赤い提灯の灯りの下で女性は酒を飲んでいた。
その顔はほんのりと赤く色気があり誰もが横に座りたいと感じるような容姿をしている。
その人の髪は血のように赤く不吉なものである鎌を持ち歩いている魔性の女である。杯を両手に持ち手の中で転がして口の中に少しずつチビチビと入れていく。男を手玉に取るようなその仕草に惹かれない男はいないだろう。
「取り敢えず一本。」
その横に何食わぬ顔で座る男はこの気温には似合わないような薄い服装をしていた。女性の髪と同じく赤色の衣服を羽織って慣れた様子でこの店に入り込む悪魔は周りの様子を手遊びとしか思っていなさそうだった。
赤い提灯に照らされた屋台の女将はその要望を素直に聞き入れた。この屋台で一本というのはヤツメウナギと言う魚の丸焼きの事である。それに合うようなすっきりとした口の中にさせる酒が置かれているだけだった。しかし男は一本としか頼んでいないので女将は素早くヤツメウナギを焼いていく。置くまでの速さには流石に慣れというものがあるのか今までの比ではない。
「お、久しぶりだなー。」
少しの酔いの回っている小野塚 小町は一杯飲み干してから男が座ったことに気付く。男は小町の声などは耳に入っていないわけではないが無視することにしている。理由は簡単だ、この時の小町の相手は面倒である。
「連れない奴だなー。」
小町は男に絡みにいく。それを男は何とも思っていないかのように平然とした表情でその場に居続けた。ある意味肝の据わった輩であるが逆にそれで良かったりする。
「女将、何杯飲ませた。」
「十くらいですかね。」
女将は焼き加減を見ながらヤツメウナギの刺さった串をクルクル回す。男はその様子を見ながらまた別の話を進める。
「して、いつ店は持てるんだ。」
男はもうそろそろ出来るのではないかと思っていた。だがそれには程遠いという事を男は全く知らないので女将は苦笑いを浮かべるだけで適当に誤魔化してそこでその話は終わらせておいた。
「酒を一杯。」
男は途切れ途切れに話しかける。女将は素早く杯に男の気に入っている酒を注ぐとそのまま男に渡した。その透き通った酒は男の唇を滑り中へと入り込む。その中でどのような協奏曲を奏でているのかは男の中でしか分からない魅力がある。女将はよく見る顔の人はよく覚えているのだがあまり来ない人はうろ覚えな事が多い。まだ女将として経験が浅いのでその点はここに居る二人は気にしないのだが他の人は気にしていたりする。
「という事なんですよ。」
「この傷はそういう事なのか。」
男は屋台の机にある丸い凹みを触りながら女将に聞いていた。女将はその事を素早く答えてその場は話す事はしなかった。このポツンポツンとした雨のような会話はこの店でしか出来ないものなのである。男はそのような事をこの場所ではご所望しているらしく女将もある程度合わせていたりする。
「出来ましたよ。」
皿に盛られた一本のヤツメウナギの刺さった串を男の前に出す。淡い赤色の着物である女将は妖怪なので耳は鳥のような形をしている。そして羽を三本付けた茶色の帽子を被り今日も女将として小さな居酒屋を営むのである。
「いつも通りだ。」
男はポツリと呟く。その小さな声には女将は耳を澄ませていた。下手すると周りの声の方が大きかったりする。女将は有難うとだけ言った。男は串を皿の上に置くと中途半端に食されたヤツメウナギが寂しく置かれてしまった。男は杯を左手に持ってゆっくりと酒を口の中に入れる。男は何もないかのようなゆっくりとした静かな時間を過ごす。横にいる死神も遂には話す事はなくなり男の膝を枕にして横になって眠っている。その居眠りの声の方が男の声よりも大きかったりする。男はそのような事を気にするほど小さな人物ではないらしく何も気にしていなかったらしい。女将もその不思議な人物像に惹かれている節があるがそれはまた別の話である。
「今日は遅いな。」
男は呟く。一層の事外なので風の音の方が大きいが女将はそうですねと男の話に相槌を打っていた。本当に抑揚のない生きているか判断がしにくい声の出し方は女将にしか通じない。
「いつもなら小町を迎えに来る頃合いだろう。」
男は空に浮かんでいる月を体を反らしながら見ていた。その金色に輝く球体は今日は大体がなかった。ほんの少し薄い線を描いているだけでその他は泥のような雲が風に乗って流れていくだけなのである。そしてすぐに体を元に戻してから左手で串を触る。そして一口小さく噛み付いた時に取れた身だけを男は口の中に入れた。外の気温もあってすぐに硬くなるのだが男はそれを待っていた節がある。来るたびに変わるその食べ方には女将には大体パターン化されている。今日は少ない日なのだな、と。
「何か悩みでもあるんですか?」
女将はポツリと呟く。こうのろのろと遅く食べる時は大抵が悩みを抱えているか疲れている時だ。しかし女将には疲れているように見えなかったらしい。男は少し視線を上に上げるだけで何か答えるような事はなかった。
「また、上手くいかなかったんですか?」
女将は更に聞いてみることにした。男は首を横に軽く振るだけで何か言葉を語る事はなかった。それこそ沈黙の代名詞と言わんばかりの立ち振る舞いであるが男は別に沈黙を好むわけではない。
「あった、が、なかった。」
「明日は上手くいくといいですね。」
女将は皿を下げてから新しくヤツメウナギを置いて男の前に出しておいた。男はその皿のヤツメウナギを乗せただけで何かいうような事はしなかった。女将の計らいであるが男にはあまり効果がないように思える。
男は何かいうような事はなく虚ろな目をしているだけで構って欲しいというわけでも話したいというわけでもなかった。独特の空気の流れには初見には何をしているか分からない会話の続くこの屋台には誰が来るような事はなかった。ある人を除いては。