青年放浪記   作:mZu

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第134話

赤い提灯の吊り下げられたこの屋台では次々と客が来るというわけでもないが一部の人からの大きな反響により店を畳もうと決心する事はなかった。女将はある意味このような客を大事にしたいから一見さんをお断りするような空気感にしていると思われる。

 

「上手く行くなんて簡単に言うがそれは難しいのは分かっているだろう。」

男はのそりとした亀のような話し方で女将に自分の意思を伝えていた。何かしたいと言うわけでもないが此処から立ち去るわけでもない男には女将も流石に予想はしていなかった。だがその後に現れたのは女将も予想はついていた。

 

「こんばんは、夜遅くに失礼します。」

恭しく頭を下げた脚のすらっと長く伸ばした少女は赤と白のリボンを頭につけて風になびかせていた。そして裁判官のようなきっちりとした服装であるがスカートはなぜか短い。

 

小町の上司に当たる四季 映姫である。役職名もあるが男はそこには興味がない。何だったら閻魔にも男は気さくに話しかけそうである。

 

男はその辺りで誰かは察していたがあえて何も口に出すような事はなかった、ある意味慣れてるので男からはちょっかいを出さないのである。別に空気が悪くなったと言うわけではない。

 

「青年、小町はよく眠っていますね。」

青年はその人の言葉に軽く言葉を出しただけで何か反応を見せる事はなかった。だらけた格好で大きく長椅子を使って眠っているのでその人は座る場所に困っていた。赤い髪をした女性は青年の膝を枕にして深い眠りに入っていた。青年は別にどかそうとする事はないがそれなりの時間はこのままである。

 

「此処にいるつもりだろう。バレない程度に開けているから座りな。」

青年はその人に右手で指し示した場所に座るようにした。細身である映姫は座るには少し窮屈する程度で済むようになっている。青年はゆっくりと酒を飲んでその時間を楽しむようにしていた。

 

「それはそうと。貴方、どうやら博麗の巫女を叱りつけていたようですね。」

映姫はどこで見たのかよくわからない情報に青年はドキッ、とした。あの時は小町や映姫に会ったばかりであり死神の仕事の大変さを聞いた頃であった。そこで船頭の仕事を邪魔したとなれば青年には直接関係ない事としても憤りを感じたのである。

 

「貴方は少し人の事を気にしすぎです。もっと自分のことを大切にしましょう。心配している人も多くいるようですよ。」

映姫説教の口調で話すが青年の心にはあまり響いているようには思えなかった。映姫はそこに気づいたところで話をやめてすぐに口調を変えた。いつも通り小町に話しかけるようにした自分を反省しながら。」

 

「それに貴方は最近妖怪の山の石で新しく剣を作ったようですね。その後紅魔館の図書館で魔法の研究と制御を行っていますが全く上手く言っていないと言う事ですね。そして貴方はここに来ては適当な時間を過ごしています。貴方は誰かに相談する方がよろしいと思います。例えば近くには紅魔館の住人がいるでしょう。それに冥界にも二人、妖怪の山には一人、ですね。一層の事ひまわりの丘にも行こうとしていますよね。誰かに相談する事を覚えたらどうですか?」

映姫はやはり説教を始める。青年はその事にため息を吐くような失礼な事はしなかった。だがあまり反応を見せないので映姫はどうにか話を聞かせようとしている。しかし青年はあまり言葉を出すような事はなく映姫の言う事を全て認めているようだった。その態度には映姫もよく説教を続けるものだが青年は微かな反応だけは見せていた。

 

「ところで貴方には何かやりたい事は他にないのですか?あまりにも何も求めていないです。」

 

「其処は今はなんとも答えにくい。」

 

「私の話を遮りますか。良いでしょう。ならば貴方には死後まで見つめていることにしましょう。」

 

「それは困る。」

 

「なら、何か生きていると言う証拠をお見せください。」

青年は正直鬱陶しいとは思っている。しかし、それを気にしないような映姫もまた青年とはまた別の次元で変人である。人の事をよく見ている映姫は青年は誰もつかめない行動を少々わかっているところがある。動きそうなタイミングで言葉を巧みに入れ込むことによって自分に手の中の動きを制限している。

 

「どうすれば良い。」

青年は鬱陶しいと思う中にも何処か認めているところがあると思われる。青年は何かアドバイスを求めてみることにした。

 

「少し時間をおいてみるといいでしょう。心の靄が払われる事でしょう。」

映姫は自信満々に答えるが何かまだ伝えたいことがあるらしく何隠し持っていると思った。青年は女将の好意に甘えるような形で冷めたヤツメウナギを食していく。映姫も同じく説教の言葉を伝えながら食していた。

 

「それからなんだ?」

 

「それから初心に戻る事です。貴方はあまりにも初心を忘れてしまいました。今の貴方には結果が全てなのでしょう。ですが最初の頃はどうでしたか?そのような事は求めていなかった、純粋な楽しいと言う気持ちでしか学ぶ事はしませんでした。その意味はわかりますよね?」

 

「頭を真っ白にして来いということか。」

青年はこの屋台に来てから初めて笑みをこぼしたと思われる。映姫はその表情を擦り寄せるような距離から眺めていた。青年の目には確かな活力が湧いている。その事を知れただけで映姫にとっては満足である。

 

「そう思うならそうでしょう。貴方には雑念が多くあります。色んな事、色んな人と付き合うのは良いでしょう。ですが身近な人こそ大事にするべきですよ。其れまで支えてきた人は誰ですか?その人ではないでしょうか。魔法を教えてくれた人は誰ですか。その剣を作ってくれた人は誰なんですか。それは貴方の心の中で答えを求めてください。きっとその方が私がみるよりも早そうですから。」

 

「映姫、固い事は言うな。俺はいつでも感謝をしている。が、それが上手く伝わらないこともないわけではない。そのような経験は俺が膝に抱えている奴が一番知っているだろう。」

青年は目線を不意に下に下げてからすぐに戻した。

 

「ええ、本当に何を言っても直そうとしないのでね。困ったものです。」

映姫はそう言うだけで何か方法を考えるわけでもなかった。


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