青年放浪記   作:mZu

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第139話

天狗の右手からは既に持っていたはずの刀が消え去っていた。

 

そして右手に残る弾かれた、と言う確かな感覚が天狗の脳内を走り回っていた。思考をぐちゃぐちゃにされて何をしたいのかさえ分からなかった。青年の持っている剣は左側へと移動していた。

 

いつ間にかは誰も知らないがその速さを一番目の前で見ているのは青年に先陣切って突き進んだ天狗でその他はよく状況が読み取れなさそうだった。

 

「見えなかったら去れ。」

青年は剣を振り終えた左側ではなくて右側に右腕をだらんと垂れ下げているだけで追撃を加えたり追い撃ちをかけようとはしなかった。天狗はその時点で怖くなったのだろう。

 

目の前に居た天狗は自分の武器を取ると素早く後ろへと下がった。そして二人で再度相談をし始めるのを青年は暇そうにしながら待つ事にした。雛は何が起こったのか、さえ分かっていないのようで青年に聞く事にした。

 

「別に最速で振り上げてから相手の剣を叩いた。それだけだ。」

青年はさも簡単そうに答えた。あっさりとした味気のない水のような返答に雛は思わず言葉を詰まらせた。全く次の言葉が出てこないほどの衝撃に雛は動きを止めてしまった。青年は前に椛に勝負を挑んでいたのを思い出すとそうなるのも仕方がないと思っていた。雛は今の目の前の二人と青年の実力の差をどのように考えているのかは分からないがかなりあると思っていそうだった。

 

「流石ですね。」

その雛の言葉には青年も困惑するほどだった。それだけ雛の時間は止まってしまっていた。二人の天狗は既に青年の目の前に立っていた。そして青年は雛を守るようにしてその場に立っていた。雛は少々距離を開けて青年たちが動くのを待っていた。

 

しかしその時間は止まっているかのように動くことは無かった。青年は後ろにいる雛にもわかるほど気怠そうな態度と表情をしている。戦っているのさえ疑問を持つような対象な戦闘には犬も近づいて来ないだろう。早く始まれ、と願うがそれは天に届くような気はなく嫌な空気の流れる居心地の悪い空間へと変貌した。この泥沼の戦闘に動きがあるのはそれこそ無駄な時間であると青年は感じている。

 

「ぬっ。」

天狗は青年の動きに反応して思わず反応してしまった。青年は左脚を目の前に出して天狗達に威嚇した。そして距離を詰める。その愚直な行動には流石の天狗も嘲笑う他なかった。天狗が持っている刀は両者とも二尺四寸、その距離では青年の間合いに入れずに天狗は一方的に斬れる距離である。

 

そうすれば自ずとする行動は決まってくる。青年から見て左側にいる天狗は上から青年を斬り伏せようとする。青年はその辺りの行動を読めているのだろう。引っ張り出してもう一方の天狗の刀でついでに折った。そしてその破片を青年は投げつけて行動不能まで追い詰めた。

 

その間の青年の流れるような剣と体の捌き方は柔軟で誰かの真似をしているようだった。東洋の拳法のようだと雛は思った。

 

「辞めてくれ。無駄な血は流してほしくない。その事はもう分かっているだろう。」

青年は自分がしたのにもかかわらずそんなことをいう。それはある意味生き残った天狗には来て欲しくないということだった。そこで青年の後ろで空から舞い降りるようにして現れたのは哨戒天狗の中ではとても恐れられている人物だった。

 

「誰ですか?」

その声は既に仕事としてのスイッチが入っていて今には斬り伏せそうな感じだった。青年はその場で動かずに背面にいる敵の気配を感じた。その鋭い眼光とその声から誰なのかは分かったがここは敢えて青年は何も言わない事にした。その方が面白いと青年は感じてしまった、それは罪と呼べるものなのだろう。

 

「雛と一緒に守矢神社に参拝しようとしている名乗るほどではない者だ。」

 

「そうですか。」

その人は既に如何でも良さそうな感じを覚えるほど素っ頓狂な返事をする。其処には仕事だとかそのようなものはなく、ただの知人への返事だった。青年は苦笑する。

 

「一戦頼む。」

青年はその人を見ることもなく背面にいる敵に有利のある戦いを挑んだ青年だが相手の返事はなかった。行動にも示さないあたり別にそのような事はしなかったのだろう。その人はもう結果など分かっている勝負はしないらしい。

 

「それはしません。お二人とも戻りなさい。」

その鋭い眼光は青年をすり抜けて二人の天狗へと伝わった。天狗の浮かべる表情を青年は何かあったのだろうと勝手に想像してそれで終わる事にした。二人の天狗は肩を組みあってその場から飛び上がって素早く逃げていった。

 

「で、何の用だ。」

 

「あまり大きな行動は起こさないでください。部下が失礼な事をしました。」

 

「別に。貴方とは久しぶりだな。」

青年は振り返ると荒削りの大剣を腰から抜いているもふもふの衣服をした紅葉柄の服装をしている今の天候には似合わないような服装の人がいる。

 

「そうですね。山川さん。」

小さく呟いた声はとても可愛らしかった。

 

「可愛いな。」

青年は思わず呟いてしまった。その感じには流石の椛にも慣れているような気はなさそうだった。椛は慌てているがそれを微笑ましそうにしているのが隣にいる雛だった。

 

椛もその話は部下の天狗の報告からよく聞いていた。しかしどのような交友関係があるのかと椛は不思議に感じた。冥界に行っていたり閻魔と顔見知りだったり青年には不審な点が多い。

 

「その事は置いておいてあまり時間をとらせないでください。私は今将棋をしている途中なのでここで帰らせてもらいます。」

椛はそれだけ言ってその場で飛び上がると多分川の方へと向かっていったと思われる。仕事柄とは言え、とても大変そうな職である事は青年にも伝わった。

 

しかし将棋をしているのか相手は誰なのだろうかと変な事を考えてみたところで青年は歩き始めた。雛はその左横で静かに近くに寄るとそのままこの山道を歩いていく。その後ろ姿はとても似つかわしいものなのであるが青年はどの様に感じているか、雛がどの様に感じているのかは誰も分かる様な人は居ないのだろう。例え本人であろうとも。

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