馬の尻尾のような髪型の雛は妖怪の山に住んでいる妖怪である。そして気怠そうな青年はこの傾斜なら軽々と登れる。そんな二人に人里の人が付いて来れるわけもなく間もなくして二人の周りには誰もいなくなってしまった。二人は守谷神社に行く理由を何と無く忘れているようにも思えるがその辺りは二人に任せる。青年は何処からか殺気というものを感じたのだろう。
「如何されましたか?」
その場に急に立ち止まった青年に少々後ろの方を見る雛はキョトンとした何も感じていないかのような表情をしていた。その表情には青年も微笑する。
「いや、気のせいかも知れん。」
青年はまた歩き出した。雛は隣に来るまで待ってから再度歩き始めた。しかし青年の手は常に柄を触っていて如何なる状況でも何も動じなさそうな気はした。例え目の前から誰かが襲ってきてもぶった斬りそうな、そんな気がするのは気のせいなのだろうと雛は思っていた。
しかしそれはいい意味で裏切る事になる。青年は一気に剣を引き抜いて近くにいるはずの雛には当てずに後ろからの襲撃に対処していた。相手の方が軽く弾かれているあたりもう人間ではないように思える。青年は魔法の力を借りているだけなので何も特別な事はない。
「何だ?」
青年は這い寄るような冷たい声で後ろにいた三人に話しかける。共に底に付いている一本の板の上に付いた下駄を修行のために着用していると思えた。青年はそれから上へと視線を移動させるが何処かで見たことのある服装なので天狗なのだろうと思った。三人はたかが人間風情に足を止められている事に気づくのはまた後の話である。
「貴様こそ何用だ。」
野太い低い声がこの辺りに響き渡る。青年はゆっくりと抜いている剣を鞘の中に納めた。別に敵意のないことを示したいだけなのだろうが三人の天狗にはあまり良い効果は見込めなかった。
「別に何もする気はない。」
青年は平然と状況とは合わないような感じで話していた。この人にはこの人だけの風がある、一種の風格というものが青年の周りにはあった。三人の天狗は犬走 椛と同じような見回りの為なのだろうと思っていた。大変だな、とだけ心の中で言った。
「ならば。隣の奴は、如何する。」
「連れ添いだ。他に理由はいらない。」
「厄災を如何するつもりか聞いている。」
青年の言葉では満足な説明ではないらしい。鍵山 雛という人物は周りからはそのような呼び名をされている。その理由は人の厄をとってそれを周りに振りまいていると思われているから。
そして唯一の存在として妖怪の山の縦社会に組み込まれない、言わば阻害されている誰もが話もしない存在という事なのである。雛のことを話せばそれだけで呪われたという虚言まで離されるほどの異端の存在としてこの場所では扱われている。そんな事など知らない青年はある意味言って相手にしてはいけない者の仲間入りをしている節もある。
「別に。一緒に歩いているだけだ。」
青年はさっぱりとした感じでさらっ、と言った。その感じには三人の天狗も何も言うようなことがなかった。そして相談を始める天狗達を青年は嘲笑っているかのようなそうでもないような表情をして時間を潰していた。
そして青年は適当に火をつけようとしたが青年は独特なのでする事はしなかった。すると一人が空に飛び上がって何処かへ向かった。青年は見える限りでその天狗を追い掛けるとやがて視線を戻した。
「何処に行くんだ?」
青年の声は気の抜けた聞いているこちらが脱力しそうな間の抜けたものだった。残った二人の天狗は青年に向かって刃を向ける。勿論そうされると青年も抜かないわけにはいかない。
青年は素早く剣を抜くと切っ先を下に向けて構えているか如何なのか分からなかった。その不思議な構え方には二人の天狗も分があるにも関わらず攻めようとはしなかった。
いや、攻める事はできなかったのだと思われる。青年にはそれは独特の風が周りに吹いている。それを纏っているのでパッ、と近づくわけには行かないと本能的に感じたのだと思われる。
「物騒なものは納めたら如何だ。」
青年は何処を見ているかわからなかった。それはまるで何処に意識があるのかは分からない状況。そして生きているのかもわからないような風体。
「それは出来ん。まずは貴様をこの山から追い出す。良いな?」
「理由を説明しろ。」
「他言無用。成敗す。」
一人の天狗は前に出て青年の前に立った。それからその天狗は手持ちの二尺四寸程の刀を中段に構えていた。その姿は今すぐにも斬りかかりそうであるのは確か。
しかし青年は一切の準備をしなかったのはそれが余裕なのか、それともそれが構えているか。もはや意味の通じない。
「物騒だな。妖怪の山はいつもそうなのか。」
青年は気怠そうにしていた。それこそ敵に背を向けそうになる程やる気というものが感じられない。
「外の者は出すのが我が宿命。刃向かうと言うならばその時は分かっていよう。」
青年はその言葉を聞いてからふーん、やっとやる気を出したように思える。その天狗は足を使ってじりじりと距離を詰めようとする。青年は少しずつ地面の土を削りながら下がっていた。
その速さ、距離ともに両者は同じぐらい。詰まることも遠ざけられることもないのでその人はとてもやりづらかったと思われる。自分が飛び込めば下から斬りあげられる。それをやらせるほどの力量は到底持っているようには見えなかった。
「雛、この人は如何したらいい。」
青年は敵を目の前にして雛に余裕そうに話しかけていた。そして今は如何でもいいような質問を投げかける。それぐらいは自分で決めてほしいものであるが青年はそれをしないらしい。
「出来るだけ傷付けないで。」
「甘いな。」
青年はそれだけを伝えて何も話しかけるようなことはしなかった。その先の言葉が気になったが口を動かしていただけで何も聞こえてこなかった。
そして途中でその口も分からなくなってしまった。どのように開いていたが、声さえ聞こえない一瞬の時間であるようで青年は下から剣を振ると思われていた。別にこれだけではないのはここにいる誰もが知った事だった。