青いカーペットの上にうつ伏せに眠る淡い青色の帽子を被った青年がいた。その少年は胸が痛むのか強くその部分を押さえて苦しそうな表情と同じ様な声を上げて何かを訴える様にしていた。その声、その状態を目の前で余裕そうに眺めていたこの館の主人は薄く笑みをこぼしていた。
「どうですか、貴方のトラウマに囚われているその気分は。」
そして漏れ出す様に大きな声を出して笑うその人を青年は胸を押さえつけていない右腕で何とか自身を起き上がらせてその人の事を見ていた。
どうやら蘇ってきたらしい、その人はそう感じた。淡いピンク色の癖のある髪でジト目をした半開きの瞳、淡い青色の膝下くらいのスカートを着用している。そして狂っているかの様な本性を曝け出して大きな声で笑っていた。もうそれを誰も止めるものは居ない、はずだった。
「さとり、いつまで笑っている。」
青年は自分の力で反転させて上半身を暴れさせていた。肩で息をする青年をさとりは急に冷めた表情をしていた。そして後ろで腕を組んで青年のことを見つめていた。
「あれ、貴方のトラウマはとても浅かったようですね。それは残念です。」
時間にして三十秒。さとりのトラウマを想起させてから青年は話しかけてきたまでの時間だ。その間は自分のトラウマと向き合っているが基本的に帰ってくる事はない。
さとりはこれまでの経験上そうなる事は知っていた。しかし今回はそれを見事に破られたのでそう考えていた。青年は落ち着いてきたのか肩のポケットから煙草を取り出していつもの様につけた。
パルスィと一緒に吸ったものとは銘柄は違う。左右で入っているブツが違うのでそういう事も可能にしている。その煙草は味の濃いもので果物の香りなどは入らず黒煙を吐いていた。単純に火力が足りなかったと言う事である。
「それはどうなるのかは知らんが、楽しいか?」
青年は意外にもまともな事を聞いていた。
さとりのその行動には賞賛される様なものではないのは確かである。青年は無表情で煙草の煙をさとりに吹きかけていた。沈黙という名の二人の間の視線の見つめ合いがあった。
ジト目の目力の強いさとりが青年のことを見つめているが依然として引く様なそぶりは見せなかった。心を読んだのだろうが何も意味を成さなかったらしいさとりも何か諦めたような悟ったような表情をしていた。そして視線を切る。
「そもそも俺には記憶というものはなかった。だが貴方はそれを思い出させてくれた。その事には感謝しないといけない。俺がこれまでに何をしていたのか、それを知るにはちょうど良い機会だった。」
こうやってよく分からず煙草を咥えている理由もよく知れた。青年はそれだけでも良い収穫と経験をしたと思うのかも知れない。それだけ青年の精神力が強かったと言えるのか、個人の自由だが青年もさとりに負けず劣らず同じ様な表情をしていた。
「もう、私は滅ぼされる運命なのですね。覚悟は出来ています。」
さとりは急に無表情に戻るとそこから悲壮感に満ちた悲しそうな表情をしていた。青年は今までの事も含めて覗き込む様にしているのだがあまりにも体格差があるので罪悪感が生まれたのかも知れない。
青年はすぐに体勢を元に戻した。射命丸なんかと並ぶとよくわかるのだが自分の背は小さい部類に入る。それよりも小さいさとりを見ているのは流石に心が傷つくものである。
「興味はない。」
青年はそれだけを伝えてその場から立ち去ろうとしていた。それを止めたのはさとりだった。
「一つ聞いて欲しいことがあるんです。」
「何だ?」
青年は背面にいるさとりの顔を見ようとその場で足を止めてくるりと回転させていた。そして柄に腕を乗せていていつでも斬る準備は万端であると静かに主張していた。それを多少なり怖く感じたのだがこの距離では届く事はないので警戒は怠らない様にしながら話を進める事にした。
「実は、頼みたい事があるんです。」
さとりは目に涙を溜めながら青年に訴えかけていた。だが、それが逆効果である事を知るのはまた後の話である。青年は何か鬱陶しそうな態度で近くまで寄ってきていた。
さとりはその距離を甘んじて受け止める事にしたが怒っているのか威圧感が増したので思わず一歩下がってしまった。青年は何か昔の事を思い出しているので懐かしい気分になっておるという事である。
「早く言え。」
青年の口からはその言葉と紫煙が吹き出されていた。今度は直接吹きかける様な真似はしなかったがさとりの身を小さくさせているのは目に見えるほど明らかだった。青年は怠そうにしながらもちゃんと話は聞くらしい。
「最近私のペットのお空と呼んでいるペットが居なくなりして。二、三日なら別に構わないんですけど七日帰って来ていないんですよ。なので探してもらえませんか?」
「普通は頼む事ではない。」
「それは承知しています。」
さとりにも何らかの信念がある。それが狂気に満ちた殺戮なのか慈愛に満ちたペットへの抱擁なのか、青年は比べる必要性は皆無なのだが何となく気にしていた。さとりの性格は恐らく他人によって曲がってしまっている。それを何とかしない限りは恐らくは直るようなことはないのだろう。青年はゆっくりと考えてから答えを出す事にした。
「今は誰が探している。」
「お燐が探しているはずです。どうか一緒に協力して下さいませんか?」
さとりは深々と一礼した。人にものを頼む様な事はしないが身分というものを越えて見ず知らずの青年に頭を下げるその人の優しさに触れた、理由はそれだけで十分なのだろう。青年はふっ、と目を閉じた。
「善処する。」
「本当に申し訳ないてます。」
本来さとり妖怪というのは心を読む能力は元々持っていた能力だった。その代わり全てはとてもつまらないものであった。人の奥底までそして見たくはないところまで見えている。だが青年は言動と心情が一致しなかった。人には必ず一つの大きなトラウマがある。
だが青年は見事に切り抜けてその場に立っていた。さとりはもう敵う要素はないとあっさりと負けを認めたという事である。だからこそあの様に頼み込んだわけだが何が起こるのかはルーレットの上を転がる白いボールの様だった。