執事のような白いシャツに黒いベストを羽織った青年はその服装をぶち壊すように川岸にドカン、と座り込んでいた。そして何処からか取り出した白い筒を唇に挟んでその風景を楽しんでいた。川のせせらぎ、木の葉の演奏、そして後ろから来る人の足音。
「こんにちは。先日はお世話になりました。」
そこに現れたのは前にも会ったことのある人だった。細身で緑の髪を首元で結んでいる少女、鍵山 雛である。青年は何か反応を見せるようなことはなかったが拒むことは無かった。雛はその横に黒のような色の下に赤を合わせたスカートを地面に広げて座る。その姿はまさしくアリスの家にある人形のようなのだが青年は気にする事なく座り続けていた。
「そこまで世話にしたつもりはない。」
青年は雛が座ってからゆっくりと口を開けてもごもごするような事はなくはっきりと物申した。その声には小さな刃が挟まっている。
「いえ、貴方は私に会えて幸せだと言ってくれました。それだけでも心がギューとなる物なんですよ。」
雛は静かに胸に手を当てていた。その両手にはきっと雛の抱えている感情が出されているのだろうが青年はなんのことやらさっぱりという表情である。青年はこのような事には慣れていないのかもしれない。
「そうか。確かにあれから楽しい事が続いた。」
青年は何の気なしに答えている。その言葉を聞いて雛が涙をこぼしそうになる程になっているとは知らずに。
「どのような事が続きましたか?」
雛は何処か気になるのだろうが少し迷っていたようでなかなか言葉にすることはなかった。しかし青年はその間何もせず相手の言葉を待っていた。
「犬走 椛さんと一戦を交えてみたり、神と戦ってみたりした。」
青年にはきっと出来事の一つとして捉えているのであろうがれっきとした不運な事であるにもかかわらず楽しそうに話すのを雛は横顔だけを見ていた。そこからでも伝わるそのオーラは雛とは全く違うものだった。不運な事を楽しいなんて話す青年に雛は顔を俯いてしまった。
「椛さんと戦ってみたんですか。」
雛の声が急に小さくなったので青年はふと横を振り向いた。そこには雛がいるのだがやっと気を落としている事に気づいた青年はゆっくりと答えてみる事にした。
「そうだ。俺が一戦交えたいと言ってみたら少しだけならとやってみてくれたが気を抜かれていたのだろう。」
青年は何処かの空を見ながら雛に話しかけているか独り言かのように話している。その姿は何処か二人の間に溝があるように見えるのだがその事はあまり気にしなくても良いらしい。
「そうだったんですね。貴方は強いんですね。」
雛はなぜか落ち着いたようで青年に話しかけるが当の本人にはあまり伝わっているような気はなく何処かズレているようにも感じる。
「いや、何とかなっただけだ。実力をひっくり返した運の為せる技だよ。」
青年は吐き捨てるような発言であるが雛は今まで言われるようなことのない言葉ばかりが青年の口から出てくる。
「貴方って、頭の中はどうなっているんでしょうね。」
雛はなんとなく聞いてみた。青年は何を聞きたいのかは流石に分かるはずもなく首を傾げていた。
「誰かに見て貰えば良いんじゃないか。」
少し疑問の残る答え方であるがそれでも雛は満足であるらしい。何を聞きたいのかはさっぱり青年には伝わらなかったがそれでも良いらしい。
「貴方はとても幸運なお方なんですね。」
見たこともないような笑顔を見せる雛の横で何処か物事を達観しているように見える青年には雛の表情の変化は分からなかった。横を向いていないというのも関係しているかもしれないが。
「幸運というのは何かは知らないが人生には山と谷がある。おちおちと喜ぶことは出来ん。」
青年は上を向いている。その目の前には夏のような入道雲があり、とても大きな存在をしていた。それに比べれば自分たちなどとても小さいのである。その事を感じているのかもしれない、と雛は感じた。まだ慣れていないので雛には対応出来ないところもあるが楽しそうにしている。
「でも不運というのは感じないんですよね。」
雛は自分の能力を忘れている。厄を取ることができるので青年は不運なことは避けられるのである。とても楽しそうにしているのはそう言うことであるのは両者が知らないと言うことである。
「そういう時こそ楽しむ方が生きやすいだろう。」
青年には運という概念は存在しない。それから起こる全てが必然なのである。そこに幸運とか不運とかそのような言葉は知っていても判断するようなことはなかった。雛の活動源であるに厄とかには左右されないのが青年というものである。
「とても参考になります。」
ぎゅっと胸を締め付けている雛に青年は何も言葉は掛けることなくその人がしたい様なさせておいた。別に興味がないということではない、雛も青年の咥え煙草には何も言わないから青年も何も言わないのである。そのような時間を過ごすうちに二人は押し黙っていた。別に居心地が悪いということではないらしいが雛は帰るつもりはないらしい。その周りには川のせせらぎ、木の葉の内なる声が躍る。その中で静かに座り込んでいるのが一層の事自然に溶け込んでいるようだった。
「何か話したらどうだい?雛。」
にとりは工房から出て来た。手元には三枚の円盤を持っていた。削られて刃になっている部分には光沢があってとても綺麗だった。そして鏡のように透き通った風景をそのところに映し出している。
「腕は確かなようだ。」
青年はその腕を褒めていた。雛は何のことだかわかっていなかったがにとりの表情と青年の喜んでいる様子からなんとなく察したような表情を見せる。
「へへっ、それは嬉しい言葉だね。」
にとりは得意そうにしている。青年は立ちあがって三枚の円盤を手に取ると近くから葉を取って当ててみる。スパッ、と抵抗感なく切れたので本当に青年は満足したようだった。
「もちろん、ただ見せてもらっただけだからな。」
はっきりと切り捨ててからその場を去る事にした。青年の座っていたその場にはいつのまにか小さな金が少々置いてあった。