月の光が揺れる水面に映る。その姿を横目に低空飛行でいつもの場所へと戻ってきた。
その門には門番は居らず代わりと言っては難だがもぬけの殻となっている。
まるで誰もいないかのようで探検にでも行くような気分になるが青年は臆する事なく突き進んだ。いつもは館のある内側に空いているが今は閉じていた。青年は右手で押して人一人が通るぐらいまで開けるとこっそりと中に入った。
照明もないので月の光に頼るしかないが今日は一段と綺麗に咲いているような気がした。青年は珍しく屈んで見ていたが後ろの足音に首だけを反らせた。ぽかんと口を開けた脱力しきった表情で後ろを見ると月をバックに銀髪の映えるメイドが居た。
「ただいま。」
青年は何の気なしに言葉だけを連ねた。その姿に呆気を取られたのかメイドはほんの少しだけ動きを止めた。
「お帰りなさい。」
メイドは丁寧に礼をして敬意を示すがそれでも頭が高いのは言うまでも無い。
青年も何を考えているのかは掴めないがメイドもそれなりの理由があってしたまでである。
「して、何用だ?」
サラっ、と受け流した青年だがメイドは敬意を払うのをやめた。此処からは十六夜 咲夜として対応するつもりらしい。
「こんな遅い時間に帰ってきて平然としているのね。」
「何だ、朝帰りの方が良かったか。」
「そういう意味ではないでしょ。お嬢様が変に心配しているのよ。」
咲夜はほんの少しだけ怒っているような気もする。今日は青年の方が悪い立場であるために何も言い返すようなことはしなかった。
「それはすまなかった。」
咲夜はほんの少しだけ疑問を持ちながら青年の言葉に軽い感じで返答した。
今日は素直だな、そんな所である。
青年は不意に立ち上がると意識が何処に向いているのかは理解できないほどフラフラと歩き出して紅魔館の中へと入り込んだ。
咲夜はすぐさま追いかけるようなつもりはなかった。その辺りはもう青年に任せればいい。青年は乱暴と言うわけではないが扉を音を立てて閉める。
その場で立ち尽くすと階段の所からはここの主人が居た。青年は無視を決め込んでいたら向こうから話しかけてきた。
「お帰りには時間が遅いわね。」
ふふふっ、と不敵に笑みをこぼす赤い帽子に青い短めの髪を揺らす少女は紅魔館の主人であるレミリア・スカーレット、夜の帝王と言われる吸血鬼であるが青年には何か舐められている節がある。
その辺りの事は全くもって本人は気にしてはいないがいつまでもそのままではなくないとは考えている。
「別にいつ帰ろうと人の自由であろう。主人に言われるような節は見つからない。」
青年は冷たくあしらってから自分の部屋へと戻るために左側に足先を合わせた青年はレミリアの一声によって振り返る事になる。
「私にも考えはあるわよ。」
レミリアは別の意味で暴れ足りないらしく自分の得手であるグングニルを取り出していた。青年も何かと思って柄に手の平は当たるがすぐに離した。
此処では無駄なエネルギーを消費する事になるため後々面倒なのである。青年は右手の小指で耳の穴を掃除していた。目の前の事よりもその事の方が気になるらしくレミリアの事はあまり見ていなかった。
「そうか。」
月の出ている深い夜では青年の中では眠気の方が優っていた。大きく口を開けて欠伸をする青年と、ある意味昼間で最も活動的な時間である吸血鬼とは真逆であった。そんな不公平な状況だがレミリアはその事は気にしないらしく面倒な事になったと青年は思っていると思う。
「ほんの少しだけ遊びましょう。軽い運動程度だから大丈夫でしょう。」
レミリアの目は別にそんな事をしたいから得手を取り出したわけではなかった。
もちろん少しぐらいはそのような気持ちがあってもおかしくはない、がある意味愛情の裏返しと言うのか素直になれないレミリアに青年は度々手を焼いていたりする。
子供のような精神だが持っている力は吸血鬼そのものであるため何とも面倒であるのは確かであるらしい。
「ほんの少しだけだ。俺が辞めたらそれまでにしてくれ。」
青年の目は焦点の合っていないようで何処を見ているかは常に変わっている。
レミリアにとってはそのような事は関係ないらしく曲線を描いた階段の手すりから飛び降りるとぽすっ、と音を立てた紅いカーペットの上に立っていた。レミリアはグングニルを構えて先を青年に合わせるといきなり走り始めた。
青年はちょっとした遊びをつもりなのでそこまで速いのは流石に予想していなかった。
本気でやりに来ているのが伺えたので青年は剣は取り出すと思ったが別にそうでもないらしい。レミリアの振るうグングニルを脇腹にかすらせながらさらりとかわす。そして槍を左手に持ってそこから引き抜かせない様にしていた。青年も眠たいのである。
その不規則な酔っているような動きにはレミリアも流石に度肝を抜く。青年は一旦グングニルを離すと間合いを空けるために後ろへと下がった後に左側へと動いた。レミリアはその反対をお互いの間合いを詰めないように歩いていた。
青年はフラフラとした動きだからか移動速度は結構遅めでレミリアも素早く動けばいいのだがそれをしないのはそれだけ青年の動きが読めないと言う事になるのかもしれない。
あまりにも引き伸ばされた遊びに段々と飽きが来たレミリアは右足を踏み出して青年に圧迫感を与えようとしていた。
しかしそれをしたのは向こうも同じでどちらも一歩も引かないようなそんな感じだった。一向に勝負が付きそうにないのでレミリアは止まった。そして青年も止まる。
「一体何がしたい。」
青年は此処までの時間を返して欲しいのだろう。隠そうとしているがそれでもあまり隠れているようには見えないほどの怒りというものが見えていた。それだけ眠気とも闘っているという、肯定的な捉え方をするならそうなる。
「ちょっとした遊びよ。今日の宴会では少し恥をかいたのよ。」
「それなら直接そう言えばいいだろう。」
「確かにそうかもしれない。けど貴方はこうやって状況を作ってあげないと聞く耳を持ちそうにないでしょうね。」
レミリアはようやく理解出来たとばかりに鼻を高くしていたがそれは大外れというものである。
「別に咲夜に一言言われたらそれで辞める。」
青年は急に背筋を伸ばしてからゆっくりと話した。流石にその言葉の真意に気付いたのかレミリアは抗議を申立てようとしたが青年には視えていたのか体全体で止められた。
その場から居なくなり自分の部屋へと戻ったのだ。後日、少し申し訳なさそうにレミリアと話す青年が居たとか、居なかったとか。