青年放浪記   作:mZu

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第143話

魔道書を珍しく投げ捨てる。青年の行動には流石のパチュリーでも怒り心頭と言うものである。魔女としてパチュリーはどうしても青年のその行為はとても許せるようなものではないらしい。

 

「待ちなさい。」

青年はどうも気に入らないらしくパチュリーを睨みつけるようにして見つめていた。下から覗かせるその眼からは何らかの光が発せられているようにも思える。

 

「傷つかないようにしている。」

青年は別に何かに対して怒っていると言うわけではない。魔道書を投げ捨てるようなほど魔法に飽き飽きとしているというわけでもない。強いて言うなら自分自身の不甲斐なさに憤りを感じているだけ。別に青年が当たるという理由もないという事である。

 

「そう。貴方の言葉を信じるわ。ところで何か悩みがあるのなら出来る限り協力したいのだけど。」

 

「いや、別に。パチュリーにはもう既に理解できない領域なのであろう。」

青年は確かにそう言った。別にパチュリーの魔法の才能やその実力を卑下したわけではない。それだけ固有と化した青年の使い方は自覚しているという事である。

 

「ええ、その通りよ。私が助力できそうな点はないわね。」

パチュリーは左指で丸を書いた。其処から線を書いていき何かを描いているのはよく分かるがそれ以上は何も知れる事はなかった。青年はパチュリーがそれを書いている間は微動だにしなかった。もう青年はある意味覚悟を決めたのだろう。パチュリーの書いている魔法陣は転移魔法。

 

青年の扱っている自然魔法とはまた違う要素を含む魔法陣によるパチュリーのものは避けるような事は出来ない。

 

「転移魔法か?有り難い。」

青年は魔法陣を書き終える前にぼそりと呟いた。その瞬間に世界が大きく変わる。青年は水の中で溺れそうな感覚を体全身で浴びた。もはや何が起こったのか途方にくれそうなものであるが青年は意外にも冷静だった。浮き上がる体に全てを任せて水面で光る紋様を見ながらその音もなく体の軽い世界を堪能する事にした。青年は空気を感じた。それは水面から顔を出せた何よりの証拠でもある。

 

「此処はどこだ?」

照りつけるというわけでもないが暖かい日差しの下で青年は此処がどこなのかを考えていた。その水のように流れていく思考の中の視える言葉を紡いで青年は一つの答えへとたどり着いた。

 

「此処は俺が作り出した世界か。」

青年は誰もいないはずのこの場所で誰かに話しかけているかのような感じで口から言の葉を繰り出していた。もはや何がしたいのか誰もが理解不能なのだろう。それは自身でさえも。そして青年はその落ち着いた空間で誰にも邪魔をされるような事はない。そして黒く濁った水面をのようなものを横目に青年は目を閉じて自分の中に入り込んだ。

 

「俺は、」

青年は呟く。俺は最近魔法の出が悪い事に悩んでいる。そして満足にタバコを吸えるようなこともないまま此処までの日々を過ごしている。そして何も成果を得る事は出来ずに何も進展も後退をしないまま時間を貪る自分がとてもではないが許せなかった。その矛先は何処か違うところを向いている。そしてそれを今だに解消しているというわけではない。そこで一旦目を開く。

 

「だから、」

青年は水の上で幻想を見ていた。もう何か感じるような要素はなくただひたすらにその時間を過ごしていた。青年はゆっくりと手足を動かして岸へと辿り着く。水を押し上げるその音に門番は気づいて岸まで近寄ってきた。青年は顔を空を向けたまま足と手で方向を変えて搔きわける事でここまで泳ぎきった。その姿はいかにもやせ細り見るからに元気のなさそうなそんな表情をしている。門番もここしばらく門を通るのは見なくても帰ってくるような事はなかった。ずっと紅魔館に籠っているのを咲夜からは知らされている。そして目の前の青年のその代わりようには何処か驚くところがある。

 

「何かの実験ですか。いえ、ただのパチュリー様の転移魔法ですか。」

紅魔館のある大地を右手で掴んで這い上がってくる黒髪の青年は何処か異様な雰囲気の漂う者となっていた。別にその事が気になっている事ではなく門番はどうしてこのような事になったかを聞きたいと思っている。

 

「パチュリーの転移魔法だ。頭を冷やせ、だとさ。」

力尽きたように地面に寝そべる青年は何かを諦めたような表情をしているのを紅魔館の門番である紅 美鈴は見逃さなかった。偶に相手をしていたり門番として働いているからかその事は容易に読み取れる。美鈴が気を扱うことができるのもまた一つの原因とも取れる。

 

「うーん、体に不調などはありませんか?」

 

「いや、服は替えたいが紅魔館には帰れそうにない。済まないが持って来てくれないか。」

青年はべったりと張り付くように地面の寝転がっていた。パチュリー様とは何かあったのだろうとその場で何とかしてみようと思うがそれがうまくいくような事はなさそうだ。美鈴は瞬間にそう感じてあまり言及することも無いとその場から紅魔館へと戻っていった。

 

「さて、どこに行くか。」

春うららかなのどかな気候で良かったとふと青年は感じていた。それこそ魔法の森のあの寒い環境ではこのような格好をしていれば確実に死ぬ。そのような心配がないだけそれで良かったとか青年は思っていた。上半身だけを起き上がらせて目の前に広がる光り輝く水面を見ながら片膝を立てて右腕をそれにかけて気怠そうに座っていた。煙草でも咥えたいような気分になるが水に濡れたのでまともに使う事は出来ないのだろうと青年は思っていた。青年は無言で湖を見つめていた。それこそ死ぬ間際に見たかった風景でも見ているかのように沈みきった姿で存在しているので美鈴でさえ声をかけようか迷っているほどだった。

 

「有り難い。着替えたらまたどこかで会う時までは離れていようと思う。」

青年は素早く着替えてから着ていた紅魔館の使用人の服を美鈴に渡した。美鈴はその濡れた服を渡されても、とは思ったがそれだけ意思が固く決意されている表れでもあるのでそれは何も言わなかった。美鈴にはもう旅立つのであろう青年の背中のみを眺めていることしか出来なかった。

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