一通り赤と白のリボンをつけた閻魔と放浪している不思議な青年の話は終えた。女将にはよく分からない会話だが客の会話なので首を突っ込むような真似はせずに二人の間で結論が出るまで待つ事にしていた。
「二人さんには二本ずつ差し上げます。」
既に焼いていたのだろう、青年は目の前に置かれている皿に乗せられた醤油のかけられた焦がし気味のヤツメウナギを見ていた。別に焼き過ぎているというわけでもないが今日は一段と黒ずんでいる。
「いえ、ちゃんと後で払わせていただきます。」
映姫はとても堅い。その頑なさは魂の判別を行う裁判で最も働くものなのでだろう。彼女は生まれ持ってから天性の職についているのだとつくづく青年は思う。青年は映姫に貰っておけ、と言うだけであとは何か言うような事はなかった。
「いえ、私に出来るのはこのぐらいですのでどうぞ受け取ってください。」
控えめな性格をしている女将はきっぱりと断る映姫には到底勝てないのだろうと青年は思っていた。その理由は見ていればわかるのだが青年はあえて黙って横での女同士の喧嘩を見ていることにした。
「それは気持ちだけで受け取っておきます。」
「いえ、それは困ります。」
「何か困るのですか?私はちゃんと払いたいと意思を表明をしているだけですよ。」
「払う事は嬉しいのですがそれは困ります。」
「困る事はありません。正当な営業をしているまでです。」
「それでも。」
「辞めておけ。不毛な争いだ。」
青年は二人の間に入って何とか話を止めた。話を遮られた映姫は少しだけ怒りを滲み出していたがそれは女将の一言ですぐに消える。
「なら、映姫さん。私の気持ちを物として受け取ってください。お願いします。」
女将は客として現れた四季 映姫に店側としてはあり得ない行動を取り始めた。映姫は瞬時に思考が停止したので青年は助け舟を出してみることにする。ちょっとした酒も入ったのでおふざけを入っている。
「お願いされて受け取れないなんて薄情だな。」
「分かりました。受け取りましょう。此処のヤツメウナギは美味しいですからね。」
映姫は仕方がないと言う感じで不服そうにしているが表情は確かに柔らかくなっていた。青年はその表情を横目にヤツメウナギを口の中に入れてすぐに噛みちぎって外に出した。
その濃い醤油の味の中にあるヤツメウナギの独特の食べてみないと分からない味が少しだけ顔を出している。それから噛むほどにウナギの旨味が出てくるので青年は食べ飽きるようなことがない。そうでもしないと此処には通う意味はないだろうと青年は思っていた。
「映姫さんもとても大変なんでしょうね。」
「そうだな。」
「お二人とも口を揃えて私の悪口ですか。」
映姫は妙な二人の息の合い方に困惑しつつ、口の中にヤツメウナギを入れてから噛みちぎる。豪快で場が悪くなるかもしれないがこの屋台ではその逆なのである。このような食べ方をしたのは青年が初めてなのだがそれから女将は客にそのように勧めている。たまに来る人はいるが今日は運が良いか悪いか誰も来るような様子はない。
「いや、とても大変そうだな。」
「それは他人がそう思うだけで私はそのようには思っていませんので余計なお世話です。」
「映姫さん、面白い方ですね。」
女将は微笑ましそうに映姫のことを見ていた。映姫はそれで気分を悪くしたのか、かなり酒が回ってきたのか大分口が悪くなっている。それでも三人の中ではまだ飲んでいない方なので単純に酒に弱いという事である。
「面白いとはどう言う事ですか。貴方のその発言は失礼ですよ。」
映姫の頰はかなり赤かった。かなり酔いが来ているのかどうかは知らないが映姫はフラフラと上半身を揺らすようになっていた。そして青年の方に頰を乗せるとゆっくりと寝息をたて始める。ちゃっかりとヤツメウナギは二本食しているのである意味食い意地の張った人物である。女将は目の前の光景を面白そうに見ていた。膝には小町が長椅子に横になっている。そして肩には酒に酔ってきた映姫が肩を枕にして眠っている。まるで抱き枕かのような青年には女将も失礼とは思いながらも笑う事しかしなかった。
「笑うな。結構辛い。」
青年は女将の笑顔に不貞腐れたかのようで少々悪態をついていた。女将はそれも含めて許すらしくある意味良い信頼関係で結ばれた2人は側から見たら熟年夫婦の円満な日常会話である。
「そうですよね。でも、二人ともそのままにしておくんですか。もう人は来なさそうですし店を閉めたいのですが。」
「それはすまなかった。起こす事にするか。」
青年は右肩を揺らして映姫を起こしてから青年の膝を枕にして此処まで起きる事なく寝続けている小町を寝ぼけた映姫に起こしてもらう。その方が手っ取り早い。青年は率直にそう思った。
「四季様!どうして此処に。そして今何時でしょう。」
小町は寝ぼけながらに映姫の存在を確認した小町はその場で背中をピシッ、とし始めた。その姿は起きてからすぐ出ないかのようなのはわかるが酒の回った二人には笑いを堪えるのに必死だった。
「貴方はぁ、少しぃ、遊びすぎですぅー。少しはぁ、船頭の死神としてぇ、自覚を持って欲しいですぅー。」
起きたばかりで説教に入る映姫の精神は素晴らしいものであるが流石に言葉がとんでいて何を伝えたいのかがまるで通じなかった。女将と小町と映姫の間に挟まれている青年は笑いを堪えるのに必死で話の内容が余計に入ってこなかった。しかし小町は犬のように主人の言葉を聞いていた。その健気と言うのか従順さには褒められるものだが今日はそれをする相手を間違えたように思える。
「それからぁー、貴方はぁ、どこに行ったと思えば、そのような酒場に、来るなんて、不躾、ですよ。」
呂律の回っていない映姫の説教に小町が笑いを堪えなくなっていた。ずっとこの調子なので叱られている側も遂にはと言う感じである。一つ言える事は酒は飲んでも飲まれるなと改めて青年は感じた。映姫のこの乱れ方は初めてなのかも知れない。