薄いオレンジのような赤色の刀身をした剣を持つ少女は人里を歩いていた。
その剣は刃となるようなものはなく丸い筒のようなもので出来ている。そして鞘がないのか右手に持ち歩いていた。人々はそんな少女の姿を見て自警隊に報告して回っている。
そんな少女の目の前には誰も居ない、人里の皆が道を開けているだけなのだがその様子はいつものようなものではなかった。怖いのだ。
誰もが見たような光景で腕自慢が集まってかかっても何も通じないのだ。それこそ実力というものではなく不思議な力によって。魔法とも違えば、巫女の神通力と言うわけでもない。この人が天候そのもの、極光の名のもとに地上に舞い降りた天使であった。
「要はそういうことらしいです。」
班長の喜助と名乗った青年はそのように説明した。青年からすれば別に関係のない話なのだが余計に信憑性が高まったというのが正直な意見だ。衣玖はそのような話を聞きながら確実に総領娘様であるという事は露見している。一刻も早く見つけ出して被害を少なくしたいものなのだがそれにはどうにも足りない事もある。人里という知らない場所で探す危険性と衣玖の面倒くさがりな性格が相まって話が終わるまで行こうとはしなかった。
「では、慧音も動いているのか。」
青年は何となく思い出しながら聞いていた。人里にある自警隊の隊長を務めていると思われる上白沢 慧音という寺子屋の先生だが半人半獣のようなので並の人間よりは力を持っていると思われる。その人がどこまで太刀打ち出来るのは見ていないとよく分からない。
「はい。そのようです。」
喜助は機嫌よく答えた。知り合いなのだろうと考えるのが普通ではあるが顔が広い青年に喜助は個人的に尊敬しているだけなのかもしれない。
「俺の予想だが、失礼な話、慧音が遊ばれる程度の実力があると思う。どうだ?」
「僕も隊長には失礼ですがそのようには考えています。不思議な力にはとても太刀打ちできないと思います。」
「そうか。なら、探しに行こう。」
その早い動きには喜助を含めた自警隊員は一斉に足並みをそろえた。もう分かっているかのようにスタスタと歩いていく青年にはもう皆が付いてくしかないようだ。そして顔が広いのでそこそこ強い人間なのだろう、とも。それは勝手な思い込みかもしれないがそれだけのインパクトがあったのはもう隠す事は出来ないらしい。
「北側で暴れているとも連絡が入りましたー!」
その後ろからの声には青年もその方向へと向かうしかなかった。青年はこねくり回すように柄に触れていた。
「火をつけれる場所はあるか?」
「燃やすんですか?」
「その通りだ。」
「それは危ないですよ。」
「確かにそうかもな。肺なんかはよく汚れると聞く。」
「肺は分からないですけど黒い煙は吸ってはいけないですよね。」
「白い煙であろう。黒い煙はどう出すのかわからん。」
「白い煙なんですか?」
「これにつけるんだ。」
青年はポケットからお決まりのものを出した。それは白い紙で包まれた細い筒だった。
「爆発するんですか?」
「いや、徐々に燃える。それにこれが爆発したら怖い。」
「となると、どのような使い方をするんですかね?」
「口に咥えるだけだ。」
「吹き矢か何かですか?それから今から持ってきますよ。」
「そういうものは要らない。」
「へぇ、そういうものもあるんですね。」
喜助は何となく理解したようなふりはするもののあまり理解出来ていない。青年以外に数少ない人しかこの煙草という存在を知らないので致し方がないというところである。
「と言うわけで付けれる場所はと思ったがもう良い。」
バッタリと鉢合わせた目の前の人は何やら気品のある雰囲気なのだが何か違う、と青年は瞬時に感じた。それこそ偽物を握りそうになったような。
「何?人間風情がこの天人である私を通せんぼするわけ。それとも愚かな人間がまた現れたのかしら。」
その人は黒い帽子に桃の装飾が施されているものを被り、青髪を肩甲骨辺りまで伸ばした真紅の瞳をしていて丸っこい顔の形をしていて可愛らしいのだろうな、とつり目でなければ思っていた。
半袖で青いスカートを多分ワンピースのように着込んでいるが一部がエプロンのようになっている。そこには虹のような色の装飾がなされている。そして膝に届かない程度の革製のブーツを履いている。その姿は別にお嬢様という感じはしない至って普通な感じであった。
「総領娘様。早くお帰りになってください。里の皆様が困っております。」
赤いフリルの天女のような羽衣を浮かせて同じフリルのつけた上と黒いロングスカートである永江 衣玖が前に出て一言申した。
そして敬意を示して一礼する。目の前の人はそのような事で折れるような程良い教育は受けていなかった。
「知らないわ。」
その人は衣玖の発言をバッサリと斬り捨ててからこちらへと歩き出した。そして何か物申したいのか青年の前に立った。目線は大体同じだ。
「貴方は強そうね。どう、私と勝負してみない。」
その人は指をさして青年を指名する。青年は一歩身を引いてからゆっくりと考えた。流石にあそこまで近づかれると怖いと感じるところがあるのだろう。
「いや、遠慮しておく。無駄な殺生は好まん。」
ほんの少しだけ期待外れだったのだろう。それこそ玉だと思っていたら石であったというほどにそれは残念な気持ちになったのだと思われる。
「殺されるのはどちらなの。」
「どちらでもない。こちらが受けなければいい話だ。」
咥えた煙草を上下に振りながらゆっくりと時間を潰している青年は目の前の人には異質な存在として見えたのだろう。
「面白そうね。いいわ、本当は弱くてもこの私が相手してあげる。」
頼んでいない、と答えたかったところだがその言葉を言うよりも先に目の前の人は軽く上に斬りあげて青年を襲い始めた。青年はさらりと避ける。
「これは避けるのね。ならこの私との勝負を受けてくれたという事で良いわね?」
「良くない。天人というのは誰もがそのような感じなのか。」
「いいえ、私だけよ。他の人はとてもつまらなさそうに桃を食べて過ごしているわ。」
青年は桃、という単語に頭の中が反応したのを感じた。相手の帽子に桃の装飾があるので多分それが天人の食べている桃なのだろうと青年は感じた。
「そうか。意外と質素なものだな。」
青年は吐き捨てるような言い方であった。それは別に目の前の人には何も通じなかった。あまり気にしないのか、その通りなのだろうか。
「そうね。では始めましょうか。」
「俺は南雲だ。宜しく頼む。」
「比那名居 天子よ。」
天子は少しだけ間合いを空けてお互いの気迫をゆっくりと感じ取っていた。青年は唇に咥えた煙草を下に下げて時間の流れを感じていた。青年は地面を擦っていた。
その様子には隙だらけのはずだがそれが天子にはどのような行動であるのかは不思議だった。単純に穴を空けているのか、何かの行動の一つなのか誰も分からなかった。これでも構えている。いつも変わる青年の構え方に追いつける者はきっと居ないのだろう。
「なんだ、来ないのか?」
青年は右足のつま先で地面を掘りながら抜いてもいない剣の柄を右手で触りながら咥え煙草でその場に居た。その様子からもう戦えるとは到底思えないのだがそれがいわば青年という事である。
「なら、構えなさいよ。」
天子は当たり前なことをいう。抜け、と言いたくなるのだがあまりそのような気は感じないので公言はしなかった。
「残念だ。」
青年は掘っていた足を止めて後ろに下げるとその足から前へと歩き出した。別に構えていない、そして何がしたいのかさえ分からないような思考の曖昧加減、何も考えていないようでそうでもないという雰囲気、全てが天子には規格外だった。だがこの時に感じたのだろう。目の前には既に剣が現れていたということに。
「なっ!」
口の中で潰れた言葉だがその行動の切り替え方には流石に身をたじろがせることになった天子だが当てるような気は無いのか天子の左横を通る。下に見られているのかどうかは知らないが気分が良いものではなかった。青年の隙をすかさず詰めてきた天子のオレンジ色の剣を左足を後ろに出して半身で避ける。
そして左手である物を近づけて擦らせた。そこから天子の剣は下へと落ちる。青年は素早く受け止めてからその場を離れた。まるで脚をバネのようにして縮こませてから後ろへと移動した。浮いているかのような身のこなしを青年はした。
「点かなかったか。」
青年は左手のある二本で挟んでいた白い紙で巻いたものを唇に咥えた。その先からは別に煙などは出ていない。天子は何をしたのかは容易に分かった。
「何しているのよ。」
「いや、別に。気にするようなことはしていない。」
青年はわざとらしく微笑んでゆっくりと状況に似合わず時間を過ごしていた。それがある意味青年らしいという事なのであるが失礼であることには間違えない。
「それに一々言葉を出すのも面倒だろう。」
名残惜しそうに煙草の先端を見つめる青年に今までこのようなことのなかった天子は流石に憤りというものを感じたと思われる。天子の持っている剣が光り輝いた。その光は何処か暖かそうで和やかな気持ちになるのかもしれないがそこから発せられる熱は並のものではない。
「ええ、そうね。この私がこうしたということはアンタを本気で倒すということよ。」
青年は瞬時のその剣の本当の力を感じた。そして喜助の話を照らし合わせながら青年はあの剣から発せられるものであると感じた。まさに天候そのもの。
それが目の前にいる天子の本気を見たときの青年の率直な感想である。だからと言って負けを認めたりするようなことはなく余計なスイッチを入れたように感じる。
「それは光栄だ。」
青年は何処か違う人と話しているような気がする。それは天子の相手に対する感想だ。つかみ所のないヒョロヒョロの青年かと思ったが芯は通っている。
ちゃんと見定める人が居なかっただけだと思われる。天子の脚が一歩前に出たとき青年も一歩前に出した。お互いにもう一歩出るか腕一杯に伸ばせば届きそうな間合いまで詰めていた。
そこには沈黙という名の魔物が住み着いている。それが離れるようなことはなくそして誰も入ることのできないものとなっていた。
青年はジリジリと地面をこすりながらゆっくりと間合いを詰めていく。天子はここで何もしなかった。緊迫と言う名の糸を先に切ったのは天子の方だった。
青年は右腕を振って上から斬り伏せてくる天子の剣を受け止めてから切っ先を肩の上に乗せた。
そこから身を引くようにして足を傾けると相手の剣からは逃げるように身を引いた。剣先と青年の首筋はあともう少しというギリギリなのだがその状況を楽しんでいるように感じる。
青年は足首を使って体を反転させながら左手では柄を握っていた。
天子は体勢を前に崩していたところへ青年は回転を加えて柄頭でみぞおちに押し込んだ。
グニュ、という感じで入り込んだ異物を天子は前に行った反動で後ろへと倒れた。ここで初めて天人は地面に尻をつけたのだと思われる。
その事には怒りというよりも恐れというものの方が強かったのかもしれない。天子はその場で真っ直ぐに前を向いたが左側に移動していた。
そして立ちにくそうな体勢をして天子に背を向けているのでここは好機だ、と感じたがすぐにその気は引っ込めた。そのように見えるだけで実はそうでもないような気はする。
「総領娘様。御身体は大丈夫でしょうか。」
其処で横で見ていた衣玖はすかさずそのように声をかけた。仕える身としての忠誠心は持っているようである。青年はそんなふうに感じたがここでのその発言はいかがなものかと思っていた。
「アンタに心配されたくないわ。」
顔も名も知らないようなその発言には内心青年もどういう事だと疑問に感じたがそれは二人か展開での問題なので青年は触れようとはしなかった。
「その事は申されないでください。天界の皆様がお待ちしています。」
「そんな事は知らないわ。」
何か裏があるのだろうと感じた青年は暫く二人の会話を聞いてみる事にした。別に何か偵察や盗聴でもして調査をしているというわけでもない。鯉口に峰を擦り付けながら左腕に持っている剣を納めた。