日に暮れた竹林の中にある古びた小屋に一人の客が訪れた。
その客は一見歩きづらそうな格好をしているが別にそうでもないようでスタスタと歩いていた。ゆらゆらと黒髪が風になびいていてこの世の人物と思えないほど美しかった。そして黒髪の奥底から見つめる澄んだ目が見た者を虜にする、そんな瞳をしていた。そのような人がこのような古びた小屋に何の用があるのだろうか?
「折角の機会だ。何か振る舞えるものはないか。」
慧音は見れば分かるような惨状の小屋の中の何処にそのような物があると思うのだろうか、青年は失礼ながらそう思ってしまった。
見るからに隙間風の入る置くものも何もないような空間に何があるのかさっぱり分からなかった。
「別に多少の備蓄はしておけと口うるさく言われているからな。その点は気にする必要はない。」
この家の主人である妹紅はすす汚れた座布団から立ち上がると青年の方に歩き始めた。
慧音がいない分真っ直ぐな道を囲炉裏の横を通るのを青年はその場から動かずに視線を通さないように見ていた。そして囲炉裏のある場所で慧音がもっとも遠くなるように一直線に歩き始めた。
青年は何がしたいのかよく分からないままその様子を眺めていた。妹紅は驚いた事に自分の家の床を踏んで壊すとその下から何やらタケノコが現れた。
その形は不揃いで栽培していると言うわけではなくて竹林の中を歩いて探してきたと言う方が正しいだろう。適当な大きさのタケノコを3つ取り出すとゆっくりと床の板から足を離して閉じた。どうやらそこは開閉式であるらしく妹紅は何も言わなかった。慧音も何も言っていないどころか自ずから立ち上がって妹紅からタケノコを取ったのであれが普通であるらしい。見た目は倒れそうなのだがからくり屋敷のように作りはしっかりとしているのかもしれないと青年は思った。
「十分だ。これを湯がいて食べる事にしよう。」
慧音は外へと出かけるので青年はその場からは動かずに妹紅と二人で外に行くのを背中で感じていた。それは同時に人の気配もである。
遠くの方から一人が近づいてくる。もう二人は慧音と妹紅であるので別に気にする必要はない。それにこの小屋の周りにしか居ないので余程のことがない限りは何も起きないだろう。
「妹紅、居る?」
黒髪で長い袖の服を羽織った少女。そしてピンク色の落ち着いた色合いで胸元に大きなリボンの付いている姫。
その名は蓬莱山 輝夜と言う。
「何をしに来た。」
青年はひっそりと元気のない声で話していた。そんな感じに聞こえてきたが青年にはまた別の思惑がある。輝夜は此処に青年がいる事が疑問で仕方がないようだ。確かに此処は詳しい場所は分からないが永遠亭に行くだけでは辿り着かないような場所にある。
永遠亭に行きたいのであれば別に真っ直ぐに進んできたらそれでいい。わざわざこんな場所へ来るような不必要もなかった。
「貴方は此処で何をしているのかしら?」
「いや、別に。」
「まっすぐ来たら着くでしょうに。早めに帰りなさい。人間がいて良いようなところではなくなるわよ。」
輝夜はそのホンワカとした柔らかい口調で青年を軽く追い出そうとしていた。
その真意までは分からないが何か穏やかではない事が起こるのは確実だろう。青年として此処は抑えてみようと考えてみた。
「なら、俺も見ていられる形で勝負を決めてくれ。」
青年は俺には関係ない、と今にも口から出しそうだった。それぐらいの気怠そうな物言いである。輝夜としても今は遊びで来ているわけではないので早めに帰らせたい所ではあるらしいが一向に引く気配がないのを沈黙の間に悟った。
青年も何となく今から何が行われるのかは見てみようと思う。永遠亭では気楽な人物でも今の様子はそのイメージからはかけ離れたものだった。青年の興味が向かないはずがない。
「それはもう好きにしなさい。」
輝夜は半ば諦めたような物言いで小屋の中には完全には入らなかったが雨よけ程度の入り方でこの場に居るつもりであるらしい。土間を跨いでいるだけのような事である。
「この靴は永琳のお手製なのか。」
青年は気になったので早速聞いてみる事にした。それは輝夜の履いていた靴である。下駄のようなものではあるがそれとはまた違うようです其処が少しだけ厚かった。そして黒塗りだが綺麗に磨かれているらしく新品のような見栄えだった。
紅魔館の使用人が履いている革靴と何ら変わらない様にも見えるが鼻緒が付いているのでどこか違うと思えた。
「いいえ、月から出てくる時に履いていたものよ。」
輝夜は自慢げに答えた。物はいずれは朽ちるものであり、万物に等しく訪れる死を事前に回避しているわけである。
「時を止めているかのように綺麗なものだな。」
青年は軽々しく答えた。その軽さはちょっとした知り合いにするようなものであり決して姫にするようなものではない。
輝夜もその点は知っているので何も言う事はなかったがどうしてそうなったのかは不明である。
「皮肉かしら。面白いから何も言わないでおくわね。」
輝夜もその点は心得ているのでさらりと青年の発言は流していた。その理由は別に興味がないと言うわけではなくその先にある出来事を読んでいたからだった。
「輝夜、今日は私が行く約束ではなかったのか。」
何か恐ろしい物でも始まると思っていたが別にそうでもないらしい。しかも何らかの約束までしているのが微妙な気分にさせる。
彼処まで気を張り詰める必要があったのかそこが青年には疑問である。しかし現状を青年が知るような事はなかった。輝夜の横顔と妹紅の話し声がする方向がわかるだけでその他の情報はなかった。
青年は輝夜の方を向きながら胡座でこれからの様子を眺めている事にした。
「それは良いじゃない。細かい事は気にしないことよ。」
輝夜としては多少なり嘲笑の入った含みのある言い方で妹紅を煽った。
妹紅の後ろにいると思われる慧音なら止めに入る事もあるのだろうがそれをしないのはきっともう二人の世界では常識として成り立っているのだろう。青年は見慣れない決闘なので静かにその様子を見ている事にした。
「なら少し場所を変えよう。ボロ屋が燃えては住む場所がなくなる。」
「そんな小屋なんてあってもなくても変わらないでしょう。」
輝夜はすぐさま妹紅の言葉に合わせて札を出す。青年は不意に立ち上がると文字通りの古い小屋の空いている隙間から覗いてみる事にした。とは言ってもその行動は水の泡となる。
「それは永遠亭に比べればそうなるかもな。これに勝ったら建て替えてもらおう。」
妹紅はきっとタケノコを慧音に預ける事にしたのだろう。言葉などまるで意味をなさないような二人だけの世界が衝突に始まった。
輝夜は外に出ると其処に妹紅は下から振り上げる形で右の拳を動かした。その部分だけは丁度小谷野出入り口の隙間から見えたので青年は何となく見てみたい好奇心から外に出る事にした。
その場では異能と言わん限りの激闘が続いていた。その中で青年はフラフラと慧音の方に近づく。
「いつも二人はこのような無駄な争いをしているのか?」
「ああ。」
慧音は面倒くさそうに言うだけで心の底からそう思っていないように聞こえた。慧音でさえ言い聞かせてもし続ける問題児のような扱い方をしているのだろうか。青年は何か別の事を考えてから慧音の持っているタケノコを持とうかと聞いてみる。
慧音は別に良いと答えたので仕方がなく青年は二人の激闘が見られるところへと向かった。ズボンの右ポケットから煙草の箱を取り出すと一本だけ咥えて上にいる二人を見ていた。
俗に言う弾幕勝負というものなのだろうが流石に綺麗なものであると言うのか、二人の熱には影響を少なからず受けていなさそうな青年は首を少しだけ傾けて流れ弾に当たらないように見ていた。
慧音はそんな青年を見ていられない腫れ物のような扱いをしていた。まぁ、青年の頭上で輝夜と妹紅が弾幕勝負をしている側でポケッ、と意識があるのか分からない表情で白い棒を咥えているのでそうなるのかも知れない。
二人の弾幕のこぼれ弾をグレイズさせていただき煙草に火をつける。青年の周りには妹紅の方から赤色が輝夜からは赤、青、黄、緑、薄青の弾が流れてくる。青年は二人の行動や弾の動きに合わせて細かく立ち位置を変えていた。いちいちそのような事をしなくても青年なら剣で受け止めてしまいそうな気もするがそれは二人の美しい勝負を邪魔すると考えているのかそのような無粋な真似はしなかった。
「輝夜!」
「妹紅。」
弾幕勝負は辞めたらしい。青年は瞬時にそう思った。此処からは肉弾戦に移り変わるらしいが輝夜に勝機があるのだろうかと青年はふと感じた。
此処まで輝夜が何か動いているところを青年は見た事がない。それに対して妹紅は素早い一撃を見舞っていた。口内に溜まった紫煙を吐き出してからまた考えていた。
答えなどないしこれから分かるので一種の賭けのような感じで青年は楽しんでみる事にした。いきなり一撃を入れたのは妹紅である。
左肩を殴られた輝夜は少しだけ苦しそう表情を見せたがすぐに平常に戻した。妹紅の拳があったところには焦げ付いた跡がある。青年は炎を操る能力でも持っているのだろうと簡易的に考えていた。
妹紅の拳には燃え上がるような炎を纏っている両拳を構えていた。輝夜は結局のところ不利な戦いを強いられているが二人の中ではその辺りは関係ない事なのだろう。妹紅は左の拳を突き出して輝夜に当てようとする。
が、輝夜もただでやられるような人物ではなかった。右足で妹紅の腹を押し出した輝夜。
そしてマトモに入らなかった拳を引っ込めるように後ろへと仰け反る妹紅は左手で腹を抑えていた。それから片膝を地面に付けていた。
どうやら入ってはいけないみぞおちらしく呼吸しづらそうにしていた。輝夜は追撃とばかりに飛び蹴りを見舞う。妹紅もいくら急所に当てられたからと言っても生きている年数は青年とは大きく違った。
右手で輝夜の左足を受け止めると腕をバネのように縮こめて一気に押し返した。多少なり上に向いていたのか輝夜も仰け反る。どうやら妹紅は一応回復したらしくその場で立ち上がると輝夜に覆いかぶさるように走り寄った。
輝夜は抵抗が出来ないらしく避けることもしなかったので妹紅からはマウントを取られるわけになるがそこで能力を使ってその場から抜け出した。妹紅は急に消えた輝夜を確認してから地面にぶつかる前に受け身をとって最低限の損傷で済ませた。
妹紅は急に失ったので現状を把握するのに精一杯だった。後ろからの奇襲に妹紅は渾身の一撃を見舞う。左腕を腰の回転と共に振り回して当たる瞬間に最大限の威力を発揮するように力を込める。
燃え盛る炎が輝夜の体では受け止め切る事ができずに後ろにある竹まで燃やした。輝夜はまさかの奇襲だったのか何の抵抗もしなかった。その場で倒れると全身に火傷を負わされた輝夜が倒れていた。その姿はまさに死体、だが誰も心配する事はなかった。
「今日は私の負けね。」
ヘラヘラとしているがこれでも重症の怪我人である事には間違いなかった。