捨てている節があってな。何とか出来ないものかと悩んでいる。」
青年は少し考え込んでから何となく輝夜の蓬莱人としての特徴を思い浮かべていた。
その人は如何なる事でも死ぬ事はなくまた体が老いるような事もない。そのような人物といがみ合っているとなればその人も同じものを持っているのだろうと思っていた。
「どうして俺に合わせようとしているのかはよく分からないが何か面白そうな気がするので行く事にする。」
「そう言ってもらうと助かる。それに偶には男と会話をしてほしいと思っていてな。何か似ている節があるので連れてくる事にしたんだ。」
「良い意味で捉えておこう。」
青年は慧音の右後ろを歩いていた。ここら辺の地理情報は全くないために少しでも場所を間違えると簡単に迷ってしまう。それが此処が迷いの竹林と呼ばれる所以である。
それに永遠亭ならまだ真っ直ぐ行けば分かるが慧音の友人の家となるとまた違う話になる。目的地もよくわからない状態なのである。慧音の後をついて行くと一軒のボロ屋に辿り着いた。
隙間風などは簡単に入る。そして今にも倒れそうな気配があるが其処は竹で何とか耐えられるようにしているようで見た目はよく分からない状態となっている。
「お邪魔する。」
「慧音、と後ろの男は誰だ?」
怒気も含まれていそうなその物言いに青年は少しだけ不審に感じた。過去に何があったのかと思ってしまった。
「この人は私が妹紅に会わせようと思って連れてきたんだ。」
慧音の一言で不満そうにしながらもそれ以上は何か追い返そうとはしなかった。
その人は白い髪でとても長いが手入れされているのか真っ直ぐだった。そして赤いリボンで細かく結んでいる。白いシャツでサスペンダーを着けたモンペのようなズボンを履いている。
目つきは鋭いが少し痩せているせいかあまり気を感じない。
「それで今日は何の目的で来たんだ、男。」
妹紅と呼ばれた少女はそれでも警戒心からか強く当たる。慧音には一言で軽く怒られたが青年は自分で慧音の言葉を防いだ。別に蔑称でも何でもないので青年は気にしていないらしい。
「慧音に聞いてほしい。俺は連れてこられただけで貴方も此処で初めて知った。」
「あぁ、そうなんだ妹紅。少し似ているような気がするので今日は連れてきてみる事にした。」
慧音は少し緊張した面持ちをしているが今日は見たこともない奴が居るので妹紅が警戒心を剥き出しにしている事を気にしているのだろうが別に青年は気にしていなかった。
此処から解けばいいし変に打ち解ければいい。安易な考えではあるが楽観的に考えていた。
「それであんたは何処に住んでいるんだ?」
「今は紅魔館に居る。事の進み具合では偶に顔を出しに来るかもしれない。」
青年はとても楽観的に事を構えていた。妹紅はその性格をどの様に感じたのかは知らないがそのふざけた物言いを軽く受け止めていたように思える。
「紅魔館の使用人と言うところか。それなのに自由なのか。」
「仕事を終えた後に勝手に出て来ているだけだからその点は気にするな。後で怒られている。」
妹紅はそのアホらしい行動で少しだけ馬鹿にするような笑いを浮かべた。少なからず今までのような警戒心は無くなっている。
青年は更に続けてみようとしてみた。
「後は釣りをしてみたり色んな事をして過ごしている。」
「そうかい。中々面白い生活しているんだな。」
「そうか。少し試してみるのもどうだろうか。」
妹紅としては確実に客として扱うらしいが、このようなお気楽な人物を警戒している方が疲れるというものである。
しなくなったと言うよりかは諦めたと答えてみるほうがいいと思われる。青年は此処で失礼する、と言って靴を脱いでボロい座布団の上に座った。
慧音も青年に合わせて囲炉裏を囲むように座る。妹紅と青年が対角に座っている真ん中で慧音が二人を監視しているような感じで座っている。
「良かったな、妹紅。」
うんうん、と唸っている慧音だがまだ早いだろうと青年は思っていた。まだ確実に警戒心を解いたわけではない。それは何となく年の差から感じる小さな誤算からだった。
妹紅はきっと何年も生きてきている。それは青年の年の何十倍ですめば良いぐらいに。レミリアよりも確実に年を取っているのはよく分かる。その間きっと何も食べたりはして来なかったのだろう。そうでもしなければこうも何もない空間で過ごしてこれるわけがなかった。
「ああ、そうだな。」
妹紅は膝を抱えながらもそう言った。慧音は嬉しそうにしていたが何処か寂しそうにしているのを青年は横目で確認した。また来る事があるのかもしれない。