青年放浪記   作:mZu

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第120話

白いモフモフの上で黒い紐で結ばれた袖を着込んだ哨戒天狗の犬走 椛は目の前にいる客とも賊とも呼べない様な青年に手を焼かされていた。

 

本来その様な事は哨戒天狗は行う事はない。その天狗の仕事は主に警備であり何かあれば上に知らせるだけの使い走りの様なものである。

 

身分的には低いがこの妖怪の山では天狗自体が身分は高いのでそれなりに優遇されている様にも感じる。

 

しかし優良学校の落ちこぼれの様な扱いを受けるのは確かだが身体能力は比較的高い傾向にあるので侮る事なかれ、と言ったところである。

 

「ほんの少しだけで良い。俺が降参すれば終わるから。」

青年はどうしてもしてみたいのかもう一回頼む事にした。その言い方の必死さは何かを追いかける亡者であるが本人は特に気づいていない。

 

魔法をするのはこれぐらいの執念があってこそ出来るものなのだ。

 

「何が山下さんををそこまで駆り立てるのかは知らないですが良いでしょう。折角なので受けさせて貰います。」

椛は素早く剣を引き抜いた。その速さは常に臨戦態勢に入っているかの様で刃先を敵である青年に向けていた。青年も同じ様に右腰にある剣を引き抜いてからゆっくりと間合いをあけた。

 

それは相手である椛の方が間合いが広いので青年は間合いをあけて出方を伺っていた。椛もただ剣を持っているだけではない。

 

その事も含めて青年に知らせるつもりである。椛は上から陽の光を使って刀身を輝かせていた。単純な威嚇ではあるが聞く人に聞くものである。偽物の虚勢を張った人はこれを見ただけで直ぐに逃げ帰る。

 

椛は自分の片腕よりも長い刀身を持つ剣をフラッシュのように相手に当て続けた。相手はこれだけで怯むが今回は全く違うらしい。

 

目を閉じて精神を静めているらしい青年はその様な光の妨害など目には入らなかった。敵に隙だらけの無防備な状態を見せている。

 

椛はなめられたものだなと体を大きく使って地面にある石を破壊する気持ちで振り下ろした。実際にすると刀身へのダメージが大きいので実際にはしなかったがその勢いでも一切身をたじろがせる様な事はしなかった。

 

それどころかそれを機に反撃に変わる。青年の刃は椛の持っている小さな盾によって防がれたがその速さには椛の本気でなければならなかった。

 

もちろん青年はここで降参などは言わない。盾で弾いてから大きく後ろに下がると大剣の切っ先を下に向けていた。椛の眼はトロンとした垂れ目ではなくて敵を威嚇するつり上がった鋭い目つきをしていた。青年はその眼を一心に見つめ続けていた。もう始まっていると言うのに一向に動こうとしない青年に痺れを切らせた椛は突きに偽造した斬り付けをする。

 

切っ先の先にはもちろん右斜め上を狙ったので当たる様な事はなかったが青年の影はその先の所にはいなかった。そして一瞬見えた姿を追いかける様に剣を叩きつけるがその意味はなかった。

 

その場所に青年は居ない、逆に背後を取っていた青年は不敵な笑みをこぼしているだけだった。

 

「そこら辺にいるような人ではありませんね。」

それもそのはずだろう。妖怪やそれに匹敵する能力を持つ相手としか戦った事はないのでそう感じるのは当たり前の事であると考えていた。

 

青年はそこら辺にいる妖怪ならサシで勝負出来るくらいの実力は持ち合わせている。

 

「それもそうだろう。」

青年は背面に向いてきた椛の目を見ながら場面には合わないゆっくりとした時間を過ごしていた。逆三角錐ではなく球体のような顔立ちである椛は真剣には似合わないような気がする。

 

椛としてはその速さや優越性に浸っているその根性が気に食わないが勝負ではないので其処は今は言わない事にしたが不満に感じているのは確か。

 

「此処からは真剣勝負とさせてください。その方が私も少しぐらいは本気を出せるかもしれません。」

椛はその鋭い目つきから低い声を出して青年を威嚇するようにしていた。

 

しかし青年は面白そうに椛の表情を見つめているだけで何か行動を起こしてみたりする事はなくその場で根を生やしているように立っていた。陽の光は入らず青年の些細な表情の変化などは椛には読み取れないがこれから何をするのかは何となく読み取れるように感じた。

 

青年はゆっくりと紫煙を吐き出していた。煙草は灰の部分が随分と長くなりそろそろ落としておきたい頃合いなので左手の人差し指と中指ででフィルターを挟むと親指で灰を落としてからもう一度唇に咥える。

 

その咥え方は絶対に戦いの場面では吸えないと思うのだが青年は余裕そうにしていた。

 

「好きにしてくれ。俺は今のままで行かせてもらう。」

 

「行きますよ。自分の命くらいは守ってくださいね。」

椛は一気に走り出してから大きな剣を上から地面に叩きつけた。青年は左脚を後ろにして半身で避けてからゆっくりと慎重に剣を落とす。

 

そのような緩いやる気のないような一撃を失礼にも椛は盾で受ける事にした。金属と金属の当たる時に出る高周波は出る事はなくカツ、と当たっただけだった。あまりにも幼稚な一撃に椛はある意味を気を落とした。

 

それがある意味慢心である事であると気づいたのは青年の強烈な一撃が右腕の肘に入った時だった。椛はあまりにも遅い一撃に油断をしていた。青年どのような手でも使う。例え右腕をローキックで蹴ろうとも。

 

椛は流石にイかれたのかと一瞬だけ思った。普通なら曲がる事もない方向へと強制的に曲げられた訳だが青年は手を抜いていたのかそこまで大事に至る事はなかった。青年は呑気に煙草を煙を吐き出して相手を挑発し続けていたのだが椛は乗る事はなかった。ある意味当然だとも言える。

 

「やる気はあるんですか。ないなら意味はないのでやめますよ。」

 

「なら俺の不戦勝という事で良いだな。蹴り一回で倒せるなら天狗も弱いものなのだな。」

 

「その発言は聞き捨てなりませんね。一応これでも一端の天狗なのでナメた態度は遠慮してほしいものです。」

椛には仲間などはいなかった。一対一なら必ず負ける事はない。

 

椛の持ち合わせている千里眼の能力と天狗の元々持っている風を操る能力を組み合わせると相手に何もさせずに完封出来る。

 

いくら小手先の技をした所で椛には目の前で見ているのと変わりはない。その結果が味方をつけなくても良くなった理由だ。

 

少々身体能力は劣るが持ち前の能力と経験の前には如何なる相手も圧倒出来る。が、しかし特に効きそうもない相手が目の前にいる。

 

「貴方はそんなに弱くはないだろう。手を抜かれているのがよく分かる。」

青年は呑気に煙草を吸いながらその山の独特の香りを楽しんでいた。この枠に囚われない自由な戦法こそが青年の持ち味でもある。

 

どの風にも乗らず己の心に答えを聞き続けるその戦い方は此処までの過程があってこそ成せるものである。いつしたかは知らないが。

 

「それはお互い様でしょう。」

椛は痛みの薄れてきた右腕を奮い立たせて青年に剣を振るう。その速さは獣のそれであり生きるために全力であるようだった。

 

流石の青年でもその一撃は剣で受ける事はできないと判断して椛から逃げるように右側へと飛び椛の背面へと回り込む。

 

椛の赤くなった左目は後ろで青年が何をしようとしているかを見ていた。椛は振った勢いのまま後ろまで腰を回して振るが切っ先が喉笛を裂く寸前のところで避けられた。

 

椛もそこで攻撃の手を止める事はなく左脚を出して青年に届くように剣を振るう。青年は右脚を後ろにさせて半身になって避ける。其処までは流石に椛でも分かっていたがその先までは読めなかった。

 

青年は左腰に携えている剣を抜いて地面を抉るようにしながら回転して椛の剣から遠ざかった。その抉られた土の破片が椛の右半身に当たるが其処で攻撃を止めるような柔らかい根性でもなかった。

 

激昂したような振る舞いをする椛はそのまま横へと青年を斬らんと突き進んだ。

 

その先には周りの木と大差ない大きさの人より三尺ほど大きい程度のものに右脚を青年はかけて方向を変える。一瞬だけ見失った椛はその状況とそれからの青年の行動を一瞬で遮断された。

 

孤独を感じるような寂しい森林の中で頬に熱い一撃を受けてやっと何が起きたのかを理解した。青年は右脚を木にかけていた。

 

右脚を軸にして左足で椛の頬を蹴りそれからその勢いに任せて椛とは距離をとった。その予測の効かない一撃には流石に椛も呆然とするしかなかった。

 

そして何かをスイッチが入ったらしく椛は何を思ったのか盾を捨てた。その裏には制御するためなのか黄色い封印のための札が一枚貼られていた。

 

自分の力を律する為のものなのだろうがそれを外したという事は何が起こるのかは大体予測できる。これからが本番であるという事だ。

 

自由になった左手で頰を拭う椛はそれこそ絶食の狼のような佇まいをしていた。その口から見える牙がその獰猛さを物語っている。青年は川を背にして少しだけ念じてみる事にした。

 

その静けさのある元素で皆が安寧と感じたその頃合いに上がるその球体が青年の頭の中ではとても大きくなっていた。そして一気に頭の片隅に濃縮する。其処までは待っていたくれたらしい。

 

「雰囲気が変わった、か。興味深い。」

青年は椛のその変貌を何となく見ていた。原型にまで戻ったかのような姿をしている椛は青年には魔法を探求するような心が完全に一致するらしく口角を上げていて余計に現状とはまったくに似合わない表情をしていた。

 

それがどの様になるのかはさておき変人と獣は遂に剣を交える。青年はすぐにそれからは逃げた。

 

圧倒的な力の差のある二人はまともに合わせる様なこともできなかった。青年は足裏を地面に擦り付けて体勢を崩されない様にするのが精一杯だった。

 

咲夜はこちらへと向かってくる二人をじっくりと観察して時間を止めてから川に反対側の安全な場所に移動した。青年はその力に恐怖している様には見えなかったが川の中に入らされた青年は流石に差は感じないわけにはいかなかった。

 

これはどうしようか、と青年はふと考えていた。

 

それがどのような事になろうとも試すだけだと思ってやってみる事にした。青年は念じた、その頭の中に誰しも安寧を感じる様な時に出てくる丸いものを。

 

それを片隅に小さく念じ続ける。剣を持つ両腕はだらりと下げて切っ先は川の中に入っていた。

 

そして青年は一撃で少々疲れたのか体も少しだけ曲げていた。

 

椛は荒い呼吸でかなり興奮気味になっているのか絶食の狼かの様に獲物を今にも捕らえようとしていた。椛の両腕に持つ荒削りの大剣が青年へと向かってくる。

 

大きく跳んで一気に距離を詰めてから上から振り下ろす。地面に亀裂を入れるかの様に大きな水しぶきをあげたその先に青年は空中で存在していた。

 

椛の一撃は受けなかったらしい。椛の目線はそちらへと向かっていた。左腕一本で体を上方向へと回転し始める椛の一撃が来る前に青年の一撃が入る。不安定な姿勢だからこそ効いたと思われる。

 

吸い寄せられた水滴を一つに合わせて両腕から放たれた竜は椛の胸に当たる。椛は力を入れて耐えることが出来なくなり倒れる様に転がった。青年はかなり嬉しそうにしていたがこれは戦略勝ちともいえよう。

 

「良くやるわね。美鈴からその様な技を練習していたのは知っているけどこの状況で使うなんて命知らずね。」

咲夜はサンダルで川の中に入りながら青年に話しかけた。

 

咲夜もメイドとして青年の日々の生活を見ていないわけではなかった。故に昼間に何をしているのかは大体察しがつく。

 

「それが俺だ。」

青年は初めて実戦で成功したのだと思われる。ミミズの様なか細い物だったが当てたところが良かったのかその勝負には勝つことが出来た。

 

要は勝てばいい、それだけを考えていた青年には満足のいく結果となったのだろう。

 

青年は少し歩き出してから椛の手を持って自分の肩を使って持ち上げると青年が座っていた石のところに頭を任せる様にして横にさせておいた。

 

側に置こうとしていた大剣は咲夜が持ってきていたようで青年が行動を起こす前にもう置かれていた。

 

「とても楽しかった。」

満足そうな表情をする青年には参ったが咲夜はそれでも良いのだと子供を見ている様で微笑ましく感じていた。

 

「それじゃあ、これから守矢神社に向かうのね。」

 

「そうなるが何処だか分からないから飛んで向かう事にするか。」

青年は回り道をして遊んでいるが最終目的だけは忘れていなかった。

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